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2010年09月01日
23:09
【56】  北海道Tour09 8/8~16
   
 毎年の個人的恒例行事、北海道ツーリングの記録です。

#0 さよなら北斗星
    folo:fcycle/63/topic/56/1
#1 8/ 8(土) 女満別→開陽 118km
    folo:fcycle/63/topic/56/2
#2 8/ 9(日) 開陽→厚岸 174km
    folo:fcycle/63/topic/56/3
#3 8/10(月) 厚岸→上里 138km
    folo:fcycle/63/topic/56/4
#4 8/11(火) 上里→芽登温泉 137km
    folo:fcycle/63/topic/56/9
#5 8/12(水) 芽登温泉→新得 170km
    folo:fcycle/63/topic/56/10

#6 8/13(木) 新得→旭川
    folo:fcycle/63/topic/56/11

#7 8/14(金) 旭川→天塩 201km
    folo:fcycle/63/topic/56/12
#8 8/15(土) 天塩→辺毛内 208km
    folo:fcycle/63/topic/56/13
#9 8/16(日) 辺毛内→永山 172km
    folo:fcycle/63/topic/56/14

■「カムイ」会議室の関連スレッド
北海道Tour09
    folo:fcycle/44/topic/31
■北海道Tourの記録
北海道Tour07 8/8~19
    folo:fcycle/63/topic/29
北海道Tour08 8/2~16
    folo:fcycle/63/topic/49
北海道Tour10 8/6~15
    folo:fcycle/63/topic/69
コメント
2009年08月23日
21:28
   
北海道Tour09 #0 さよなら北斗星

 一昨年から北斗星1本が減便となり、北斗星・カシオペアとも1本ずつとなってしまった北海道への直通列車。これは需要減によるものではなく、青函トンネルの北海道新幹線工事によるものとのこと。列車本数は従来比2/3となったことになるが、残った2本中、カシオペアは基本的に2人での乗車が前提となるので、私にとっては使える列車が2/3ではなく、半分に減ってしまったことになる。つまり、減便は単純に選択肢の問題というレベルではなく、ただでさえ非常に予約が難しくて毎年毎年出発2週間前以内のキャンセル待ち期間じゃないと寝台券を確保できなかった北斗星が、さらに予約しににくくなってしまったことを意味する。
 おまけに北斗星の出発時間は2時間繰り下げられた。上野発19時、函館着で6時台。北海道へはもうここ10年以上、休暇開始前日の業務時間終了後に即出発とし、東北新幹線で仙台までワープして先行する北斗星を捕縛、そのまま北海道へ向かい、翌早朝道内で下車していた。この方法には、休暇初日の早朝から北海道を走り始められるという大きなメリットがあった。このため、予約の難しさはまだスリルとして楽しめていた。しかし、そのメリットが無くなってしまったのである。
 ちなみに運賃面では、エア・ドゥや各種割引や某優待券の利用により、とっくの昔に航空機の方がJRより安くなっている。

 このように、きっぷを入手しにくい、時間が悪い、高いの三重苦で、北海道へ行くということに関して、いつの間にか鉄道は非常に不便になっていたのだった。毎回のダイヤ改正で新幹線が何かと速く使いやすくなっていくこのご時世、JRに拘ってきた元鉄の私ですら、JR利用を諦めるというこの状況。JR北海道などは減便になった分の北斗星車両を売却してしまった。確かに北斗星の車両はすべて改造車、最新の車両でも新製から経年30年を経過している。でも、そうじゃないだろう、本当は北海道へは鉄道で行きたいのだ。JR東日本と北海道には、猛省と新幹線新青森開通時の施策抜本見直しをお願いしたい。たとえば青森速達系統と全車のびのびカーペット新製客車(いや、キロ183-500改造車+キサロハ改造車とかでもいい)の特急はまなす3本続行の接続とか。

 しかし、そんなことは去年もう上野19時発の北斗星に乗り込んだ段階でひしひしと感じていたので、今年は現実的に頭から往復航空機アプローチでの計画を始めた。思えば航空機を使えば、今までのJRアプローチ、すなわち北斗星下車駅か乗り換えでどこかへ向かわないといけない制限に拘ることは無い。いきなり中標津や紋別、稚内空港に到着、などという全く新しい世界がそこに拡がっているように思えた。
 実際にはいかに短い休暇を有効に使うか、いかに早く東京からとんずらするかという課題がある。いろいろ検討すると、実は航空機も夜余裕を持って出発できそうな便や翌早朝の便は限られていて、そう自由に選べるわけではない。結局、ほぼ自動的に翌早朝の女満別行きの利用が決まった。
 早朝出発ならば空港近くに前泊する必要があるが、逆に言えば、会社が終わってから直接前泊に向かえば、時間的にも気持ち的にもかつて無い余裕を持って、落ち着いて出発できるということだ。いいことづくめである。

 私にとって非常に利用価値の高い羽田発6:55女満別便は、しかしながら出発ロビーに行ってみれば乗客はそう多くなかった。搭乗もリムジンバス利用で、過去の航空機利用では最小級の小さな飛行機での出発である。
 機長からのアナウンスでは、女満別の天気は晴れ、気温は18℃とのこと。よし、今日は熱中症の心配の無い快適サイクリングになりそうだ、と思っているうちいつの間にかひと寝入りしていて、着陸態勢のアナウンスで目が覚めた。隣の隣の窓の外には緑の山々と青々とした見覚えのある湖、そして見覚えのある島が見えた。屈斜路湖である。旅程の初っぱなからいきなり屈斜路湖が登場した。当たり前だ、女満別便だもの。山の上には更に見覚えがある、いや、忘れもしない建物が見えた。標高950mの津別峠展望台だ。3日後にあそこを訪れる予定を組んでいるが、是非とも悪天候になることがないように、お祈りや思い込みでそういう事態を回避できるのなら抜かりなく念じておきたい。
 などとぼんやり考えているうちに、眼下の森、山々は、飛行機が高度を下げると共に次第にゆっくりと窓の外に迫り、森が畑や牧草地になって、やけにさらっとした草原が現れ、最後に滑走路が登場。どん!と着陸である。
 着陸のアナウンスでは、気温はいつの間にか20℃に上がっているようだ。そうだろう、この晴れで網走地方だ。もっと上がるに違いない。どうか上がりすぎないでくれ。

 羽田空港では荷物手渡しの制度が無くなったとのことで、自転車が手荷物コンベアの上を流れてくるようなことを言われていたが、実際には係員がちゃんと持ってきてくれた。荷物を受け取って空港ビルの出口を出ると、そこはもう真っ青な北海道の青空の下。外はビルの影になっていて涼しく、2系統ぐらいの団体客がホテル出迎えのバスでどこかへ出発していった後はひっそりと静かになった。のんびり自転車を組み立てるには何の問題も無い。早朝便が他の場所に設定されない限り、今後ちょくちょく使うことになるだろう女満別空港。なかなかいいではないか。

■■■2009/8/23
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔
2009年08月29日
13:09
   
北海道Tour09 #1 2009/8/8 女満別→開陽

女満別空港→(道道64)女満別→(道道249・町道他)稲富
→(道道102)東藻琴西倉→(町道・農道)明生→(道道767)音根内
→(道道246)小清水→(国道391・町道他)清泉三区
→(道道1115)清里峠→(道道150・町道)開陽台→(町道)開陽
118km

 サイドバッグを自転車に取り付け、身体に日焼け止めとムシペールを塗りたくって、9:50、女満別空港発。
 まずはコンビニを探して「女満別市街」の標識に従うが、空港から続く広めのこの道、手持ちの古めの1/5万には載っていない。そもそも空港ビルの場所自体が、地図と何か根本的に違う。というのは、今走っている道は地図の道とは線形も方位も何だかかなり違うようだし、地図だと女満別の町外れに空港があるはずなのに、少し走ると丘陵のど真ん中に出てしまったのだ。どうやら現空港は、手持ち地図の場所から移転したとしか思えない。初めての場所で地図が全くあてにならないので、気持ちはあまり落ち着かない。まあでも標識に従っていれば、そう激しく遠回りになることはないだろう。頼む。
 というわけで、畑の中に大味に続く新し目の道をしばらく進む。空は雲一つ無いと言っていいほど晴れているが、風が吹くとまあまあ涼しい。しかし風が止むと日差しはぎらぎら厳しく、肌に熱を感じるほどだ。朝の気温18℃情報で期待した涼しさではなく、まあ当たり前の暑い網走地方の夏なのであった。

 辺り一面開けた畑の丘の上、しばらくカーブや道の方角が明らかにに地図のどこにも見つからない状態が続いたが、丘からするっと下って農家が増え、と思っていると辺りが急に住宅地になった。やっと女満別市街到着である。
 一直線の遠い先の方に車が何台も続けて通過するのが見える。どうやら国道に直交する町の中央通りに辿り着けたようだった。次第に近づいてきた国道39の交差点から見えるのはセブンイレブンだ。最初の休憩がセイコーマートじゃないのが少し残念ではあるが、まずはここでいろいろ補給しておかないと。

 10:20、女満別発。まずは小清水へ、田舎道をつないで丘陵地帯を東へ向かう。少し南の幹線道路、国道334は絶対通らない、というのが今日の小清水までのコンセプトである。
 市街を多少迷走気味に道道249へ入ると、畑の中ですぐ2年前に通った道が合流、巴沢の谷間から長い直登登り返しが続く。真昼のぎらぎら照りつける日差しの熱と道の照り返しで、干上がりそうになったのが未だに恐怖として印象に残っているので、ぐっと必要以上にペースを落として落ち着いて登ることにする。まあ楽だし。今回の訪問は前回より少し早い時間のためか、辛うじて森の空気が涼しいような気がするのがありがたい。

 坂の上は日進の丘。広々と開けた丘陵地帯に様々な畑が拡がっている。畑の緑、麦畑のまさに小麦色、森の濃い緑、そして点在する農家。360°見渡す限りの、いろいろな色とテクスチュアの田園風景だ。
 女満別から小清水への、藻琴山の裾野がオホーツク海へ降りてゆくこの丘陵地帯、川と谷間は当然の如く南から北へ下ってゆく。丘の上には畑と主要農道、谷間にも川沿いに道がある。それら南北方向に平行する道同士をつなぐ東西の道は、丘越え谷越え、かなり分節気味にくねくね東西を横断する。
 女満別から小清水へ、西から東へ向かう今日のコースは、勢いこれらの谷間・丘をいくつも横断するということになる。その原則通りに、日新から稲富、そしてこの辺りで一番広い東藻琴の谷間へ、町道を乗り換えながらアップダウンが連続。道と道の分岐にも気を使う。
 東藻琴の谷間は、1989年以来の道道102を少しだけ経由。道がいつの間にか網走市に入り込んでいて、飛行機のキャラクターがとてもかわいらしいカントリーサインを横目に再び大空町へ。

 東藻琴自体は今日は寄らないので、東藻琴西倉で早々に分岐。東側の大進の丘陵へ登り返す。
 大進では町道が丘の上から微妙な谷間を迷走。平面的にも断面的にも振幅の大きい経路で、西から東へ向かうにはかなり効率は悪い。でも、少し南側の国道334は通らないと決めたのだ。谷間の川沿いの森は風が涼しく、丘の上では丘陵の景色が拡がる。町道だけあって農作業の車が時々通るだけなので、音はギーギーとエゾゼミの合唱と、遠くの農耕機械だけ。楽しい田舎道が続く。
 改めて「大空町」なる新自治体の名前を思い出す。広々とした丘陵、遠くの山々、そして広々とした空。1日ここで働いていたら、誰だって「大空」という単語が頭に思い浮かぶ。空から降り注ぐ厳しい日差しで、畑には元気いっぱいの農作物が生い茂る。それにこの地域の空の入り口女満別空港、まさに空とともに活きる人々の土地なのだ。
 大合併後の新自治体の名前が唐突に聞こえてしまうのは珍しくないが、訪れないとわからない地名もあるのだ。大空町、いい名前なのである。

 明生の外れの丘で、町道の迷走アップダウンは一段落。一直線の道道767で、丘の上らしく畑が広々と拡がる安定した景色を眺め、12:00、音根内着。ここから東南東へ、2001年以来の道道246、東藻琴までの1本道へ。
 豪快に丘陵をいくつも横切りながら一直線に続く道の景色とアップダウン、開けた畑のまぶしく明るい景色とくらくらする暑さ、そして森を横断するときの冷やっと涼しい風が印象的な道だ。前回は登って下るごとに大きくなっていった振幅だったが、今回は次第に小清水に近づくにつれその逆なのと、何より道を進むにつれ道の状況を思い出して、安心感がある。事前の計画で時間の余裕は見てあったし、地図で残りボリュームは把握できていたものの、思えばここまでアップダウンとくねくねで行程感覚を見失いがちではあった。

 12:50、小清水着。2001年には確かセイコーマートで休憩したはず、と思って町中を流しながらきょろきょろ探すと、国道391との交差点で斜里方面にセイコーマートを発見。迷わず休憩とする。今日はこの先宿までもうセイコーマートは無いのだ。
 セイコーマートには、若者の練習ロード隊が休憩していた。カラフルなジャージにどこをどう見ても持っていない荷物、明らかに地元サイクリストだ。自転車ブームでこの片田舎でこういう人々を見かけるようになったことに、感慨というか軽いオドロキを覚える。
 おにぎり、サラダ、100%オレンジジュース、ヨーグルトとセイコーマート純正商品でややみっちり気味に休憩を取る。それにしても暑い。熱いというより熱い。厳しい日差しが直射で熱く、照り返しで熱された空気が熱く、改めて網走地方の暑さを思い知る。

 13:20、小清水発。次は清里峠越え、まずは国道391へ。
 そのまま進むと野上峠を越え、屈斜路湖岸から弟子屈へ向かうこの国道391。国道にしてはかなり交通量の少ない道ではあるが、どうしても小清水まで通ってきた道道、町道と比べてしまうと、やはり交通量は多く埃っぽい。幅の広い道の上は何か落ち着きが悪く、それだけに気分的にやや単調な行程が続く。
 谷間が次第に狭くなり、道が谷底の1本道となったところで狙い定めて緑への分岐へ。漸近線のように近づいて緑の手前で一番近づくこちらの谷間と札弦川の谷間、一番近づいたところで一番低くなった丘を乗り越えるこの町道、清里峠方面と小清水方面へ行き来するのに個人的に重宝している。
 札弦側の谷間では清里峠への道道1115が現れるが、ここは札弦川対岸へ進む。道道1115ではなく対岸の町道に、もうずいぶん昔から地図に行程予定の線が引いてあったのだが、いつも何か万屋でもないかとつい緑駅前を通る道道1115へ足を向けてしまい、未だにこちらを通ったことが無いのだ。しかし、道道1115へ行ってみると、その緑駅前には結局自販機1台ぐらいしか無く、結局いつも「前回もそうだった」と後悔するのが恒例になっていた。今回ようやく過去の学習を活かして20年振りぐらいの宿願達成である。

 町道はほどよい山に囲まれた谷間の広がりに畑の緑が明るく、当然のように車は非常に少なく、一直線に伸びる道はセミとキリギリスの声、風の音だけ。やはりこちらに足を向けて良かった。それに畑の中、正面遠くの山へ向かうように続く道は、それだけで少し足を停めて見ていたいような景色だ。
 牧草ロールを2段も積んだ10t車が脇を通り過ぎるタイミングで、少し足を停めてみる。トラック通過の轟音の後、草埃一杯の風が収まると、辺りは再び静かな畑である。真っ青な青空の中、これから向かう正面の山の上に元気の良さそうな雲が盛り上がり始めている。あるいは清里峠の向こうは曇りなのかもしれない。まあしかし、今はそんなことをあれこれ想像しても、結局今日はあちらへ向かうだけだ。今はこの景色を目一杯眺めておこう。

 いい道だったので、その先もそのまま清泉の町道へ。こちらへ向かっても、同じぐらいの距離で清里峠まで最後の谷間を経由し、最後に谷間の奥で道道1115と合流することになるのだ。ならば通ったことが無く、楽しそうなこちらへ向かうのは、何の問題も無い。
 静かで色とりどりの畑は、地形の適度な広がり、起伏とともにとても鮮やかで美しい。道はややくねくね蛇行気味で景色には変化があり、もう谷間もそろそろ狭くなって涼しい木陰が増えてきた。結局こちらもとても楽しい道だった。
 手持ちの1/5万図を読むと、こちらの道と道道1151は近づくだけ近づいて、実は清泉三区で接する直前で方向を変えて離れてゆく。こんな状態でこっちからあっちの道に移れないわけがないのだが、ちょっとどきどきしながら現地へ来てみると、想像通りに2本の道をつなぐダート細道が登場。

 狭い谷間の道道1115は、ひたすら広葉樹林の谷底のままだらだらだらだら本当に少しずつ高度を上げてゆく。だらだらではあるが、長い峠道だ。それにしてもだらだらで、景色もずっと谷底の森の中同じようで、大変にメリハリが無い。今日の晴天のせいかゴマフアブもさっきから周りをぶんぶん飛び回っている。
 空の中に現れ始めた雲に日差しが隠れたり現れたりし始めたが、相変わらず空は晴れ基調のまま。この分だと峠の向こうもそう露骨に天気が変わるということは無いだろう。広葉樹林がカラマツに変わると辺りが開け、斜度自体はあまり変わらないまま何か道が離陸しているような雰囲気に変わり、それでも峠手前で斜度がなんとか峠らしくなるということの無いまま正面に見覚えのあるスノーシェッドが登場。メリハリの無いまま清里峠に来てしまったようだった。

 14:50、清里峠着。裏摩周展望台から下ってくる道道150と合流する形で、ここから道の名前は道道150に変わる。標高差たった140m、2001年以来の裏摩周展望台に向かっても良いような気はしたが、以前ここの激坂区間でゴマフアブの大群に襲われた恐怖を思い出した。まあこの道を登って、あまり余裕無く晴れの摩周湖を眺めただけで降りてくるより、何となく今日は養老牛から先の道道150と開陽台に注力し、大好きな景色をのんびり眺めたい。
 そのまま下り始めると、やはりこちらも、いや、こちらの方が徹底的にだらだらの下りが続く。峠区間両端の清泉三区と養老牛はともに標高200m程度だが、養老牛側の方が距離がやや長いのだ。カラマツ林の中を下るにつれ、斜度が更に緩くなったのも記憶通り。平坦に近い、いや、平坦と言ってしまってもいいぐらいの下りである。
 こちら側の天気は薄曇りのようで、日差しの熱射と照り返しの両面攻撃が無いのに加え、森の風がとても涼しい。まあそりゃそうだ、もう酷暑の網走地方から涼しい根釧台地へ移ってきているのだ。等と考えて長い下りのだれ気味の気持ちをごまかしていると、やがてこれも記憶にある牧草地が登場。養老牛手前まで降りてきたのだ。
 そろそろ赤くなり始めた光で緑が鮮やかな牧草地は、もうすっかり中標津の景色だ。渡道初日に中標津の景色を見ることができている。思えば過去の北海道旅行で初めてのことである。画期的だ。女満別空港って凄い。まあしかし、中標津空港自体は以前から何の不思議も無く存在している。今まで自分が航空機アクセスのメリットを活用していなかっただけのことなのだ。

 15:50、養老牛着。
 交差点手前の養老牛小中学校で給水すると、水が冷たくてなかなかオイシイ。その後はとりあえずいつものなかがわ商店で恒例の一休み。店自体はいつも閉まっているので、この店ではいつも清涼飲料で休憩するだけ、食品は全く期待していない。ところが、その自販機の中に缶スープパスタなる非常に珍しい食料を発見した。パスタだけで3種類、他にも豚汁、ラーメン、いろいろある。
 物珍しさで試してみたが、油脂が酸化してつーんと臭く、食べることはできなかった。というか食品として不適切ではないか。

 気を取り直して、養老牛から先は東へ、中標津山裾の1本道へ。方向は90°変わっても、道の名前はそのまま道道150ということになる。
 ここから先は毎年来ている道だ。牧草地、牧場農家、カラマツの防風林にアップダウンの順番までもういつも通り。自分の写真と同じ景色に、昨日来たような気持ちさえ感じるが、やはりここに来れていることが夢のようにウレシイ。去年から1年、いろいろあったが、またこの道を走れているのである。しかも今回は夕方。空は雲っぽいが景色はまだ明るく赤みを帯び、緑鮮やか、知床の山々のシルエットが青くなり始めている。

 旭新養老牛、北進と山裾の牧草地とカラマツの中を進み、俣落まで一気に100m下り。その後は開陽台まで再び100m登り返しとなる。
 毎年のことだが町道北19から分岐する開陽台入り口は、毎年の北海道の行程で間違いなく最急勾配区間である程のかなり厳しい直登である。今日はやや曇りっぽいからか、次第に拡がる遠景の展望が霞に隠れてはいるものの、丘陵を少し登っただけで涼しい風が吹いてきて、かなり登りを助けてくれている。
 もう17時過ぎ。時間から言って売店のソフトはほぼ絶望的だろう。でもそれだけに車もバイクも少なく、静かな開陽台が楽しめるに違いない。

 17:20、開陽台着。
 駐車場の良さげな場所に自転車を停め、早速展望台へ。案の定もう観光客は少ない。ソフトをぱくついている人がいたのでダメもとで聞いてみると、やはり16時半で売店は終了らしかった。
 とりあえず展望台の一番上に登ってみる。やはり空は雲っぽく、遠くが靄っぽい。夕方のドラマチックな地平線が見たくて今日の行程を組んだようなものだったが、まあこれはこれで満足な今年の開陽台、なのだ。というか、旅程初日にこの景色を見ることができて当惑している自分がいる。何度も言うが、ワタクシ的にはかなり画期的なことである。
 この靄っぽさ、あるいはここ数日になってようやく続いている道東方面の晴天によるものかもしれない。晴れが続いて気温が上がったのだ。夕方の展望台には何故かウンカみたいな細かい虫がいっぱいで、場所によっては柱を作っている。こういう開陽台もあまり記憶に無い。ぐるっと見回すと、西方面は雲がやや少なく、雲の間から指す日差しが山のシルエットと山裾の草原を照らしていた。また、東側の海岸方面は靄がやや少ないようで、淡く消えそうなコントラストの中に確かに海が見えた。曇りなら曇りなりにいろいろ見せてくれる開陽台である。
 また明日も早朝開陽台に来よう。今日の宿はこのすぐ近く、1994年から15年ぶりの民宿地平線。夕方と朝の開陽台を連日で楽しめるよう、そういう行程を組んでいるのである。でも、旅の景色は一期一会。今日この景色を疎かにすること無いようにしないと。

 その夕日もそろそろ弱くなってきたところで展望台を撤収。自転車に戻ると、なんとカラスが2羽、近くの手すり上に止まっている。時々カラスに荷物の食料をやられてしまう話を聞くが、おおかたそんな狙いでやってきた奴らなのだろう。だが、こちらは今日のところはもう食料は持っていない。フロントバッグはもって来ているし、サイドバッグの蓋はちゃんと閉めているし、幸いというか当然のようにというか荷物も自転車も別状無いが、糞でも落とされたらメイワクなだけだ。
 18:05、開陽台発。

 開陽台下の町道北19の有名撮影ポイントには、夕方のため順番待ちのライダーはいない。これ幸いと写真を撮ったり、そのすぐ先の個人的定点撮影ポイントのダートに立ち寄ったり、もうすぐ近くの宿まで結構時間がかかるが、まあせっかく来たのだ。こういうことに時間を惜しんではいけない。

 18:30、開陽「民宿地平線」着。
 開陽台の近くという、最高のロケーションを誇るこの宿は15年ぶり。カラマツの森の中の1軒屋も、1日行動分を満たしてくれるバランス・ボリュームとも満足の夕食も、そして風呂は車で町近くの温泉に連れていってくれるのも15年前と同じである。今日は私の他に客はライダーがもう一人だけ。おかげで部屋は個室で使えた。こんなところにも旅程初日を感じてしまう。
 果たして明日の天気予報は晴れ時々曇り、最高気温25℃。万難を排して早朝の開陽台を訪れたい。

■■■2009/8/29
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔
2009年09月04日
22:42
   
北海道Tour09 #2 2009/8/9 開陽→厚岸

開陽→(道道150他)養老牛→(道道505他)計根別
→(町道・道道362他)矢臼別→(道道928)茶内原野
→(町道)中円朱別→(道道123)東円朱別→(農道)大和
→(道道988)恵茶人→(道道142)榊町→(道道123他)厚岸
174km

 目が覚めると4時半、起きねば。さすがに2日目、まだ目覚まし無しで4時起床の身体にはなっていない。もう明るくなっている窓の外を見上げると、空の青い色が見えた。やった、晴れだ!すぐ準備して出発せねば。
 と思って荷物をまとめ、外へ出てみると、窓が向いていた東方面は晴れだが、雲が出始めていた。東方面はどうかというと、すぐに降る心配は無さそうなぐらいの高さの雲が空一杯に拡がっている。ありがちなパターンなのだった。そしてその雲が空の中を西方面から東方面にけっこう高速で動いていた。天気は早くも晴れから曇りに変わりつつあった。

 5:40、民宿地平線発。
 カラマツの森に建つ宿から、森の中を少しだけ通って道に出てみると、さっき森の中から見えた以上に行く手の西側は雲が垂れ込めている。それでもダメ元で町道北19へ出てみた。
 果たして開陽台方面の小山が、ベレー帽を被ったみたいに雲に覆われていた。今日の天気予報は晴れのち曇り。もう2時間もすると雲が切れ始めるような気もしないでもないが、まだしばらく展望は全く期待できない。仕方無い、昨日開陽台を楽しめたのだ。今回の開陽台はこれにて終了である。

 開陽台の代わりというか、昨日も立ち寄ったダートの撮影ポイントに立ち寄ってから俣落へ。昨日来た道道150を逆行し、北進の坂を登り切って山裾の台地へ乗り上げると、行く手の空の雲はますます厚い。牧草地とカラマツの続く道は楽しく、緑の牧草地は鮮やかだが、まあこういう状況で晴れるとすると、だいたい9時から10時ぐらい。どう考えてもこの道から分岐する養老牛まで1時間強ぐらいなので、今回青空のこの道を通るのはちょっと絶望的だ。昨日写真を撮りまくっておいて良かったが、まあ曇りなら曇りの景色を楽しめばいい。これも根釧台地の典型的な夏の景色なのだ。この道に来て、この道をのんびり走れていることが大切なのだ。

 途中で高峯方面へ分岐してみる。根釧台地の一番山裾のこの道道150だが、途中で更に山裾を登って戻る道を地図で見てちょっと気になっていたのだ。この道、何年か前まで使っていた地図だとまだあやしそうな細道で書いてあったのでノーマークだったのが、いつのまにか舗装拡幅されているようで、平成12年改定の地図ではちゃんとした太い道として描かれている。
 カラマツの防風林に沿った緩い登りへ踏み込んでみると、当たり前のことだがいつもの道道150の景色と比べて知床の山々が近づいてきた。そんな場所にも道ができるぐらいなので牧場があり、山裾の起伏のある空間に牧草地の開けた景色がダイナミクスを付けていて、新鮮だ。少し時間に余裕があるとこういう寄り道ができるのである。新しく通る道がだいたい景色がいいこの辺り、今後もあまりタイトな行程を組まないようにしたい。

 昨日も通った道道150に戻り西へ向かうと、牧草地の上にはやはり次第に雲が広がって、いや、垂れ込めてきた。時々水滴も感じる。何だかちょっと雲行きが怪しい。振り向くと青空も見えるのだが、昨日暑かった内陸方面から雲が押し寄せてきているという雰囲気だ。何とか雨にだけはならないで欲しい。

 7:00、養老牛着。昨日清里峠から中標津方面に方向を変えたここで西行きは一段落、今度はしばらく道道505で南下、太平洋岸も近い浜中町円朱別まで根釧台地内陸部が続く。一段落というか、何だか開陽まで行って帰ってきたような形になったが、未済のそれっぽい道を探したらこうなったのである。
 養老牛から浜中方面へ向かうのは実は初めてで、根釧台地北部から南部へ向かうのに、対角線を使う過去一番距離が長いコースでもある。それだけに今日はこれから早めに浜中へ行ってしまえると後が楽だし、その後折り返しを粘って、去年行けなかった恵茶人海岸には是非とも行きたい。幸い今日はこの後晴れる予定なのだ。あまりぎりぎりの見込みをしない方が気持ちも楽だし、何より判断ミスの可能性そのものが少ない。
 1986年以来音すれているこの道で印象的なこの養老牛の交差点。もうずいぶん前から店が開いていることが希なこの店、正面の看板は「ながかわ商店」、側面の看板は「伊原商店」とということで正体不明だった。。今回、よく眺めてみた集落案内板で、初めて「ながかわ商店」であることがわかった。「中川」じゃなくて「長川」なのだった。店が閉まっているので自販機の飲み物が買えるだけだが、宿で作ってもらったおにぎりは食べることができる。
 7:20、養老牛発。

 道道505は一直線の緩い緩い下り道。どんより雲の下にカラマツ林、牧草地、そしてまた林と、似たような景色が入れ替わり立ち替わり延々と続く。まあそんなことは地図を見て予想は付いていたはずだ。
 どんより雲の下、いや、丘陵に覆い被さっている低い雲の中、緩い下りに乗じて踏み込むわけでもなく下りなりに、ひたすらそんな景色の中をだらだら下っていると、時々水滴も感じ始めた。水滴は微妙にぱらっと来てからすぐ止むが、さすがにちょっと先行き不安になってきた。

 正面遠くに車が時々行き交う道が現れたと思っていると、次第に近づいてみれば見覚えのある道道13だった。牧草地と防風林のグリッドを斜めに突っ切ってゆく道で、グリッド通りに一直線のこちらの道とは、それだけで表情はやや異なる。
 ここまで来たら、とりあえず計根別でおにぎりを仕入れておかないといけない。早朝の宿で食べた、昨日残りのおにぎり分のエネルギーも早くも切れてきたようで、腹が空き始めていた。

 8:00、計根別着。確か町の反対側の外れにセブンイレブンがあったはずだが、幸い記憶に無いセイコーマートを発見。サラダにおにぎり、100%オレンジジュース、仕上げにヨーグルトと、セイコーマートの歌のように集中的に朝食とする。
 8:30、計根別発。またさっきの道道505・13の交差点から少しスライド、町道で南下を継続だ。まだまだ南に行かないいといけない。

 牧草地と防風林が続く景色は相変わらずだが、これまでの一方的な下りから谷間を横断するアップダウンが増えてきた。道の方向は変わらないが、長く続いた知床山地の裾が終わって地形の方向が変わってきたのだ。同じような景色が続いているようではあるが、こう言うところに少しづつ進んでいることを実感できる。いや、もう養老牛からもう20km以上ぐらい下ってきているのだ。
 上春別の外れで国道272と交差、ここもそのまま横断し、更に2回のアップダウンの後国道243と交差。次はいよいよ矢臼別から円朱別、町道何本かを乗り換えながら自衛隊矢臼別演習場を回り込んで海岸部を目指す。

 相変わらずどんよりの低く濃い雲が頭上を覆っていて、時々ぱらっと雨が降ってきたりもする。牧草地と防風林の丘陵地帯の中で道は何度か方向を変えながら、自衛隊矢臼別演習場を回り込むように迂回してゆく。演習場というと何か物々しい印象で、実際に放談大戸が聞こえてくるときもあるこの矢臼別演習場だが、地域にとっては除雪その他防災上での頼れる存在だ。
 地形は山裾の中標津地形から、完全に丘陵の別海地形に変わりつつある。町道の分岐を選び、道を移ると、大きい線形で丘から丘へとアップダウンが続く。丘の上からは周囲の展望が一気に拡がって感動的だ。
 既知の上風連方面との2択で入り込んだ道道928は未済の道。未済とは言え、まあこの広く同じような地形の根釧台地、場所が違っても景色のニュアンスが変わるというものではない。丘と谷のアップダウンに、丘の上なら丘の上で緩い起伏に、牧草地と防風林が相変わらず雲の下に続いていた。

 11:30、中円朱別着。もう少し南下して国道44と根室本線を越えてしまえば、太平洋岸台地エリアに入るところまで来た。この太平洋側というのは私的区分のようなもので、国道と鉄道で区分される大雑把なエリア分けではあるのだが、経験上はここで天気・気温・風向きが面白いようにがらっと変わることがあるのだ。とにかくそういうわけで、いよいよ太平洋岸に順調に到着できそうなのだった。
 それなら恵茶人の海岸へ足を向けることを検討してみよう。恵茶人は東南の方角、今日の終着地の厚岸は西南西の方角。つまり逆方向への回り道になるが、時間的に訪問自体は全然大丈夫そうだ。
 それではどういうコースにするか。このまま直進を続けても問題は無いが、いつも通る道道より、静かで鄙びた町道を経由するチャンスだ。それにここから真っ直ぐ南下する道は、何だかここ何年か時々通っている気もする。ここは今日のチャンスを生かし、道道123を少し東へ向かってから国道44北側の未踏エリア、北部・大和方面を横断して姉別へ南下する農道に入り込むことにした。

 道道123自体は過去何度か通っている。程良いアップダウンと程良く変わる典型的な浜中内陸部の景色がとても楽しい道だ。丘の上ではところどころでこの辺り独特の地平線まで見え、途中の東円朱別には給水ポイントの小学校もある。
 その東円朱別の分岐で本題の北部方面の農道へ。今風幅広道道な道道123と較べると、やや幅が狭く舗装もどこか平滑度が低いような頼りないような気がするが、何より路上が静かで落ち着いているのがいい。
 道は丘の上を北部へ向かう。牧草地、一直線の道、牧草地と防風林が安定した地形にしばらく続く。

 北部までの東向き区間ではけっこう横風っぽかった風向きは、道の方向が大和・姉別方面の南向きになると急に強向かい風に変わった。それに、牧草ロールの農業トラックの通過で、乾いた土埃と藁の破片が煙いし目に埃が入ったりする。
 身体のつらさとともに、急に強力な眠気も感じ始めてきた。もうそろそろ12時、普段はお昼寝タイムのこの時間である。旅程のまだ2日目、まだ普段の生活習慣が残っているのか、それとも昨日寝るのがちょっと遅かったからか。何しろもう意識不明寸前である。
 等と思っていると、空が明るくなったと思ったら急に雲が切れ、青い空が見え始め、辺りも明るくなってきた。ここまでかなりきわどい状態もあったが、何とようやく晴れてきてくれたのである。

 12:25、姉別着。記憶通りにここの駅は無人駅ながら駅舎と万屋があった。とりあえずこの中へ緊急避難、とにかく眠い!
 待合室の駅前側とホーム側の両方の引き戸を開けっ放しにすると、涼しい風が通り抜けてゆく。日差しは厳しいが、気温自体はそう高くないのだ。誰もやってこない無人駅の待合室に夏の風。なんだかとても懐かしい夏の旅の気分で目を閉じ、しばし居眠りへ突入。

 目覚めると6~7分過ぎていただけだったが、一気に頭がすっきりしているのもいつも通り。ついでにここで軽くおにぎりも済ませてしまう。
 12:50、姉別発。この間に雲はますます消えて青空が一気に拡がり、完全に晴れてしまった。そうなると、さっきまでの曇りとは打って変わって気温が上がり始めるのは毎度のこと。今までの向かい風も進行方向が変わると微妙に横風から追い風に変わり、一気に明るい草原の快調な、夏らしいツーリングと胸を張って言える状態になってしまった。さっき一寝入りして頭がすっきりしているのも大きい。

 姉別の明るい牧草地を、根室本線沿いに更に東に進む。まぶしい半逆光の青空には白い雲、輝くような草色には白いビニールに包まれた牧草ロールが点々とばらまかれていて、鮮やかな色彩と唐突なテクスチュアがまるでモダンアートのようだ。
 これから向かう海岸方面は、何だか空の下の方に少し色の濃い雲が溜まっている。それは何だか露骨に湿った色のようでもある。でもまあ、去年もこの辺りでこんな空を眺めていて、しばらく走った落石の海岸では太平洋の海岸は晴れだった。同じ場所での同じ景色、多分今日も同じパターンだろう。

 道道988で根室本線から離れ、牧草地の台地上を少しくねくねと更に西へ。向かい風と追い風に一喜一憂しながら台地の隅で道は唐突に方向を変え、海岸の低木林に突入。間もなくダートが始まった。毎度のことだが、高い茂みと熊出没注意の看板がちょっとブキミではある。
 この辺りから、いつの間にか空は再び曇り始めていた。その曇り度合いがけっこうどんよりである。気温も明らかにさっきより下がっている。まあこの辺りの海岸近くは夏でも内陸より気温が低いのだが、この感じだと今日の海岸は曇りなのかもしれない。
 その予想通りに、道が下りはじめてすぐ海が見えると、太平洋、波の打ち寄せる砂浜、近くの草原に遠くの陸地、景色のすべてが灰色~薄茶のトーンの中である。やはり海岸沿いはどんよりの曇りなのだった。

 恵茶人からは海岸の道道142、通称太平洋シーサイドラインへ。
 貰人までは海岸沿いの1本道。広々と開けた太平洋とやはり開けた海岸部の低地、その奥に迫る根釧台地台地の縁を眺めながらの、晴れていれば気分のいい道だ。牧草地には牛や馬も多い。しかし今日はどんよりの曇り、薄暗い世界である。
 雲は厚いがそう低くはなく、今にも雲が落ちてくる、という雰囲気は無い。しかし、しょっちゅう顔に水滴が当たる。というより、水滴が路面をしっとり濡らしてにわか雨直前ぐらいで降りが続かない、というぐらいが続いているようだ。去年、花咲港へ向かう行程の途中、さっきみたいな晴天だったのに、眠気やら強向かい風やら安全側見込みやらでこの恵茶人海岸の経由を断念した。後で地図を見たらそんなに大回りでもなく、その時はだいぶ後悔したものだった。しかし今、その後悔は完全に消えた。あの時こちらへ向かっても多分こんな感じだったのだ。何しろ落石は30kmも先なのだし、同じ太平洋岸とは言え、いや、天気の変わりやすいこの道東太平洋岸、天気が全然違って何の不思議も無い。

 貰人の先は羨古丹、奔幌戸、幌戸と、道道142は緩やかな曲線を上下左右に描き、丘へ登って海岸の海岸の小さな漁村へ下って、集落の向こうですぐまた登り返す。丘は一つ3、40mから最大80mと、高さとしてはまあ山あり谷有りぐらい。しかし、海岸の岸壁に登ってすぐ降りるせいか斜度は厳しめ、と言うより連続アップダウンがしつこくくどく、気持ちが疲れる。幅が広い道を通すための法面や切り通しは、たとえ植裁があっても味気無く、面白いものではない。とりあえず前へ進むに、一つ終わってもすぐ現れる丘を、えっちらおっちら一つ一つこなし続けるしかない。前回の2004年は身体そのものがけっこう疲れていたせいでなかなかしんどい道だと思ったが、いや、そうでなくてもなかなかしんどい。
 でもまあそれだけにというか、丘の上から海岸に急降下する景色はなかなか悪くない。楽しみどころをわかってしまえば、粛々とそれを楽しめばいい。ここまでの内陸の道と違い、とりあえず漁村には民家が集まっているのも、自販機のある集落が少なくないのも安心感がある。

 後静の少し内陸を経由し、丘の奥でややくねくねと登ったり下ったりするこの区間最大級のしぶといアップダウンは、手持ちの地図に載っていない。そろそろ終わるか、こんなところで曲がったら陸地の奥の方向だよ、もう一発登り返しなのか、などと一喜一憂しながらようやく榊町の海岸へ。最後の丘を抜ける榊町トンネルがよく見える明るい黄土色の砂浜、その波打ち際に面した開けた景色は、ここまで見ることが無かった目新しい雰囲気だ。例え恵茶人と言えども砂浜の部分がもう少し広いので、ほんの短いこの区間、しつこかったアップダウンの後の、海に沿って走る気分一杯の楽しい道だ。海猫もフェンスに佇んでいる。

 榊町トンネルの向こうで浜中からの道に合流。午前中養老牛からの南下で時間を食ってしまったら、ここで道道142に合流していたはず。例えしつこいアップダウンでも、終わってみれば来れてよかった、という気持ちしか残っていない。
 その先霧多布まで10kmぐらい、しばらく海岸の平坦な道が続く。道の両側に民家が点在できるぐらいの、砂浜から少し内陸に道は続く。広々と拡がる霧多布湿原の端っこ、海側も陸側も景色の変化は乏しい。おまけにこの道、いつも強追い風か強向かい風か、とにかく風が強烈なのだ。今日の所は強の範囲の弱ぐらいの向かい風。まあ強の弱なだけ良しとせねば。

 14:55、霧多布着。霧多布半島への入口を少し過ぎた道沿い、記憶通りにあったセイコーマートで小休止とする。過去通ったことがある道の過去立ち寄ったセイコーマート。通る道が同じなら立ち寄るセイコーマートも同じで、もはやセイコーマートはツーリングの道の景色と同じく、ツーリングに欠かせないものと言える。
 というより、朝の計根別からここまで初めてのセイコーマート。内陸部の町道や農道ばかり通ってきたので当たり前だが、勢い補給も集中的になり、時間が掛かる。
 もう15時過ぎ、出発を15時半とすると、ここから厚岸まで登りと写真込みで、粛々と進んでまあ2時間半ぐらいだろう。宿の夕食時刻ぎりぎりである。

 霧多布を過ぎ、茶内方面への交差点を過ぎると、1999年以来10年振りの道だ。
 まずは霧多布の湿原が終わる琵琶瀬から、琵琶瀬高台への登りが始まる。丘の上から見下ろす湿原が霧多布の町の広がりに続いて行く様は見事だが、いかんせん水滴が雨になり掛けている。先を急ごう。
 渡散布、火散布とさっきのようなアップダウンの後、藻散布への丘にはこの道数少ないトンネルが設けられている。ここにトンネルが無いと、何だかかなり急な坂になってしまうような気がする。さっきの榊町トンネルも何だかそんな感じだった。多分やってられないのでいち早くトンネルが造られたのだろう。

 その短いトンネルを抜けると、藻散布の集落と藻散布沼が登場。狭い谷間の海側と陸側に続く、海と沼の開けた空間が独特の雰囲気だ。雰囲気だけではなく、ここは1986年の初めての北海道ツーリングで、とても印象に残った場所だった。
 その日は、阿寒湖の向こうの野中温泉から、この藻散布に建っていた旅人宿「白鳥の宿」までの行程だった。標茶から先の根釧台地で、所々で地平線が拡がる景色に圧倒されつつ、上腕に日焼けの水膨れができたほど鋭い日差しに意識が遠くなるほどだった。ところが、厚岸の海岸に降りた途端に冷たい霧の中に突入。今度はトレーナーに上着を着ていないと寒くて歯がガチガチ鳴る低温で身体が縮んだところに、道道142で海岸台地の登りが登場。おまけにこの道道142がダートから歩道に舗装中で、随所の深砂利ダートでもうへとへと。濃い霧にくねくねカーブでどこを走っているのか全くわからない状態で、霧の中から唐突に現れた沼地がこの藻散布だった。
 道の脇の看板を頼りに、何とか宿に辿り着いた時点でもう19時過ぎ。宿の前で荷物を下ろしていると、脚、腕、露出した肌にアブラムシみたいな細かい虫がいっぱいたかってきた。アブラムシだと思ってしばらく放置していたが、あんまりたかってくるので払うと、手が真っ赤っかになってしまった。血だった。虫は北海道独特の、網戸が役に立たないほどの微細吸血昆虫ヌカカだったのだ。
 怖れおののきながら宿に入ると、何と食堂には真夏なのにストーブが焚かれていた。寒いのにようやく納得。ここはそういう場所なのだと思い知った。その食堂で食べた花咲ガニと毛ガニの合わせ味噌汁「花毛汁」の美味しさが、その日最後の強印象で、まあとにかく道東の驚異にやられっぱなしの道東初日だった。
 白鳥の宿自体はいつの間にか宿を畳んでしまったようだったが、建物自体は前回訪問の1999年、まだ残っていた。今回も道道の橋の上から、藻散布沼のほとりに黄色くペンキが塗られた小さな番屋をすぐ見つけることができた。1986年から20年後以上、前回からでも11年。ちらっと眺めただけの再開だが、思い出すことは多い。

 藻散布からの登りは、何と全面的にルートが変更されていて、地図とは全く違う経路で藻散布沼沿いに丘の側面を大きなカーブを描いて台地上に乗り上げる。登った台地では、鬱蒼と濃く低めの不気味な雑木林が続く。熊出没注意の看板が時々立っていて、さらに不気味さを盛り上げる。その表情は、この道の恵茶人海岸の更に東、根室市内の初田牛・落石間の森ととても似ている。違うのは向こうは道が延々とほぼ一直線、こちらはくねくねとやや迷走気味であることだ。
 時々道が台地の際に近づくと、森が切れて辺りが笹原になり、見下ろす谷間に太平洋が登場する。所々に展望駐車場も設けられていて、青空の日の景色を想像してしまうが、いかんせん今日は軽くぱらついたり止んだりの冴えない天気。海もなんだかとりつく島のない鉛色なのだった。
 海縁の道はまた内陸へ戻り、鬱蒼とした森が再開する。時々鎖ゲート閉鎖中のダート林道入口が現れる。それらは間違いなく熊注意系の道で、なかなかこの道道142から更にその内側に踏み込みにくい原因になっている。その林道の名前の地名で、自分の位置が少しずつ西へ進んでいることを理解できるのは少しありがたい。

 標高60~80mぐらいで推移していた道は、軽いアップダウンを繰り返しつつ高度を上げ、最後に130m弱の通信塔脇まで登ってからおもむろに下りが開始。床丹からの道道955と合流すると谷間が拡がって、藻散布からここまで20数km登場することの無かった民家が登場。すぐに目の前に厚岸湾が現れた。
 厚岸湾と陸側の小山に挟まれた狭い浜辺に続く漁村では、道の脇に建つ家々が新しめで、活気がある。全国に有名な蠣をはじめ、海の幸が豊かな土地なのだろう。そろそろ夕食の煮物らしい香りが路上にまで漂っている。自分の空腹にも気が付いた。
 厚岸市街から1本裏手の道の厚岸港へ、その外海側に目指す厚岸愛冠YHがあった。17:50、厚岸愛冠YH着。


 厚岸愛冠YHに泊まるのは今回初めてだ。厚岸への宿泊自体も初めてである。前述の1986年の低温ショックが強烈な印象で、もっと道東の奥へ訪れるようになり何が起きてもあまり驚かなくなったても、厚岸という場所にあまり根拠の無い警戒心が残っていた。泊まるときには腰を据えたい、と。このため、毎回の計画では経由はしてもなかなか泊まるまでには至らなかった。
 まあ一方で太平洋岸・内陸、そして東側・西側相互間の移動には便利な場所ではあるし、釧路・根室間の最大の町で利用価値は非常に高い。というわけで、今回はごく自然に厚岸に泊まることにしたのだった。
 その初めての厚岸愛冠YHは、遠藤旅館という旅館併設のYHである。旅館併設のYHの場合、建物は旅館エリアとYHエリアが分かれている場合が多い。今回はやや古めの建物だが、旅館とYHは完全に一体化していて、布団敷きと浴衣のサービスが無いだけのようだ。部屋も古めでいかにも商人宿そのもので素っ気ないが、鍵付き完全個室なところまで旅館と一緒、これは非常にポイントが高い。

 ところが、それ以上に度肝を抜かれたのが食事だった。
 何と作り分けるのが面倒くさいからか、旅館と全く同じ内容の食事が出てきたのだ。さっき漁村を眺めて腹を減らしたその厚岸の海産物が、色とりどり&ボリューム満点なのである。大きな蠣が貝殻付きで3個、これとは別に蠣の鍋が付き、もう一つ目玉が今朝取れたばかりのサンマ煮付け、刺身、そして甘エビ。その他鶏肉の大きな焼き物、野菜もたっぷり、と後は一緒くたにしてしまうが、おつゆに至るまでテーブルに乗り切らない。
 旅館で出たとしても過去最上級の食事、それがYHで出てきたのである。蠣はさすが噂の厚岸、と言い切れる素晴らしさだったが、それ以上に良かったのがサンマ。魚好きの私は、サンマは特に大好きなのだが、煮付けも刺身も脂が乗っている以上に豊かとしか言いようが無い、新鮮というのも少し違う、食べたことの無い味わいなのである。この「豊かとしか言いようのない味わい」、昨年の羅臼でもいろいろな海の幸で感じることができたが、やっぱり道東の海産物はいい。良すぎである。
 私的過去YH最高夕食は、幌加内で何年間かYHだったころの朱鞠内そばの花YHということになっていたが、これを軽く更新してしまう凄い食事なのだった。

■■■2009/8/29
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔
2009年09月09日
01:03
   
北海道Tour09 #3 2009/8/10 厚岸→上里

厚岸→(道道123・955)宮園町→(道道14)太田
→(道道1128・農道・町道他)東阿歴内→(道道221)塘路
→(国道391・道道1060)下久著呂→(道道1052)中久著呂
→(国道274)ヌマオロ→(道道53)弟子屈
→(道道717)札友内→(国道243)ウランコシ
→(道道588)津別峠→(ふるさと林道上里線)津別峠展望台
→(ふるさと林道上里線)津別峠→(道道588・町道)上里
138km

 昨夜の天気予報では、道東方面は晴れ時々曇り。お昼に眠気が抜けなかった昨日の反省を活かし、好天予報に万全を期すべく昨夜は21時前から就寝。おかげで今朝は4時からすっきり目が覚めた。もう完全に体内時計がツーリング時間に慣れている、いいぞ。
 しかし、明るくなってきた窓の外を伺うと、何と路面が黒々と濡れていた。というか、目を凝らすと雨脚が見えて、耳を澄ますと雨音が聞こえる。というか雨じゃん。焦るな、夜明けに降っていて明るくなったら嘘みたいに晴れるのは当たり前のことじゃないか。焦るな。粛々と出発準備は続けねば。

 ゴージャスな夕食に度肝を抜かれた昨夜だったが、今朝の朝食は何と5時から。早起きしようとしまいと、5時にはもうすでに全員の朝食の準備が済んでいるのであった。自転車乗りにとって最高のYHである。その朝食は、生卵に味噌汁にカレイの煮付けに味噌汁。絵に描いたような日本の正しい朝食だ。毎日ツーリングをやっているとつくづく思うが、出発前のこういう由緒正しい朝食が、一番その日の力になるのである。

 雨上がりを期待してバッグを取り付けていると、期待通りにとりあえず一応雨は完全に上がった。しかしさすがに霧の町厚岸、濃い霧は全く晴れる気配は無い。今日の宿は、津別峠を越えた向こう側の上里「ホテルフォレスター」。しかしこの天気が続くとすると、津別峠はちょっと無理そうだ。輪行とすると、鉄道にしてもバスにしてもかなり無理のある大回りになる。それに網走地方は、多分予報通り晴れているだろう。あっちで走れるとしたら、なおさら輪行の判断は早めの方がいい。
 走れるとしても、宿に19時前には着きたい。とすると、津別峠展望台は18時頃に出発したい。また、展望台滞在には余裕を持って1時間ぐらいいたい。過去の所要時間を考慮すると、展望台に17時に着くためには、ウランコシ15時、弟子屈発14時ぐらい、できれば弟子屈発は13時ぐらいだとありがたい。まあそれぐらいの目安で、余裕を持って行こう。

 6:20、厚岸愛冠YH発。
 濃い霧の中を市街地から厚岸大橋、そして厚岸駅前を過ぎ、まずは海岸沿いに西へ。途中のセイコーマートで、宿で食べられなかった純正ヨーグルトにオレンジジュースを補給、これでとりあえず栄養バランスは一安心。
 7:00、宮園町発。道道14で厚岸内陸の住宅地から郊外、そして根釧台地への登りへ。
 その登りが、いつの間にか新ルートに切り替わっていた。回り込むように台地の縁を登っていた旧ルート、その短辺の下と上を、新ルートは橋と法面補強で一気にすっ飛ばしている。それでも新しい方が昔の道より斜度が緩くなっているのだろう。
 坂の上は太田の集落、ここから再び根釧台地だ。集落グリッドの平行移動含みで道道1128へ、阿歴内、そして釧路湿原方面を目指す。
 まだ辺りは霧の中、時々雨がぱらつくぐらいでここまで来た。しかし路面はもう完全に乾いていた。集落から道道1128に入り込むと、相変わらず空は薄暗いものの、牧草地の丘の谷間に靄が残っているぐらい。霧も次第に晴れているのだった。

 少し先で、ちょっとだけ外回りの農道へ分岐してみることにした。道道1128だと基本的に丘の上の草原の道、直線基調だが景色はなかなか素晴らしく、毎回輝くような緑の牧草地と涼しい風が印象に残っている。一方、対抗案の農道南片無去線は、3回の谷間によるアップダウン含みで道道1128とほぼ同じ距離、10km先の南片無去の外れで最終的に道道1128と再合流する。
 結局この際、初めての農道片無去線へ向かってみたのだが、こちらも大当たりの道だった。丘の縁の牧草地の間を抜ける道は、ほぼ平坦に近い道道1128とは表情が異なる、程よく続くアップダウンで上下水平の変化ある景色が続く。丘の牧草地から谷間の森への下り登りで辺りの牧草地、丘の上からは周囲の丘の展望もある。
 いつもの道道1128は平坦な地形の幹線道路だが、こちらはその道道1128の裏道というだけで、何度か訪れてわかったような気になっていても、まだまだ見ていない景色があることを痛感した。

 農道の終わり近くで、東片無去へのショートカットが分岐。しかしその前に、まだ朝で時間にも気持ちも余裕があるので、一応500mぐらい先の道道1128との合流地点まで往復しておく。これで農道南片無去線は完走、ということになった。完走に拘るつもりはないはずだった。それなのに、せっかくなのでという理由でこうなってしまう。趣味というのも厄介なものではある。
 東阿歴内で少し国道272をスライド、国道272はかつての「黒百合国道」という愛称より、「宗男道路」という徒名の方が有名になってしまった。釧路から中標津、標津への最短ルートのこの道、以前は釧路市を抜けると交通量も少なく大型車は自転車を大きく迂回してくれ、まあサイクリング許容範囲内の道だった。しかしいつの間にか、車が次から次へとやってくる、スリルと排気ガス満点の道になってしまっていた。

 東阿歴内からは農道東阿歴内線。道道221との合流点、阿歴内を目指す。牧草地の狭間に緩いアップダウンが続くのは今まで通り、国道1本渡ってもそう景色が変わるものではない。しかし、全体的に薄暗かった空の雲が、俄然部分的に薄くなり、時々青空が見え始めた。こいつはいいぞ。
 丘から谷間へだだっと下ると阿歴内に到着。道道221は釧路湿原岸辺の塘路から塘路湖岸を通って根釧台地へ登る道なので、根釧台地からだとどこかで一気に谷底に下ることになる。つまり、阿歴内で根釧台地とはお別れということになる。
 その阿歴内の集落では農協は閉まっていたが、自販機は問題無く使えたので、ここでコーヒーでも飲んでおくことにする。と、突如地元兄ちゃんが車で登場。自販機利用者つながりで少しの間話し込む。兄ちゃんは酪農家とのこと、あちらもサイクリストのこちらに興味を持ってくれているのだが、こういう地元兄ちゃんお姉ちゃんとのお話が毎回意外に楽しいのである。

 道道221は2001年に通ったきりだ。悪い印象は無かったが、塘路湖岸の他にあまり印象が残っていなかったが、谷間の牧草地から塘路湖の湿原帯、湖岸の森のショートカット緩アップダウンへと、地図通りに道が続く。まあ谷間の森という通りに展望は無く、目立った山も谷も無い。しかし、青空は急速に拡がりつつあり、現れた直射日光で身体が熱せられ、周囲が照り返しで急に暑くなってくると、時々木陰のある森の中であることがありがたい。
 9:00、塘路着。釧路からやってくる国道391との交差点には万屋があった。まあ今のところこちらは万屋本体より店先の自販機に用があるのだが、この店、店の前にプレハブ公衆便所があるので車が途切れないようだ。こちらもいろいろこなして自転車に戻ると、雲が更に急速に移動しつつあり、青空と雲の割合が逆転していた。のみならず、一気にどんどん晴れつつある。

 9:25、塘路発。国道391を少しスライドし、釧路湿原を横断するダートの道道1060へ入り込む頃には完全に快晴になってしまった。あまり珍しくない現象と言えば珍しくないが、しかしあまりに一気に晴れてしまうものである。
 日本最大の湿原、釧路湿原国立公園、天然保護区域、ラムサール条約登録地、等々の肩書きを持つ天下の釧路湿原。その釧路湿原を通っている道道1060は、未だにダートのまま残っている。湿原際の森からなみなみとゆっくり水が流れる釧路川を渡り、湿原の茂みまっただ中を突っ切って続く道と、360°の彼方へ拡がる湿原と、やはり遮ることなく広々とした空。2つの異界のの折線というか2層構造の断面というか、何かそういう境界、いや結界を感じさせる。
 そんな道を、時々砂埃を巻き上げて、自動車が通過してゆく。自動車の砂埃は遠くから見てももうもうと上がっているのがわかり、通過した後もしばらく道の上に漂っていて、風とともに消えていくと、また元の静かな道道1060が現れる。

 湿原を横断し終えると、コッタロ展望台入口に到着。少し登った小高い丘から湿原を見渡すことができるようだが、今回特にここがどうという意識は今の今まで無かった。まあ無人の休憩所にはWCもあるし、ちょっと休憩しておにぎりでも食べることにする。
 もうすっかり日差しはぎらぎらと厳しい。暑さを避けて休憩所の中でおにぎりを食べていると、展望台から降りてきたり登ってゆく人はけっこう多い。降りてきた人に展望台までどれぐらいかかるのか聞いてみると、10分ぐらいとのこと。展望台滞在時間も含めると、往復で30分弱か。
 そういえば前回の2001年には、こういうところに立ち寄りたいんだけどなあ、等と考えて通過せざるを得なかったのを思い出した。幸いまだ9時半過ぎ、今ここでこのまま出発してしまうと、また何年か後悔するかもしれない。いや、天気のいい今日は絶好のチャンスだ。
 というわけで、休憩所裏手の登り口へ。

 10分ぐらいだったのか5分ぐらいだったのか、聞いていたより全然簡単に展望台に登ることができた。
 展望台では山肌の雑木林が切れ、その間から釧路湿原を望むことができた。真っ青な空の下、湿地帯の茂みの草色に、低木の濃い緑が粗密に茂り、真っ青な空を映した池が点在して彼方へ続く釧路湿原、そして彼方の低山。北海道に20回以上も来ていながら、このように釧路湿原を見下ろすのは、いつも余裕の無い行程を組んでしまっていたため実は初めてで、思えば長年の課題だった。展望台の涼しい風に吹かれながら、なかなかいい気分である。気が付くと30分どころか、結局1時間近くもかかってしまっている。でも、何しろこのお天気、この機会を逃すとしばらくこれ以上の訪問の機会はないだろう。やはり来て良かった。

 10:30、コッタロ展望台発。
 道道1060は、釧路湿原際の丘から鶴居・標茶の丘陵へ続く山裾へと向かう。決して高いくないが、鬱蒼とした森がしばらく続き、道道1060から道道1052に入った辺りで周囲に次第に牧草地が目立ち始め、やがて辺りはクチョロ原野の牧草地山裾になった。
 右手は低山、左側は広々とした一面輝く緑の牧草地。空には雲はほとんど無い。じりじりぎらぎら暑い日差しで、草地の緑も真っ青な空も鮮やか原色の世界だ。あまりに鮮やかな牧草地の緑に見とれて足を停めると、時々吹く風がまだ辛うじて涼しい。でもやはり暑い。

 中久著呂からは国道274へ。やはりさすがは国道、自動車の量は急に増える。大型車も少なくない。排気ガスと熱をまき散らしながら通過してゆく自動車。特にこういう暑い日はつらい。
 中オソツベツへ数kmのアップダウンの後、ヌマオロで弟子屈への道道53へ。
 上オソツベツの牧場農家と牧草地、そして丘陵谷間の森が緩いアップダウンとともに続く。国道のように拡幅がだいぶ進んだこの道、頭上が開けて木陰が無く、路面は灼熱地獄である。おまけに標高差50mの丘陵アップダウンが続いて意識が遠くなりそうだ。いや、丘陵アップダウン程度で気が遠くなるのは、熱中症の危険信号である。とりあえず現れた日陰で水を飲み、備蓄のおにぎりを食べていると、まあそれでも道道53の緑の世界は決して悪くない。それにこの辺の丘陵の断面方向を、まともに横切っていたさっきの国道274より、明らかに斜度は緩くなってきている。
 上オソツベツ原野、奥オソツベツと、牧草地と森、そしてアップダウンで丘を越え谷を越えていると、3年前の訪問で、反対側の方向から濃い霧の中で眺めていた景色を次々思い出す。更に言えば、2001年には朝の阿歴内辺りまでほぼ同じ道を逆行しているが、やはりそのときの印象は断片的に印象的な箇所で照合できている、という程度に景色は違う。

 丘陵から弟子屈の盆地に下ってきた最栄利別では、再び谷間の牧草地が拡がる。牧草地の緑、山の緑、点在する牧場農家、そして真っ青な青空と、文句の付けようの無い北海道の田舎の景色である。一方、やや向かい風気味の熱風が、暑くて仕方無い。でも、鶴井・標茶と丘陵地帯を過ぎ、何とか希望到着時刻の13時前に弟子屈に着けそうだ。気分はなかなかよろしい。

 「豚丼」「駅前」の文字を道ばたの看板に眺めつつ、12:50、弟子屈着。とりあえず町外れのセイコーマートで少し休憩する。例によってサラダやおにぎりやヨーグルトやらで集中的に補給しつつ、さっきの看板が頭に浮かんで仕方ない。町の反対側、国道243沿いにはラーメン「弟子屈」もある。暑さでだるいような気もするし、ここはどちらかに行くしかない!とは思うものの、でも…
 やはりよく考えると、今から何か食べて出発すると、弟子屈発は14時を越えてしまう。平地の町中で時間を費やすのではなく、田舎の景色や峠道の森で時間を費やす方がいい。暑さ故の気の迷いなのかもしれない。

 でも迷い続けたままで13:20、弟子屈発。走り始めれば、やはり気持ちが楽なのは現状継続、そのまま国道243の札友内までショートカットの道道717へ。いつもは弟子屈の反対側の国道243を使うのだが、以前札友内で分岐するこの道が、手持ち地図の単線状態からは拡幅舗装されているのを見つけ、狙っていたのだ。
 釧路川を挟んで東西から緩やかな傾斜で山の裾野が降りてくる弟子屈北部。その西側山裾の道だけあり、道道717からの見晴らしは良好だ。牧草地の向こうに森や西側の裾野、せり上がる摩周湖外周の山々などを見渡すことができて、しかも車は極少。更に、こちらは弟子屈市街へ立ち寄れる。都合がいいことづくめである。今後弟子屈通過はこちら経由に決定だ。

 国道243に合流すると、毎度のことだが、例え車の量は許容範囲だろうと何だろうと、国道の路上は自動車が高速で通過する慌ただしい場所。気持ちがちょっと落ち着かなく緊張する場所なのには変わりない。札友内の牧草地の眺めは悪くないのだが、そういうわけでちょっと黙々と走らざるを得ない。折しもちょうど今回珍しい追い風だ。牧草地の先は釧路川河岸の低木林、あまり視界が無くてここもいつも粛々と通過してしまう場所だが、ここも追い風で一気に通り過ぎてしまえ。

 屈斜路湖岸では、再び牧草地と畑の中の道となる。道が湖岸から内陸側を通っているので、国道から湖面が見えることはあまり無い。むしろ湖そのものではなく、山裾から緩やかな起伏を描いて湖岸へ落ちて行く地形、そこに拡がる畑と牧草地の景色がとてもいい。ここ2年連続早朝通過のため、この道は雲が多かった。ところが今日は空が真っ青で、見渡す景色の中に午後の光が一杯だ。日差しを受け、畑の作物も牧草地も山の森も、青々と輝き元気が良く、感動的ですらある。

 14:30、ウランコシ到着。以前ここで確かに立ち寄ったはずの売店が無い。ここのソフトに弟子屈を出る前から期待していたのに。というより、ここでソフトが食べられると思って、暑かったがすべてのソフトポイントを通過してしまっていたのだ。
 しかしソフトぐらいで滅入っていても仕方無い。水をがぶ飲みして、おもむろに津別峠へ。

 えっちらおっちら登り始めると、想像以上に身体がしんどい。全然登れない。理由はわかっている、今日のこの高温で、熱中症までにならなくても、身体が熱にやられているのだ。
 下から見上げる最初のカーブを曲がると、確かもうすぐ先から木陰が始まっていたはずだった。それなのに、なかなか木陰が始まらない。身体がきついので長く感じている、というレベルではないと思う。何か伐採で枝の半径が全体的に小さくなってしまったのか、それとも思い出が美しくなってしまっているだけなのか。
 何とか木陰に入り込むと、森の中はやはり一安心できるぐらいに涼しい。しかし、やはりきつい。全然登れなくなっていた。

 仕方無いので脚を着き着き、粛々と前へ進むことにする。標高が450m以上になると、急に涼しい風が吹き始めた。助かった。それにもう15時、そろそろ夕方の気配が感じられる時間である。しかしやはり日中弱った身体は、もう全然ダメなのであった。
 つづら折れが開けトラバース区間へ、そして峠までを、脚を着き着き、何とか一所懸命にとぼとぼ登る。西へ傾いた日差しは、しばらく山陰に隠れたままだったが、峠まで最後の山肌巻き区間で斜め前からの逆光になった。涼しくなったとはいえ、眩しいのがつらい。たかだか眩しいだけでもつらい。

 16:00、津別峠着。峠道ではだいぶ難儀しているが、まだ全然タイムリミットになっていないので、ここは予定通りに津別峠展望台を楽な気分で登れる。とはいえ、登り始めるとやはり10%強の斜度は更に手強い。年によってはストレートに一気に登れるのに、と悲しい気分になりつつ、脚を着き着き少しずつ登ってゆく。
 展望台へのふるさと林道区間は大まかに3段階。津別峠下の分岐から一目散に山肌を登って行く区間が終わると、次は森の中へ山肌直登区間。そして展望台下の一登り手前までなぜか斜度が収まる森の中。まあもう先は見えた。押すと後で後悔するに違いないので、なるべく押さないように落ち着いて登るだけだ。

 最後の坂をようやく登り切って、駐車場に着いたときは嬉しかった。16:30、展望台到着。
 今日の宿はこの津別峠を上里の谷間まで下りきってすぐのホテルフォレスターだ。つまり、下ってしまえばほぼ行程終了である。更に夕食は19時半とのこと、18時まで展望台にいても時間的には全く問題無い。むしろそれ以降になると、鹿の多い峠道で飛び出しが怖い、というぐらいのものだ。今日一日暑さでたっぷり苦しめてくれたこのお天気が、ここでは逆にこの大展望を楽しむための最高の演出になってくれている。何も気にすることなく、じっくり景色を楽しんでしまおう。

 展望台の売店が営業していなかったのは少し残念だ。売店のおばさんにもお会いしたかったが、もう夕方なので仕方無い。でも、夕方な割には観光客は入れ替わりつつ2、3名は常駐している。普段だともうこの時間は誰もいないぐらいな印象があるので、今日は当たり日なのかも。
 展望台最上部は屋根が無く、半球状に空に向かって開けている。東は屈斜路湖の湖面、その向こうに摩周湖外輪山、そして知床の山々が遠くに続き、地平と空の淡いコントラストの中に消えて行く。今日は暑かっただけあり、その空の下の方がやや靄っぽいので、知床山脈も手前しか見えないようだが、やはり青空と空を映した屈斜路湖、過去最上級の津別峠の景色である。苦労して登った甲斐があった。
 「あそこに登るんだ」と、女満別便で思ったのは2日前。その時のお祈りが効きすぎたのか天気的には問題無く、いや、問題なさ過ぎて多少問題があったものの、今年もいい津別峠訪問になっている。でも、まだ旅程3日目。いつも大体旅程の中盤でこの場所を訪れることが圧倒的に多かったので、この景色といつもの残り日程量が自分の中でリンクしてしまっていて、何だか今年の北海道ツーリングもいよいよ大詰めを迎えそうな気分である。いや、本当はまだようやく1/3が過ぎつつあるだけなのだ。

 西側の空には少し雲が出ているが、夕日の光で空が一杯になっている。明るい光の下に北見の山々が彼方へ続いてゆく。西側から南側は、近くの山々の森がやはり彼方へ続き、ひときわ高い雌阿寒岳、霞に消え入りそうな大雪山まで、夕日の中で青いシルエットに変わりつつあった。ここ2年、朝の訪問が続いたこの津別峠展望台。夕方の景色もとても素晴らしい。
 一通り写真を撮って展望台から降り、展望広場の柵に座ってぼうっとしたり、その間に夕日はどんどん低くなり、眼下の景色はどんどん色を変えて行く。森を照らす日差しはより赤く、遠景の青いシルエットはより色が濃く、空の色も次第に濃く、そして空を映す湖面の色はどんどん冷たい紺色に。風も随分ひんやりし始めていた。下ってすぐの今日の宿では、涼しい夜の風に吹かれると有り難い。

 17:55、津別峠展望台発。
 いつものことだが、登りに苦労した分下りはあっと言う間だ。ふるさと林道起点の津別峠下にもあっけなく到着。
 そのまま続けて下り続ける。道は概略西向き、というより、夕日に向かってどんどん下って行く。山肌を下るに連れ道の周りの木々が高くなると、夕日の正面逆光は木漏れ陽になり、そして山肌トラバースが折り返し谷間に沿って下るようになると、周りは森になって、そうなっても、道の斜度はまだまだ厳しくなる。

 結局、熱中症手前で弱ってはいたものの、何とか何も諦めること無く今回も津別峠が終わったのだった。
 分岐からはそのまま「ホテルフォレスター 3km」の看板に従い、次第に薄暗くなる森の道へ。
 18:35、ホテルフォレスター到着。

 実はもうちょっとツーリングっぽい宿に泊まろうと思ったのだが、翌朝チミケップ湖へ向かいたいのと津別に宿が取れなかったのでこういうチョイスになった。まあ立地に興味はあったことに違いは無い。
 フロントバッグにサイドバッグを外すのまではいつもと同じなのだが、その後チェックイン手続き、その後は荷物を運んでもらって客室へ。一昨日昨日のとほ宿、旅館YHのイメージからはかなり違和感があるが、何しろホテルなのだ。実は値段も倍ぐらい違う。
 大浴場の温泉で汗を流した後は夕食へ。この夕食がまたゴージャスだ。刺身、生ハムサラダ、鶏の丸揚げにカニ雑炊、さすがに値段だけのことはある。品数が多いだけあり、ご飯をお代わりせずに完全に満腹に。普通のお客さんはまず食べきれない量だろう。

■■■2009/9/9
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔
2009年09月11日
10:05
>>4. 高地 大輔さん [folo:fcycle/63/topic/56/4]

記録オンリーのトピに質問して申し訳ありませんが
塘路からコッタロ展望台へのダートはどんな感じでしょうか?
あと道は比較的視界がありますか?あまり鬱蒼としているとちょっといやかな?と思ったりするので。
2009年09月11日
10:40
>>5. とし@鎌倉さん [folo:fcycle/63/topic/56/5]

>記録オンリーのトピに質問して申し訳ありませんが

 そんなこと無いですよ!文章が長すぎて皆さん読んでないか引いてるか、どっちかなだけですので…短くしたいとは思うんですが…(ほんとにそう思ってます)

 で、塘路→コッタロ展望台ですが、砂利普通、坂ゼロ、幅広目、道自体には全く問題はありません。景色も釧路湿原まっただ中で、湿原区間自体はそう長くないですが、いい道ですよ。
 ただツーレポにも書きましたが、車が来たときの砂埃がかなりつらいです。

 ダートじゃありませんが、コッタロ展望台から先、道道1052の中久著呂までの区間もお勧めですよ。http://folomy.jp/heart/img.php?filename=tc_166224_1_12524...みたいな感じです。

 釧路湿原とコッタロ展望台関係、帰ったら3枚写真をUPしますね。

■■■2009/9/11
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔
2009年09月12日
06:53
   
 遅くなりました。道道1060の写真です。まあこんな感じで、中盤である程度展望は開けますが、茂みは比較的高く、どちらかというと茂みの中を走る区間が多いです。ただ、あまり鬱蒼とした雰囲気もありません。晴れれば空は高く、ほんとに道だけが続く、という印象です。
 展望の開ける場所はこんな感じです。
■釧路湿原の展望(パノラマ合成)
QuicktimeVRファイル(再生にはAppleQuicktimeが必要 iTuneでいけるかな?)
http://takachi.no-ip.com/cycletouring/2009/hokkaidoutour0...
JPEG
http://takachi.no-ip.com/cycletouring/2009/hokkaidoutour0...

 また、コッタロ展望台からの展望はこんな感じです。
■釧路湿原の展望(パノラマ合成)
QuicktimeVRファイル
http://takachi.no-ip.com/cycletouring/2009/hokkaidoutour0...
JPEG
http://takachi.no-ip.com/cycletouring/2009/hokkaidoutour0...

■■■2009/9/12
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔
2009年09月12日
08:06
>>7. 高地 大輔さん [folo:fcycle/63/topic/56/7]
ありがとうございます。問題なさそうですね。晴れたら中久著呂までのオススメコースまで(17:00過ぎには日が沈むようなので時間次第ですが243号線かもしれませんが。その日は厚岸までなので)行ってみようと思います。釧路湿原から根室、標津、羅臼のあたりに自転車ツーリングで行くのは初めてで楽しみです。
2009年09月23日
12:37
   
北海道Tour09 #4 2009/8/11 上里→芽登温泉

上里→(道道588他)津別→(国道240)本岐→(道道494)大谷
→(道道986他)境野→(道道50・農道他)置戸→(道道211)勝山
→(道道1050)常元→(道道88)西喜登牛→(林道糠南線)芽登温泉
137km

 4時、窓から真っ青な空が見えた。やった、今日は最高の天気だ!目論見通り朝の爽やかな時間のチミケップ湖に会えそうだ。となれば、てきぱき準備を進めないと。
 とは言いつつまずは温泉で目覚まし、いろいろやって部屋から荷物を下ろして外に出ると5時半。山間の谷間はまだ山の陰だが、太陽がもうかなり昇っているはずの空は明るく、空の青濃度も凄いことになっている。空気はきりっと限りなく涼しい。いい朝である。
 ホテルフォレスター、私のツーリングとしてはかなりゴージャスな宿だったが、この津別の山奥でこの朝を過ごせているのが最高に良かった。

 6:05、上里発。
 取り付き区間から昨日の津別峠分岐をそのまま直進、道道588はまだ薄暗いカラマツの森の中をどんどん下る。森も路面も影の中だが、空は明るく濃い青空、身体に当たる風は寒い一歩手前ぐらいできりっと涼しく、快適極まりない。こんな快適なサイクリング、そうそうあるものではない。

 カラマツの森を抜け、辺りが畑になると、木で遮られないのと谷間が拡がったのとで辺りが朝陽に照らされて、急に明るくなった。
 それっぽい畑の脇に自転車撮りのアングルを探し、ちょっと立ち止まってみる。畑の奥ではこの早朝から農耕機械が動き始めているが、路上は至ってのんびり静かだ。低山に挟まれた狭い谷間は赤い光に照らされ、畑、牧草地、そして山肌や森の木々、緑という緑が全部鮮やかで濃い色になっている。相変わらず森から吹いてくる風は涼しい。景色、音、気温と、大好きなこの道のこの辺りでこんなに素晴らしいツーリングになっているなんて、おhんと似ほんとに来て良かった。と同時に、チミケップ湖への期待が高まる。

 追い風に乗って一気に下ってしまう。畑地帯から旧上里小学校脇の森を過ぎ、美都の畑地帯へ。辺りは畑のまま谷間が少しずつ拡がり、緩やかな起伏は更に平滑になり、辺りに少しずつ農家が増え、何だか感覚より早めに津別の町が見えてきた。いつも津別峠を越えてから、午前中も10時から11時の訪問になってしまうことが多かったこの道。時間があるということは気持ちの余裕につながるのである。
 7:05、津別着。予定通りに町中のセイコーマートで朝食とする。以前は店内に飲食コーナーがあったこの店、何か当局から指導があったのか、もう飲食コーナーが無くなって久しい。店の前でおにぎりやサラダを食べていると、地元のおばさんが「店の中で食べられますよ」などと言ってくれるが、いや、もうだいぶ前にそういう場所はなくなっているのである。
 さっきの道道588では森の風があんなに涼しかったのに、少し店の前にいるだけで、けっこう暑くなってきているのに気が付いた。鋭い日差しで肌もぴりぴりしている。7時過ぎでこの暑さ、今日はきっととんでもない暑さになる。これは危ない。2年前、津別峠からチミケップ湖に向かう途中で軽い熱中症になり、その後は輪行の日になってしまったことを思い出した。今日は津別峠こそ無いものの、途中まで同じ津別・チミケップ湖・北見方面のコースである。まずい。
 しかしこの晴天、朝の爽やかなはずの時間、余裕ある行程。今日はチミケップ湖には絶対に行かない手は無い。とりあえず早めに涼しいチミケップ湖に着いて予定通りのんびりして、その後はその時考えよう。

 7:25、津別発。国道240で本岐まで8km、大型車、乗用車が高速で脇を通過するのがつらい。量的にはまあ何とかしばし我慢の範囲内ではある。しかし、朝道道588ではずっと追い風だったのが、逆方向へ向かうこの道ではけっこう厳しい向かい風になってしまった。それに津別での不安通りこの時間にして、直射日光を遮る物が無い路上は、早くも我慢できないぐらいの暑さになってしまっている。

 本岐からは道道494でチミケップ川沿いの狭い谷間へ。一気に交通量は皆無に近くなり、さっきの強い向かい風は山に遮られ、夜のうちに谷間に溜まった涼しい空気で快適な行程になる。これだから田舎道道はいい。
 毎度のことだが、チミケップ湖までダート4km含みの200m登りで15km。谷間の形通りにくねくね曲がる谷底の道は、終始畑と牧草地の中。厳しくなってきた日差しはこの谷間にも襲いかかりつつあり、畑や牧草地の緑がまたもや原色のように農耕で明るく鮮やかな色だ。でもまだ路面には道ばたの森の影が広く、その中は別世界の涼しさなのが助かる。日向にいても、森からの風は冷やっと涼しい。北海道の暑さは、基本的には日差しの厳しさと、日差しを受けた路面の照り返しによるものだとつくづく思う。
 とりあえず景色を楽しめる余裕が戻って、一安心だ。思えば2年前も国道240でふらふらだったが、この道があったから何とか辛うじてチミケップ湖に到達できたのだ。

 谷間のトウキビ畑の奥で谷は更に狭くなり、畑が森に変わるところでダートも開始。あとは森の中、風が涼しい木漏れ日の道をを4kmそろそろと遡ればチミケップ湖岸である。これも毎度だが、このダート区間、暑い日が続いているためか今回は特に土埃が激しい。しかも木陰の道が意外にもあまり涼しくない。ところどころで何故か深砂利も溜まっている。車が通るたびに少し立ち止まって埃が消えるのを待ち、昔の北海道ではこういう埃っぽい道が当たり前だったことを思い出す。

 8:50、チミケップ湖着。
 薄明るい木陰の向こう、期待通り真っ青で静かな湖面と、その上に雲一つ無い真っ青な空が拡がっている。しかも、下界の暑さはどこへやら、空気がひんやり涼しい。やった、過去最高のチミケップ湖だ。
 ここまで来ればもうチミケップ湖は逃げやしない。木陰で少し湖岸を眺めてから、そのまま湖外周へ進む道道494で、北岸の町営キャンプ場へ向かう。それにしても明らかにいつもより空気が爽やかで、木漏れ日が瑞々しい。道もいつも通り静かだ。しかし、さっきダートの取り付き区間で感じた道の土埃はここでも同様で、車がやってくると遠くから真っ白い煙が見える程だ。まあそんなことは些細な問題で、狙い定めた行程で、期待以上の最高のお天気であることに感謝せねば。

 町営キャンプ場の湖岸の広場には、2家族のテントが張ってあった。両家族とも釣りにカヌー、トンボ採集で楽しんでいたが、私的特等席の岸縁の木陰は空いている。有り難く腰を据えさせていただくことにする。
 雲一つ無い空にはすっかり太陽が高く昇り、日差しがぴりぴり鋭く絶好調だ。にもかかわらず、湖面からの微風と木陰はきりっとこよなく涼しい。一方、湖岸の草原、木々、そして対岸の山々は、その日差しで例によって青々と、輝くように鮮やかで色が濃厚だ。木陰の木漏れ日を見上げると、日差しに透けた葉がこれも鮮やかだ。
 草に座り、津別で買っておいたおにぎりを食べ、キャンプ場の水場で汲んだ水を飲み、しばらくのんびりする。今日はそういう予定で時間をたっぷり取ってある、何も先を焦らなくていい。風の静かな今日の湖面は波も無く、2家族の声の他は、例によって森から鳥とセミの声、その辺の茂みからとキリギリス、そして近くでトンボの羽音だけ。カヌーはいつの間にか湖の遠くの方、目を凝らしてようやく探せるぐらいの遠くに行ってしまい、近くのもう1家族がトンボ採集で楽しそうだ。ただの虫採りではなく、道具もその使い方もけっこう専門的で、どうやらお父さんがそれっぽい人のようだ。
 じっとしていると、トンボやチョウが身体に停まりにやってきて、チョウなんか手の汗まで吸っている。好奇心旺盛なマルハナバチもやってきた。草食性のハチなので、あちらから刺さないのを知っていても、これはちょっとさすがに怖い。
 明るい日差しの中、とても静かな景色。こんな素晴らしい場所で、いつもおにぎりを食べたらさあ出発!等という訪問ばかりだった。ほんのちょっとの違和感は、いつもこの場所、旅程も後半にさしかかろうという時の訪問だった。「来て良かった~」という気持ちはツーリング全体の満足に上乗せされて一体化してゆく、そんな位置づけだった。今回はまだ前半1/3が終わったばかり。今後もまだまだやること、行く場所が一杯残っている。しかしそれも、これはこれとして、旅程全体とは独立させて楽しめばいいだけの話だ。

 そんなわけでぼうっと1時間以上。過去最長の滞在時間により、時間を取った分以上の最高のチミケップ湖訪問することができた。しかし涼しい湖岸も、10時を過ぎると日差しが更に厳しくなってきたことが感じられ始めた。風はまだ涼しいが、そろそろ下界の心配をする必要があるかもしれない。

 10:25、チミケップ湖発。
 道道番号上では道道494継続で、訓子府方面へ。2007年、熱中症になってしまったときと同じパターンで、いやな予感がする。
 YMCAのキャンプ場の楽しそうな賑わいの脇を過ぎ、湖岸から北側の谷間に入ると、予想通りに森の中のはずなのにけっこう暑い。この道、チミケップ湖岸と津別町・訓子府町間の名無し峠部分はダートなのに、その手前の無人の谷間は何故か舗装区間となっている。森から出てその舗装区間に入った途端、照り返し効果で更に空気が暑い。
 ダートの峠越え区間はさすがに少しはましだったが、今度は路面がさっきの本岐からの登りと同じく深砂利ダートになってしまった。まあ押して歩く程なのはそう長くないが、登りも下りも緩めで涼しく、本来楽しい区間のはずのこの道で、思わぬ伏兵なのだった。

 稜線を越えた後、どこが峠なのかよくわからない峠部分を超え、長い長い緩下りへ。山肌を迷走するように森の中を下り、ポンオロムシ川の谷底に降りてしばらく細道ダートの下りが続く。オロムシ林道と合流してもしばらくダートが続き、一度舗装が復活しても、谷間が開けて日の出方面へ向かい初めて更にもう1度ダートが復活。道幅が広くなって今風の普通の道道になって、更に大谷の畑の中をまだしばらく下って行く。たかだか200m弱の標高差を10kmぐらいかけるだけあり、冗長な下りである。

 11:50、大谷着。ここからは西に向きを変え、道道986で置戸へ。北見から西へ向かう常呂川の谷の、北側に通る幹線の道道50の補完道路だ。補完道路なだけに線形はやや分節的な上に、置戸まで何回か道の乗り換えが必要だが、期待通りに以前何度か通ったことがある道道50より随分交通量は少ない。
 しかし心配通り、北見盆地はものすごく暑い。やや抵抗を感じるぐらいの向かい風は完全にお湯みたいに生暖かく、全身がどんどん熱くなるのがわかる。頭もぼうっとし始めた。まずい、熱中症になりかけだ。とりあえず水をがぶがぶ飲むと、面白いように汗が吹き出て、とりあえず頭はすっきりとはする。しかし、やる気は無くなるし力も入らないし、もう取って喰われそうな暑さなのである。
 こういう状態で、お昼時の眠気が今日も襲ってきた。思考能力が急に無くなって、更に身体に力が入らない。さっきチミケップ湖のキャンプ場でくんだ水にすがるしか無い。助けてくれ、チミケップ湖のおいしい水よ。

 と、熱風吹き荒れる前方彼方の道沿いに、公共施設の道路脇にありがちなあずまやを発見。ありがたい、少し居眠りできる。
 あずまやには先客の、地元のロード乗り2人がいた。どうやらご夫婦らしいが、初日の小清水と同様、北海道平野部に確実に自転車乗りが増えていることを実感する。結局先客に気を取られて居眠りしそびれたが、お話しできたおかげで何とか休むことができ、意識は復活できた。

 道道986は、置戸の手前で無駄に丘陵を越える。これを迂回するため、常呂川を渡って境野へ。豊住の農道から道道50へ、そのまま道なりに国道242に合流。てな具合になんとか平地の道を小刻みにつないでてれてれ流し、置戸市街へ。
 12:50、置戸着。駅前の蕎麦屋を見つけてから、少し悩んで町の反対側のコンビニまで行ってみるが、今日は時間はある。避難も兼ねて、蕎麦屋で昼食とすることにした。

 13:40、置戸発。1日で一番暑いのは10時から14時の4時間。あと20分でその時間帯が終わろうとしている。ちょっと我慢すれば、何とかなるはずだ。なってほしい。
 置戸からは同じ常呂川の谷間が続くが、道はの名前は道道211となる。谷間の幅はそろそろ狭くなり始めていて、トウキビ、ジャガイモ、人参、小麦、牧草地と谷間に拡がる色とりどりの畑、程良く近づく背景の山々が、程良くメリハリのある景色とのんびりした空間感覚を醸している。しかも今日はこの晴天、緑が例によって鮮やかで濃厚だ。
 だが、いかんせんこの暑さでは、ぼうっとした頭でとぼとぼ先に進むだけである。唯一救いなのは、今日は比較的時間の余裕があること。余裕を持った行程で良かった、と心から思う。
 勝山外れの温浴施設「ゆうゆ」で、迷わずソフト休憩へ。冷房の効いた涼しい建物でソフトを作ってもらう時間、しばし安らぎのひとときである。しかし、こういうときに限って、一切待たされることなく素早くソフトが一丁上がりになってしまう。
 温浴施設のエントランスの日陰でソフトを食べてしまえば、もう荒れ狂う日差しの中へ出発しなければならない。この先もう宿までお店など無いのだ。

 勝山から先、また道の名前が変わって道道1050となり、谷間は一気に狭くなる。2002年に泊まった鹿の子温泉の前を通ると、その後2006年に通ったときと同じく窓の雰囲気から言って明らかに営業していないのだが、どういうわけか道ばたの幟は2006年からあまり風化した気配が無い。北海道の山間の激しい気候に晒されて、単なるぴらぴらの布が劣化しないわけ無いと思う。あやしく鄙びたいい感じの温泉だったが、あるいは単にお盆は休み、というパターンなのかもしれない。

 常元で芽登への道道88へ分岐。そのまま進めばすぐ先のおけと湖で林道になってしまうので、十勝山裾の芽登へ抜けるこちらの方が、道のつながりとしては適切と思われる。
 そのおけと湖の湖岸道路まで、標高差100mも無い。毎回毎回ここを通る計画をする度に、時間があれば行ってみようぐらいのことは考えているのだが、しかも今回時間はまあ大丈夫と思われるが、体調がとてもそんな状態ではない。という大義名分があるので、そのままスルーする。
 その分岐から、道道88は標高差100mぐらいのちょい一発峠へ入り込む。芽登との間、いや、十勝地方との間の名無し峠はまだまだ先。勝山から律儀に谷間を遡る道道211~春日林道がダートで残されていて、ショートカット新道にちょい峠があるパターンだ。春日林道のダート区間は約10km程度、坂はどうってことは無さそうだが、近年は長い間崩落で通行止めだった。

 道道88へ入り込むと、やはり脚に全然力が入らない。2年前に留辺蘂で輪行を決めたとき程じゃないが、完全に体が熱にやられてしまっている。もともと大した斜度でもないので何とか登れているのだ。もう14時台、いい加減そろそろ涼しくなってこいよ。
 照り返しが暑さの大きな要因なので、木陰に入ると嘘みたいに涼しい。少ない木陰に一喜一憂し、と、行く手のカーブをとりあえずの目標にして、何とか鞍部にたどり着く。

 登り途中のちょい峠なので、下りはほんの少しだけ、また登り返しが始まる。その登り返しの始まりは、さっき通った勝山からの道道211~春日林道の合流点だ。
 道ばたの森の奥へ続く涼しそうな薄暗い道を見て、ようやくさっきの勝山で、春日林道のダート通行状況を伺ってもいいかな、と計画段階では確かに考えていたことを思い出した。ところが暑さで一杯一杯だったのと、春日林道自体が今まで大体通行禁止だったので、そういう可能性自体すっかり忘れていたのだ。
 そもそも時間はあったし、こちらの方が絶対涼しくて登り総量も少ない。未済ダートを訪れる良いチャンスだったのに。暑さにかまけて惜しいことをした。

 等と後悔は一瞬、気持ちを切り替えて先へ進む。登り返しと言え、この先はかなりの緩い登りがひたすらだらだら続いたはずだ。開けた広い道ではあるが、高い木々に囲まれた道の雰囲気はなかなか山深い。それに登り返しが始まって間もなく、標高550m辺りから少しは涼しい風が吹き始めてくれた。助かった。
 頭がはっきりしてきたので、景色を楽しむ余裕も出てきた。直線基調のだらだら登りが森の中延々と続くうち、景色が更に開け、辺りの山が見え始めた。山々は平地の低山のように低くはないが、これだけ山奥に来ても谷間が開けているので、深い谷間という雰囲気は無い。その広い谷間は樹海で埋め尽くされ、なかなか見応えがある。

 15:50、峠着。
 標識を見ると、「芽登35km」とある。標高700mちょっと、決して高い峠じゃないのに、ここから35kmも延々下りが続くのだ。過去にはあっちからもこっちからも登ったことがある既知の道、地図を見ればそんなことは定量的に把握できるが、それにしても長い峠だ。
 今日の宿の芽登温泉は、芽登へ下りきるだいぶ手前の西喜登牛で分岐する、ダートの糠南林道沿いにある。西喜登牛から芽登まで10km強ぐらいあったはず。ということは、西喜登牛まであと20km強ぐらいということである。
 茂みに囲まれた峠の駐車場はやや広めで、いかにも吹雪一時待避兼仮眠場所風だ。あずまや以外に何も無い。一応屋根の下でおにぎりを食べてはみるものの、屋根裏、柱、ベンチ、そして路面と、いくら山奥とはいえ大きなガが異常な程多くて閉口してしまう。あまり長居するような場所でもないし、その気にもならない。時間は余裕たっぷりだが、もう早めに宿へ行って温泉にでもゆっくり浸かろう。こうなると、ますますさっきの春日林道へ行かなかったことが悔やまれる。

 下りもやはり幅広の道が、やはり長い長いだらだら下りで続く。緩下りは、あまり脚を回さなくても、あるいは少し脚を回してけっこういいペースが保てるぐらい。向かい風は一切無いので、今まで暑さも含めてつらかった分、一気に快調な行程だ。
 下るに連れ、見下ろしていた周囲の山々が次第に稜線を見上げる位置関係になった。開けた谷間の山の間、景色もさっきまでと同じく樹海の中で、次第に高くなる辺りの山に囲まれた雰囲気が山深く、他ではあまり見かけない雰囲気である。
 森の道は延々続き、時々ホロカピリベツ川が現れたり森の中に消えたりした。地図の「上幌加製品事業所」に建物の記号を発見しても、実際はもう建物がない単なる置場みたいな広場だった。幌加美里別ダムと湖の文字に景色の変化を期待しても、それらは森の向こうで見えやしない。
 しかし、延々続いていた森が唐突に切れると、牧草地と牧場が登場。やっと西喜登牛の集落なのだった。ようやく人のいる場所に戻ってきたことになる。常元から60kmぐらいあっただろうか。この間完全にずっと無人の森だったことになる。

 16:55、林道糠南線起点着。
 今日最後の林道糠南線は、2000年以来10年振りの道だ。どういうわけか埃っぽく時々とんでもなく砂利が深いのは、偶然だと思うがチミケップ湖周辺と共通している。芽登温泉への日帰り客らしい車が通る度にもうもうと、白煙が立ち昇るのを止まってやり過ごす。しかし立ち止まると無数のゴマフアブがやってくるし、そろそろ薄暗くなる時間帯、茂みの中が何と無く不気味だ。
 というような道ももうわずか3km強。17:10、芽登温泉ホテル着。

 この芽登温泉、前述の2000年の林道糠南線訪問時、ダート林道沿いの森の中の1軒宿で、しかも天下の国土地理院が1/5万地形図のタイトルにしてしまっているので、とても印象に残っていた。長いこと一度は泊まろうと思っていたが、去年ちょっとしたきっかけがあり、今回訪問することにしたのだった。
 かつて泊まった留真温泉や東居辺の山の湯のように、雰囲気たっぷり、いいお湯に食事も充実。つくづく来て良かったと思わせられた。一度これら十勝外周部の温泉宿を日替わりで巡る、冬の十勝温泉ツアーなんてやってみたい。
 夜の天気予報では、今日はここ足寄町でも日中35℃まで上がったとのこと。盆地の足寄で35℃というのは、フェーン現象としては不思議は無いかもしれないが、普通に考えてやはりかなり高い。十勝地方の気温と今日通ってきた北見・網走地方の気温が必ずしもリンクするとは言えないが、やはり北見でもかなりの高温だったのだろう、と思われた。
 その天気予報、もうひとつ見過ごせない情報があった。何と明日夕方から天気が下り坂、明後日は全道で大雨らしい。その後は晴れが続くようなのだが、さて、明日はいったいどうなるか。

■■■2009/9/23
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔
2009年09月26日
08:14
   
北海道Tour09 #5 2009/8/12 芽登温泉→新得

芽登温泉→(糠南林道)西喜登牛→(道道88)芽登→(国道274)北門
→(町道・農道)開運→(道道134)西居辺→(町道)東士幌→(道道31)稲穂
→(十勝平原広域農道)富岡→(十勝大平原自転車道・町道)十勝川温泉
→(十勝中央広域農道)桜木町→(道道62他)大正→(道道62・町道)嵐山橋
→(道道55・町道)旭山→(道道859・町道他)北清水→(道道973・林道他)広内
→(道道136他)新得   170km

 4時に起床、目覚ましに露天風呂へ。出発前にお風呂に入りすぎるとだるくなってしまうので、気を付ける必要があるが、温泉宿はこれがいい。
 昨日の天気予報では今日から天気が崩れ、今晩から明日は全道で大雨になるようだ。そろそろ完全に明るくなっているはずの空は、山間のためか厚めの雲でまだ薄暗い。夏の暑さで有名な十勝でこの天気だと、逆に気温が上がり過ぎなくて好都合かもしれない。でも、同じ十勝でもこの最北部と言っていい山間と、今日通る平野部まっただ中では、天気のニュアンスはやや違うだろう。とりあえず天気が問題無いのなら、ツーリングを目一杯楽しむべく粛々と予定通りに足を進めるだけだ。
 荷物を積みに表へ出ると、昨日の夕方到着時からは考えられないほど空気がひんやりしている。辺りがしっとり濡れているのは雨ではなく、朝露と考えるのが自然だろう。さすがに山深い。

 6:10、芽登温泉ホテル発。
 まずは林道糠南線を昨日の逆走で道道88へ。早朝の森は宿周辺と同じく空気がひんやりして気持ちいいが、相変わらず道は埃っぽい。それと、森の奥まで何となくしーんと静かなこの時間、薄暗い茂みから何か現れそうな気がして仕方無い。大型のシカが路上に出ているだけでどきっとする。しかし、途中で犬の散歩中の芽登温泉ホテルの宿主さんと遭遇すると、にこにこと至って普通に歩いておられるのであった。

 昨日の夕方に引き続き、曇り空の下、道道88で再び芽登へひたすら下る。標高350mの西喜登牛から標高200mの芽登まで15km程、脚をそんなに動かさない経済走行で30km前半~20km後半ぐらいが維持できる、効率のいい下りが続く。昨日ずっと森だった道の周囲は、西喜登牛から先は基本的に牧草地。段丘部分になると森がある、というぐらいに開けた里の景色となる。
 下り一辺倒の道に時々短い登り返しが現れ始め、「そろそろ芽登か」と思っていると、「芽登9km」の看板が登場。すぐ芽登に着けるわけもなく、途中からでもやはりなかなか手強い道道88である。

 下ると共に空には青い色が現れた。谷間の奥から手前に溜まった雲を想像する。道にも少しだけアップダウン気味になり始め、長かったこの谷も出口に近づいているのだと実感できる。それにしても長い峠区間だったと思っていると、唐突にカーブの出口に民家が続き始めた。
 6:55、芽登着。喜登牛の長い谷間は、本別へ屈曲する狭い谷間に唐突にぶつかって終わっている。その縁に、芽登の町は低くかたまったように続いている。芽登で道道88とぶつかっている国道274からは、芽登の町が国道274に裏手で面することもあり、とても独特の山深く寂しい表情が感じられる。今回は昨日道道88であれだけ無人地帯を通ってきた後なので、何か人の営みに接しているような気分だ。

 芽登からはその国道274。広いお皿のような十勝平野の北東縁へ標高差100mを乗り上げる、その名も芽登坂開始である。
 登坂車線まである幅広の道には、交通量のほとんど無い道道88とは打って変わって車がやや多い。大型のトラックやトレーラーみたいのまで、轟音を上げて高速で通り過ぎる。そんな道を、さっきまでの下り基調の快調ペースからは嘘みたいにのろのろ登り続けざるを得ない。地形が変わる台地縁の常で上空の空気がぶつかっているのか、小雨までぱらつき始めた。
 それでもまあ登りきってしまえば、斜面の森の向こうが一気に開け、突然十勝平野が登場。十勝にやってきたことを実感できる一瞬だ。国道274の喧噪も芽登坂の排気ガスも、これがあるから我慢できるのである。十勝平野の東縁で、段丘部の森のてっぺんで一気に十勝平野が開ける景色、実はここだけではなくいろいろな道で見かけることができる。

 十勝平野に着いてしまえば、国道274に長居は不要だ。北門からさっさと脇道へ分岐し、居辺川の谷間へ。2年前通った道の逆走で、十勝平野東端部をしばらく南下するのだ。空は曇りではあるが、畑の中の道は見晴らしが良く、北側の糠平方面の山裾が見渡せる。
 平野上端からしばらく下り基調で居辺川を渡る。田舎道らしく登り返し斜度はけっこう急で、牧場の中を地形など一切お構いなしにどんどん登って下って再び居辺の谷へ。基本的に無駄な登り下りだが、登ると景色はいいし、道がそうなっているから仕方無い。

 谷底の開運から再び十勝平野東縁へ登り返すと、中居辺段丘部の防風林からまたもや広々とした畑の中に放り出された。一気に拡がる十勝の景色、何度見てもいい。
 ややせり上がった地形の上っ縁辺りに沿って、一直線の道がしばらく続く。緩い下り基調の道からは、丘の傾斜次第でさっきのように十勝北側山裾まで見通しが開ける。期待してこちらに足を向けたものの、その感動はやはり想像を軽く上回ってくれる。こちらに足を向けて良かった。十勝平野北部のハイライトの一つだろう。

 地形はとにかく平滑で、緩い緩い下り基調が続く。畑の中を下るに連れ、北上居辺、北開と地名が変わり、平滑ながら丘を感じられたいた展望とわずかな地形の傾斜は、そのうち完全に無くなってしまった。
 開運で一旦道は十勝平野の縁の外、段丘部へ降りてゆく。道の方向は変わり映えしないのだが、東の居辺川の谷間が西に少しだけ食い込んでくるのだ。谷を下っても、再び登り返すのは地図で見てわかっちゃいる。
 登り返しで合流する谷底からの道は、居辺からの道道134だ。この道で十勝平野に乗り上げるのは、1999年以来10年振り。前回通った旧道は茂みの中に風化しかけていて、確かその旧道の脇で路盤工事が始まっていた新道が、豪快に谷底から十勝平野の縁まで一直線に高度を上げているのだった。かつての訪問で想像したとおり、10年振りの再会が新道との再会で、これはこれで感慨深い。

 西居辺からは道道316、再び十勝平野の東端の道。もはや限り無く真っ平らな畑と防風林の景色の中、延々とひたすら、さっきより更に斜度は緩くはあるが、それでもまだ下りが続く。
 佐倉、共豊、東豊田と時々交差点近くに集落も現れるようになってきた。豊田の集落で道の向こうにAコープが現れたので、少し立ち寄ることにした。
 店先に自転車を横付けするべく駐車場に乗り上げて店に近づくと、おびただしい数の大型のガが辺りに散らばっている。散らばっているだけではなく、ひらひら飛び回っているのである。ガは店の中にも入り込んで、本棚の裏側にも溜まっていた。ここでようやく、昨日置戸で聞いたマイマイガの大発生の話を思い出した。そういえば、朝なのに、ここまでの道でもあちこちでガが飛び回ってたな。
 マイマイガというのはドクガ科の中~やや大型のガだ。初齢幼虫以外毒は無いらしいが、基本的に大量にやって来られると誰だってニガテだろう。幼虫はけっこう大型の毛虫で、背中に赤と青の丸い模様が2列に行儀良く並んでいる。広葉樹にこういう毛虫がいるのを見たことがある人は多いと思うが、なかなか生命力が強くてたちの悪い毛虫ではある。今年はそれが大発生している。大変なことである。マイマイガだってみんなみんな生きているんだが、やはりおぞましいものはおぞましいのだ。
 店の前ではお兄ちゃんが水でガの死骸を流している。普通このような灯りにやってきて路上に落ちている虫は、夜明けに鳥が根こそぎ食べてしまうものだが、マイマイガは鳥も食べないのか、あるいは食べてもまだこれだけ残っているかだろう。
 そう思いながら先へ向かうと、道ばたの茂みにガが絶えることが無い。どうかすると路上一杯に飛び回り、大変おぞましい。

 東士幌では道をやや内陸側へスライド。これだけ下りが続くと、もう辺りの景色はすっかり平野まっただ中である。こうなると平野部の縁ぎりぎりで展望を狙うより、真ん中寄りの通りのいい道を選ぶ方が、広々した十勝らしさが味わえるように思われた。
 というわけで道をスライドするごとに、辺りは更に平野のまっただ中へ。稲穂からは十勝平原広域農道、この道、2002年に士幌で国道241で転倒し、少しずつ暗くなる曇り空の下、擦過傷の血を絆創膏で強引に止めて(あまり止まらないが)急いだ道である。けっこう深い怪我の痛みと不安と、迫り来る夕方のタイムリミットで、気持ち的に一杯一杯だった。景色もあまりよく覚えていないが、道東自動車道のアンダークロスが見えてきて、とりとめの無い平地の景色だったのを思いだした。
 十勝平原広域農道は最後に富岡で道道73に合流。あれだけ続いた一直線道路が、最後はいきなりかくっと曲がって、やや埃っぽい準幹線道道に突き当たるのもあっさりしすぎだが、こういうあっけらかんと身も蓋も無いのが北海道の道の特徴でもあるように思う。

 ここから道道73で十勝川温泉に出て、十勝川と根室本線を渡り、十勝平野南側をお昼過ぎまで南下すれば、折り返して夕方新得到着がちょうど良いぐらい、というのが今日の目論見なのだが、今のところとりあえず順調だ。
 道道73に合流する交差点では道の反対側の歩道が少し広めになっていて、車道との間に分離帯が設けられていた。そうか、これがツーリングマップルに細い破線で書いてあった十勝大平原自転車道なのだ。道道の脇を自転車道に整備するパターンの自転車道なのだろう。

 そこで遠慮無く十勝大平原自転車道に突入してみたが、これがぱっとしない道だった。まず車道との分離が今一つで、間に細い歩道は入っているものの、車の脇を走っている気分で一杯になる。自転車道というよりほんとに単に道道の歩道が広いだけの道だ。おまけに細い道の路面は細かい凸凹や割れで最悪。朝の糠南林道の方が余程走りやすい。道ばたの茂みからもマイマイガがひらひら飛んできている。
 大層な名前の割に、実態は居候そのものの十勝大平原自転車道は、最後に道道73と別れ、何かの公園外れに到着した。「音更サイクリングターミナル」なんてのもあるようだが、その実態は自転車ツーリングにはあまり関係無さそうだし、公園にも特に用事は無い。そのまま道道73に戻り、10:20、十勝川温泉着。
 平地なのでけっこう車の多い道道73。その道沿いのセイコーマートにも、マイマイガは押し寄せてきていて、店の前やら壁やら窓の中やら、ちょっとした防虫灯も全然無駄みたいである。まあ気味悪くても何でも、ここで何か食べておかないと、この先まだしばらく何も無いのだ。
 休憩しているうちに雲の中は明るくなり、例によって今日も急に気温が上がり始めていた。

 10:40、十勝川温泉発。
 十勝川中央橋を渡り、稲志別までの河岸の平地を経て、今日2つ目の目玉の十勝南東部の台地へ向かう。この台地、ここ何年か十勝を訪れると必ず経由するようにしているが、丘の上の展望と程良い広がりの静かな畑がとても美しく、いつも外すことが無い。と同時に、畑地帯にはほとんど日陰が無く、集落はあるが商店や自販機や学校は無いので、水や食料に注意が必要な場所だ。
 これから向かう、台地の具合のいい辺りを経由して具合良く南下する十勝中央広域農道が、例によって手持ちの1/5万と、ツーリングマップルで道の形が全然違う。1/5万で細道乗り換えで描かれているコースを、道を何本かくっつけて1本にして拡幅、広域農道に仕立て上げているようだ。稲志別の農道分岐で現れたこの農道の行き先は「とかち帯広空港」。そうか、丘陵を無駄に登って降りて、それでもこの道へ行く方が近いのだ、車だと。

 少し谷間に入り込んで、来るか来るかと思っていると、やはり登りが開始。広域農道だけあって、拡幅に際してあまり勾配緩和は行われないようで、7~8%ぐらいの直登である。標高差80mぐらいの丘だが、ほぼ全部直登なのとじりじり照りつける日差しで、かなり堪える登りだ。今日ももう11時前。暑く苦しい時間帯である。
 しかし、何とか丘の上まで登り切ると、そこには期待通りに丘の田園風景が待っていてくれた。波打つ丘に畑のパッチワークが広がり、落ち込む谷間を見渡し、遠景には大雪の山々。近めの距離感、空間感覚で360°展開するパノラマは素晴らしい。雲はやや多めで低いが、この真っ昼間の暑さに耐えて登り切ったご褒美だ。

 豊岡、日新、古舞と丘の上の緩く小さなアップダウンを経て、トウキビ、ジャガイモ、麦と様々な畑の中、牧場の中、森の脇などを通過。ちょい坂や木陰、涼しい風に一喜一憂し、最後に森を下って小さく登り返してから、ややイレギュラー気味なカーブを描いて再び十勝平野へ下ってしまう。
 こうして北から南へ縁を通っていると、十勝平野の実態は平野というより盆地に近いことが実感できる。だって一番低いのが真ん中の十勝川で、十勝川に向かって縁から平滑な地形が下ってきて、山に囲まれたお皿を形成しているのである。南西部で一番海に近づく豊似や広尾だって盆地の縁にあるのだ。

 等と思いながら、再び広々とした平野の桜木町に降りてきた段階で12時前。
 今のところ南下を続けているが、今日の宿は十勝北西部の新得である。いずれは、というよりそろそろ方向を変えて北に向かう必要がある。また、北に向かう前に十勝平野をどこかで東から西へ横断する必要もある。真ん中の平地より山裾の方が景色がいいからだ。
 東から西へ向かうタイムリミットは、芽登温泉を出発した段階では12時、希望到達地としては、去年道の駅でチキンカレーがとても美味しかった中札内まで行けるといいなと考えていた。
 中札内はまだ20kmぐらい先だが、折り返しのタイムリミットはイメージ誤差の範囲として、まだもう少し南下してもいいような気もする。中札内を早めにこなせば、清川の「ジンギスカン白樺」にも行けるかもしれない。
 いや、でもこれから十勝帯広空港の脇を通って中札内へ出るのに、多分1時間以上かかってしまうようにも思える。その後折り返しの新得行きは、余裕無く時間遅延気味の行程になってしまう可能性が高い。となると、「ジンギスカン白樺」で昼飯を食べるのは難しいだろう。一方、早めの安全側チョイスでこれから西へ向かって大正の町に出れば、2年前立ち寄ったCEVAで炭火焼き豚丼が食べられる。というより、地図で見ると現在地点は大正のほぼ東だ。
 とにかく何か食べたい。地点のチョイスというより、豚丼にカレーにジンギスカンのイメージ攻撃で、頭の中は真っ白になってしまっていた。

 結局豚丼目当てで大正へ向かうことにした。道道62でお皿の縁から真ん中の平地まっただ中へ。桜木町に降りてから吹き始めていた東向きの風が向かい風となるが、まあ順当に畑と防風林が次々過ぎ、帯広広尾自動車道を越え、12:40、大正着。
 まずはまっしぐらに国道236沿いのCEVAへ。何故か地元団体客が宴会中で、豚丼大盛りが出てくるまで少し時間がかかった。思えば前も物が出てくるまで少し時間がかかったような気がする。時間が掛かっても、炭火焼きの豚肉の味は豊かだし、濃いめのたれも美味しい。というより、一昨日弟子屈で食べ損ねて以来、何か豚丼が食べたくて仕方がなかった気持ちが満たされたのである。これで\600、高コストパフォーマンスがウレシイ。中札内に行けたんじゃないか、チキンカレーを多べたかったな、という残念な気持ちはまだ少しあるが、豚丼で十分満足はできた。それにゆっくりと時間の余裕も持てている。

 13:15、大正発。道道62で戸蔦別川を渡り、再び畑と防風林の景色の中へ。
 これからはお皿の中から西の縁方面へ、緩々ではあるが登り基調となる。さっき吹いていた東向き向かい風も更に厳しくなってしまっていた。空も陸も広々と伸びやかだが、お昼過ぎの高い日差しの中、変化の無い景色は単調だ。ややつらい行程ではある。
 既知の道ばかりだと面白くないので、基松町で方向を変えたときに1本西の帯広川沿いの町道へ。川沿いと言ってもそれほど川には近づかず、道の脇が畑じゃなくて茂みになるだけだが、次第にお皿の縁に近づいて景色に変化が出てきたのはウレシイ。ただ、相変わらず茂みにはマイマイガどもが喜々としてひらついてやがる。

 この辺りは毎年お馴染みの道なので、少しずつ経路をずらして未済区間が多くなるようにする。いつもの道道より、町道や農道は交通量が少なくのんびり静かだし、道自体も簡素で、多少こぢんまりした空間感覚で落ち着ける。
 まあそれでも結果的にあまり変わらない景色の中を淡々と淡々と進み、広野町で方向転換。やはり牧草地と畑と防風林がひたすら続いた後、地図通りに道が屈曲し始めて唐突に14:35、嵐山橋着。
 嵐山橋では、去年早朝八千代YHを出発して通った道道55とクランク交差となる。ところが、クランク交差の反対の方向に何か公営の施設があるようで、そっち方面には道にはためく幟が見えた。ああいう幟はまず100%蕎麦とかうどんとかラーメンとかカレーとか、とにかく食べ物が書いてあるのだ。この場所でこんな物に出会うとは。去年通ったばかりの道だが、全くノーチェックだった。

 近づいてみると、道の脇から拡がる大型の駐車場には、確かに去年記憶がある。その中にソフトの幟を発見。もう行くしかない。
 食堂はその先の森の中、国民宿舎新嵐山荘に併設されているようだった。泊まったら気持ちよさそうな場所だ。でも、私がここに泊まることは当分無いだろう。なぜなら帯広八千代YHが近くにあるからだ。またステーキが食べたい。等と、寄り道の理由も寄り道して考えることも食べ物のことばかりなのが我ながら可笑しい。きっと疲れ始めているのだ。暑さにも、旅程にも。

 涼しい森でソフトを食べ終わり、再び道道55に出ると、厚くやや低めの雲が空の中に拡がり始めていて、青空は完全に見えなくなっていた。全道で大雨の明日の天気予報を思い出す。天気が変わり始めている。
 新嵐山を回り込む町道から谷間の大陽へ、そして河岸段丘上へ登り返して上渋山へ。ここでようやく十勝平野最西端の道に到達。十勝清水までしばらく既知の道を北上することになる。
 既知の道だが、道が山裾に近づくこの旭山から剣山、そして円山牧場の辺り、地形の変化は道のアップダウンや細かいカーブ、そして景色の変化となる。円山牧場をハイライトとして山側にも、そして所々で開ける十勝平野の展望も、楽しい道だ。また、山裾の道と十勝平野のグリッドの道とがイレギュラーな斜め交差となり、これもまたお皿の中のグリッドに乗った道とは趣が異なる。それにやはりここも道幅が狭い、落ち着ける田舎道だ。

 道のバリエーションが増える上羽帯、豊里辺りでは、例によって所々脇道を経由、次第に北上。
 何年か前から車が増え始めていたこの辺の幹線町道へ出ると、どういうわけか、というより遂にここも自動車が極端に多い。交通量皆無でも高速道路みたいな幅広道道もあるというのに、対向で2車線ぎりぎりのこの狭い道に、ひっきりなしに自動車がやって来るのだ。大型車も多い。トマムへ区間延伸して使い出が出てきた道東自動車道へ向かう車なのだろう。今後はこの辺り、経路を変更しないといけない。
 時間的に余裕があるので、清水から新得へは道道973先のダート林道へ向かえそうだ。道なりに清水を経由すると下って登ってになってしまうので、そのまま山裾経由で道道973方面へ。狭かった町道が、途中清水への道が分岐する辺りでようやく拡幅されていた。いつも清水経由なので、こちらは通ったことが無かった。

 国道274を渡った後はダートまで登場したが、その後はまあ順当に北清水で道道973へ合流。
 道道973は前述のように途中からダート林道となり、新得西側の北海道立新得畜産試験場に至る道だ。私にとって2回目の道だが、前回は1996年、もう強めの雨と霧と、地図で見る印象からは意外に長くてダートの坂道を泣きそうになって押し続けたという記憶しか無い。今日の天気はさっきからどんよりの曇り。夕方なのもあって辺りは薄暗くなり始めていたが、峠部分まで標高差は200m、まだ17時過ぎ。このまま問題無く行ってしまえ。
 緩い登りが続く道の景色は、十勝の山沿いだけあってなかなか展望が良い。前回は新得側も清水側も霧が濃かった記憶しか無く、広々とした眺めは嬉しい誤算だ。景色はさっぱり記憶に無いものの、下りきる直前までダートが続いたような気がした。しかし、今回はなんだか舗装区間が長い。まあ15年振りなのだ、道道なら舗装ぐらいされるているだろう。

 登りの斜度が次第に増え、もうそろそろ稜線部分も近づいてきたところで、牧場の突き当たりでようやく道がダートに変わった。
 さっきから右側に高速道路が見え始めている。言わずと知れた道東自動車道だ。こちらの道の行く先、峠部分の稜線の凹みをあちらも越え、こちらは再び十勝へ下り、あちらはそのまま山肌につっこんで行くのだ。自転車ツーリングな限りあっしには関わりのねえ道でやんすと思っていたので、どこを通ってトマムに出ているのかあまり考えたことは無かったが、そう考えるとかつて林道だけだったこちらのルートに、俄然陽が当たってきたことになる。さっきの幹線道道の変化など、やはり自転車ツーリングにも高速道路の開通状況が影響するのだ。
 等と考えていると、牧草地の先はすぐに森に代わり、道は乗車しづらいぐらい砂利が深くなってしまった。地図で見ると峠部分は近いことだし、もう押したり乗ったりでごまかして進んでしまえ。こちらは森の中だったり茂みだったりだが、その向こうには牧草地、更にその先にちらちら道東自動車道が見えていた。

 間もなく茂みの中、道はゆるっと峠部分を超えた。清水側からだとちょろいね。
 しかし新得側は清水川と違い、森の下りがしばらく続く。もう17時半過ぎ、薄暗い森が何だかブキミで、早くここから出てしまいたい。何となく心細く、前方に飛び出すキツネにすら、どきっとしてしまう。こういうときに限って林道は大変長く感じる。早く終わってくれ、と思いながら下り続けるが、下りはだらだらと、森は閉鎖的だったり開けたりしながらしばらく続いた。1996年の訪問時はお昼前だったが、霧と雨の中の登りが随分長い間続き、やはりとても心細かったのを思い出した。

 しかし、山肌から山裾に降りて斜度が落ち着くにいたり、ようやく牧草地外れのダートへ放り出され、すぐ舗装が復活。無事、新得畜産試験場に到着したのだった。
 私の初渡道は1983年。その時は自転車ツーリングではなく、撮り鉄旅行で、主な目的地はこの新得畜産試験場を横長にS字を描いて標高差200mを登る新狩勝峠と、開通間も無い石勝線だった。新得畜産試験場にはこの時だけではなく、その後もう一度訪れている。その度に新得駅に泊まり、この新得畜産試験場を10数km歩いて写真を撮っていた。そのため、この畜産試験場の景色のすべてが大変懐かしく感じられる。
 久しぶりにこの懐かしい景色を、列車からではなくて下から眺められているのはとてもうれしいことだ。コンクリート橋で頭上を横切り、カーブを描いてトンネルに突っ込んで行く根室本線は、もう随分前から防風板が設けられ、かつてのように列車の姿を眺めることはできなくなってしまっている。しかし、この牧草地と森、程良い傾斜地に拡がるこの景色に、初渡道時の気持ちを鮮明に思い出す。
 もう少し懐かしい景色を眺めたくて、新得へ降りる道の途中、畜舎や木造事務所が建っていた辺りを伺うと、それらの建物は見事に鉄筋コンクリートの5階建てぐらいの建物に替わっているようだった。まあ無理も無い。あれから25年も経ってしまったのだ。

 最後は道道136から新得へ。市街地手前、絶対に踏切だったはずの根室本線との交差が、「オダッシュ通り」という畜産試験場を見下ろす山の名前が付けられてアンダークロスに変わっているのも時間の経過を感じさせる。
 18:05、新得サホロYH着。

 十勝平野の入口、交通の要所の新得にだいぶ前から建つこのYHも、26年前には無かったものの一つだ。国道38沿いでセイコーマートに近く、なかなか使い勝手はいい。惜しいのは屋根付き自転車置場が無いことだ。勢い50cmぐらいの軒下壁沿いに寄せて自転車を停めておくことになるが、そういうこのYHに、今日は他に大学生の自転車部グループが同泊している。軒下が狭い上に、今晩から明日は大雨の予報だ。同じ町中ではあるが、新得駅まで徒歩で20分ぐらいかかるので、明日最低限新得に向かうには、多少濡れるぐらいならこれで仕方が無い。せめてコンビニ袋を総動員してサドルやハンドルに掛けておこう。
 夕食は、今どきのYHらしいバランス良く美味しくボリュームたっぷり。腹一杯食べることができた。
 その夕食中、雨が降ってきた。あっという間に大雨になり、窓の外にぼとぼと軒先からの雨だれが見える。自転車が心配になって見に行くと、辛うじて直撃は避けられているようだが、そんなもん風次第でどうなるかわかったものではない。
 頼むぞサホロYH!次回は屋根付きガレージを作っといてくれ!

■■■2009/9/26
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔
2009年09月29日
23:46
   
北海道Tour09 #6 2009/8/13 新得→旭川

 雨は夜じゅう降り続けた。何たって全道大雨の予報だ。
 もともと今日の計画は、北落合へ行った後は東山~麓郷~ベベルイ基線、そして美瑛経由で旭川へ向かう予定だった。でも、山経由と谷経由の違いこそあれ、鉄道でもほぼ同じ経路で効率良く旭川へ向かえる。何か昨日からこうなるような気はしていたし、寝ぼけた頭でも走ろうとも思わない。それどころかこうなると、もはや起きようとも思わないようで、目覚めると6時過ぎ。もういい加減いつも走っている時間なので、仕方無く目覚めるが、そんなことじゃ雨は一向に止んでくれない。

 部屋のみんなが起きてから誰とも無く点けたTVの天気予報では、やはり今日は全道で大雨である。狩勝峠の向こうの北落合の朝が見たくて、5時過ぎには出発しようと思っていたので、朝食は頼んでいない。みんなが朝食を食べている間も手持ち無沙汰である。
 新得→富良野→旭川の時刻をチェックすると、幾寅で途中下車して「なんぷてい」のなんぷカレーを食べ、旭川には14時前に着けそうなことがわかった。

 10:12、新得発。
 昨日通った畜産試験場は、もうすっかり霧と雨の中。真っ白い景色の中を各停気動車は粛々と進んでゆく。
 去年15日間の旅程を終えた落合駅を懐かしく眺めた後、10:52、幾寅着。落合ではまだ降っていた雨は、幾寅では何とか辛うじて上がっていた。話が違う、とも思うが、山間方面は濃くしつこそうな雲にとっぷりと覆われている。朝の天気予報で天気図を見たら、全道大雨はまあ疑う余地は無い気圧配置なので、ひょっとして空気とか気温の微妙なバランスで、谷間は晴れているのかもしれない。
 映画「ぽっぽや」のロケに使われたこの幾寅駅は、映画公開終了後もずっと映画の資料館みたいになっている。まあしかしこちらは旅の途中、題名だけ知っている架空の話の資料を見ても、何がどうなるわけではない。目当ての「なんぷてい」は11時半から営業開始とのこと、しばらくぼうっとして過ごす。

 11時半から入ったなんぷていでは、まずなんぷカレーを注文。南富良野牛のステーキとカレーの組み合わせが美味しい!やはりわざわざ足を向けただけのことはある。
 まだ腹には余裕があるし、せっかく様々な条件や難関を越えて1年振りにやってきたのだ。この際返す刀でジンギスカレーを注文してしまう。
 ラム肉ステーキとカレーの組み合わせを期待していたが、その実態はもろジンギスカンのたれ付焼き肉+カレーの構成ではあった。オイシイのだが、醤油系たれとカレーの組み合わせはなんぷカレーほどの絶妙さは無い。またいつの日か、今年の新製品らしいエゾシカカレーにチャレンジしたい。その日までしばしの別れじゃ、なんぷていよ。

 12:23、幾寅発。
 根室本線で富良野へ、富良野で乗り換えて旭川へ。この間、辺りは終始降ったり止んだりの状態で、これならまあ走れる気もしないでもない。しかし、やはりちょっと山方面はもうどんよりと雲が垂れ込めていて、あっち方面に向かいたいなら諦めるのが正解なようでもある。煮え切らない天気だ。

 14:25、旭川着。
 駅前に着くと、また雨が降ってきた。これなら天気予報通り、今日の行程を諦めただけのことはあるというものだが、何も人が歩き始めるのにタイミングを合わせて降ってくること無いだろうに。
 でも目指す東横インは駅から至近、そのまま歩いてしまってチェックイン。うとうとしたりして、うだうだ煮え切らない時間を過ごす。夕食は東横インチェーンで人気のサービスカレーをいただき、まだ腹が減っていたので松尾ジンギスカンへ。

■■■2009/9/29
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔
2009年10月02日
21:54
   
北海道Tour09 #7 2009/8/14 旭川→天塩

旭川→(国道12他)旭西橋→(旭川サイクリングロード)江神橋
→(道道98・715)共和→(道道72)下幌加内→(町道)沼牛
→(道道48)幌加内→(国道275)添牛内→(国道239)古丹別
→(道道437・町道他)興津→(国道232他)遠別→(農道他)天塩   201km

 昨日は全行程輪行移動にしたお陰で、たっぷり休むことができた。今日は天塩までの長丁場、天気予報は晴れ。良いサイクリングになるだろう、こちらの調子さえよければ。
 荷造り中に気が付いた。帽子が無い。まだあと3日も行程が残っている。いくら道北とは言え、北海道の日本一厳しい直射日光に耐える自信は無い。どうする。どこかで仕入れないといけない。
 とはいえ旭川の町はまだ目覚め前。アウトドア系か洋品店か、どっちにしてもお店が開くのを待っていたらとても天塩なんか辿り着けない。途中では幌加内じゃ売ってないだろうから、昼過ぎ頃の羽幌で買えるかもしれない。でも、そこで気が付いた。コンビニで野球帽も売っているのだ。旭川で何とか帽子を仕入れれば、とりあえずそれで3日間は何とかなりそうだ。
 一安心すると、次は一体どこで無くしたのかが気になり始めた。まず一番あやしいのが昨夜の松尾ジンギスカン。ちょっとよっぱーで出てきたからだ。あるいは新得駅か。落ち着いて輪行作業できたものの、確か駅蕎麦を食べたときに帽子を脱いだような気もしないでもない。
 とにかく今はコンビニで帽子を入手し、できるときにどこかめぼしい所に電話しよう(結局幾寅のなんぷていだった)。

 5:40、旭川発。
 まずは早速街中のセイコーマートへ、おにぎりやらサラダやらと一緒に野球帽を入手。元の帽子より鍔はやや短いものの、ひとまずあと3日間安心である。安心して腹ごしらえをしているとすぐ時間が経ってしまう。いそいそと国道12やら何やらを経由して、旭西橋から旭川サイクリングロード へ。
 北海道の自転車道の中でも、支笏湖の自転車道と共に比較的昔から有名なこの旭川サイクリングロード、訪れるのは今回初めてである。ちなみに支笏湖の自転車道も訪れたことは無い。1/5万地形図の、旭川市街から石狩川沿いに描かれているこの道には興味があった。が、今まで旭川を経由する度になんとなく存在を忘れてしまっていたり、ルートが合わなかったりで、訪問しそびれてしまっていたのだ。
 そうだったのに、今回適当に石狩川へ向かうと、目の前に現れた旭西橋が自転車道の起点だった。偶然ながら、タイミングのいいときはいいものである。

 電化複線化前の旧函館本線跡の転用自転車道としても有名なこの道。元鉄道だけあってカーブは緩く坂は皆無、自転車でトレースするのに何の問題も無い。幅はいかにも道床と犬走り、道としてはタイトな空間感覚はその空間は元鉄の私にとって適度に慣れがある。現函館本線と時々近接する以外は適度に下界とも独立していて、生い茂った道ばたの茂みや森の中から熊が登場しないか心配になるぐらい、静かな道だ。
 目指す道道98には、地図通りに順当に石狩川の江神橋で合流。函館本線をオーバークロスするこの橋、過去何回か通っているが、函館本線のすぐ隣のこの旭川サイクリングロードの合流箇所に全く記憶が無かった。しかしこちらから来てみれば、何だ、こんなにシンプルに合流するだけだったのか、というぐらいに直接ぶつかっているのだった。

 その石狩川の江神橋で、道道98は旭川市街の外れを抜け出し、その先は一気に普通の田舎道道になる。狭目の谷間にやや屈曲気味に続く、やや狭めの一昔前風の道は、開けた景色もダイナミックな地形の変化も無く、あまり面白味が無い。そもそも今朝の天気は厚めの低い雲が空を覆っていて、昨日までの天気予報と話がかなり違っている。でも、これから幌加内へは江丹別峠、日本海沿岸へは霧立峠がある。旭川盆地の谷間で天気が冴えなくても、どこかで晴れてくれるだろう。むしろ晴れだと高温が心配な旭川盆地、曇りでも好都合と思わねば。
 などと考えていると、厚く低い雲の隙間、雲のすぐ上に確実に青空が見えている。これからそこそこ晴れてくれ。

 道なりに同じ谷間を進む道は、嵐山で道道98が別の谷に分岐して道道715に名前が変わり、共和で近文からやってきた道に合流、道道72となる。低い雲の間には、時々青空が現れたり、しかしこれだけ雲が低くて谷間だと、時々水滴がぱらついたり。結局江丹別で盆地が拡がっても、何と無く辺りが明るくなるぐらい止りで、天気が煮え切らないのは変わらない。

 江丹別は蕎麦の里。近年都内の蕎麦屋でも、「当店は江丹別産の蕎麦粉を使用しています」としてその名をよく見かける。その通りに、谷間に突如拡がった蕎麦畑には、一面とても優しい薄緑色の花が満開だ。これで晴れていれば。集落ほぼ中央の道道脇に建つ蕎麦屋「江丹別そば」にも寄りたいが、まだ7時過ぎ。

 江丹別中央の集落を抜けると、そのまま道は拓北のソバ畑脇から江丹別峠へ登り始める。のろのろと坂道を登る私の脇を、練習ロードが追い抜いていった。今年はこういう場面が多い。自転車ブームが確実に日本中に拡がっていることを感じさせる。
 山肌に続く道は広葉樹に囲まれているが、時々その間にちらちら拓北から山裾へ続くソバ畑と、ある高さから上が雲にとっぷり覆われた山が見下ろせる。それは何か濃くこってりした感じの雲で、これから峠に向かうに当たり、全く晴れる気がしない。
 その印象の通りに、道が東向き斜面から峠へ向かう西向き斜面に移った辺りで、遂に雨雲に捕まってしまった。けっこう強い雨である。晴れじゃなかったのか~!と思っても、雨なものは雨なのだ。

 峠を越えて幌加内町へ入り、山肌に一直線に続く下りをスリップしないようにゆっくり下ると、幌加内盆地に下りきる直前でようやく、しかもぱたっと雨が止んでくれた。下りきった下幌加内は一面のソバ畑。緩やかに起伏する丘一杯に薄緑の花がやはり満開で、遠くの丘には白樺林の白い幹が目立つ。一面の優しく穏やかな色の花は、いつもながら夢見るように静かで美しい。
 しかし空はどんよりと、やはり辛うじて里に落ちてこないぐらいに雲が低い。この先が思いやられる。
 国道275がもうすぐ近くだが、こういう静かな景色の中ではなるべく静かな細道を走りたい。既知の道やら未済の道を切り接ぎながら、ソバ畑の中を町道で下幌加内から沼牛へ。沼牛からは道道48に合流、相変わらず静かな道で幌加内へ。

 8:20、幌加内着。国道275沿いに少しの間小さい町が続いているが、南北に50km以上も続く幌加内町の中央部でありながら、いまどきセイコーマートの一つも無いのがとても珍しい。ソバ生産量日本一だけあり、さっきの江丹別のようにここも何と無く興味が沸くようなちょっと鄙びた佇まいの蕎麦屋が美味しそうだが、いかんせんここでもまだ8時台。こうなると自販機で缶コーヒーなど飲み、町中の小中学校で水を補給する以外にやることは無い。
 町外れの蕎麦粉精製工場を眺めつつ、そのまま国道275を北上する。道北南部の平地は意外にも水田が多い。この上幌加内も、蕎麦畑だけではなく田圃が目立つ。国道275は雨煙別までそういう田圃の中に続いた後、狭くなってのたうち始める谷間と雨竜川とともに、白樺林の目立つ広葉樹林の中を更に遡り、少しづつ高度を上げてゆく。幌加内盆地ではまだ明るかった空も、盆地の北外れで雲が山々にぶつかるためか、雨が降り始めてしまった。
 雨は道が真っ黒にならないぐらいで降ったり止んだり。谷間が少し拡がると雨が止み、山が近づくと雨に捕まって、雨具を着て少し走って、雨が弱くなって雨具を脱ぎ、しばらくするとまた雨具を着る羽目になる、という状態で、またもや煮え切らない。でも、こういう状態でまだ時々雲の隙間に青空が見える。霧立峠さえ越えれば天気が変わるかもしれない。

 9:05、道の駅ほろかない着。当社比でなかなか順調なペースだ。昨日丸々休めただけのことはある。
 幌加内の町では何もありつけなかったので、ここが旭川以来久しぶりのまともな補給ポイントということになる。とはいえ順調なので時刻はまだ9時過ぎ。もう少し後ならここで蕎麦を食べたい気にもなるが、今のところは何か予備知識と食べたいもののイメージが具体的に結実するあては無い。とりあえず手っ取り早くいつものソフトをいただくことにする。
 しかし、そういう漫然とした曖昧な態度で「ソフト下さい」と言うと、出てきたのは名物(?)の熊笹ソフト。私は基本的に何が何でもバニラ派なのである。完全に「しまった!!」状態、食欲の行き場を見失ってしまったような気がした。しかし、そんなことで落ち込むのも馬鹿馬鹿しい話である。気を取り直して食べてみると、抹茶なんかより全然お上品な、牛乳クリームの味を壊さない優しい味付けである。
 昔、北海道を冬に旅行していたとき、JRで隣に座ったおじさんと「朱鞠内に行くんです」という話になり、朱鞠内湖(雨竜第1ダム)建設記録の「笹の墓標」という本を薦められ、入手してみた。それは戦中の、凄惨を極めた強制連行・タコ部屋労働の建設記録であり、一見静かな旅先の景色にも、想像できない歴史が秘められていることを教えてくれた本になった。
 笹の味のソフトに、そんなことを一瞬思い出す。同じ幌加内で同じ笹。今まで幌加内の私的象徴としてソバの花と白樺があったが、この幌加内オールスターズに、今回笹が加わったような気がする。

 9:35、道の駅ほろかない発。
 谷間に拡がる政和の盆地の南端から、そのまま国道275を北上する。広々としたソバ畑に山裾の白樺林を眺めつつ、盆地中央の政和の集落を通過。盆地北端から段丘を登り、添牛内の台地へと移行する。
 段丘の登りの途中に、眼下に政和のソバ畑を見渡す展望ポイントの土手がある。毎回通るのが楽しみなその場所で、今回も政和方面を振り返ってみるが、いかんせんどんよりと低く暗い雲に覆われた盆地がやや重苦しい雰囲気で拡がっているだけなのだった。今日はほんとにこの先晴れるのか。いや、霧立峠さえ越えればこっちのものだ。こうなったらささっと行ってしまえ。

 低い雲が今にも落っこちてきそうなのに青空も見えるというビミョーな状況はその先も続いたが、添牛内到着手前、前方が白く霞んでいるのが見えてきた。いよいよ平地にも雨が降ってきたのだった。幌加内や政和より少しずつ標高が上がっているのだ。雨の降る標高に達したのだろう。
 10:10、添牛内着。国道275から国道239への分岐は、この交通量の少ない2本の国道の分岐点にしては気の利いたジャンクション状になっている。カーブ坂道をぐいっと登って、道なりに西へ向かうと、正面の早雲内川の狭い谷間に、真っ白い濃い雲が溜まっているのが見えた。先が思いやられる国道239への入り口なのだった。しかし、相変わらず青空も見える。

 この霧立峠、北海道の峠の例によって、というより北海道の峠の中でも際だっただらだら峠である。標高240mスタートで380mの峠まで140mしか登らないこちら側もさることながら、苫前側は標高差たったの380m下りに、何と50kmもかけるのである。途中登り返しは皆無どころか、アップダウンすらかなり少なく、見事ですらある。今日の行程は、この霧立峠の下りをどれだけお手軽にこなして、早めに日本海沿岸に到達できるかがポイントだと考えていた。
 ちなみに、朱鞠内湖から遠別へ直接抜ける道道688さえ開通してくれれば、道北へ行くのにこんなに大回りしなくてもいいのである。この道に併行して、道北山間でおなじみの旧国鉄未成線、名雨線の建設跡があるらしいから、トンネルでも何でも使えるものならつかえばいいのに、とも思うが、いや、やはりこれだけ広大な無人地帯。手つかずのまま置いておくべきなのだろう。
 そんな無人地帯を掠めるのが、この霧立峠の国道239なのである。
 標高300mを過ぎた辺りから、辺りの真っ白い霧が遂に雨に変わった。ごつごつと異形の岩山、そして谷間から岩肌まで駆け上がって覆い尽くす密林、その間を幅広い国道は大きなカーブを描いて通り抜けてゆくが、さっさと峠を越えてしまいたい。まあ、道だけじゃなくてこちらが遅いのにも、なかなか峠を越えられない原因はあるとは思う。
 10:55、霧立峠着。道が稜線をくるっと巻いて、あっち側の低山と大樹海の景色が拡がるはずだった。ところが、あちら側も真っ白い雲が山々を覆っていて、少なくとも峠近くは雨が降っているのであった。

 結局、峠から下っても、一向に雨は止まないことが次第にわかってきた。
 雨と薄い霧の中、低山の山肌をくねくねと曲がりくねって、道はしばらく谷間へと下り続けた。谷間へ下りきって道道742が小平方面へ分岐した後は、イレギュラーに曲がりくねった地層を露わにした山々が複雑に道と古丹別川を囲む谷間が延々と続く。霧立峠から眺める大樹海や山々の形もかなり浮世離れしているが、谷底の景色もこれはこれで、やはり異形の景色である。さすがは霧立峠。
 そんな道でこの冴えない天気だから、延々と、延々と下って谷間が拡がってきて、霧立の牧草地が現れてくるとウレシイ。しかし、それでもまだ1/5万地形図では「三渓」の半分、つまり峠下り区間の概略半分しか来ていないのである。

 その後は更に谷間が拡がり、田畑が現れて東川の集落へ。この農村区間も、前回2007年に反対側から来たときはずいぶん長く感じたものだったが、今回は峠を越えて延々下ってきた後の最後の区間。長くはあるがやや気持ち的に安心できるのが何だかおかしい。
 霧立を過ぎた辺りで雨は止み始め、そして東川の集落辺りで路面が乾き始めていた。いい傾向だ。しかし相変わらず雲は厚く低く、もはや今日この後晴れるだろうとは到底思えない。

 谷と古丹別川と田んぼの中の道はあちこち方向を変えつつ、進むにつれ下りは例によって更に緩く、そして海岸に近づくにつれ向かい風は強くなってきた。
 やがて山が切れ、行く手に小さい町が現れた。13:05、古丹別着。やっと日本海海岸部の手前、古丹別に着いたのだ。到着希望時刻ぎりぎりである。町の中にはオレンジ色のセイコーマートの看板もある。何と早朝の旭川からお昼過ぎのここまで初めてのセイコーマート、いや、コンビニ自体初めてなのが凄い。せっかくなので休憩していきたいような気もするが、いや、2007年の記憶によると、羽幌まで確か意外に時間がかかったはず。ここは羽幌まで足を進めてから安心しよう。
 というわけで、セイコーマートを横目に古丹別を通過。町中の交差点から道道437方面へ、そのまま日本海には出ず、内陸から苫前をショートカットして直接羽幌へ向かう。苫前町役場前のシュールで犬も食わない「苫前だベアー」像をちらっと眺めたかったような気もするが、いや、羽幌まで行く方が優先である。

 古丹別川の谷間を横断し、田んぼの中から長島の集落を過ぎたところで町道へ。内陸部の畑地帯の中を谷間から丘へ、丘から谷間へ、旭、南昭和、中昭和と繋いで北上する。今まで谷間を下ってきて天気は回復してきたのだが、谷間から丘陵地帯に入って再び雨雲に捕まったようで、道が黒々と濡れるぐらいに雨がぱらつき始めた。標高がほとんど変わっていないのにこういう現象が起こるところに、いかに今日の雲が低いかわかるというものだ。天気予報だと晴れだったのに、とまた恨みがましく思ってしまう。それでもこちらの丘陵地帯の方が、海岸アップダウンが続く苫前周辺より無駄な上り下りは少ないはずだ。
 粛々と足を進め、興津からはいよいよ国道232に合流。今日最後まで続く日本海沿岸の北上区間に入ったことになる。

 海岸沿いでは少しは雨は弱いようで、路面が黒くならない程度に雨がぱらついているが、やはり雨なのには変わり無い。
 13:35、羽幌着。古丹別からのショートカット効果が出て、苫前経由での到着希望14時より少し早い。この先もうあと60数km、海岸のアップダウンがあるとはいえ、もう先は見えた。それに羽幌は今日の行程の中で最大の町なので、ちょっと休憩することにしよう。
 国道沿いに看板が出ている道の駅は、しかしながらいつもどこにあるのかよくわからない。本体がよくわからないまま、何となく目に付いた道の駅駐車場脇に建っていた食堂で、一番コストパフォーマンスが良さそうなウニ入塩ラーメンを食べ、14:15、羽幌発。出発するときに気がついた。国道沿いの、道の駅離れしたゴージャスで大き目の町営ホテルの1階が、そのまま道の駅になっていたのだった。

 相変わらず低く厚い雲の下、国道232は海岸際の丘陵を通過してゆく。台地上の牧草地から、30~60mぐらいのバウンドのようなアップダウンで、汐見、築別、有明と谷間の集落、畑や田んぼの中へ下ってまた台地の牧草地に登り返す。この辺り、さっきの古丹別川の谷間と同じく、道北日本海側沿岸のイメージからは意外な稲作地帯なのだ。
 丘の上の牧草地では、時々日本海が遠望できる。付かず離れずで道に併走する旧羽幌線の遺構が、海と草と森と道、要素の単純な景色に変化を付けてくれる。海岸沿いなので山岳路線というイメージが無い羽幌線だが、こうしてみると連続アップダウンで当時の気動車にはなかなか手強そうな路線だったのだ。
 アップダウンもさることながら、交通量は2007年の訪問時より明らかに多い。更に、古丹別辺りから進行方向が90°ぐらい変わっているのに、さっきの内陸での向かい風が、海岸部に出て少し向きが変わり、結果的に似たような向かい風になってしまっていた。落ち着かなく、ややつらい日本海沿岸北上である。

 栄の辺りではアップダウンの周期がやや大きくなり、勢い沿道も牧草地より手つかずの茂みが増え、人気が少なくなってくる。周期が大きいアップダウン自体は、2007年の逆方向からの訪問時に比べ、意外にも何だか楽な印象だ。海岸からの上り下りなので、どちらが特に登り総量が多いというわけでは決してないのに不思議な道である、
 等と思っていると、やはり体感上&当社比で意外に早く、15:40、初山別着。辺りが少し日向っぽく明るくなってきた。ようやく北上効果が出てきたのかもしれない。明るくなり始めた海岸の岸壁、そして相変わらず併行する羽幌線の遺構を眺めつつ、丘陵地帯のアップダウンを概略3回で歌越へ。
 丘陵地帯の谷部分に集中する港町、初山別も歌越も、国道沿いにぎゅっと寄り集まった町並みが表情豊かで、少し漁港でも眺めたくなってしまう。
 歌越でアップダウン区間は終了、次の町の遠別手前まで、海岸の台地上に国道232は続く。東側の山裾は近いが、辺りはすっかり平坦な牧草地。まっすぐに続いてゆく海岸沿いの一直線の道は、もう道北そのものの広がり、物寂しさを感じてしまう。雲の中は明るくはなってきたものの、未だに低い雲がまだびっしり垂れ込めていて、夕方らしく景色全体としては薄暗くなってきた。海岸上にはそろそろ利尻が見え始めても良い頃だが、水平線と接しているのは雲ばかり。

 16:55、富士見「道の駅富士見」着。ぎりぎりでまだ空いていた売店でソフト休憩とする。もう遠別の外れ、今日の宿がある天塩まであと20km弱しかない。
 遠別からはNUTSさんに開発していただいた、国道232に平行する「開拓農道町道浜更岸線」へ。日本海沿岸の道ではあるものの、山沿いの平地が拡がるとともに海の見えない内陸に入り込む国道232と離れ、ひたすら海岸沿いに北上するこの道、私の手持ちの平成7年版1/5万「遠別」では途中浜更岸の手前が開通していない。それだけではなく、以前は交通量が少なかった国道232でも十分楽しめたので、遠別から天塩の間この道を通るという発想は、2年前の訪問時にすら全く無かった。
 薄暗い空の下、牧草地の中に狭く静かな道がどこまでも延びてゆく。道ばたには高い茂みが続き、西の海岸や東の山々はあまりよく見えないものの、遠くの海ぐらいはよく見えるのがウレシイ。海上の雲の中には薄明るい部分も見え、そこから光が差して海上を眩しく照らしていた。一方反対側には、遠くの国道232を行き交う車がが時々見える。風力発電の風車も後ろに過ぎていった。周りが茂みで閉鎖的で、向かい風なのもあって、あまり開けた雰囲気は無く、進んでも進んでもあまり進んだ気がしない不思議な道だ。が、しばらく進んで唐突にダートが開始、続いて川をクランクで渡って「開拓農道」の看板が登場。急に近づいてきた交通量の多い道の線形に、浜更岸に到達したことを確認。
 ということは、もう天塩の外れである。

 18:10、天塩着。出発前はチャレンジコースかなと思っていたが、終わってみればショートカットはあったが201km、昼食込みで比較的余裕の到着だ。
 ようやく開けてきた海上の空を少し眺めてから、18:25、町中の西澤旅館着。

 夕食はオプション無しだったが、海沿いらしく地魚中心。メンツはやや地味な気もするが、食べると十分過ぎるほど新鮮でオイシイ。さすがは道北日本海沿岸である。
 食後は町外れのセイコーマートまでビールの買い出しへ。道道106沿いに続く町並みはナトリウムランプが寂しげで、風はすっかり肌寒く、改めてかなり北まで来てしまったことを実感する。これはこれで楽しい旅のひとときではあったが、旅館に着く前に自転車で偵察してあったそのセイコーマートまで、自転車ではほんの少しなのに、徒歩だと何と片道15分ぐらいかかってしまったのだった。

■■■2009/10/2
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔
2009年10月08日
22:55
   
北海道Tour09 #8 2009/8/15 天塩→辺毛内

天塩→(道道106)抜海→(道道510)兜沼→(道道1118・国道40)開源
→(道道138)浜鬼志別→(国道238他)下幌別→(道道12)歌登
→(道道120)辺毛内   208km

 いつも通り4時に起きると、空が明るい。雲が薄いのだ。
 布団を出ると、何だか薄ら寒い。8月まっただ中、東京では扇風機を強にして直撃かけっぱなしでも、寝汗を落とすために深夜と起きてからお風呂に浸からないといけないというのに。さすがは道北、としか言いようが無い。
 荷物をまとめて宿の外に出ると、やはり冷たい風がぴゅーっと吹いて、道道106を通り過ぎてゆく。空は薄曇り程度、雲も高い。広々とした空は、北海道らしい開放感と言うよりも、いわゆる秋空である。道北に入った途端に急に気温が低くなってしまった。わずか数日前、道東で熱中症寸前だったのが嘘みたいだ。

 6:00、西澤旅館発。
 おにぎりは作っていただいているが、まずは昨夜も行った道道106沿いのセイコーマートで朝食、例によっって集中的にいろいろ腹に詰め込む。やはりついついうだうだしてしまって、6:35、天塩発。

 昨日天塩まで日本海沿いの幹線道路は国道232だったが、天塩から北は、稚内の新富士まで道道106となる。国道232も遠別から北はほぼ平坦な台地上の牧草地をかなり淡々と進む道だが、こちらは国道232から交通量ががたっと減り、更に淡々と海沿いの、いや、海岸際の1本道となる。
 まずその前に、天塩の町を出たところで道道106は天塩川を渡る。名寄盆地から延々旅をしてきただけあり、静かなる大河は静かな迫力を湛えていて、橋の上でつい立ち止まって見入ってしまう。

 内陸に拡がるサロベツ原野の外縁と海岸の間に続くほぼ平坦な草地に、道道106は淡々と、延々と続く。丘も無く陸側には山も見えず、視界にはひたすら一直線の道と、無人の道ばたの茂み、その向こうの草地、そして海岸から拡がってゆく日本海と、土手みたいなサロベツ原野縁の低木林が延々と続く。
 空は雲が切れつつある。その雲は高くどこか広々と、青い色がどこか寂しげで、いかにも涼しげな北の空だ。海上には、昨日雲が濃くて見えなかった利尻の裾が見え始めていた。今日も利尻の全貌はほとんど雲に覆われてはいるが、水平線に接するシルエットの長さで、ほんとはもうかなり近くに見えているのがわかる。

 海岸の平地はほとんど無人である。天塩からすぐ北のオトンルイ風力発電所、稚咲内の海産加工工場、軽食喫茶の地平線倶楽部、そして夕来の展望台と、例外的に忘れた頃に登場する施設の人の息吹が懐かしく感じられるほどだ。。
 そんな無人の陸と海の狭間に続く道。視界の彼方へ続く舗装道路、道の陸側に頼り無く続く電柱と電線だけが人工物で、いや、それらの動かない人工物は、海と陸の厳しく静かな狭間に、自己主張しながら何故か不思議に馴染んでいる。地形も建物も、視界を遮ることが無いどこかあっさりした景色の中で、まるで居心地が悪いかのように時々車が通り過ぎてゆく。

 稚咲内の先で次第に吹き始めた向かい風は、浜勇知手前までにかなり強烈になってしまった。もう海岸線には抜海港が見えてきている。でも、抜海からは内陸へ方向が変わって風向きも変わるし、内陸では丘や森が少しは風を遮ってくれるだろう。
 9:05、抜海着。去年暗くなって港の灯りを遠くから頼りにして着いたこの抜海。今日はまださわやかな朝の到着で、多少の感慨がある。去年の強追い風の好調ペースの印象があり、天塩からは2時間ぐらい、希望到着時刻8時頃というイメージだったが、出発時の補給、もたつきや途中のんびりしすぎで結局1時間遅れ。仕方無い、この先も粛々と進もう。
 特に商店らしい商店の無い抜海ではおにぎり休憩、これから内陸の開源まで勇知、兜沼とやや分節的になる道を地図で確認しておく。

 抜海から先は、まず道道510へ。期待通り内陸に入って少し向かい風は収まってきた。助かった。
 すぐに宗谷本線抜海駅が登場する。いにしえの撮り鉄の猛者達は、日本海を見下ろす最北の丘陵で夜通し札幌から走り抜いてきた急行宗谷を撮るため、この抜海駅で一夜を明かし、夜明けに線路沿いを数km歩いて撮影ポイントへ向かったらしい。夏の緑の丘陵も凍てつく冬の銀世界も、両方いける名撮影地と両方行ってしまう強者鉄ちゃん。そういう壮絶な印象の漂うこの抜海駅と抜海の地名だが、今や駅舎は貨車改造。撮り鉄の移動手段も自動車に変わって久しい。
 内陸部は牧草地に森、緑生い茂る丘陵地帯だ。その表情は生き生きと色鮮やかで、さっきまでの日本海海岸の広々と寂しい印象とはだいぶ異なる。これは宗谷本線を乗車している時の景色の印象と同じだ。列車乗車時と違うのは、森から牧草地をアップダウンでつないでいること。宗谷本線に付かず離れずの勇知へ向かうこの道、その着かずの部分で線路から微妙に離れた途端に、道だけが丘の高い方へ向かっていくのであった。大した丘じゃないと言えばその通り。でも去年、夕方16時過ぎから日本海側の道道106か、国道40経由&この兜沼・勇知ルートか、どちらで抜海まで辿り着くかで大いに迷い、結局一見回り道に見える日本海岸ルートを選んだのだが、多分日没後の真っ暗なこの丘は越えるのは、きっとかなりしんどかったことだろう、心身ともに。

 牧草地帯の行く手に集落が登場し、兜沼に到着。集落外れで道道1118へ、またもや小さな丘のアップダウンの後、10:15、開源で国道40に合流。
 国道40を少しスライドし、次は沼川へ向かう道道138へ。分岐には確か前回の2003年にはセイコーマートがあったはずで、それを期待していたが、何故か今回は跡形も無くなっている。もっとも、分岐そのものに前回を思い出させてくれるものが全く無い。豊富バイパス開通で分岐周辺が拡幅されたためか、あるいは分岐場所自体が動いてしまっているのかもしれない。とにかく、あてにしていたセイコーマートが無く、補給できない状況には変わり無い。この先沼川にはAコープがあったはず。そっちにすべての期待をかけるしかなさそうだ。

 国道40から道道138へ入り込むと、道北内陸中央部というのか低丘陵地帯の横断というか、丘陵に乗り上げた状態でのアップダウンが続く。曙、川西と、広々と続く牧草地の丘は、ところどころで見晴らしがいい。しかし、連続アップダウンは量的にはそう大したことは無いが、入り組んだ内陸の等高線が読み取りにくいので、気持ちがやや疲れるような気がする。まあこれも、どんどん進んでしまえばいい。

 丘陵から降りると稚内方面、宗谷湾へ続く声問川の低地である。
 11:00、沼川着。こじんまりした道道沿いの集落には、記憶通りにAコープが…あった!ありがたい。総菜コーナーにおにぎりは無かったのが少し残念だが、そんなもの無くてもとりあえずケーキで補給ができる。おにぎりはこの際浜鬼志別のセイコーマートまで我慢すればいい。
 集落のバス停で少々休憩する。7月下旬にここを訪れたNUTSさんのレポートだと、ここ沼川訪問の日は雨と低温でかなり悲惨だったようだ。今日の沼川は緑生い茂り、日差しも薄曇りで程良く明るいサイクリング日和。至って平和な夏の道北内陸部の風景だ。

 沼川から先は、猿払村へ小峠越え。日本海側からオホーツク海側へと移ることになる。ここでがらっと気候が変わる日もあるのだが、今日の空模様ならあまり劇的な変化は無いだろう。
 登り区間手前の曲淵では、道路に沿って細長く、軒の低い集落が続く。地図では天北線の遺構らしい築堤が谷間をくねくねと件の小峠まで続いている。この曲淵の集落に天北線の駅があった頃を想像してしまうというものだ。その峠部分では道道138と天北線がそう遠くない場所で越えているが、ここ曲淵から峠まで、両者の経路は全然違うのが珍しい。
 牧草地から樹海の丘陵へ登りは標高差100mちょっとだが、距離はけっこう長く、斜度は非常にだらだら。おまけに稜線に取り付くと、峠部分の手前でだまし峠まである。その峠から、地図通りの方向に、旧天北線が登ってきて、トンネルらしい山肌に当たっているのが見えた。

 下りもすぐに谷底へ降りきって、丘の間の狭くも広くもない谷間に煮え切らない下りが続く。最初の集落は小石という名前で、名前からして何となく寂しい雰囲気が漂っている。実態も沼川以来久しぶりに自販機が登場するぐらいの集落で、集落を過ぎるとまた丘陵裾谷間の牧草地が続く。
 下りはじめても天気はあまり変わっていなかったが、風は顕著に向かい風となっていた。オホーツク海岸に近づくほど、目に見えて次第に風が強くなってゆく。丘陵の谷間から抜けて辺りが開けた鬼志別では、前に進むのにギヤを落とす必要があるほど。風向きは微妙に横向きで、海岸に出れば何とか追い風方向になりそうな気もする。しかし、内陸部と海岸部で風向きが全く変わってしまうのは、別に珍しくない現象だ。海岸に出てみるまで何とも言えない。

 13:10、浜鬼志別着。一応希望到着予定時刻通りである。となれば、道の駅さるふつ公園のレストランで昼食にホタテ料理を食べるか、またはここから北に寄り道して、猿払村漁協の売店で激安ホタテのお土産を買うか。この時間ならどちらか、あるいは両方できそうな気もしないでもない。が、やはりどちらかに絞るのが現実的だろう。どちらかと言われれば、今回はお土産だろう。
 猿払村は酪農と共にホタテが名産だ。その美味しさは去年その売店で送ったお土産の激安ホタテで思い知った。売店がある漁協の加工工場には横浜崎陽軒の看板が出ていて、一般的にもその味は認知されているものとしていいだろう。
 ここの規格外冷凍ホタテ、安くて冷凍物なのに、過去食べたどの生ホタテより美味しかったのである。とろんと甘くて旨いと言っても、甘いホタテというのは食べてみないとなかなかイメージしにくいと思うが、とにかくホタテの味が濃くなると甘いのだということを、ここのホタテを去年食べて初めて知ったのだ。
 そういうホタテスポットを目前にして、ここは足を向けないわけにはいかない。しかし、その売店が鬼志別の交差点からどれぐらいの距離だったかをさっぱり覚えていない。数kmだったような気もするし、あるいは宗谷岬手前まで続く丘陵の入口、東浦の手前だったような気もする。

 とりあえず鬼志別ではその前に、もっと現実的にやることがある。今朝の天塩出発時以来のセイコーマート補給である。
 店員さんはてきぱき系のおばさんだった。ホタテ加工場の漁協売店の場所を聞いてみると、
「ああ、ここからだと4kmぐらいですよ。あとは国道を下って浜猿払の港にも売店はあるけど、規格外ホタテはあそこのホタテ加工場しか売ってません。」
と、聞きたかったことを希望していた内容で答えていただけた。
 ならば一刻も早く行くしかない。急げ。

 というわけで、オホーツク沿岸の1本道、国道238を北へ。空も海もどこか広々と寂しげなオホーツク海の海岸部、一直線に伸びる道。浜鬼志別で道道138へ車が流れて、静かな道はいかにも最北端の道にふさわしい風情である。今、宗谷岬方面へ向かっているのだ。
 等と思ったところで次に気がついた。脚が軽い。凄い追い風なのだ。楽ちんで楽ちんで仕方が無い。北上するこの方向で追い風だとすると、これから枝幸まで延々続く南下ではどうなるか。今はあまり考えたくない。
 うーむ等と唸っているうち、ほんとにすぐに目指すホタテ加工工場が登場した。交差点からたったの1.5km。これで覚えた。

 売店では問題無く目指すホタテを仕入れることができたが、更に店頭で炙っていたホタテバター焼きも食べ(すぎ)ることができた。腹を満たしていよいよ南下を開始すると、思っていた以上に向かい風が重い。ギヤを落としても何とか10km/h台。
 13:50、道の駅「さるふつ」着。ずっとここで何か食べようと考えていたので、とりあえず何か食べないと収まりが付かない。が、もう14時前。区切りの良い浜頓別まででも30km。だんだんいつものパターンになってきたような気がするぞ。とりあえず粛々と進んで浜頓別に着いてから先のことを考えよう。
 とはいえ、ここ「道の駅さるふつ公園」では、何が何でもソフトだけは外せない。というわけで売店でソフトを注文。うまいうまい、と速攻でがつがつ食って速攻で出発。

 慌ただしく出発したはいいが、すごい向かい風である。のろのろ17~8km/hぐらいが一杯一杯、何となく物寂しいオホーツク岸を、ゆっくりゆっくり進む。というか、ゆっくり落ち着いて進めればいいのだが、あまりに強い風、風というより暴風で、意識が遠くなりそうな程だ。緩い坂で18km/hしか出せないのと違い、向かい風は負荷が変動するし、やはりどうしても気持ち的に報われない。おまけに出発当初、浜頓別には15時ぐらいには着きたいと思っていたが、今の時間だと少なくとも15時はもう無理だ。気持ちの焦りで、せっかくの北の景色を思う存分楽しむことができない。

 上猿骨のスノーシェッド辺りから雨までぱらつき始めたものの、浜猿払を過ぎて内陸へ向かうと、海風直撃を防いでくれる防風林効果と海岸より風が弱くなる内陸効果と道の向きがほんの少し変わった相乗効果で、風は少しだけ弱まってきた。しめた、こういう時に進めるところまで進まないと。
 内陸部に入ると例によって陸地は緩いアップダウンを伴う台地となる。国道238ではその起伏を切り通しで緩和されて、時々微妙に方向を変えつつ南下してゆく。切り通しなので景色が見えにくく、退屈な道だが、今日は少しでも風を遮るその切り通しが有り難い。
 浅茅野、安別、山軽と、併行する北オホーツク自転車道でおなじみの地名を横目に、防風林や牧草地、そして切り通しの中、横風の風向きに一喜一憂しつつ黙々と脚を進めるに連れ、時々現れる浜頓別への距離の標識の数字は、確かに少しずつ少なくなっていった。

 15:25、浜頓別着。
 当初の予定通り、このまま向かい風に悩まされつつ、海岸沿いに進んで枝幸経由で歌登に向かうか、それとも風を避けて20km先の中頓別から約25km、一発峠越えのある道道120で歌登に向かうか。多少考えたが、やはり中頓別経由だと決定的に距離が長そうだ。枝幸経由で向かい風に悩まされても、まさか中頓別経由ほど時間はかからないだろう。
 時間は希望時刻より30分ほど遅れ気味だが、出発したらまだしんどい向かい風に悩まされないといけない。休むときにしっかり休まないと。というわけで、国道232沿いのセイコーマートで少々休憩とする。

 浜頓別から先、国道238は再び海岸部へ出る。さっきまで内陸の横風だったのが、海岸に出るとまたもや正面からの凄い向かい風になってしまった。もはや意識不明寸前で、頓別、豊牛、豊浜、斜内と断続する海岸の漁村を進んでゆく。思えばここの区間、前回北上したときにはかなり強い追い風だった。
 浜頓別の平地から、再び山裾の狭い海岸へ、そして神威岬ではこの道で数少ないトンネルで道なりに岬部分をショートカット。助かった、トンネルを出るまでしばしこの向かい風から逃げられる。
 もうへとへとだった。

 トンネルを出ると、ところが嘘みたいに風向きが変わってしまっていた。何と強追い風になってしまったのである。
 ええ、ほんとなの??嬉しいのだけど、ほんとに嘘みたいな変化である。しかし、そう言えば昔北上方向でこの道を通ったときに、神威岬でやはり嘘みたいに風向きが180°変わったのを思い出した。今日と逆の北上方向で、神威岬までは強向かい風、神威岬から北は強追い風だったから、風向き自体は今日と全く同じっぽい。神威岬はきっとこんな岬なのである。
 神威岬を初めて知ったのは、やはり鉄系から。雑誌で興浜北線が急峻な岬を回り込む写真で、神威岬という象徴的な名前、その切り立った険しい岩とオホーツク海の厳しい表情に、こんなところを鉄道が走っているんだ、と驚いたのだった。その興浜北線も廃止されて久しい。

 今まで必死でも15kmちょっとでしか走れなかったのが、一気に巡航速度は30km弱に変わってしまった。しかもあんまり頑張ってない、経済ペースでこれだ。こうなると俄然強気、しばらく追い風に乗っかってどんどん先へ進めばいい。目梨泊、山臼、問牧、と順調に進んでゆく。今までのペースを何とか挽回したい。
 それでもウスタイベ岬の手前、小さなアップダウンではやはりそれなりのペースに落ちてしまうのが何となく悲しい。やはり哀愁の自転車ツーリングだ。でも、焦っているのも走っているのも他ならぬ自分だ。焦っても焦らなくてもペースはそんなに変わらない。ならば焦らず行けばいいだけだ。

 幌内保から枝幸の市街地へ、しばし国道238から分かれてショートカット。国道238は、海岸から斜面を駆け上がる枝幸の街をバイパスするため、ほぼ海岸縁から町の上手へぐわーっと登ってしまうのだ。下から眺めると視覚的に堪えるこのバイパス、幅広の道で車も多目だろう。自動的に市街地の旧道に足が向く。
 枝幸はさすがに枝幸支庁所在地だけあって大きな町だ。しかし、広めの町には高層建築は見あたらない。初めて訪れたのは1993年、紋別から浜頓別への北上の日。真夏の盛りに終始10℃台、とどめに遅い昼食に立ち寄った枝幸町中の食堂でストーブが焚かれていた。そんな印象も手伝って、高層建築の見あたらない枝幸の町並みには、大きいと言うより、何かエキゾチックですらある独特の物寂しいムードを感じてしまう。
 町中を抜けた町外れでは、ちょっとした斜め分岐でGPS地図を見失い、ちょっと迷走。結局町中ショートカット効果は薄れてしまった。

 17:15、下幌別到着。神威岬からの追い風で助かった。浜頓別ではまさかこの時間に枝幸に着けるとは思っていなかった。
 ここから再び内陸の道道12へ向かう。歌登の標高は、海岸から20kmとだいぶ内陸なのに15mとかなり低い。その標高の通り、道はずっと平坦で、引き続き海から陸へ吹く追い風に乗って楽ちんで快調に進める。相変わらず雲は低いが、雨が降る気配は無く、先も見えてだいぶ気楽である。
 途中1ヶ所だけ、北見幌別川の河岸がぐっと狭くなる渓谷で、トンネル越えがあった。いつの間にか、歌登から枝幸へ向かう美幸線の未成線が併行している。川が下に流れているから谷間の底はそんなに標高が上がらないのに、道も元鉄道も仲良く律儀に登らされるのが何か可笑しい。
 と思いながら短いトンネルを抜けると、もう歌登の外れだった。

 18:10、歌登着。
 さっきも思ったが、まさか18時に歌登に着けるとは思っていなかった。夕方で雲が厚いと谷間はもうすっかり薄暗く、店の明かりがそろそろ目立ち始めている。今日の宿がある辺毛内まではここから20分か、30分か。少なくともこれで平和に今日の宿に着き、温かいご飯を時間通りに食べることができることを確信できる。
 ただ、宿で明日のおにぎりは作ってもらえないことを予約段階で聞いていた。従って、歌登のセイコーマートでおにぎりを仕入れる必要がある。おにぎりを仕入れるなら、ついでに少し休憩して行こう。休憩するのなら、いつものようにヨーグルトにオレンジジュースに、とどんどん雪ダルマ式にメニューが増えてしまう。

 歌登からは道道120へ。山間を仁宇布へ南下するこの道、毎年のように通っているが、この時間に来るのは初めてだ。辺毛内は歌登の平地の外れ。歌登からこの道を南下すると、谷間が何となく狭くなり、そう長くない坂の後、次の盆地の志美宇丹に着くのは覚えている。しかし、谷間が狭くなる辺りの景色、距離感、そして今日の宿「うたのぼりグリーンパークホテル」がある「健康回復村」の分岐付近がどの辺だったか、正確には覚えていない。
 そんないい加減な距離感の通り、平地からだらだらと盆地のお皿の縁へ向かってしばらく進むが、谷間は狭くなってもなかなか「健康回復村」の分岐に着いてくれない。気をもみながら進むうち、辺りがどんどん暗くなり、ライトが頼もしいぐらいになってきた。結局、いい加減そろそろ歌登の盆地も終わろうかというところで、ようやくライトアップで煌々と照らされた健康回復村の看板が登場。谷間の一番奥、志美宇丹への登り手前なのだった。

 18:50、辺毛内「うたのぼりグリーンパークホテル」着。
 元町営、今は民間企業が管理委託を受けている宿泊施設だが、その実態は、3日目のホテルフォレスターに勝るとも劣らぬゴージャスなホテルである。それにしちゃホテルフォレスターより値段はかなり安く、天然温泉もあるのがウレシイ。自転車も屋内、開かずのホール?みたいな室内に置かせてもらえた。
 温泉で汗を流した後、夕食は併設のレストラン「函岳」で。函岳というのは、あの道北スーパー林道の加須美峠で分岐し、稜線を400mほど登る、この辺りで一番高い山だ。サロベツ原野に利尻まで見える晴れた日の展望が有名で、道北オフローダーの名所である。良いところを突いてくるね。

 食後はとりあえずもう一度温泉へ。
 明日はいよいよ最終日。天気予報は例によって道北晴れだが、明日こそ本当に晴れて欲しい。

■■■2009/10/8
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔
2009年10月09日
21:21
   
北海道Tour09 #9 2009/8/16 辺毛内→永山

辺毛内→(道道120)仁宇布→(道道49)幌内→(道道60)下川
→(道道101)愛別→(町道他)永山   172km

 窓の外が薄明るくなってきたようだ。暑くもなく寒くもなく、鳥の声も虫の声も、風も物音も感じないホテルの部屋の目覚めは、ひたすら静かで平穏だが、どこか物寂しい。等と感じるのは一瞬、今日も有り難く快調な4時ちょうどの目覚めである。
 しかし窓から空を見上げると、またもやどんよりとした空と霧。というより小雨が降っていて、路面が黒々と濡れている。まあ山間だからな。ここ2日の天気予報の外れ方を見れば、もはや旭川晴れの予報に何も期待しちゃいないが、それでも時間が経てば晴れることを期待して、今朝も荷造りを始めなければならない。
 まずは温泉で目覚まししないと。

 外へ出てみると、やはり肌寒い。荷積み中に、もう外で働き始めている宿の職員さんが話しかけてきて下さった。今年は7月一杯低温の雨続き、8月も前半は晴れたけど、もうこんな感じで終わっちゃうだろう。今日も1日こんな感じじゃないか。でも、ここでこんなでも、ちょっと下って道道120に出るだけで、路面は濡れた形跡さえ見られないことはよくある。この谷間はこんな感じで谷に雨雲が溜まりやすい。
 とのことだった。

 6:10、辺毛内「ホテルグリーンパーク」発。ホテル近く、健康回復村の中には、知る人ぞ知る歌登村営軌道の車両が保存されていた。私が歌登という地名を初めて知ったその名前は、美幸線の未成線の建設経緯を調べる中で度々再登場していたが、まさか実物を拝見できるとは。
 道道120に出ると、さっきの職員さんのお話通り、嘘みたいに路面が乾いてしまった。しかし相変わらず雲は低く、山裾には霧がまとわりついている。その霧っぽい谷間の奥、ちょい坂を少し登って、次の志美宇丹の盆地へ。ちょい坂を越えただけではあるが、実は水系が全く異なる別の谷間へ入ったことになる。事程左様に道北の地形はなだらかである。

 志美宇丹の集落の中、道道120は2年前から集落の外側を回り込む新道へ経路が変更されている。しかし、愛らしい集落の真ん中にあった志美宇丹小学校も近年廃校になってしまったことだし、どうせもともと幅広で交通量皆無の道道120だし、別に新道も旧道も大して違いは無い。
 集落中央部にある屋根付バス停で、自販機コーヒーで暖を取っていると、やはり今日も水滴がぱらつき始めた。空気は肌寒く、空はますます薄暗い。うーん、この盆地、晴れると景色がとてもいいんだが、ここ2、3年は訪れると必ず雨っぽい曇りである。まあしかし、この低温と日照条件の悪さで、この山間は人の営みを拒み続けてきたのだ。ありのままの姿をありのままに見ることができる、今のチャンスを大切にしないといけない。道も景色もどんどん変わるのだ。

 などと考えながら、志美宇丹から上徳志別へ。山々に囲まれた牧草地、明るい緑の広がりを、美幸線跡と付かず離れず離合併行しつつ、道は北から南へ進んでゆく。志美宇丹の外れから牧草地で本降りになった雨は、道道1023との分岐で止んでくれた。谷間は少しずつ狭くなり、谷間の牧草地がいつの間にか茂みと徳志別川の川原となり、集落の外れ辺りから少しずつ坂のような抵抗も感じられるようになってきた。
 山の形はどちらかというと鋭いというよりなだらかで優しくそう高くなく、大伐採跡の茂みらしい森は鬱蒼と深いものの高い木は少なく、狭いながらも谷間の景色には開放感があって北の山間らしい。
 その谷間が大曲辺りで狭くなると、道北スーパー林道の分岐と織姫橋休憩所が登場。休憩所から、徳志別川の谷間が道北スーパー林道の谷へ向かってゆくのが見える。やはりそう切り立った狭い谷間ではなく、あくまで開けたなだらかな谷間だ。しかし、見渡す山間の大樹海に、いよいよ今回も西尾峠への道に来ていることを実感する。

 天の川トンネルで移った次のフーレップ川の谷間は完全に無人だ。深い森の中、道道120は登り基調ではあるが、10km以上かけて牽牛橋から峠までの標高差は120m。例によってかなりのだらだらである。低い雲が明るくなったり、時々雨がぱらついたりするが、ここまで無人の森と道ばかりで、坂もだらだらだと、こちらとしても黙々と淡々と進むしかない。時々現れる美幸線の跡が、深い茂みの中へ風化して同化しつつあったり、鳶みたいな鷲みたいな大きな鳥が頭上をゆっくり偵察に来たり、前方に狐がやはりこちらを伺っていたりするのもまあ毎度のこと。驚く程のものではない。まあしかし、これがこの道の良さである。

 標高390mの西尾峠から仁宇布の交差点まで、下り標高差は約100m。森と茂みの中を下ると、すぐに緑の牧草地が拡がった。ここも夏は優しい緑の牧草地の景色だが、今日は未だに雲がどんより低く、静かでやや冷たい風さえ感じられる。
 8:35、仁宇布着。
 さすがに交差点の軽食コイブはまだやってない。去年下川を朝出発してここで食べておいた大盛り羊カレーで、お昼の中頓別から終着の抜海まで全くコンビニが無かったにも係わらず、無事無補給で宿に着けたのは記憶に新しい。しかしその時は確か9時ほんの少し前に店が開いたと思った。開店まで待つなら20分ぐらいだが、この先とりあえず安心できるのは何とか午前中に下川に着いてからだ。そもそも今日はまだ8時半過ぎ、まだここで長居して休む気もしない。

 仁宇布から美深松山峠までは再び登り返し、山間の縦貫道の名前は道道49となる。交差点近くの白樺林がすぐにカラマツや雑木林の茂みとなり、山に囲まれるでもなく展望が開けるでもない煮え切らない景色の谷間をとろとろ登り続ける。美深松山湿原の登り口までは意外にすぐで、ここも長いこと宿題になっているが、登り口の駐車場まで標高差約400m。今日も往復している時間は無く、スルーさせていただくことにする。
 その後は登り斜度が次第に増し、最後に狭くなるだけなった谷間を直登で一気に高度を上げ、9:10、美深松山峠に到着。

 峠部分の駐車場か一時待避場所みたいな広場で休憩後、幌内までは200mの一気下り。イキタライロンニエ川の谷間に降りると、こちらの谷間は向こう側の無人ながら比較的開けた谷間とは表情を変え、木は高くますます密度を増し、まさに密林と言っていい森の中をどんどん下る。下るに連れ更に森の密度が増し、辺りはますます薄暗く、何だか何か野生動物が出てこないか不安になる程だ。

 道の正面、青い道道標識が目印の上幌内の交差で、道道49はオホーツク沿岸の雄武へ下っていってしまい、この山間の道は道道60となって今度は幌内越峠へ登り始める。基本的に山肌トラバースで標高差約140m、勾配もそう厳しいことはなく、早く峠が登場しないかじれったいぐらいの峠だ。
 そういうじれったさよりも、2002年に訪れたピヤシリ林道の下りが、最後はこの幌内越峠へ出てきたことを思い出す。幌内越峠への登りから見渡す、樹海に覆われ尽くされた谷間に、その時のものすごい大樹海の林道を思い出す。

 10:05、幌内越峠着。峠のすぐ向こうで道は少しの間ほぼ平坦になる。辺りはさっきの大樹海から続く見事な原生林。苔生して堂々たる広葉樹の巨木や、朽ちつつある立ち枯れ、鬱蒼とした笹原が山肌から谷へ下る緩斜面へ続く。その緩斜面をやや大きめに屈曲しつつ、道は緩緩しずしずと下ってゆく。毎度のことだが、ここも道北の峠の例に漏れず、下川までは標高差200m、これを20kmもかけて下る。基本的に地形による途中の登り返しは無く、地形も台地と段丘の繰り返しのため、下川までの下り全体、特に台地部分がかなりの緩下りだ。

 幌内越峠を越えるまで霧雨すら降っていたのが、こっち側では薄暗かった雲の中が俄然明るくなり始めた。天気からも次第にオホーツク圏から遠ざかっていることを実感する。
 原生林がカラマツの針葉樹や茂みに変わり、谷間に降りきって道なりにしばらく下ると、広々とした山裾の草地が現れる。サンル牧場である。このサンル牧場、何回かの段丘を越え、下川の手前まで延々と続く。段丘部分は牧草地ではなく谷間の森になるので、下り区間全体に渡って、段丘の森を下ると牧草地が広々と谷間に開ける、というのが何回か繰り返されて続くことになる。
 本来はそうなのだが、下川の手前では今サンルダムを建設中である。一体いつ完成するのかはわからないが、この道にも途中から建設資材置場が散見される。付け替え道路の橋脚は、去年の登りの記憶よりだいぶ早く登場した。去年は登り方向だったのが、今年は下りだからかもしれない。
 ダム外周道路の登りは、最後の谷で登場する。この手の道の例に漏れず、税金の無駄を省くため、情け容赦無く道の最急勾配で完成区間まで一気に登らされて唐突に完成区間に合流、というパターンだが、さすがに斜度だらだらのこの道だけあり、取付斜度も7%ぐらい、他事例よりだいぶ楽だ。
 ダム湖外周道路は山間を意外な程無駄に登るが、下川も近づいて開けた雰囲気が漂い始める谷間とは無縁の、山深い森や林道が眺められ、なかなか悪くない。最後に見下ろす下川の谷間と市街の遠景も感動的だ。いよいよ下川まで下ってきたのである。
 この辺りで直射日光が登場、やった、晴れた!うれしい!と思うのも束の間、鋭い熱光線で辺りは急に気温が上がる。何日か前の熱中症寸前の記憶が蘇る。頼む、暑くなりすぎないでくれ。

 11:15、下川着。11時過ぎに着けてしまったことで、この先の行程がかなり楽になってきた。何も気にせず休憩しよう。というわけで、下川の私的立ち寄りポイント、名寄側セイコーマートへ。
 野菜、オレンジジュース、ヨーグルトなど、いつものセイコーマート純正商品で集中的に補給とする。店の前に自転車を停め、その脇でそれら食料をがつがつ食べていると、日差しがもうじりじり熱い。朝は確か寒さに凍えていたはずだ。歌登からだいぶ南下しているのは理解できるが、何でこんなに暑くなってしまうのか。まあしかし、原因を究明しても、多分暑いものは暑いままなのである。
 等と思いつつ、地図で今後の予定を再確認しておく。というより、この先道道101を南下、糸魚峠を下った登和里から先は岩尾内湖を経由するか、それとも奥士別まで下ってから登り返すかを決める必要がある。岩尾内湖の展望に奥士別から先の谷間の遡上、どちらにしても景色は楽しそうだ。しかし、一見近道の岩尾内湖経由だと湖岸のアップダウンがあるし、奥士別だとかなりの大回りになる。
 悩ましいのは両方景色が楽しそうだから。ただ、やはり奥士別経由は遠回り過ぎるかもしれないと思えてきた。一方岩尾内湖経由だと湖岸の無駄なアップダウンが少々憂鬱だが、あの山奥の岩尾内湖の更に奥、新奥士別の農村風景がそれを補ってくれそうな気がする。そんな雰囲気が地図からぷんぷん漂っている。それに今後、奥士別からの道の方が訪れやすそうだ。
 等と考えてちょっとうだうだしているとすぐに時間が経ってしまった。おまけに吸水ポイントを捜し、一番確実な小学校を通り過ぎてまた戻ったりしている内に時間が更に経過。
 12:00、下川発。

 次は糸魚峠へ、再び標高差300m強、去年下川到着の前、延々続くだらだら下りにあきれたその道を、今日は逆方向からのだらだら登りである。
 しばらく畑や牧草地、点在する民家、山に囲まれて開けた盆地らしい風景が続く。さっきのサンルの谷間と較べて山が高く、その間の気積というか、空間感覚がかなり大きく広々としている。それに圧倒的に日差しが厳しく暑い。雲がまだ低く、日差しが翳ると急に水滴がぱらついたりもするが、日なたはやはり凄く暑い。つくづく南へ下ってきたことを実感できる。と同時に、裏を返すと道北がいかに寒かったか、ということでもある。

 上パンケで周囲の丘が盛り上がるように辺りは丘陵となり、気が付くと谷が急に狭くなって盆地が終了。その先は谷間の森に突入、ここからが去年長さを感じた道である。だらだらながらさすがにさっきまでの下川盆地より斜度もやや増し、ぐっと速度は下がって日陰を捜しながら、のろのろ淡々と足を進める。
 しかし、斜度が緩くて苦しくないためか、どうせ遅いと思っているためか、下りと登りの時間感覚は違うようで、意外に早く糸魚トンネルが登場。

 糸魚トンネルを抜けると、その先は200mを一気に下ってしまう。標高差も少ないものの、下川側の登り区間よりかなり距離が短いのだ。あれよあれよと牧草地、森、畑、また森と次々谷間の景色が入れ替わり、13:30、登和里着。

 さっき悩んでおいたので、道道61とのT字路合流点ではもう迷う余地は無い。岩尾内湖方面の右側へ。
 この道を訪れた過去3回とも岩尾内湖から下ってきたので、狭い谷間の前方、開けた空がドラマチックな印象が強いこの辺りだが、逆向きだと前方には高く岩尾内ダムがそびえ立っていて、これはこれで他ではあまり見かけない景色である。
 ダムまでは麓の谷間から一気に登りとなる。登り切るとダムの脇から岩尾内湖を渡り、ダム管理事務所前に到着。
 ダムの事務所前は、初めて訪れた20年前から自販機はおろか飲み水すら無い。でも、WCがあるので少し休憩する。これから向かう湖の奥の方を見渡すと、何と空がどす黒くなって薄暗くなり始めている。しかもそっち方面の山が白く霞んでいる。もっと言えば、かなりの確度で夕立っぽい大雨が降っていそうな雰囲気なのだ。まずい。さっき暑かったからな。
 そんなことを考えていると、こちらにもぱらっと雨が降ってきた。早めに出発しておこう、雨雲の前でどうなるというものでもないが。

 ここからしばらく湖岸外周区間では無駄な登り下りを経るのは知っているとおり。でも、所々で渡る岩尾内湖の向こう岸には何か浮世離れした山深さが漂っていて、見応えがある。それに所詮は湖岸外周道路、腹を据えてかかれば、無駄な上り下りとはいえ終わらないものではない。
 途中で雨が降り始めた。と思ったら、あっという間に大雨に変わってしまった。大雨の中、道が湖岸を離れて上紋峠へ向かい始めると、すぐに道道61との分岐が登場。来るまですっかり忘れていたが、ここには確かに見覚えがある。
 分岐したこちらの道道101は再び湖岸方面へ方向を変えてゆく。上り下りはようやく一段落し、湖岸の森をするするとスムーズに辿った後、谷間の畑へ辿り着いた。奥士別方面の谷間へ入ったのだ。
 雲の中は明るくなってきているのだから早く雨は止んでくれ、と思いながら進むと、行く手の空に青空が現れ始め、雨はすっと引いていった。雨雲は上紋峠方面へ向かっていったのだった。しかし、辺りの路面はまだ黒々どころかぬらぬらと濡れていて、ついさっきまでかなりな大雨が通過したことを物語っている。
 辺りが明るくなると、急に空が晴れ始めてしまい、例によって熱線の日差しも登場。

 山に囲まれた静かな谷間に畑や牧草地、ごく普通の農村風景が続く。それは鄙びた何とも良い雰囲気の、ごく普通の北海道の田舎の景色だ。考えてみるとあの山奥の岩尾内湖の更に奥、まあ言ってみればかなりの山奥なのに、意外な程普通に静かな雰囲気なのである。いや、これだけ典型的な田舎らしい風景も、実は意外に珍しいのかもしれない。
 かっと日差しが現れると、とたんに気温が上がって猛烈に暑くなり始めるものの、まだ雲は多い。雲に遮られた太陽光線が、雲の中で乱反射して非常に眩しい。雨上がりの日差しで緑が喜んでいるように鮮やかで、木陰は涼しく、さっきの大雨が嘘みたいな優しい風が吹く。いい道だ。さっき悩んだ奥士別回りの市道も行ってみたいが、こちらに来て良かった。

 その市道との再合流点は集落の奥、ここからは次第に於鬼頭峠への登りとなる。次第に谷間が狭くなり、高度を上げてゆく道は谷間を見下ろし始める。河川管理関係の看板に「天塩川」とあり、え、と思って地図を見ると、やはりこの川、昨日早朝堂々たる流れを眺めた大河、天塩川の上流なのだ。そうか、谷間を延々下ってあんな日本海岸まで流れているのか。

 於鬼頭峠への登りは、途中から山肌を直線基調で登ってゆく。その道が、どうも地図通りに細くてくねくねしてない。明らかに新道だ、どの辺りでトンネルが通っているのか、旧道は稜線部のどの辺なのか、と思っていると、稜線の100mぐらい下にトンネルが登場。けっこう上まで登って、一番最後の一番険しい部分をトンネルで抜けるパターンなのだった。この時点で15:10。

 山肌の途中でトンネルに入っただけあり、トンネルはやや長く、向こう側は空の中というより谷の途中。道はそのまま狭く急な谷底の森を下ってゆく。西南向きの道なので、午後の日差しと木漏れ陽が眩しい。
 トンネル出口から愛別まで20km。ここも長い下りだが、何しろこれを下りきってしまうと旭川盆地の一番北に出てしまうのである。しばらく下り続けて、徳星でようやく谷間が拡がり始めたところで登り返しが登場。ちょっとした登り返し峠の後は開けた浅い谷間へ降りていき、間もなく谷間の森の中に愛別湖が登場。人造湖なのだった。こちらの道、愛別湖も手持ちの昭和48年版1/5万「愛別」には載っていない。当たり前だ、昭和48年版なんて。ツーリングマップルでの予習が足りない。

 しばらく続いた平坦なダム湖外周道の先は、もう一気に愛別へ続く谷間の平地へ。ここへ来て雲もだいぶ切れ始めて、広めの谷間に田んぼが拡がる景色が、もうだいぶ傾いている赤い日差しの中でまぶしく、ドラマチックである。
 協和、伏古としばらく田圃の谷間に緩下りが続く。谷間ではあるが山々はそう近くなく、比較的平べったい景色が続く。そんな景色を眺めながら、もう到着間近の愛別で旅程を終えたいという気持ちが頭をもたげ始めていた。ここより平べったい旭川盆地なんて、走っても同じじゃんかよ。

 最後に国道39と石狩川を渡り、16:05、愛別着。
 駅で早速時刻表をチェックすると、列車は17分後である。17分で輪行と荷造りか。かつて、15分で荷物を下ろし解体して荷造りを半分ぐらい終えた実績はある。しかし、この駅だと列車は階段を渡って反対側のホームだ。持っていくのには苦労するだろう。
 実績はあるのだ、やってできないことはない。かもしれない。絶対できる自信は無い。輪行完了までは楽勝だろう。しかしその後の荷造りが問題だ。やるんなら、悩んでいるヒマは無い。すぐ始めないと。
 結局、20分あったら即開始なんだけどねと思いつつも、先へ進むことにした。でもよく考えたら、この手のローカル線ワンマン列車は少し遅れてやってくることも多い。それをすっかり忘れていた。つまり、3分遅れて20分なら射程範囲内だったのである。

 しかし結論から言えば、この決定は間違っていなかった。愛別から先、石狩川の谷間から山裾を経由して、旭川盆地の外れへ降りた伊香牛の景色が素晴らしかったからだ。
 石北本線沿いの小春から旭川盆地側の伊香牛へは、ありがちなやや閉鎖的な景色のちょっとした丘越えだったのが、降りてきた伊香牛で一気に旭川盆地の田圃が拡がった。山裾から平地に降りた緩い傾斜に続く田圃と点在する農村。盆地の彼方、反対の遠くの山々までどこまでも田んぼが拡がってゆく景色は、北海道というよりどこか東北の片田舎を思わせるような、親しげでのどかな、どこか懐かしい表情である。
 田圃の中に続く道は、山裾の森や丘を経由しながら一直線に伸びてゆく。相変わらず低く、しかしもうすっかり少なくなった雲が、真っ青な空の中に浮かんでいる。その形はころころと勢いよく丸く、まだ夏の雲である。やはり南に下ってきただけのことはある。雲の下から、夕方で低くなった赤い日差しがかっと盆地を直撃していて、日差しと影、色とりどりの緑で、景色全体がクリアで鮮やかになっている。森や丘の陰のちょっとした平地では、強い光の中で、一体何があったのかと思うほどおびただしい数のアカトンボの群れが飛び交い、賑やかだ。
 というわけで、全く期待していなかった旭川盆地、旅の最後の最後でとんでもなく素晴らしい景色を見せてくれたのだった。

 旭川盆地に入ると共に、かなり強い横風が吹き始めていた。その方向は、ジグザグの田んぼの中の道で微妙に向かい風方向だったり追い風方向だったり、その度に一喜一憂させられる。途中からは完全に向かい風になってしまった。
 道は石北本線を越え、この旭川盆地でほぼ併行する宗谷本線に近づいていた。田んぼ2、3グリッド向こうに続く家並みの向こうには、ちらちら車がひっきりなしに通っているのが見える。国道39である。田圃の中の一直線の道を進むうち、次第に辺りは永山の住宅地に変わっていった。もう行程の先は見えた。旭川市街まであと10kmも無い。このまま向かい風の中、どんどん車が増える道を走り、最後はせせこましい旭川駅前で輪行しないといけない。それともいっそ永山でのんびり輪行するか、という二択がまたもや頭をもたげていた。
 17:10、永山着。時刻表を見ると18:24に列車がある。1時間強。ゆっくり落ち着いて輪行作業して20分ぐらい余るだろう。いい時間だ。というわけで、ここで唐突に終着決定だ。

 長年の宿題、於鬼頭峠も訪問したし、最後はのんびりがいいのである。今回もいい旅だった。

■■■2009/10/9
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔
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