フォロトップ:この会議室が所属するフォロのトップページへ移動します 会議室トップ:この会議室のトップページへ移動します トピック一覧:この会議室内のトピックを一覧表示します おすすめレビュー:この会議室に関連付けられたレビューを一覧表示します 発言者一覧:この会議室に発言したことのあるメンバーを一覧表示します 会議室に参加:この会議室への参加登録が出来ます
文字サイズ変更: [] [] []
お目当てのフォロへGO! 
オフィシャル
エンタメ
スポーツ
文化・趣味
コンピュータ
くらしと健康
芸術・学問
ビズと社会
地域・年代
ノンジャンル


2010年09月01日
23:09
【49】  北海道Tour08 8/2~16
   
 毎年の個人的恒例行事、北海道ツーリングの記録です。

# 0 8/ 1(金) 上野→北斗星→
    folo:fcycle/63/topic/49/2
# 1 8/ 2(土) 八雲→瀬棚→島牧 101km
    folo:fcycle/63/topic/49/4
# 2 8/ 3(日) 島牧→寿都→倶知安 100km
    folo:fcycle/63/topic/49/5

# 3 8/ 4(月) 千歳→二十間桜並木道路→えりも 217km
    folo:fcycle/63/topic/49/6
# 4 8/ 5(火) えりも→湧洞→八千代 183km
    folo:fcycle/63/topic/49/8
# 5 8/ 6(水) 八千代→足寄→上阿寒 230km
    folo:fcycle/63/topic/49/10
# 6 8/ 7(木) 上阿寒→茶内原野→花咲港 188km
    folo:fcycle/63/topic/49/11
# 7 8/ 8(金) 花咲港→標津→海岸町 202km
    folo:fcycle/63/topic/49/12
# 8 8/ 9(土) 海岸町→相泊→羅臼 45km

       知床自然センター→岩尾別 3km
    folo:fcycle/63/topic/49/13
# 9 8/10(日) 岩尾別→開陽台→札友内 160km
    folo:fcycle/63/topic/49/14
#10 8/11(月) 札友内→チミケップ湖→浜佐呂間 149km
    folo:fcycle/63/topic/49/15
#11 8/12(火) 浜佐呂間→上紋峠→五味温泉 190km
    folo:fcycle/63/topic/49/16
#12 8/13(水) 五味温泉→歌登→抜海 243km
    folo:fcycle/63/topic/49/18
#13 8/14(木) 抜海→猿払→天塩川温泉 188km
    folo:fcycle/63/topic/49/19

#14 8/15(金) 天塩川温泉→憩 0km
    folo:fcycle/63/topic/49/20
#15 8/16(土) 憩→かなやま湖→落合 116km
    folo:fcycle/63/topic/49/21

■「カムイ」会議室の関連スレッド
北海道Tour08
    folo:fcycle/44/topic/28
■北海道Tourの記録
北海道Tour07 8/8~19
    folo:fcycle/63/topic/29
北海道Tour09 8/8~15
    folo:fcycle/63/topic/56
北海道Tour10 8/6~15
    folo:fcycle/63/topic/69
コメント
2008年08月30日
11:22
   
北海道Tour08 #0 北斗星の夜

 まさかこんな日が来るとは思わなかった。北斗星で北海道へ行くのに、何と上野から北斗星に乗れてしまうのである。
 北斗星・カシオペア系統が、ダイヤ改正と北海道新幹線工事の関係で、1本減便になって2往復になったのは知っていた。だが、更に北斗星は出発時刻が大幅に繰り下がり、19時3分上野発になっていたのだった。つまり、上野から乗るのにはとても都合が良くなったということである。しかし一方で道南着も遅くなり、函館着ですでに6時半。今までなら洞爺辺りの到着時刻、自転車出発地点の自由度はかなり減ったと言える。2年前、2005年の大雨で遅れた時程ではないが、まあそんなことも思い出す。
 という具合に、今年の北斗星アプローチのイメージは、がらっと変わってしまっていたのだった。

 休暇は2週間で調整していたものの、まさかそんなに取れるだろうとは自分では思っていないし、そもそも土曜日を含めると8月2日から休みだという感覚が無い。例によって切符を買いに行かないと、と気付くのは出発1ヶ月前を過ぎてから。まあ当然のようにその段階で空席は無い。でもこれは例年と同じだ、出発前になったらきっと取れるだろう。と、たかをくくっていた。
 結局10日前ぐらいにようやくB寝台が、出発前日になってようやくソロに変更できた。実感としては明らかに今年は北斗星が取りにくい。しかもこれ、お盆1週間前なのだ。北斗星の減便は、何だか需要減少じゃなく、単純にJRに北斗星を続ける気が無いだけのように思う。まあそんなものかもしれない。

 川崎発は17:20。こういう日に限って終業前の駆け込み発注があるように思えたので、大事を取って時間休を取って早出することにしたのだ。時間休なんて超裏技がができる年もあるのである。例年よりかなりゆったり安心の出発だ。やはり寝台列車の出発にはゆとりが必要である。その早出が効いて、上野のゴージャス系駅蕎麦「なごみ亭」で蕎麦など食べることもできた。
 北斗星の乗車ホームは、いわゆる地平ホームの一番奥、13番線だ。常磐快速ホームの下、何と無く地下みたいな雰囲気の13番線で北斗星の入線を待つ間、急行八甲田を思い出していた。1983年の初北海道は行きも帰りも急行八甲田で、確か発車は同じく13番線かそこらだったように思う。隣や向こうのホームから、各停や特急が次々入れ替わったり、ホームががらんと開くのをぼうっと眺めて、周遊券で乗れる自由席に座るためにお昼から6時間ぐらい待ったのだった。
 その後急行八甲田は18時頃発で青森着は6時過ぎか何か、乗り換えの青函連絡船が8時前で函館着はもうお昼。函館では東室蘭・千歳経由の特急北斗と倶知安・小樽経由の特急北海が12時半前後に続行で接続し、ほぼ18時間掛けてようやく道内の旅が始まったのであった。今なら新幹線で八戸まで3時間掛からないんだもんね。飛行機ならたったの1時間半。いや、当時も良家のご子息は飛行機を使っていたのだが。
 まあ当時それはそれで楽しかった。帰路、お昼の青函連絡船から眺めた下北半島の絶壁、陸奥半頭のシルエットなど、未だに忘れられない。

 出発後は早速シャワー券を買いに食堂車へ。まだ営業開始前どころか発車前、そもそも係員がいるのか不安だったが、実態は気の早い一癖ありそうな乗客どもがシャワー券やら何やら買いに押し寄せて食堂車から隣の待合い室兼用のロビーカーに溢れていたのだった。おれもこいつらの一員か。ううむ。
 しかし乗客どもは押し寄せていた割にはシャワーはあまり早い時間でなくても良いようで、一番早い19:00からの時間帯が余っていたのは好都合だった。うん、おれは純粋に迅速にシャワーを浴びる必要に迫られて素早く来たんだからな。

 お湯が出る時間で6分というと短いようだが、いやいや必要十分な時間である。シャワーを終えるともうすっかり快適くつろぎ気分で、再びB個室へ。思えばこのくつろぎこそ、上野発特急北斗星に求めるものなのだ。
 ところが、BGMみたいに半分聞き流していた車内アナウンスによると、7月24日の岩手県北部地震の影響で徐行運転のため、函館到着は1時間遅れの7時41分ぐらいとのこと。
 えええ~!?それじゃ出発は早くて8時半、ちょっとだらだらしているとすぐ9時になってしまう。予定がこなせないではないか。いっそ予定を変えるか。でも出だしからいきなり下方修正、何だかあまり気分は良くない。しかし、うじうじ考え直しても、8時半出発で遅くとも夕食前の18時過ぎまでに島牧まで辿り着くのは、私のペースだとどう考えても不可能なのであった。
 となるともう腹を決めて、函館の先で降りて島牧までどう辿り着くかを前向きに考える必要がある。森からはかなり大回り、八雲からは多少大回りと最短コースの2種類がある。最短コースは初北海道ツーリングの86年以来の道だが、多少大回りコースは過去通ったことはない。問題は午後から道南で雨という明日の天気予報だ。雨なら明日は最短コースしかない。

 21時過ぎから、食堂車では予約不要のパブタイムとなる。実はせっかくの上野発、\7800の予約フランス料理コースでもいいかなという気もしていた。いや、それにしても高い。でもおフランス料理だからな。それに食堂車ファンとしては、NREが意地で守っている食堂車、積極的に利用しないと。いや、それにしても高い。行ってみたらマニアばっかりだったらどうしよう。でもネットでは好評だしな。等と例によってうじうじ迷っているうち時は過ぎ、そう言えば予約期限があったと思って調べてみたら、すでに期限の出発3日前を過ぎていたのだった。
 というわけでパブタイムの食堂へ。念のためパブタイム終了の15分前に食堂車へ向かうが、例によってすでにロビーカーの食堂車側扉に列が出来始めていた。
 食堂車ではまずは生クラシック、そして\2500のビーフシチューセットを所望。やや高めだが、一度はフランス料理予約を検討した身、もはやパブタイムのメニュー風情に何も怖い物は無い。生クラシックは当然美味しいのだが、ビーフシチューセットは価格だけあってなかなか美味しい。欲を言えばもう少しご飯が硬めの方が好みだが、いや、でも量はたっぷりで、満足度が高い。NRE、なかなかいい仕事をしているね。
 さて、明日はどうするか。とりあえず函館発は無くなった。結論から言えば、何かと潰しの利く八雲発がベストだろう。となると、八雲から最短で直接北檜山、瀬棚へ抜けるか、大回りで落部まで戻って大成へ出るか。前者は最短すぎて時間が余り気味だし、後者はやや時間厳しめのように思えた。こういう時は結論先送りで、とりあえず八雲で降りて、天気の様子を見ることにしよう。
 ビーフシチューセットを食べ追えると、もうすっかりお腹が一杯だ。今年から加わった新メニュー、「食堂車のビーフカレー」を返す刀で片づける目論見は外れ、仕方なく生クラシックもう1杯で撤収、そのまま個室で意識を失ったのだった。まあいい、カレーはレトルトで売っている。

 翌朝、目が覚めると6時前。外の風景によると、北斗星はまだ青森の町外れをのろのろ移動中のようだった。1時間遅れは伊達じゃないね。空はグレー、というか辺りは霞っぽく、路面は乾いているものの窓には水滴が見える。うーん、天気も芳しくない。
 青函トンネルを抜けると、というよりその間寝て起きると、不安が当たって路面がしっとり濡れている。更に食堂車で朝食を取る間にも、状況は明らかに悪化しているのであった。おまけに函館着は1時間遅れどころか1時間半以上遅れの8:20過ぎ。この状況ではほぼ自動的に最短コースで北檜山、瀬棚へ出ることに決まりである。
 地震と天気のダブルパンチ、少なくとも今年の函館発はあり得ない運命だったんだ、と思った。

■■■2008/8/30
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔

>Indexへ folo:fcycle/63/topic/49
2008年09月06日
09:57
   
北海道Tour08 #1 2008/8/2 八雲→島牧

八雲→(道道42・263)日進→(農免農道金原今金線・道道810)鈴金
→(道道232)北檜山→(国道229)島牧   101km

 9:03、八雲着。
 特急北斗星から八雲駅のホームに降りると、雨は降っていないもののなんだか薄暗く、予想よりいくらか肌寒い。ここ数年間北海道の夏も普通に暑くなっていたが、これはそれ以前の感覚に近いと思った。身体の中の、空調では取れない夏の熱気が少しずつ抜けていくのを感じる。やはり大気全体が涼しいのは良い。いやまあしかし、この冴えない天気ではそれも当たり前にも思えるし、ちっとも嬉しくない。

 駅前を見回すと、11年前泊まったまるみ旅館が新築の建物に変わっている。確か食事はたっぷりだった印象があるが、丁寧な良い商売で繁盛しているのだろう。自転車を組み立て始めると、ちょっと水滴を感じた。列車から見えてはいたが、見上げる空にはかなり低く厚そうな灰色の雲が、どしっと今にも落ちてきそうだ。こういう状態だと、問答無用で今日はもう道道42と263で北檜山に出る最短コースに決定だ。天気予報では午後は雨だが、何とかこれぐらいで島牧までもってほしいものだ。
 少し肌寒さすら感じるこの気温で、地元のおばさんは「なんか暑いねえ」などと会話している。そうか、これで暑いんだ。地元のおじさんも登場し、例によって自転車に興味を持って話しかけてきた。毎度のことで毎度のように応対するが、「今日はこれから日本海側が荒れるらしいよ」とのこと。有り難い、良い話を聞けた。いや、荒れるのそれ自体は有り難くないね。事前に覚悟できるだけだ。そうこうするうち、雨がぱらついてすぐ止んだ。気持ち的にはこれでもうとどめである。
 八雲から北檜山へ渡島半島の背中を越えるパターンは、86年夏、初北海道ツーリングの初日以来でなかなか感慨深い。青函連絡船で函館に朝4時過ぎ到着、6時に出発し、国道5で八雲まで来て、八雲から先は濃霧と向かい風の渡島半島越えの後、一転して青空となった日本海沿岸の岩場の風景に度肝を抜かれたのだった。今日も青空の岩場と青い日本海が見たくて仕方ないが、限り無く望み薄だ。
 大部分が過去に通ったことがある今日のルートで、過去と重ならないコースを選べるのは渡島半島越えの部分である。峠部分の手前で道道42から道道263に向かわず、そのまま道道42へ進むと、更に100m登るものの、北檜山へはやや距離が短いというメリットがある。しかし、それもこれも現地のお天気次第だろう。

 9:45、八雲発。いよいよ北海道での旅程開始だ。天気に係わらずこれはやはり嬉しく、気分は盛り上がる。が、町外れで早くも雨がぱらつき始めた。しまった、八雲発でも雨雲に捕まったか。
 辺りはすぐに平野から山裾の牧草地へ。その間天気は道が乾き始めるところまで一度復活したものの、と思っているうちに山裾から谷間に入ったところでざーっと音がし始め、本格的な雨になった。途中で交差する大成経由大回りコースの国道277へ向かえば未済の道を通れるのだが、こんな状態ではとてもより雨が降りやすい標高の高いコース取りはできない。ここは道道42の継続だ。

 遊楽部川のそう広くない谷間の牧草地や森の中を、道道42はひたすら遡る。峠まで標高370m程度、延々と平坦に近い道が緑の景色の中に続くのがいかにも北海道の道らしい。一方、雨はもう止むことは無さそうだ。強いときは完全に水が道を覆い、雨足で波打ったり、弱くなると何とかしとしとっぽかったりするものの、基本的に大雨が続いていた。
 上八雲の先、辺りは森となり、緩いながら登りが始まった。それでも登っているようで全然登っていないぐらい。
 谷底の茂みみたいな密度の濃い森から山肌区間に移ると、周囲が開けて谷を囲む山がその全貌を現した。なかなか、いや、かなり山深い森である。山々もきりきりっと立ち上がり、高く見上げる程。道はその間を上手く抜けて標高300m台に抑えられているようだ。こういうことだから渡島半島は横断ルートが少ないのかもしれない。晴れているとこの山々も更に見事な景色なのだろう。
 峠の少し前で道道42は分岐して、更に脇の山間へ登ってゆくが、行く手の山々に真っ白に取り付いた雲を見るにつけ、そちらに足を向けるわけには行かない。一方そのまま直進する道は道道263と番号が変わり、こちらも更に行く手に登ってゆくが、道道42より峠部分は100mほど低いし、それより何より雲が多い高い場所からなるべく早く里に降りたい。

 少し進むと、雨が弱くなってきた。しめた、いいぞ、雲は低く見えても峠のあっち側は降っていないのかもしれない。その後峠部分から下り基調の稜線部へ、ピークが判然としない何回かのアップダウンの間、雲は依然として濃い灰色で低いものの、ついに雨がほぼ上がった。周囲の低山の拡がり、山々の稜線をほんの少し上から見渡す形になり、眺めは良好である。
 景色の記憶がほとんど無かったはずのこの辺りだが、当たり前だ。前回86年は霧で一面真っ白だったのだ。霧の中で何だか終わりの無いアップダウンにうんざりしたのだけを覚えているのが、我ながら可笑しい。

 山の森の中から丘陵の農地へ放り出される日進には、スノーシェッドがある。前回はここで急に霧が晴れ、突然ジャガイモ畑が現れて驚かされた、印象的な場所だ。ところがここで、晴れてはいたがどす黒さを増し更に低くなっていた頭上の雨雲から、ついに糸が切れたように水滴が落ち始めた。と思ったら一気に大雨になってしまった。結局こうなるのか。
 この先里の方向を眺めても、雲が薄くなる気配は全く見られない。今はそれでも先へ進まないといけない。都合良く記憶通りに現れたスノーシェッドへ逃げ込み、一度仕舞った雨具をまた着込み、間髪入れす再び下りを再開。
 日進の先は道道263から分岐、農免農道~金原経由の道道810方面へ。まあこんな状況で過去の未済経路と少しでも違うコース取りができるのはありがたい。しかもこちらは谷底へずっと下りっぽい。こういう時はとにかく登り返しなど避け、楽をしたいのである。
 台地上の牧草地を下って段丘の森へ、更に下りきって谷底が拡がると畑、田圃、牧草地などの農地が代わる代わる登場する。金原、鈴金と谷間を下りきり、後志利別川下流の平野へ出て、北檜山へ向かう道道232へ。この間ずっと雨は降り続いていた。いや、下って平野に降りるほど、というよりどうやら日本海岸へ近づくほど雲は低く黒く、気が付くと更に大雨に変わっていた。少なくとも、里の方が少しは雨が軽いなどというのは、今日に限っては完全に思い込みの妄想であることがはっきり理解できた。

 11:30、北檜山着。セイコーマートの庇下へ逃げ込み、少し休憩とする。
 屋根の下で落ち着いて空の中や水たまりを見るに、結構な大雨である。うーん、この先日本海岸の瀬棚辺りから、一気に天気が挽回してくれるととても有り難い。しかし妄想空しく、屋根の下から伺う西の空にはその気配は全く無い。そんなことを考えて補給している間に何と雨はますます強まってしまった。気が重い。しかし、こってりした雲を見るに付け、待っていても雨が弱まることはあり得なさそうだ。
 11:55、北檜山発。数km先の瀬棚へ向かう途中、日本海の海岸へ下る辺りから雨は更に強くなってしまった。雨足がよく見え、路上に溜まった水たまりに跳ねる雨が賑やかである。脇を通りすぎる車が、バケツで掛けるように水をはねてゆく。悪態を叫んでも、この雨ではドライバーもワイパーの限界で視界は一杯一杯だろう。
 こんな状態では、せっかく本日の目玉、日本海岸の追分ソーランラインも、ちっとも嬉しくない。

 瀬棚は何となく流されるまま機械的にそのまま通過である。瀬棚を抜けたところで、更に雨は強力になった。雨の強さ自体もさることながら、この真っ平らの海岸で国道が川になってしまっている景色や、強めの風で横からも水がばしゃっと掛けられるように襲ってくるのにはもうヴィジュアルだけでびびってしまう。その強い雨に加え、路上の水たまりから自分が跳ねた水で、靴の中に水が溜まり、フロントバッグやサイドバッグの上面に水たまりができていた。強めの追い風気味なのだけが救いではあったが、いや、救いも何もとっくの昔に思考能力など無くなっていた。
 いや、それでも粛々と地道に走っていれば、というより足さえ動かせば、あと何時間か後に風呂でも入って頭でも拭きながら「いや~、凄い雨だったな~」などとつぶやける時が来るはずなのだ。

 岩場の道には漁村が断続し、番屋みたいな家屋が絶えることが無く続く。その中の一つに「漁師の母さんの店」なるお店が登場。とりあえず雨を最低限に凌げそうな庇を見つけた瞬間、さっき北檜山で補給したばかりだったが、ハンドルを向けて逃げ込んでいた。地の物も食べられるだろう。
 狭い店内は魚介類の販売所と食堂に分かれていた。貝の炭火焼き「貝尽しセット」を食べることにしたが、生ホッキ貝、生サクラ貝、生ツブ貝、生ホタテ貝の炭火焼きせっとでたったの\500。これがまたみんなでかくて旨いのだった。この際海鮮汁\200も一緒にいただく。熱いおつゆが体の中に浸みていくのに、改めて雨に打たれた自分の身体が冷えていたことに気が付いた。

 一通り食べ終えると、都合良く雨はさっきより弱くなっていた。あまりうだうだしていても降るときは降るし止むときは止むのである。ここは腹を決めて先へ進もう。
 相変わらず追い風が続いてはいたが、雨は次第に弱まっていった。眼前に続く海岸から切り立った岩山の上の方には濃い灰色の低い雲がべったり張り付いていたが、先へ進むと共にどういうわけかようやく雨が収まり。須築を過ぎ、茂津田トンネルを抜けると、奇跡的に雨はほとんど止んでいたのだった。

 茂津田トンネルから先は、数百mから約2kmぐらいの長大トンネルが続く。崩落が多い切り立った高い岩山の足下を、全部トンネルと覆道で抜けてしまうのである。
 トンネルとトンネルの間にはほんの少し外に出る区間がある。トンネルのつながりが悪いぐらいの狭く切り立った岩場、澄んだ美しい日本海、岩山と海岸が作る荒々しい風景はかなり独特で、道内でもここ以外ではあまり見かけない厳しい表情を持つ。
 景色は厳しいが天気は次第に回復しているようで、それらの場所でももう雨は止んでいた。こうなるともう一安心だ。一方で相変わらず追い風は続いているのが有り難い。

 栄浜から先は、岩山が若干緩やかになるのか海岸際に平地が断続し始めるのか、連続長大トンネルが覆道に代わり、今までとは変わって静かな岩浜が続く。空が多少明るくなってきたせいか、今まで鉛色だった海面はくすんだ濃紺色ぐらいにはなっていて、近くの海中の海草が見えはじめていた。
 時々水滴を感じながらも、その後次第に天気は落ち着き、原歌では辺りが何となく明るくなりはじめた。元町で前方に見えてきた今日の終着地、島牧の中心部がある辺りの平地は、何とそこだけ町と外の山に完全に日が当たっている。太陽が当たっているため、日なたの海がそこだけ鮮やかなエメラルドグリーンだが、向こうの雲のどす黒さ、辺りの海の金属的な不透明感と奇妙な対象を見せていた。

 15:30、島牧YH着。行程が短かっただけあり、かなりの早着だ。初北海道ツーリングの1986年、渡道初日の最初の目的地がここ島牧YHだった。その時建っていた平屋の建物は、1993年北海道南西沖地震の津波で全壊。その後島牧YHは同じ場所に新築されて現在に至っている。
 もうすっかり晴れて涼しい風が吹いている。バッグの中身はポリ袋に入れているの濡れずに助かったが、スコッチガードでこてこてにしたはずのバッグはびしょ濡れじとじとだ。靴もジョッキみたいに水が溜まってしまった。これらをとりあえず乾かす必要がある。YHの玄関先で店開きさせてもらい、本体のワタクシは早々に風呂に入って、とりあえずくつろぐことができた。
 時々乾かし物の様子を伺いに外に出ると、何とYHは道の駅「よってけ!島牧」の隣なのだった。そういえばそんな位置関係だったような気もするが、それがわかると夕食まで耐え難いぐらいに腹が減っているのに気が付いた。99年に食べたっきりの、海鮮浜焼きのレストラン、炭火焼きの味がリアルに思い出されてならない。

 ツブ貝、ホタテ、アワビに厚岸のカキ、たっぷり炭火焼きを楽しんで、再びYHへ。空の雲あ切れ、青空まで現れ始めていた。そろそろ辺りは夕方の赤く弱々しい光に包まれ始め、さっきまでの大嵐が嘘みたいに爽やかに風が吹き、こちらも平和な気分で一杯になる。やっぱり早めに宿到着は余裕があっていい。
 島牧YHの夕食はメバル焼き物、カニの海鮮汁、ヒラメとウニの刺身と地魚オンパレードで、何だか恐ろしくゴージャスである。1986年にもここで鰯の刺身が出て大いに楽しめたのだが、このように地元の食材を大切にしてくれるのがとても嬉しい。お盆休み1週間前にして早くも北海道へ来ている訳ありの旅人同士で話も弾む。今日は奥尻島からここまで来たと言うライダー夫婦によると、奥尻島では横殴りの大雨、江差に渡ってから日本海沿岸の追分ソーランラインではもうすっかり雨は止んでいたとのこと。しまった、北檜山でもう少し待てばあんなに降られなかったかもしれない。ちょっと悔しい。

 これから毎日4時起きだ。遅くとも21時、できれば20時半には寝たい。というわけで夕食後はすぐ自主消灯タイムだが、軒下で風に当てているバッグと靴の様子を伺いにもう一度外に出てみると、たまたま雲の切れ間に現れた星空が見えた。銀河も衛星も流れ星もばっちり、幻惑的ですらある。
 昨日出発前の天気予報で今日の夜から雨だったはずだが、何だかそれが早まっているように思う。明日はこの調子で晴れてくれると良いのだが。

■■■2008/9/6
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔

>Indexへ folo:fcycle/63/topic/49
2008年09月07日
23:59
   
北海道Tour08 #2 2008/8/3 島牧→倶知安

島牧→(国道229)岩内→(国道276)倶知安   101km

 目覚めると4時半過ぎである。しまった、目覚ましを完全に忘れてた。
 でもまあもともと余裕はある起床時間の30分遅れ、傷は浅い。それより窓から外を伺うと、4時半ともなると辺りはそれなりにすっかり明るくなっている。空の雲の切れ目は無いものの、雲それ自体は高いようだ。昨夜の天気予報でも、後志地方の日本海側で曇り、降水確率は10/30%。予報通りの状況ではある。
 これだけならあまり心配は無いが、一方今日の目的地の千歳は曇り後雨、15時から傘マークが付いていた。平野部の千歳でそうなのだから、ここからの経路の山間はプラス補正の危険側で考えておく必要がある。昨日みたいに予報が早まることだって有り得るのである。
 外に出て乾かしておいたバッグ、靴を回収しないと荷物を入れて出発できない。もう多少濡れていても、走って乾かすしかないのだ。と覚悟して外へ出てみると、嬉しいことにバッグはすっかり乾いていた。靴など昨夜の時点ではまだびしょぬれで中に水が溜まってすらいたのに、もう全然問題無いレベルまで回復しているのである。さすがゴアテックス。

 起床が遅かった分気が張ったのか、予定よりちょっと早めの5:55に出発できた。
 天気は相変わらず曇りだが、その雲はやはり高く色は比較的明るく、空気そのものが乾いている。しばらく海岸部を走る分には安心して走れるだろう。
 海岸に沿った島牧の市街地や漁港を抜け、昨日に引き続き国道229を東へ進む。泊、豊浜とあまり間をおかずに登場する漁村が次々入れ替わりに登場し、番屋が断続する。一方海岸は、昨日続いた岩場から打って変わって砂利浜が続き、厳しい表情の風景からどちらかというと寂しく優しい景色となっている。そんな中をてれてれのんびりと進む、楽しい道のりだ。
 栄磯、港、そして豊磯までは、似たような小さな漁村があまり切れずに断続する。これが島牧村海岸部の風景なのだろう。
 歌島からは再び岩場となる海岸際から台地上に乗り上げ、一路弁慶岬を目指す。この辺りで大体いつも強い向かい風に悩まされていたのだが、今日は少し追い風気味で、気持ちに余裕がある。曇り空の下ではあるが、台地上は灌木帯や牧草地の緑の世界。右に聳える山々も楽しく、そのまま寿都町界を越え、弁慶岬をくるっと120°回り込む。
 寿都側に出ると、目の前に寿都湾が拡がった。弁慶岬を大きく回り込んだだけあって、今まで海側の視界の行く手は水平線で何と無くとりつく島が無かったのが、正面に幌別岳の大きなシルエットが登場し、その向こうには遠く雷電岬、雷電岳、積丹半島のシルエットまで見える。問題は、それらに何と無くうっすら雲が懸かっていること。いまひとつ先行きは不安だ。

 7:20、寿都着。島牧を早い時間に出発したのもあるが、向かい風に悩まされた去年よりも早着、なかなか順調だ。この調子で今日はなるべく早めに岩内、倶知安に着き、ささっと広島峠から美笛峠へ向かいたい。何たって美笛峠から千歳まで3時間強ぐらいみる必要があるのだ。今晩お邪魔する予定のたねやん邸到着を18時とすると、余裕を見て美笛峠には14時半か14時には着いておきたい。まだその行程には乗れている。
 7:40、寿都発。寿都の街をバイパスする台地上の国道229は、建岩で再び海岸へ降り、朱太川下流の平野を横断する。
 道道229の交差点までは去年も来た道だったが、ここから1999年以来の区間が始まる。と、道道229が分岐してすぐ、道の駅「」の辺りで雨がぱらついて止んだ。空気はそう霞んでいる感じではなく、単にぱらついただけだろう、と思った。

 平野横断中は牧草地や畑、緑の中だった道だが、間もなく再び山が迫ってきた。海と山の間、ひと皮の平地には、林込みの茂みと田圃が断続する。田圃というのは意外だ。時々風力発電の風車も現れる。寿都周辺は山、平地、海岸とどこもかしこも風車だらけで、時々「風の町」の文字と、オリジナルの少年キャラクターが描かれている看板もみられた。
 その後は再び岩山が岸からすぐに切り立って、再び海岸沿いの道となった。相変わらず道ばたには番屋が断続し、昨日の瀬棚から須築辺りと似たような景色ではあるが、岩山の表情はこちらの方がやや優しいように思う。
 尻別川河口の狭い平野の港町では、寿都から久しぶりに商店が登場。休憩ポイントとしては悪くない。しかしもう岩内まで一気に行ってしまうことにする。

 港町から先は、岩山が急に険しくなるのか、途中わずかに外に出る雷電温泉周辺以外、ほぼトンネルと覆道の連続となった。その雷電温泉も、印象が強い86年の状態と比べると、道が掛け変わって別の風景になっている。ここは何か岬独特のものか、雰囲気が独特で印象に残っていたのだ。
 刀掛トンネル、あともうひとつ3000m級のトンネルもあり、前は覆道だったはずの箇所すらトンネル経由に変わっていた。この道には10年前に来ているはずなのに、こういう状態は全く記憶に無い。明後日向かう予定の黄金道路も、いずれこんなことになってしまうのだろう。
 そのトンネルを抜けると、今までよりやや賑やかな敷島内の漁村から、次第に辺りに番屋以外に民家が増え始め、倉庫、工場が目立ち始め、岩内の町となった。この辺りの雰囲気は、86年の初訪問時からほとんど変わっていない。

 9:30、岩内着。順調なペースである。この調子で気を抜かずにささっと次から次へ進むことができれば、今日はあまり行程の心配は無いだろう。古びた町中をてれてれ流していると、通り沿いのやはり古びた店が以前のままに思えるような、そんな既視感が楽しい。とりあえずちょっとした立ち寄り場所があったはずと思っていると、道の駅の看板が目に入った。
 というわけで表通りからそちらへ足を向けてみるものの、旧岩内線の岩内駅跡地に建てられたっぽい道の駅兼バスターミナルは、比較的早い時期の道の駅にありがちな構成で、飲食関係がやや手薄ではあった。牛乳以外サイクリング中の補給になりそうな物は無いので、瓶牛乳だけ戴くことにした。牛乳は地元牛乳のようで、なかなか濃厚で美味しい。「倉島牛乳」、道内の有名牛乳として、なんだかその名前を聞いたことがあるようにも思う。
 10年前、1999年も確か同じようなことをして途方に暮れ、隣の食堂に入ったら、「自転車でしょ?しっかり食べてってね」とニシン定食か何かのご飯を大盛りにしていただいたのを思い出した。ジューシーで豊かな味の新鮮で美味しい焼魚も思い出して食べたくなってきたが、いや、今日はささっと前へ進まないと。

 道の駅を出ると、また雨がぱらつき始めてすぐ止んだ。昨日の夜の段階では、天気予報はこの後後志地方の日本海岸で曇りだったが、千歳方面はお昼過ぎから雨。昨日のあの大雨が、予報の雨が早まったものであってほしいが、どうも状況から見てこの後雨がじわじわ降って来そうな気配ではある。そうなれば、今度は予報が遅れて夜に降利始めるのに望みを託すしかない。
 岩内の港町から台地の上にのろのろ上がり、今度は国道276、岩内岳の山裾の畑の中を東に向かう、基本的には眺めのいい道だ。手持ちの20年前の地形図だとまだ国道ではなく、それだけに交通量は多いと言っても小沢までの10kmで我慢できる範囲内である。
 山裾らしく、なだらかではあるがアップダウンが続き、なかなかさっきのような安定したペースは出ない。まあ北海道らしいのんびりした丘陵の景色の中、着実に足を進めればいい。焦っても焦らなくてもあまり結果は変わらないのだ。
 そういう状況で、今度はついに雨が本降りで降ってきた。

 国道5と合流する国富を過ぎても、やはり雨は止まない。国道5号を南へ、小沢の駅を過ぎてもやはり雨は止む方向ではなく、逆に倶知安峠にさしかかると大雨と言える程度に強まってしまった。
 もうあとは倶知安峠を越えた先で果たして雨が降っていないかどうかだけだったが、果たして倶知安峠の先、悲しいことに雨は全然止んでいないのだった。
 倶知安峠は盆地の縁をひょいと越えるタイプの峠だ。峠を越えるとあまり下らずにおまけに登り返しまであって、その登り返しの向こうに唐突に町が登場。町の上は低い雲がべったり、路面はもちろん黒々ぬらぬらと、どこをどう見てもこれから雨が上がるようには見えない。もう頭の中は輪行一色だった。
 11:15、倶知安到着。

 倶知安駅の軒下を捜すと、グレーのランドナー輪行袋を発見。同業者である。というより、この人の方が先見の明があるね。今日はみんな輪行だあ。
 その輪行袋の少しそばに自転車を停め、まずは列車の時刻をチェックに待合室へ。15分後なんてのだと速攻で輪行開始である。と、入口で化繊ポロシャツにベルトポーチ、アウトドアっぽい服装の方が登場。この方が件の輪行袋の主に違いない。まずは天気予報を聞かねば。この後雨の予報なら、輪行の大義名分完成だ。
 と、その方が言った。
「高地さんでしょう」
ええ、何でわかるの??
「だって胸に書いてあるじゃないですか」
なるほど、確かに今日はネーム入りのFサイジャージである。読めば名前がわかって便利だね。でも、その方が次に言った。
「はいかいですよ。私。」
ええええ~!!!それは2001年の秋、ランドナーオフ丹後半島でお会いして以来の、毎年FCYCLEの北海道Tourのツーレポに必ずレスを付けて下さるはいかいさんだったのだ。そのはいかいさんと北海道で、これ以上の出会いは無い。

 はいかいさんは今回は道内3日の行程、昨日今日と雨で運休らしい。お気の毒様だ。一方、こちらも列車の時刻を見ると、12時5分に小樽行きが出る。基本的には全然余裕の楽勝だが、まずは自転車解体&袋詰め、その後の荷物まとめが実は時間が掛かる。
 駅前でやっている新じゃが祭りでは、美味しい倶知安のじゃがいもを何と無料で配っているらしい。また、83年の初渡道時から倶知安の駅蕎麦が美味しいことをうわさに聞いている。何かと私の挙動は慌ただしく、はいかいさんも煩わしかったと思うが、いつものおだやかな会議室での発言の通り、にこにこ落ち着いて最後までお話しして下さったのだった。

 大雨の千歳着は18時。路面に勢い良くはねる大粒の雨に、つくづく輪行して良かったと思った。
 「15時に電話します」等と言いつつ電話を忘れたにも係わらず、駅の改札の外で待っていて下さったたねやんと無事合流。自転車もろとも車に乗せていただいて、たねやん邸へ。たねよんさん、ちびたねくんにもご挨拶でき、ラムしゃぶにとうきび、じゃがバターやデザートをいただき、ご家族全員より広い面積の1階に寝かせていただくというVIP待遇で感謝に絶えない夜だ。
 にも係わらず、明日は4時から室内やら屋外でごそごそがちゃがちゃを開始、6時にはひとりサワヤカに出発してしまうのである。しかもたねやんにとっては日曜日開けの月曜朝。あああ、申し訳ないです。

 明日の予報は1日中晴れ。気温も25℃とのこと、熱中症の心配なく楽しいサイクリングができるといいのだが。
 等という希望的観測も悲しくなるぐらい、夜中になっても大雨は降り続き、屋根の音は続いていた。

■■■2008/9/7
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔

>Indexへ folo:fcycle/63/topic/49
2008年09月13日
10:42
   
北海道Tour08 #3 2008/8/4 千歳→えりも

千歳→(道道130・市道)遠浅→(国道234)北進→(道道10)厚真
→(道道59)平取→(道道80)正和→(道道71・農免農道芽呂線・他)新栄
→(道道209)明和橋→(農免農道・道道71)御園
→(道道1025・481・農道・他)浦河→(国道235)日高幌別
→(国道336)えりも   217km

 時間通りにアラームが鳴って、4:00起床。辺りはまだ薄暗いが、にも係わらず、一目で雲一つ無い晴天であることがわかった。ええっ、極端すぎる。だってつい4時間前はあんなに大雨だったのに。
 しかし、こういうお天気を2日も待ったのだ。

 今日は自転車を組み立てないといけない。まあいつもの輪行時の手順と違うのはサイドバッグのフレームだけ、これも戸惑うことはない。やることを粛々と素早くやるだけだ。
 荷物をまとめて外へ出ると、もうすっかり明るくなっていた。大雨でしっとり濡れたままの森の空気がきりっと涼しく、快適この上ない。気温で言えば寒い1歩手前の10℃台前半か。Tシャツ一丁では寒いので、もう1枚半袖ポロシャツを着込む。思えばここ2、3年、北海道ツーリング中でもやたらと暑い年が続き、早朝からTシャツ、昼は熱中症寸前という毎日だったが、これは正しい北海道の夏である。
 自転車組み立て、荷積みなど出発の準備の間、ずっと月曜朝出勤前のたねやんと、同じく朝でお忙しいたねよんさんに見送っていただいた。もう頭が上がりません。

 5:40、千歳発。寒い1歩手前の空気が風になって身体に当たり始める。朝日はまだ高い森の上に当たっているだけだが、その朝日が当たっているところは明るい緑色が鮮やかで眩しい。一昨日昨日と見ることができなかった色である。
 千歳空港発着の飛行機から、どこまで延々漠々と続く森が見下せるが、その森にいかにも北海道らしい幅広の道が続く。森は緩やかな斜面に拡がっていて、その緩い斜面を東に向かって下ってゆく。森が切れた道の上空には、まだ低い位置の太陽が時々ほぼ正面に現れ、時々行く手の広々とした森の広がり鮮やかに照らしている。航空施設なども見え、改めて千歳空港便から見えた森の景色を思い出す。
 たねやんに教えてもらったこの道は、手持ちの5万図には載っていなくて、2007年のツーリングマップルにも一部が載っていない、新しい道のようだ。

 国道36、そして千歳線を越えると、辺りは早来へ続く牧草地の中。相変わらず鋭い朝日とともに、今度は辺りが逆光に輝く草色となる。
 道の標識がやや古めだったのか、草原をやや迷走気味にジグザグに進んでしまい、たねやんから聞いていたのとは違うやや大回り経路へ入り込んでしまった。去年千歳でやはり迷走して時間を食ってしまったので、今年は用心したのが裏目に出た。なかなか手強い地域である。
 しかし、辿り着いたのが予定より少し南の遠浅だったのは、決して悪い結果ではなかった。遠浅にはいつもサッポロクラシックを注文している西田商店がある。早来へ直接向かうならここに寄ることは無いが、この際店構えだけでも拝んでいこう。
 遠浅は国道234沿いの小さな集落で、きょろきょろしていると西田商店はその遠浅のほぼ中央に建っていた。メールを何回かいただいた気さくな店主さんの姿を店構えに捜してしまうが、いかんせんまだ朝6時台。店が開いていると思う方が間違っている。

 路側帯の狭いちょっと古いタイプの道を、高速でぶっ飛ばす大型車や乗用車におびえつつ少し北上、早来の町中を通り過ぎ、7:10、北側の北進で今度は厚真方面へ。この辺り、ややジグザグコースが続く。
 早来手前から漂っていた濃い霧が晴れると、再び鋭い日差しが現れた。空の青、山の緑、辺りの緑が鮮やかに輝き、まだ7時過ぎだというのに早くも日差しそのものの熱さが肌に突き刺さるようだ。これで気温が高いと先行きかなり不安だが、今日は幸い気温自体はまだ18℃ぐらい。しばらく水と補給食さえあれば大丈夫だろう。
 丘陵を超えて厚真の谷へ。そう広くない谷間は全部田圃で、山や地形は北海道そのものなのだが、何か見慣れないニュアンスを持つ景色である。早来で補給したばかりなので、厚真の町はそのまま通過、道なりに仁湾峠へ。こちらもの道も水田の間に続くが、北海道では珍しい萱葺の農家も目立つ。北海道の古い木造家屋は基本的に板張りトタン葺きが多いが、なぜかここの谷間は厚真手前から萱葺が目立つのである。道内各所の地名のように、入植者ゆかりの地方に関係しているのかもしれない。

 仁湾峠は標高たった130m。おまけにその峠まで10km近くもかけて、延々登りだか何だかわからないぐらいの登りが延々と続く。いかにも北海道の峠である。峠手前で段階的に何と無く斜度が増し、峠は短いトンネルなのも北海道らしい。1999年春に通ったときは暮れゆく夕方、例によって目的地は遠く、やや気が急く道のりだった。その次は2001年、雨の峠越え。更に道間違いの辻褄合わせでダート林道越え含みだった。2回とも気持ちに余裕が無かったのか、この仁湾頭下の景色にほとんど記憶が無いが、しばらく続く鬱蒼とした広葉樹林は意外に悪くない。

 峠の向こうは鵡川の谷。低い峠なので下りらしい下りはすぐに終わり、あとはだらだらの狭い谷間となる。あちらと違って、道の周囲は低い森かジャングルか判別不能の茂みなのが何とも捉えどころが無い。こちらも何だか惰性でのんびりてれてれと緑の中を進むと、地図なりに穏当に谷間が開けてゆき、勇払地方からいよいよ日高地方へ入ってきた気分になる。
 下りきった仁和で鵡川を渡ると、夕べの大雨のせいか、鵡川はかつてあまり見たことが無いぐらい濁流が荒れて溢れそうで、再び昨日は輪行して良かったとつくづく思わされた。

 仁和からは追い風に乗って鵡川の谷間を有明まで。草、木々、色々な色の緑が快適この上無い涼しい風とともに過ぎて行く。有明から平取までは軽く丘越え、とたんにペースが落ちてのろのろに。気温は普段当たっている冷房より涼しい範囲なのに、厳しい日差しで汗が一気に吹き出てくる。
 9:10、平取発。以前確かに国道だったはずの町中の旧道を経由、鵡川と同じく目を剥く濁流の沙流川を渡って義経峠へ。義経峠も標高たった110m、丘越えと言いたくなるところだが、峠道はやや密な森の中、狭い道故の木陰が北海道ではあまり見かけない落ち着いた峠らしい表情を作っている。途中清掃工場はあるが、峠としての雰囲気は決して悪くない。もうちょっと北、岩知志の桂峠程ではないが、この辺りの覚えておきたい小峠の一つかもしれない。
 さっきから頻繁に小さな丘越えと谷が現れるが、今日はこの日高内陸牧場地帯の丘越え地帯が目的の一つ。「いよいよまっただ中だ」という気分になる。

 下りきると広富、ついさっきの平取みたいな町とはもはや無縁の牧場地帯だ。まだ9時台。区切りのいい20間桜並木道路には14時までに着いておきたいが、せっかくのこの緑の世界、のんびり行こう。
 広富からは鳩内、広富と、内陸の集落をつないで新和方面へ。山間というより丘陵の狭間、平地部分はそう広くないが、地形が急峻と言うことも無い。その谷に拡がった牧草地や牧場の中に、道はしばらく続いてだらだらっとした谷間をなめるように進んで行く。空には大きく低めの雲が次々現れるが、雲が切れると日差しが厳しく、牧草の緑、樹木の緑、空の青、みんな原色のように強烈に鮮やかだ。日差しは鋭く厳しいが、ひやっとした日陰の風から想像するに気温自体はたぶん20℃台前半、快適だ。北海道ツーリングの至福の時間である。こんな道を走りたくて、今日まで待ったのだ。ほんとに良い道である。
 浅く広い紋別川もまた独特の表情で、ちょっと増水すると水がすぐ溢れそうだ。事実、さっきの鵡川、沙流川のように川には濁流が満水で、でちょっと心配ではある。

 延々続いた牧草地帯から、最後はその縁を越えるようにあっさりと丘越えへ。その先は下り基調となって再び牧場地帯、特に風も無く、だらだらっと順調な行程だ。牧場のメンバーは、さっきから馬主体に変わっているのが、またいかにも日高地方のこの辺りらしい。通過する自転車を眺める彼らの目付きは、牛の優しく穏やかなそれとはまたひと味違い、よく言われるようにどこか賢さが感じられる。

 やや多かった雲が一気に切れ、日差しが厳しくなってきた。延々と牧場が入れ替わり立ち替わり現れるこの辺り、無人地帯ではないのだが、およそ商店、自販機の類を見かけない。
 厚別川沿いの道なりにするする下って正和で道道71に合流し、10:00、交差点に見覚えがある新和に到着。ここでようやくホクレンのスタンドと自販機を発見、何と無く残りが不安になっていた水も補給することができた。
 道道71は正和で方向を変え、例によって谷の一番奥まで遡ってから一つ丘の向こうの新冠の谷へ降りてゆくが、この間にはショートカットの農免農道芽呂線がある。もう10時過ぎ、通ったことがある道を律儀に大回りするより、今回はショートカットの丘越えへ向かうことにした。
 美宇で入り込むその農免農道芽呂線への分岐はややわかりにくく、GPSが無かったら通り過ぎてしばらく行かないとわからないところだった。しかし、浅い谷間の奥で更に道が分岐、激坂が始まると、その斜度と途中からの畑の景色、そして線形に、ここも一度通ったことがあったのを思い出した。しかし、どういうわけか丘越えピーク部分の、なかなか雰囲気のいい短いダートは全く記憶が無かった。あるいはひたすら似通った景色が続くこの辺り、まったく別の道のそら似かもしれない。

 下りきるといよいよ新冠の谷間である。あとひとつ丘を越えると静内の谷間、懐かしい二十間桜並木道路なのだ。しかし丘越えのつなぎの谷間の道はやや長く、新冠の後の丘越えも大きめで複雑な地形に必要以上のくねくね道で、いつもここでけっこう時間を食う要注意箇所だ。

 ほぼ真上から照りつける日差しに負けそうだったが、ちょうど新栄の交差点で商店が登場。店には人気は無いものの自販機があるので、やや味気無いがこちらとしては全く問題無く用が足りる。
 12:10、新栄発。地図をよく見て過去未済経路含みの一番楽そうなルートを決定。取り付まで道道208谷間を下り、ここまでの川の例に漏れず泥水が溢れそうな新冠川を明和橋で渡り、丘越えの農免農道へ。
 森の中をきりきりっと登る農免農道の激坂は、地図からは読みとれなかったものだった。また、丘の背中で繰り返されたアップダウンも、よく等高線を読めば事前にわかったはずのものだった。最初から既済経路の道道71で丘を越えていれば、変わり映えはしないがまあ記憶通りの登りで済んだはずだったという、いつものパターンで入り込んだ農道は、しかしながら丘の背中の牧場の見晴らしが最高に良く、その向こうに続く日高の丘陵の眺め、森から吹いてくる涼しい風が素晴らしい。
 時間は13時前。まだ日差しが弱まる気配は全く無いが、やはり20軒桜並木道路は12時台には着けなかったか。まあそんなことを考えつつも、ペースはあくまで道なりにのんびりなのであった。

 農免農道からいつもの道道71に合流、だめ押しの登り返しがもう1回あってから、ようやく道がするする下りはじめて静内川の谷間へ。今日の行程の中で、この20間桜並木道路まで最悪14時までに辿り着くのがひとつの目安だったので、ちょっと一安心だ。家畜改良センター新冠牧場の牧草地の草色が、午後の日差しの中で「よく来たね」と優しく迎えてくれているような優しい色に見えた。
 13:15、二十間桜並木道路着。今回もまたここに来れた。一直線の開けた桜並木道、不揃いだが堂々とした山桜も、並木幅半分以下の道の両側に続く草の緑色も、道の正面に聳える日高の山々も素朴な表情で、いつ訪れても感動的だ。まだまだ厄介なアップダウンに長い海岸沿いが続くこの先の行程を考えると、あまりのんびりする気にはならないが、いや、それだけにじっくり雰囲気を味わおう。

 13:30、二十間桜並木道路発。癒しの谷間も束の間、静内川を渡って豊畑からまたもや丘陵の連続アップダウン、道道1025へ突入である。
 ただ、新冠までのいくつかの丘越えと違い、こっちは谷間をだらだら遡る回り道ではなく比較的最短で谷と谷をつなぐ道で、谷間からの上り下りは小山の森の道なのが根本的に異なる。手持ちの古い地図ではさっきの二十間桜並木道路から先の道道1025は途切れ途切れでつながっていない。恐らく、集落を巡る道というより、平行する谷間を横断しながら浦河へ続くための道として造られたのだろう。

 アップダウンの度に川合、春別、宮本と一つづつ地道に谷間を通過。前回の2004年に間違えて入り込んだダートは、その最後、宮本の次に登場した。なるほど、併用の道道481の標識が、全舗装で開通している新道ではなくダート旧道側に立っている。これは間違うわけだ。
 それにしても、前回間違えたこの道がどこだったのか、全く覚えていないのに我ながら改めて驚いてしまう。思えば前回は、千歳から鵡川、そして新冠までの猛暑で熱中症寸前だったのだ。今回も時々見かける気温と路面の温度表示によると、気温は25℃ぐらいを越えていないのに、路面は軽く30℃台後半を越えている。それだけ日差しが厳しいのだろうし、また気温に較べて感じるたまらないほどの暑さはこれが理由なのだろう。前回は更に気温そのものが高かったのだ。

 4回目のアップダウンを経て、ようやく倣栄で日高本線に合流。荻節の交差点からはとりあえず農道をそのまま日高本線沿いへ。15時を過ぎ、気が付くと日差しもすっかり赤くなっている。平地だが平原ではなく、山間とはいえ狭い谷間ではない緑の牧草地の中、のんびりとぼとぼ続く静かな細道が気持ちいい。それは平行する日高本線そのものの表情でもある。
 富里から先、浦河までは、前回時間切れで断念した2回の丘越えだ。決して大きな丘越えではないが、さすがにそろそろげっぷが出そうになっている。牧草地から森の中へ、そして丘越えの後はまた牧草地が現れる道が今まで繰り返されてきたが、浦河の看板の後は、その下った先が町になった。やっと浦河だ。

 裏手から町中心部に入り込んで、16:10、浦河着。国道235にはなぜか前回よりも車が多い。まあ十分ツーリング許容範囲ではあるし、天馬街道へ分岐がある日高幌別、又は日高本線終点の様似で更に車が減るだろう。それまでの辛抱だ。何より、粛々としつこい連続丘陵丘越えをこなしてきたのが実って、早すぎず遅すぎずのこの時間に着けたのはありがたい。これならこの先ずっと海岸沿いの平坦な道で様似へ、そしてその先の終着地えりもへ、南下に連れてどんどん見応えが出てくる景色を楽しみながら、平常心で40数kmを粛々とこなせばいい。
 安心感とともに午前中半ばの平取から先、全く見かけなかったセイコーマートへ。所詮コンビニおにぎりにペットボトルなどハードボイルドなメニューではあるものの、集中的に補給できるのも安心だ。

 浦河の町中が終わると、道の右側には太平洋が現れた。一昨日、昨日と日本海を眺めてきたが、今日ずっと緑の内陸を通ってきた以上に太平洋の波は何だか根本的に力強く、同じ海だがかなりニュアンスが異なる景色に見えるのは思い込みというものか。
 その海だが、日差しが当たって明るい色かと思いきや、どこもかしこも昨夜の大雨で濁流が海に流れ込んでいて、海岸近くが泥水なのだった。またもや改めて昨日輪行にして正解だったと思った。

 好きで通ることにしたものの朝7時台からひたすら丘陵地帯だった今日のコース、夕方の海岸沿いの最後の区間へ来て、かなり強い追い風で、至って快調、楽ちんである。行く手の陸地には日高山脈が海からすっと立ち上がり、赤みの混じった光で山々の緑が鮮やかだ。海岸沿いに露になった岩場は、その緑の輝く生命の色とは違い、異様なほど荒々しいく、これもまた鮮やかな色である。
 日高幌別を過ぎると、遠くから眺めた山々は次第に近づき、目論見どおりに少なくなった交通量のお陰もあり、ひたすら景色を楽しんで足を回せばいい状態になってきた。

 海に突き出した巨大な天狗岩を眺めつつトンネルでパス、16:55、様似着。山々に囲まれたそう広くない町は道の見通しが良く、海と山に遮られた地形を知っていても、景色には何故か開けた印象がある。
 港町から駅前、そして何故かこの町の風景として印象に残っている製材工場を横目にそのまま町中を通過。えりもまでもう20km台半ばにして何とか16時台。18時にはえりもの町中にある今日の宿に楽に着けるだろう。

 様似の町中を過ぎると、交通量はほぼ皆無になった。山々の岩場が海岸からますます切り立って、日高耶馬溪辺りでは覆道やトンネルが連続し始めた。冬島、幌満、近浦と、海岸には小さな漁村の集落と番屋が断続し、漁村の平地という平地では8月初旬にして早くも昆布干しが始まっていた。
 それにしても、様似からえりもへ向かうこの区間、やはりそれまでとは景色の迫力が段違いである。荒々しい岩肌が露出して海岸にすとんと落ち込む山々、遠くだがいよいよはっきり見え始める襟裳岬で海岸に突っ込む日高山脈の末端。その先端に近づいて低くなった山々の海岸際に、固まった町の営みが見え始めた。あれがえりもの町だろう。距離から言って到着は18時過ぎだったら楽勝だ。
 特徴的な景色と先が見えた安心感に、ツーリングはやはりこうでないと、という気分で一杯になる。やはりツーリングには余裕が必要なのである。

 18:10、えりも「田中旅館」着。
 町中の旅館にありがちな継ぎ接ぎの本館・新館が、これもありがちなスキップフロア気味に分断される構成の宿である。お風呂はトロン温泉で、海を眺めて入れるのがいい。19時からの夕食の食堂も海に面した大部屋だが、B級グルメを目論んだオプションは品数は多いものの、魚介類のメンツはややありきたりでいまいち単調だ。何より1日走って夕食に臨むと、つくづく野菜が食べたいのに気が付いた。日中補給時にはちゃんと野菜も取らないと。

■■■2008/9/13
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔

>Indexへ folo:fcycle/63/topic/49
2008年09月17日
00:31
>>5. 高地 大輔さん [folo:fcycle/63/topic/49/5]
 その節はどうも。

>「だって胸に書いてあるじゃないですか」

 まずは、シャツの胸のFcycleの大きなロゴに反応し、そして小さなネームに目がいきました。

> はいかいさんは今回は道内3日の行程、昨日今日と雨で運休らしい。お気

 北海道に渡る前、乗鞍スカイラインを走りに信州に寄っていたのですが、その時点で北海道での雨が避けられないことがわかり、迷ったあげくにフェリーに乗船しました。行けば何かあるだろう、ということで。
 実際、フェリーを下りてから行動をともにした人たち、そして何より高地さんと出会えたので、やっぱり訪れて正解でした。

> 駅前でやっている新じゃが祭りでは、美味しい倶知安のじゃがいもを何と無

 高地さんに教えてもらったおかげで、ジャガ芋にありつきました。駅のソバも教えてもらいましたしね。

 レポートの続編にも書かれていますが、翌日は見事な快晴でしたね。やっぱり行ってよかった北海道でした。
2008年09月20日
00:45
   
北海道Tour08 #4 2008/8/5 えりも→八千代

えりも→(国道336)歌別→(道道34)庶野→(国道336)広尾
→(道道1037・農道)豊似→(国道336)湧洞→(道道318)二宮
→(道道210)駒畠→(道道716・農道)中札内
→(道道55・十勝中部広域農道他)八千代   183km

 起床は4:00。アラーム通りで順調だ。疲れも取れている。
 窓を開けると、外の空気は涼しいというより寒い。今朝も平年通りの北海道の夏の朝だ。昨日追い風気味だった風はほぼ止んでいるようだが、今日はすぐ先の襟裳岬で南下から北上に折り返すので、むしろ好都合だ。
 窓の外にはえりも漁港と太平洋が見える。まだ夜が明けきっていなくて曖昧な色の空には、雲らしきものは全く見あたらない。快晴だ。昨日夕方のお天気がパワーアップしているのだった。いいぞ。
 外に出るとやはりきりっと冷えている。昨日と同じくTシャツ一丁では寒いので、もう1枚半袖ポロシャツを着込む。この分だと、この先暑さははずっと平年通りで、熱中症の心配も少ないかもしれない。

 5:50、えりも「田中旅館」発。
 町外れの歌別で、国道336は襟裳岬へ向かう道から分岐し、庶野への内陸ショートカットへ向かって行く。ここはまあ当然のように襟裳岬への道道34へ。と、いつも天気が変わるこの辺り、今日も海岸から陸に綿を掛けたみたいに濃い霧が出始めた。海水の温度が低いのか。
 濃霧の中は100mぐらいは視界が利くようで、道ばたの広場から駐車場、ちょっとした更地等、およそ平場という平場でこの時期この地方名物の昆布干しが真っ盛りなのが見える。この早朝から漁村で家族総出なのである。1年の中でも最大のかきいれ時を、短い夏の鋭い日差しで一気にやっつけないといけないのだろう。その干してある昆布の数を見ると、どうやら昨日開始らしいところが多い。一昨日まで雨続きだったのをずっと待機していたのだと思う。晴れが続かないと昆布も干せないのだ。
 霧はどうやら海面から台地にちょっと掛かっているだけのようで、歌露、東洋、油駒の3連アップダウン区間では、台地に登ると霧はやや晴れ、下ると霧の中、という状態が続いた。霧が晴れると、早朝の赤みの多い日差しで森のもともと濃い緑色が更に鮮やかになって、立ち上がる山々へ駈け登っているのがよく見えた。

 油駒の先で台地に登ってからは、丘の上に襟裳岬まで道が続く。台地の縁が切れて落ち込んだ場所で海の様子を伺うと、相変わらず海面辺りには濃い霧がこってりしているようだが、こちらの丘の上は鋭い日差しに照らされた鮮やかな緑の世界である。明るい緑色の笹原に濃い青空、後ろを向くと濃い緑の日高山脈最南部が立ちはだかり、その左側は今まで通ってきた日高側、そして右側がこれから向かう十勝側に落ちて行くのが見える。他ではあまり無いほど尖った海岸線、海岸から切り立つ日高山脈を背後に持つ襟裳岬ならではの、あまりにも地図通りの景色である。

 6:50、襟裳岬着。空には雲一つ無く青は濃く、天気は申し分無いのだが、海側は真っ白な霧がべったり張り付いて、ほとんど視界が無い。まあそれでもまだ何と6時台、観光客もまばらである。いつも人がごった返してそそくだと退散するか、補給だけして先を急ぐこの岬、今回はとりあえず行きやすそうな駐車場近くの展望台辺りまで、霧の中に行ってみた。
 駐車場の縁、柵の向こうはすかっと落ち込んでいて、日差しを反射して眩しく漂う霧の中に濃い色の海と岩が見下ろせる。見ていると転落しそうで何だか怖いが、濃厚で鮮やかなな色彩には力強さが溢れていて、自然や大地と言うより地球そのものの力強さ、そしてさっきと同じくここが日高山脈の先端、北海道の先端部の一つであることを感じる。やっぱり来てみるととてもいい襟裳岬である。

 7:05、襟裳岬発。地形通りに道道34はくるっと回り込み、襟裳岬市街地をするっと下って、庶野まで15kmの百人浜へ続く。
 しばらく続く低木林は、道が直線で幅が広いので前方の見通しが良く、木々が低いのであまり森の中という気がしないが、プロジェクトXにも取り上げられて有名な、豊かな海を支える豊かな森である。その見通しが良い正面には、まだこってりしている会場の霧の上に、濃い緑の日高山脈の裾がよく見える。
 森が終わると、一気に周囲が開けて辺りは牧草地となり、今まで部分的に正面に見えていた日高山脈の南端部が、正面から左側に続いてぐるっとその全貌を現す。輝く緑の牧草地をバックに、すっと立ち上がったその端正な姿に、またこの道に来れた幸せを、この風景に出会えた幸せをつくづく感じてしまう。少し立ち止まって景色を眺めると、朝の風が何とも涼しい。

 庶野の手前で国道336に合流し、庶野着は8:10。庶野の入り江の磯で漁船が漁をしていたり、例によって空き地で昆布干しをしているのを眺めつつ、あまり適切な補給ポイントが無い町はそのまま通過。海側の霧が、ぴったり町外れで一気に綺麗に晴れた。
 庶野から先は通称黄金道路。十勝平野最南端の町広尾まで32km、百人浜の開けた伸びやかな景色とは打って変わって、海岸から直接切り立った岩場の道となる。いや、岩場と言うより、もはやトンネルと覆道の道という方がいいかもしれない。切り立った岩山からの崩落土砂への対策で、毎回来る度にトンネルと覆道が増えているのである。今回も確実にトンネル・覆道化の進行が感じられ、庶野から目黒まではもはや完全に50%を越えているだろう。感覚としては、途中の咲梅から先はほぼ全部トンネルと覆道という印象だ。

 しかし、ところどころ山から川が海に落ちてくる河口部分には、わずかな平地があり、漁村の集落がある。そういう集落や所々トンネルが切れる場所では、切り立った山々も岩も緑も太平洋の力強い波も、すべてがど迫力、黄金道路ならではの景色を眺めることができる。
 覆道から外に出た少し広めの谷間の目黒では、海から切り立つ緑の山々とその裾、海岸に張り付いて続く覆道が、エメラルドグリーンの海、真っ青な空とともに視界に拡がった。目黒の谷の奥、猿留川が登って行く谷間の濃い緑の深い森が、見上げる山々に続いている。振り返ると、やはり覆道の上の山々が、濃い緑色で真っ青な空と海の中に聳えている。あの海岸をトンネルと覆道で通ってきたのだ、と思った。少し向こうの砂浜では、ウミネコが大勢砂浜で休んでいる。一方、猿留川河口では、相変わらず泥水が溢れそうに流れていた。
 小さな谷間の小さな漁村では、橋が横切る川原の広場で例によって昆布干しの人々が忙しそうだ。雄大な景色の中の人々の営み、こういう景色こそツーリングの至福だとつくづく思った。

 その後はトンネルと覆道、その合間に集落が境浜、音調津と続いた。覆道の中からは、近場の磯で小さな船が漁をしているのを眺めることができた。その海は晴れの日の海のエメラルドグリーン、時々外に出る場所で見上げる山々は凄い濃度の緑色。とにかく明るく鮮やかな色である。
 美幌を過ぎると、もう黄金道路も終わり近く。さすがに8時台到着は無理だったが、9時台は楽勝だろう。

 黄金道路が最後に岩場から台地へ駆け上がると、もうそこは広尾の町である。道の表情も黄金道路と言うより、いかにも田舎町の真ん中の国道という雰囲気だ。
 9:40、広尾着。町外れのセイコーマートでやや長めの補給にする。昨日の田中旅館の夕食で最大の誤算だったのは、品数が多いのに野菜がほとんど無かったことだ。このためか、疲れているというより、何か身体が落ち着かない。身体が野菜を必要としているのだ。毎日セイコーマートの100%オレンジジュースを1.5lも飲んでいるにもかかわらずである。今後はコンビニで毎日コンビニサラダを食べよう。全く人間の補給というのは厄介である。

 10:10、広尾発。楽古川を渡り、国道336を避けて海沿いの道道1037へ。どうせ豊似からまた国道336へ戻るのだが、それまでは少しでも交通量が少なく、景色の楽しい道を経由したい。
 道道1037は、今までの黄金道路とかなり気分が違って、カラマツと牧草地の中エゾゼミの声が響く緑の道だ。海岸に近い道ではあるが、基本的には野塚川、豊似川を渡る橋を除いて海が見えない。しかし、橋から眺める河口の海は相変わらず明るくまぶしく、一方、反対側には、ようやく水量が収まりつつある川、その川原から陸へと続く森が広がり、更にその奥に日高の山々が高く続いているのだった。さっきその端っこの襟裳岬にいたのだが、もう山々はあんなに遠く、あんなに高くなってしまっているのである。

 豊似川を渡ってから暁で豊似川沿いに農道へ。平坦な牧草地の道だが、1日で一番暑い時間帯に入ってしまったせいか、上から照りつける日差しがぎらぎらと暑くて仕方ない。
 11:00、豊似着、再び国道336へ。黄金道路が今度はナウマン国道と通称が変わるだけあって、もはや全然別の表情の道である。まあどっちの道も楽しい道だ。
 下芽武、美成までは典型的な十勝の田舎道。牧草地、畑の中を一直線に道が続き、次から次へとカラマツの格子状防風林がやってきては後ろに過ぎて行く。交通量は極小、乗用車より農業用の大型トラックや運搬車、農耕用機械の方が多いのんびりした道だ。牧草地の明るい緑はお昼近くの日差しで明るく鮮やかで、こういう十勝の典型的な風景がこの端っこの海岸寄りでも見られるのが面白い。そうかと思うと、紋別川、歴船川と大きな川を大きな橋で渡るのも、適度に景色の変化があって厭きない。このナウマン国道、区間ごとの細切れで何回か通っているが、やはり晴れると緑が鮮やかで、道の印象が全然違う。

 道がいきなり丘陵へ突入、ぐいっと登ったところで晩成を通過。正統派自転車ツーリストの女将さんが頑張っているセキレイ館と、太平洋を望む茶色のお湯が特徴的な晩成温泉、このナウマン国道沿いで唯一宿泊施設のある集落だ。国道沿いには商店がある。まだ休憩には早いのでそのまま通過するが、後で補給不足で苦労することになった。
 晩成から次の集落、成花までは、アップダウンが2回。ややしんどい区間だという記憶があった区間だが、まあそれもまだお昼。のんびりした気分でのんびり進めば、単調な植林の森も楽しい緑の道だ。おまけに途中では牧草地や谷間の景色が開けたり、日高山脈がまたも見えたりする。やはり余裕のある行程はいい。

 やや広めの谷間の集落、生花には、ホクレンのスタンドとAコープらしき店舗があったが、追い風気味で快調なペースだったのと、国道から多少離れていたのでそのまま通過。
 生花の谷間から先は、やはり丘陵へ。登って下っての後はキモントウ沼へ続く湿地の横断となる。はじめて通った1998年春には、まだ湿地の高い草の中をのたうち回ったり、アップダウンの途中で笹原の中から合流してくる旧道ダートの痕跡がよく見えたものだが、夏で草が高いのか、いや、それ以上に路盤が風化しつつあるのか、もう旧道を目で追うことは難しい。

 最後の丘を越えると、道がするするっと下って谷間が開け、丘の谷間の湿地帯と牧草地がちょっと寂しい表情を醸す湧洞に到着だ。時間は12:55、もう少し早いとこの後安心なのだが、とりあえず想定内のペースである。すぐ近くの太平洋岸の沼、湧洞沼も、もう20年以上前から興味があるのだが、今日もやはりその余裕が無い。思えば最初からそういう予定にしていないので、行程の余裕が無いのは当たり前である。それを欲張るから話がおかしくなるのだ。次回はもう少し細かい行程計画で、後悔の無い行程計画にしたい。

 湧洞で十勝川の河口を目指す国道336から逸れ、道道318で更に内陸の二宮へ、そう狭くも広くもない湧洞川の谷間をだらだら遡る。そう高くない丘陵が幾つも太平洋へ向かって概略平行に並ぶ、この辺りの地形を如実に反映した谷間の道だ。この丘陵を真っ向から横断すると、さっきまでのナウマン国道みたいなアップダウン連続の道になるのである。
 最後の丘越え部分もたかだか30mぐらいの坂が勿体ぶって続き、下るとすぐそう広くない谷間の畑が延々と続く。煮え切らない地形である。

 そんな道なので時間が掛かり、折り返しの二宮には14:05着。さあ、14時台、宿到着予定まであと4時間。粛々と進めば楽勝なはずだが、この先中札内までの丘陵をどれぐらいの時間でこなせるかは未知数だ。それにいくら片田舎とはいえ、ここまで何も無い交差点だと思っていなかった。というのは、ふと気付けば広尾から先、一度も補給休憩をしていなかったのである。水の残量はあと500ml強程。今後なるべく早く自販機で何か冷たい物を飲んでおきたい。いや、まだ最悪近くの牧場へ水をお願いするという手は残っている。

 二宮から先は道道210。方向を120°ぐらい変え、牛首別川の谷間から丘陵の縁を越え、十勝平野端の丘陵の駒畠へ。地図をチェックすると、標高200m近くまで登るようで、たったの標高200mだが今日の道の中では最大の山場ではある。
 方向がほぼ逆に変わっただけあり、さっきの湧洞まで追い風で、二宮まででもまあ追い風と言えた弱い風は、ほぼ向かい風となって吹き始めていた。牧草地の道が延々とだらだらと意外につらい。14時までの1日の一番暑い時間帯は過ぎていたが、そんなに急に涼しくなるわけも無く、しかも道ばたには牧場農家あれど、一台の自販機も現れない。というわけで、やや焦りつつペースは上がらない、気持ち的につらい行程となった。
 牧草地が延々と続いた後、谷間の森へ。最後の登りは標高差100m以上、ここ2日間に無かった規模をさすがに実感。しかも、斜度が時々瞬間で10%を越えそうなのがつらい。まあしかし所詮は丘陵地帯。縁を越えて台地上へ乗ると、すぐに森が開けて畑が拡がり、十勝まっただ中の格子状防風林の景色が現れた。

 15:10、駒畠着。交差点が見えてきたところで、前回の記憶からあてにしていたAコープが、自販機が、やはりあった!Aコープ偉い!と大喜びで水分を補給。身体にどんどん浸みる冷たい水分。ここまで暑かった。確か前回の2004年も、灼熱の日差しと30℃を越える高温の中、ふらふらだったのをここの自販機に助けられたのを思い出した。オアシスのような自販機である。
 概略5差路の交差点となっている駒畠からは、またもや方向を変え、道道716で西へ。
 盛り上がった台地上の平地故にすっきりした景色の駒畠から、再び台地を下った勢尾から先は、ようやく十勝平野のまっただ中。だだっ広いが故か、似たような景色が際限無く次から次へと防風林と共に過ぎて行く。畑の作物は麦、トウキビ、ジャガイモ、その他様々な野菜等々、次から次へと変わってゆく。これも十勝の大きな特徴だ。開けた平地の風景は見通しが良く、「十勝は広い」を実感する。いや、単純に見れている範囲なんて知れてるのだが。

 16:10、道の駅「なかさつない」着。
 ここまで来ればもう今日の宿八千代YHまで20km無いはずだ。一安心すると、次は腹が減ったというのは自転車ツーリングの常である。思えば広尾発が10時過ぎ、それ以来1時間前の駒畠まで補給休憩と言うものが無かったのである。まあしかし、こういう不便さは今後の行程にはあまり無いはずだ。意外だが、あの長い道北縦貫道道こと下川~歌登でも、途中の似宇布でカレーを食べられるのである。
 等と思っていると、ここの屋外の売店で「中札内産鶏チキンカレー」の文字が目に入ってしまった。ここでこれを食べても時間的には全然問題無い、と判断などするはずもなく、ほぼ反射的に注文していたのだった。これがかなり美味しい。腹が減っているのもあるが、味わい豊かななかなかのカレーだ。返す刀でフランクフルトも注文、これもとても美味しい。
 もう日差しはかなり赤くなっているが、5万図ではもう横半分の距離。粛々と進めば、1時間もかからない。17時半ぐらいには楽勝で着ける。

 と思っていたが、その後の道道55、東戸蔦からの十勝中部広域農道の行程は、少し違った結果となった。広々とした畑、一直線に並んでまっすぐ空へ登る高い防風林、青から赤へ変わってゆく夕方の雲一つ無い空、そして次第に青く青く変わっていく札内岳を始めとした日高山脈ががずらっと並んだシルエット。これらの役者が手を替え品を替え現れる景色にしょっちゅう立ち止まり、全く前に進まなかったのだ。いつも通る道はもう少し山寄りか下手なのだが、この道は山々との距離も畑の広がりも程良い。意外なうれしい誤算なのだった。

 17:45、帯広八千代YH着。ついこの間来たように思っていたが、実は2003年以来5年も経っていたのだった。
 夕食は、今日一日ずっと楽しみにしていたオプションのサーロインステーキ。レアで焼いてもらったが、なかなか美味しく、完璧である。

 夕食後は例によってもう自主消灯。宿泊者はたまたま私一人、早寝するのにもゆっくり休むにも早朝準備するにも好都合だ。
 ふと思いついて、お休み前のビールを飲みながら外へ出ると、期待がばっちり当たって降ってきそうな満天の星空。天の川はおろか、流れ星がびゅんびゅん、ゆっくり空を横切る人工衛星もよく見えた。最高のビールの肴である。

■■■2008/9/19
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔

>Indexへ folo:fcycle/63/topic/49
2008年09月20日
07:33
>>7. はいかいさん [folo:fcycle/63/topic/49/7]
 おはようございます。遅々として進まないツーレポですが、おつきあいいただきありがとうございます。
 実際には#6まで書き上がっているのですが、ちょっと寝かせてから冷静になって見直してUPするようにしています。本番→ツーレポ書き→HP作成と、何か毎日旅行の追体験をしているようで、3度楽しめるのがとてもいいです(笑)。

 Fサイジャージは、去年募集時デザインを見た瞬間、「これで北海道を走ってみたい!」と思えた秀逸のデザインでした。その通りに今年の夏は衣服ローテーション4着のうち2着に組み入れて、けっこういろいろなところで着ることができました。背中のFサイ日本地図は、特に北海道ツーリング中の他ツーリストにはかなりインパクトがあるものだったと思います。企画~制作に関わった皆さん、この場を借りて感謝お礼申し上げます。

■■■2008/9/20
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔
2008年09月22日
21:34
   
北海道Tour08 #5 2008/8/6 八千代→阿寒

八千代→(道道216・農道)雄馬別→(農道)上美生→(道道55)美生
→(道道317他)芽室→(道道54・農道)美蔓→(国道274)笹川
→(道道771)中士幌→(国道241)阿寒湖畔→(国道240)阿寒
230km

 4時半を過ぎるともう辺りは一気に明るくなるが、森の際に建つ八千代YHの山間の朝はとにかく爽やかだ。昨日にも増してきりっと涼しい早朝の空気、つい何日か前までの東京の暑さからは考えられないし思い出したくもない。この涼しさに慣れると東京じゃ生きていけないんだろうなあ、と思う。しかし、北海道に住むには秋~冬~春の寒さを耐えなければならない。
 さて、今日は前半5日間の山場、釧路湿原脇の下幌呂「宿房まきごや」までの長丁場である。2005年に泊まって以来のこの宿は、簡易宿所スタイルの「宿房」だが、とはいえパーテーションは区切られていて個室状態で、安眠には全く問題無い。何しろ豚肉料理がとても美味しく、再訪を狙っていた。十勝から釧路へはあまり経路の選択は無いが、今回は何とかして昼過ぎまでに本別へ出て、釧勝峠を経由、白糠から国道38を20kmぐらい我慢して釧路湿原に入り込めばいい、と考えていた。

 5:50、八千代発。かっと鋭い朝日に照らされた牧草地、森、そして間近に迫る日高の山々。道道216の景色は、緑も青も土の色も濃く鮮やかな色で印象的だ。もともと開けた山際で景色が素晴らしいこの八千代牧場辺りだが、今回は特にいい。昨日に引き続きまたしょっちゅう足が止まる。やはり早朝と夕方は景色が映える、絶好のツーリング時間帯なのである。

 段丘から谷間を越える下りが2回。約100mの下りは、昨日の登り貯金のお陰だ。雄馬別から先は、十勝平野にグリッドを刻む水平垂直の最外周、八千代牧場から円山牧場までのこの辺りは、間近な山々にアップダウン、そして様々な角度で交差してくる直行グリッド系統の道、防風林など、景色が変化に富んでいて、十勝最西端を結ぶ道でもいつも通るのが楽しみだ。
 なんとなく逆方向からはけっこう前に通ったことがあるような気がする景色が入れ替わり現れて段丘を下り、上美生の集落が現れた。交差点の周囲に民家が集まる景色は、確かに以前訪れた記憶がある。十勝北部の新得方向から来ると、もう結構来たと思う頃に現れるこの集落。今日出発地点の八千代自体、十勝南部の大樹からはかなり距離がある。改めて十勝は広い、と思った。

 上美生からは方向を変え、十勝平野の中央方面、芽室へ向かって道道55をひたすら下る。しばらく山裾に沿った下りが続くが、中美生の新嵐山を過ぎると、山裾からどんどん離れてもう辺りは十勝平野のまっただ中。美生の先は下る一方、下るに従い辺りは平地らしく、景色の変化が少なくなり、そして農家の数は増え、唐突に都市部の住宅地が登場。芽室の外れに着いたのだった。

 7:40、芽室着。下り基調とはいえ、ここまで補給休憩をしていない。ちょうど国道38とクランクで交差する箇所にセイコーマートを発見、これは立ち寄るしか無い。
 おにぎり、野菜サラダ、オレンジジュース、いろいろ補給しながらメールをチェックすると、なな何と帰りのキャンセル待ち飛行機がばっちり取れてしまっていた。早速確保作業でJALの予約センターに電話をかけているうち、あっと言う間に時間が過ぎてしまった。のみならず、もともと山裾から平地の真ん中に降りてきて暑かったのが、日差しがかっと照りつける時間帯に入って、暑くて仕方がない。気温は低いのに、太陽光線が熱くて仕方ないのだ。もともと十勝の夏は暑いのを改めて思い出した。標高が高い山裾の八千代が快適すぎたのだ。
 後で考えると、この時点で、いや、早朝の雄馬別辺りですでに選択を誤っていた。もう少し西の、十勝平野東側に出るのに手間の掛からない芽室~音更辺りに出ておく必要があったのに、芽室は去年通っているし、涼しい景色の良さそうな道に完全に目が眩んでいたのだ。
 しかし、この時点ではまだ考え直す余地もあったはずだった。何故なら単に田舎道を東に向かい、音更辺りに出ていれば良かったのだから。

 8:30、芽室発。道道54はすぐに北側の丘陵に取り付き、こちらもそのまま道なりに坂道へ。この道、2001年に通ったことがあるが、十勝平野の北側から中央に出るのに標高差50m前後のちょっとしたアップダウンが5回もある。しかし今回、まだ時間がある、何とかなるだろうと考えていた。この先鹿追から十勝平野を横断、その後本別までどう辿り着くかのイメージは実は曖昧だったにも係わらず、コースを知っているような気分になってしまっていた。
 アップダウンの丘陵の一つ一つは、丘の上の牧草地から斜面の森に突入、だーっと下ってちょろちょろの川を渡り、再びだーっと次の丘を登って背中の牧草地に到着、しばし丘の開けた牧草地を進んでまた次の谷へ、というパターンだ。斜面の森が開けていたり、丘の上の距離に差があったり、登りボリュームでややばらつきはあるが、まあ大体一緒である。
 もうすっかり日差しが厳しいこの時間、道道と言えども幅広の道にはあまり木陰そのものは少ない。しかし、斜面の森や谷間の川から吹いてくる風は涼しく、連続アップダウンは連続なだけに下りの勢いでほんの少しだけ楽に登り始められる。時間は掛かるが、のんびり進む分には楽しい道だった。

 最後の丘に登ったところで丘の上の広域農道西十勝線へ移り、美蔓で国道274へ。道央からの車のほとんどが十勝清水で国道38へ流れた後の国道274は単なる田舎道で、思った以上に鹿追に出るのに都合のいい道だった。
 9:40、鹿追着。小さな町だが道の駅はあるので、少し立ち寄ることにした。

 この先の経路を確認するに至って、ようやく時間が押し気味であることに初めて気が付いた。十勝平野を横断して休憩込みで12時前、その後本別で14時前。釧勝峠を越えた上茶路で15時半ぐらいかもしれない。この後は全く同じ経路だった2004年の実績を足すと、下幌呂の「まきごや」着で20時半過ぎになってしまう。
 朝、何も考えず音更へ向かうんだった、とこの時初めて気が付いたのだった。後悔先に立たずだが、いくら後悔してもしなくても、反省してもしなくても、「まきごや」には辿り着かないといけない。
 このままなるべく早く本別へ向かうか、帯広の東辺りから最後の手段国道38に出てそのまま一気に白糠を目指すか、いっそ足寄から阿寒湖経由で阿寒へ下り、裏手から下幌呂を目指すか。いろいろ悩んだあげく、とりあえず十勝平野は横断しなければならないので、十勝平野横断後、本別への丘越えの分岐がある士幌手前辺りの到着時刻で結論を出すことにした。時刻によってはコース変更が必要だ。
 焦っても仕方ない、今は粛々と行程をこなそう。そして目の前の景色を、ツーリングを可能な限り目一杯楽しもう。

 鹿追から少し北上した笹川で道道771へ。上美生からずっと続いた北上から、今度は東に進行方向が変わる。十勝平野北側は、ほぼ東西南北に道と防風林のグリッドが切られている。道道771は、笹川から中士幌へ、その十勝平野中央部、中央へ向かって緩やかに下ってゆく平地を横切る道だ。例によって辺りは牧草地と畑と防風林がグリッドを切りつつ断続し、北側遠くには大雪へ続く山々が眺められ、時々大きなアップダウンで川が落ち込む谷間を越えてゆく。

 辺りが明らかに平地っぽくなって、11:55、中士幌着。セイコーマートで休憩をしていると、近くでお昼のサイレンが鳴った。鹿追での不安通り、確実にに時間オーバー進行でここまで来ている。このまま本別への丘越えへ向かうと、希望的観測入りで13時半。いや、休憩込みだと14時は覚悟する方がいい。釧勝峠を越えて上茶路15時半とすると、やはり下幌呂まきごや到着は20時半を越えるだろう。しかもこのシミュレーションの規準となっている前回の行程は、白糠・庶路間の国道38での強追い風が前提である。そんな都合の良い条件を前提にするわけにはいかない。
 一方、釧勝峠ではなく、足寄から阿寒湖畔へ抜け、阿寒へ下って2回丘越えで下幌呂に向かうという手が残っている。釧勝峠へ行きたかったので計画時はこの案を考えていなかったが、例えば国道241で足寄到着14時、阿寒湖畔17時、下る一方の阿寒18時半とすると、なんだか19時台に下幌呂に着けそうに思えた。足寄に向かう方が何か可能性があるのかもしれない。本別への分岐がある士幌でどうするか、最終的に決めないといけない。

 国道241で再び北上開始。走り出すとまあ許容範囲内の交通量で、粛々と我慢強く走るには逆に国道の埃っぽさ、取っつきの悪さが好都合だ。
 結局、12:25、士幌通過。本別へ向かいかけて、引き返してそのまま国道241を継続、足寄へ向かうことにした。何だか本別までかなり時間が掛かりそうに見えたのだ。この選択が合っていたかはわからないが、少なくともこの後、足寄で今日の下方修正はやりやすくなったと思う。

 上士幌から国道241はやや方向を変え、十勝平野東北部の平野の縁へ少しづつ登って行く。見渡す平地、丘陵や畑、防風林の風景が、何とも十勝らしい。少し交通量は多いのと、自転車走行エリアが狭く、国道でさえなかったら、と思う。
 十勝の縁に近づくに連れ、辺りの丘陵は目立ち始め、景色がダイナミックになりかけたところで突如森に突入。そのままやんわりピークを越えると、おもむろに道が下り始める。十勝の縁を遂に越えたのだ。
 足寄までの丘陵は、開けた十勝とは全く違う、谷間の森の道だ。しばらく森の中をそのまま標高差約100mの下りで、上から芽登の町を掠め、足寄湖へ。足寄湖からはちょっといやらしい登り返しもあり、ますます見込みより時間が掛かる。中士幌、上士幌、芽登から足寄へ完全に距離を見誤っていた。地図を見直せばなるほど、確かに一筋縄ではいかない距離だ。鹿追での判断ミスというより、朝の雄馬別で芽室に向かわなかった、いや、出発時にコースイメージを持たなかったのが原因だ。
 等と原因究明しても、今は何が変わるわけではない。明日からの行動に活かすより前に、今日はとにかく下幌呂へ着かなくては。後悔なんて後ですればいい。
 登り返し途中で去年泊まった「民宿 陵雲荘」出発時に眺めた牧草地が登場、そこから足寄町の200mの下りに突入。途中で見上げる「陵雲荘」を横目に、改めて長い下りを実感したのであった。

 14:25、足寄着。さあ、阿寒湖畔まで約50km。登りの50kmだから、どう考えても3時間以上かかってしまう。おまけに下り基調で阿寒まで約30km以上、快調に下れて1時間強としても、今14時半だから阿寒到着で19時過ぎ。下幌呂着は間違いなく20時を越えるだろう。
 となると、下方修正できるものなら下方修正にすがりつきたい。まず思いついたのは、20年以上ぶりの訪問となる野中温泉YH。秘湖オンネトーへの途中、昔から桧造りの温泉が有名だ。風呂に入っていると、野兎が見えたのが印象に残っている。あと約40kmと距離は短いが、今晩の宿としては不足は無い。お盆前まだ1週間、まず満員は無いだろう。が、この時間のYH飛び込み予約、夕食をお願いできるかどうかが問題だ。
 果たして電話してみると、今日は女将さんが用事で町に出ていて、留守番のおばさんによれば、女将さんは予約は取りたくないと言っていたらしい。この足寄に野中温泉YHの女将さんがいるのだ。直接お願いすれば大丈夫かなとも思うが、あまりに非現実的である。まあそんなことを思いつくぐらい、焦っている自分に気が付いた。落ち着け。
 次にダメもとで、阿寒の公共施設「赤いベレー」に電話してみた。と、お盆中今まで予約できたことが無かったこの宿が、今日は何と空いているらしい。それどころか夕食もOK、なな何とオプションも可能らしい。ラッキーッ、OP付でいただきだぜ!と思ったが、「阿寒湖畔から40kmぐらいありますよ」とのこと。ちょっと不安だが、この際下り基調の勢いで行ってしまえ。
 とりあえず到着予定時刻19時半でお願いすることにした。もちろん「まきごや」はキャンセルさせていただいたが、優しいおばさんは夕食の食材を仕入れて下さっていたとのこと。次回は美味しい豚肉料理をいただけるようきっちり計画して、早めに宿に着くことを心に誓った。

 14:45、足寄発。
 阿寒湖畔まで50km、阿寒湖畔手前の足寄峠まで標高差は400m。中足寄、奥足寄と、そう広くなく狭くもなく、煮え切らない浅い谷間の牧草地と畑の中、国道241は登りと言うより単純に遡っているだけのゆるゆる登りで谷間を進む。まあしかしこの国道241、とにかく交通量が少ない。煮え切らないがのんびり穏やかな谷間の表情は、北海道の谷間らしくて決して悪くない。いや、なかなか良い道である。初道内ツーリングの86年も、午後からこの道を遡り、野中温泉YHに向かったのを思い出した。もっと言えば、今日は上士幌の少し先からその時とほぼ同じ経路である。そういえば今回の15日行程も、同じく学生の時の86年以来初の2週間越え行程である。そういうタイミングでこの道を再訪しているのだ。何だか非常に感慨深い。

 進んでも進んでも山間の景色は一向に変わらず、50kmは伊達じゃないことを痛感した。螺湾、美利別を過ぎ、一度は足を向けてみたいカネラン峠への分岐がある上足寄を過ぎると、次第に道の両側に山々が近づいてきた。ようやく涼しくなってきたことに気が付くが、それでも足寄峠までまだ半分。前回1998年、この道を通ったのは逆方向から、つまり足寄峠からの下りだった。たしか下りらしい下りは峠の付近だけ、長い間森が続いてからようやく辺りが開け、更にその後延々と開けた谷間の下りが続いたのを覚えている。今はまだ辺りに牧草地や畑が続いている。少なくともこれが森に変わらないと、峠まで近づいていないのだ。

 それでも茨城、伊那と遡るうち、谷の行く手の空に赤っぽい岩肌が露になった雌阿寒岳と阿寒富士が現れ、「お、阿寒湖まで近づいたのかな」などと思っているといつの間にか辺りの開けた畑は完全に森に変わり、道の斜度は増して、何と無く峠っぽくなってきた。あと標高差200m弱。
 オンネトーへの分岐が現れ、登り斜度がようやく峠らしくなって、しばらく直線基調の登りが続く。またもやふと86年のこの道の登りを思い出す。野中温泉YHから出発して、こんな感じの登りをじりじり登ったのだった。坂道のてっぺんを見つめて登った結果、その風景だけ鮮明に覚えているのが面白い。

 17:50、足寄峠着。森の中、全く視界が無いタイプの峠である。さあ、ここから下り一方だと思ったが、その後登り返しのだまし峠が2回。山裾のなだらかな地形を考えるとわからないでもないが、なかなか一筋縄では行かない道である。恨みついでに、釧勝峠へ行ったらどうだっただろうと想像してしまう。向こうなら標高は490mちょっと、多分今頃もう国道38で白糠から庶路辺りへ向かっている頃か、庶路から内陸に入り込んでいるかもしれない。等と考えても、今は想像以上にならない。目の前の行程を粛々とこなして阿寒に辿り着いてから、後でたらればシミュレーションでもすればいいことである。
 山の中で国道240と唐突に合流、やや車が増え、さらにしばらく森の中を下る。高い木々で、道はもうずっと日陰になっていたが、時々道の方向と沈んでしまいそうな夕日の方向が合い、道がぱっと真っ赤に明るくなる。なんだかちょっと嬉しくなるのが我ながら単純だ。しかし、もう18時過ぎ。

 18:20、阿寒湖畔着。湖畔の森に遮られ、道からは湖がほとんど見えない。まああまりのんびりしている暇は無いし、確か湖畔の道はホテルや旅館が建ち並び、足を向けるほどの道でもなかったような記憶がある。代わりに有り難いことにセイコーマートが登場、ここで補給しておくことにした。

 阿寒湖の向こう側、やはり湖畔から山の森に少し入ったところで国道241から分岐。道は広いが、周りは無人の森の中。山肌から谷間に降り、阿寒川が谷を下ると共に道は進んでゆく。もともと谷間の斜度がかなり緩く、軽い登り返しがしょっちゅう現れ、なかなか思うように下る一方という感じではないが、もう気にしてはいられない。
 秒速で辺りは暗くなってゆく。進んでも進んでも山の中、19時を過ぎて辺りはどんどん暗くなり、空がほわんと明るいだけになった。景色もあまり見えず、せいぜい辺りの山のシルエットが夜空の中でわかるだけだ。一直線の道、遙か向こうのカーブの向こうが明るくなってから対向車がそのカーブに現れ、やがて目が眩むようなライトでこちらを照らしながら通り過ぎてゆく。そのライトで、すれ違う闇の中に大きなガが飛び回っているのがよく見える。ガは時々顔にも当たってきて、非常におぞましい。山の中のナイトランで、車がいないときは完全に真っ暗、ライトが本当に有り難い。計画時に想定していなくても、やっぱりライトを使う機会があるのだ。いやこれは計画の精度次第か。

 黙々と、粛々と、走るという実感ある行為というよりは単に足を回し続け、進んだというよりは単にだいぶ時間が経つと、いつの間にか辺りは牧草地に変わっていた。もうだいぶ長い間細切れ開通で残っている国道274との交差を通過。この国道274さえ開通していれば、釧勝峠の国道392から直接ここに来れたのに。こんなに大回りしなくて良かったのに。でもここまで来れば、阿寒湖の分岐から2/3以上来ている。もうあと一息、というほど阿寒は近くないが、いや、それでももう一息だ。
 しかし、それからも牧草地は延々と続いた。というより、道が一直線になり、真っ暗な中の道と牧草地の景色は更に単調になった。それでももう道の脇には牧場農家が断続するようになって、人の営みが実感できるのが心強い。もう何とかなるところまで下ってきたのだ。

 19:45、阿寒「赤いベレー」到着。やったやった、ついに到着である。明るいところでメーターを確認すると、230km。おお、230km行きましたか。釧勝峠とか十勝平野の経路云々ではなく、明らかに事前の計画ミスである。下幌呂までは遠すぎたのだ。
 そもそも事前お電話より延着で、この宿にも申し訳ない。反省である。温泉併設の公共施設で、この時間でもまだ地元のお客さんが新たにやってきているのが、まあ少しは気が楽だ。

 夕食は準備済とのことで、20時半までに食べる必要がある。宿に迷惑は掛けたくないので、汗だくだがささっと食べてしまうことに。
 あの時間に予約して、フルオプションを用意してもらえるのが凄い。さすがは食堂併設の公共施設、食材は保管庫に確保してあるのだ。しかし肝心のオプション、鹿肉に鴨肉の料理は、品数は多いものの何かイメージが違う。野菜が少ないのだ。思えば普通のお客さんにはこういう料理の方がいいのだろう。

 明日は花咲港まで。下幌呂発の計画だったが、今日の下方修正で、コースイメージからどこかを端折ることになる。しかしようやくたどり着く根釧台地に道東太平洋岸、どこも通りたい道ばかりだ。予定通りの釧路湿原北を突破のコースを再確認するが、一方で今日230km走ってしまったので、明日はやや抑え気味にしておきたい。となると、釧路に出る方が無難だ。問題は釧路から先。ややアップダウン多めでくねくねの太平洋岸へ向かうか、それとも禁断の幹線国道、国道40をしばらく我慢するか。
 どっちにしても悩ましい選択で、結論が出る前に眠さに負けてしまった。

■■■2008/9/22
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔

>Indexへ folo:fcycle/63/topic/49
2008年09月23日
13:57
   
北海道Tour08 #6 2008/8/7 上阿寒→花咲港

上阿寒→(道道222)阿寒→(道道834 釧路阿寒自転車道)釧路
→(国道44)ルークシュポール→(道道221)上尾幌
→(道道1128他)太田→(道道813他)西円朱別→(農道・道道123)浜中
→(農道)西厚床→(国道44)厚床→(道道1127)初田牛
→(道道142)西和田→(道道780)花咲港   182km

 寝るのは遅めでも、起きるのは4時でいつもと同じである。薄暗いうちから着替えを畳み、昨日買っておいたおにぎり2つで朝食にする。
 地図を並べ替えてフロントバッグにしまう前に、今日の行程を確認しておこう。まず根釧台地、上尾幌、太田から別寒辺牛湿原には何が何でも訪れたい。その後太平洋岸の恵茶人にも是非行きたい。何といっても昨日のような天気が期待できるここ数日間、青い空と青い海を見ることができる絶好のチャンスなのである。
 太平洋岸までどういう経路があるか、結論から言えば最短経路が何かと妥当だろう。この先リハビリ日は明後日の羅臼から岩尾別へ向かう日だけなのだ。その後は開陽台~津別峠~上紋峠と、4日連続内陸の行程が続く。選択に悩むなら、あまり疲れを貯めない方を選ぶべきだ。
 となると、阿寒→釧路→上尾幌に決定だ。釧路から上尾幌はできれば海岸沿いの道道142へ向かいたいが、時間的には望み薄のような気がする。まあこれは釧路到着時刻で決めよう。

 6:00、上阿寒「赤いベレー」発。
 阿寒までは5kmほど、昨夜に引き続き阿寒川の谷間を下る。昨夜は暗闇の中で何と無く牧草地の景色が拡がっていたような気がしたが、道の近くは昨日見たとおり、もう少し遠くは北海道の谷間らしくそう広くない谷間の景色なのだった。

 阿寒の町では、3年前道東二期林道訪問時に立ち寄った、町の南側のコンビニで朝の補給を行う。その間、町中で見かけた「阿寒釧路自転車道 全通」の看板がだんだん気になってきていた。1989年、就職して2年目の北海道ツーリングで、鶴居・弟子屈方面へ向かうのに釧路から入り込んだのがこの道だったが、なんだか路面状態があまり良くなかったような印象があり、しかもその日は雨、その上阿寒に到達することなくかなり手前の山花で鶴居へ向かう道道53に移ってしまい、印象が非常に薄い道だった。今回も横目に見た「阿寒釧路自転車道 全通」の看板の前を、何と無くそのまま通過してしまっていた。
 しかし地図を見直すと、釧路までの国道240、道道332、道道54沿いのけっこういい場所を通っているではないか。しかも車道と併用区間は見当たらない。難があるとすればエスケープルートが無いことだが、こいつは良いかもしれない。自転車道の釧路川終端は町の北側、もしかしたらたねやんがFCYCLEカムイ会議室に書き込んでいたNobeさんのショップに近そうだ。時間があれば立ち寄ると楽しいだろう。

 と思って阿寒の町中、看板の立っている細道入口から入り込んだ釧路阿寒自転車道、これが大当たりの良い道だった。一応「道道834 釧路阿寒自転車道」ということになっていて路面や清掃、標識やフェンスなどの整備状態は良く、木の葉も溜まってはいるが通行に支障を来すほどではない。愛称「湿原の夢ロード」、看板を読むと他のサイクリングロードにありがちなパターンで、元勇別炭坑鉄道とのこと。なるほど、森の中、阿寒川沿い、そして牧草地の狭間をすり抜けて行く線形は、何とも穏やかで目立った勾配も無く、いかにも鉄道らしい。廃線転用自転車道特有の、何だか小型の機関車でも運転しているような気分になってくる。
 ほどよく狭い緑の道。車などやって来るはずもなく、時々ジョギングの人とすれ違うだけだ。のんびりした雰囲気で、前向きに行程を稼ごうという気にならない。朝の空気、森、そして眩しい日差しと木漏れ陽の中をてれてれ流せるのが幸せだ。釧路まで26km、こののんびりペースだと1時間半掛かってしまうかもしれないが、もうそんなことはどうでもよくなってしまう。
 森が切れると牧草地の中、自転車道の脇にダートの農道っぽい道がしばらく併走し、突如併用となってまた離れて自転車道は山裾の森へ。こんな景色の変化も、いかにもローカル線の車窓風景そのものだ。

 阿寒川沿いの森から、道は平野部に放り出されて再び草原の道となる。まだ6時台だが、早くも高く昇りつつある太陽が、ほぼ正面から照りつけ始めた。途端に暑くなって目も眩むが、丁寧に植えられた並木が、ひょろひょろではあるが少しはその日差しを遮ってくれる箇所もある。横を眺めると、輝くような明るい緑の牧草地に、その向こうはさっき離れていった丘陵の丘や、道道322の車、そして道沿いの建物が見え隠れしている。つくづくこっちで良かったと思う。ツーリングだから走っていて楽しくないと意味がないのだ。
 道道53とのアンダークロスを過ぎ、地図上は釧路の街がだいぶ近づいたようでもまだ辺りは牧草地だった。が、遠くに眺めていた車道周囲の営みが連続し始めてこちらにも近づき、牧草地の草原に農家とは異なる民家が現れるに至り、唐突に周囲が新興住宅地となった。サイクリングロードの路面自体も、いつの間にか線がかっちりした都会の自転車道の表情となり、最後に唐突に住宅地の中で広めの車道に突き当たって途切れてしまった。GPS画面の道の配置を見ていると、その先にも何と無く鉄道の痕跡があるような気もするが、もうここから先は車道を行くべきだろう。いやー、良い道だった。
 7:40、釧路着。千歳からここまで600km以上、久しく見ることがなかった都市の町中に、いきなり到着してしまったのであった。

 釧路での使命はまずセイコーマートを捜して補給休憩、これだけなら余り変わり映えはしないが、Nobeさんのお店を確認しないと。FCYCLEをチェックすると、何といまさっき渡ったばかり、100mも離れていない新釧路川の鶴見橋袂とのことである。
 お店はすぐに見つかったが、生憎今日から休業とのこと。まあ開店遙か前の早朝、いきなり押し掛けて「すいません高地です、お会いするのは初めてですね、それではまた!」などという勝手で一方的な押しかけは、単なるお騒がせの迷惑なのである。
 お店の場所はわかったので、次回は開店時間帯にお邪魔したい。

 8:10、釧路発。先のことを考えると、もう国道44でなるべく早く根釧台地に行ってしまうのが良いだろう。
 というわけで、町外れから片側3車線、取り付く島の無い国道44へ。釧路から続く河口の低地は街外れで終わり、別保まで低湿地帯の谷間をくねくねした後、根釧台地へ続く丘陵の森林帯となる。特に高い山があるわけではないこの辺りの森は、しかし何か異様な程濃い深森の雰囲気が漂っている。その雰囲気通りに涼しければいいのだが、道幅の広さのためか、木が切れた空高くから例によって鋭く厳しい日差しが照りつけてきた。上からの日差しに加え、路面の照り返し輻射でかなり暑い。いや、凄く暑い。ちゃんとした測定条件下で計る気温は路面温度なんて関係無いから、いわゆる天気予報などの気温では25℃かもっと低いということになるのだろう。えっちらおっちら登る私を勢いよく抜いていった学生ツーリストらしき2名も、丘の上でしばらく休憩していた。
 海岸沿いの集落、昆布森への分岐近くが丘陵の最高地点。標高は100m弱、意外な登り量ではある。分岐にはちょっとした広場があり、昆布森の名前通りに例によって昆布干しの真っ最中である。海岸際岸壁上の道道141が海岸まで降りる昆布森の漁港でも、昆布漁の船や昆布干しの人々が、漁村総出で大忙しなのだろう。

 ルークシュポール(という地名なのです)で上尾幌への道道221へ、やはり交通量の少ない道はほっとする。森の中の丘を越えると、少し開けた谷間に民家や牧草地、そして根室本線の駅が現れ、9:05、上尾幌着。
 何とか9時過ぎに上尾幌に付けたのは良いが、この後1時間半で太田とすると、いつものように別寒辺牛湿原を経由して茶内原野、円朱別着がお昼過ぎ、浜中到着は13時半。その後太平洋岸を経由したいから、初田牛到着は15時半ぐらい。岸壁上の道で落石経由、花咲港到着は18時半だろう。今晩の宿は夕食の地魚が美味しい民宿「一福」、なるべく夕食の予定時刻18時には到着したい。しかし、これはかなりタイトな行程である。今日この暑さでこのペースをこなせるかどうかはわからない。ましてや根釧台地、地形はわかっていても風向きまではわからない。
 それ以上に暑さのせいか溜まった疲れのせいか、それとも昨夜の延着による睡眠不足か、かなり眠くなってしまっている。出力も明らかに落ちている。こういうときは、木陰で一寝入りするに限る。なあに、いつも居眠りじゃ5分も寝ないのだ。

 目覚めるとやはり5分が経っていた。明らかに頭がしゃきっとしてやる気が出てきている。あまりうだうだしちゃいられない。
 再び丘陵の森を登って道道1128に合流、そこで森が切れて辺りが開け、一面明るい緑の丘が開けた。牧草地と防風林が地平線へ波打つ緑の世界、根釧台地に到着したのだ。
 南片無去の丘の上、うまい具合に道道1128はくねくね方向を変えながら太田に向かう。根釧台地にしちゃ比較的走りやすい道で、丘の上から周辺の丘の上、遙か摩周や阿寒の山々までが見渡せる。太田までなかなか快適な道なはずだが、さっき居眠りして回復したはずなのに、何だか足に力が入らない。睡眠不足はけっこう深刻なようだ。もっと言えばそれは睡眠不足と言うより、慢性的にこれまでの疲れが溜まっているのかもしれない。かもしれないじゃない、自分の身体なのでわかりきっているのだが、単にそれを認めたくないだけなのだ。

 11:20、太田通過。そのまま道道14を横切って道道813へ。
 まずは別寒辺牛湿原。丘越えから丘越えへ、湿地帯の低い森の中をくねくね続く道。森というよりとても深い茂みの雰囲気が漂う、一種独特の迫力がある景色がしばらく続く。どこまでも一直線の道が丘を越えて視界の彼方に消えてゆく、見晴らし抜群の根釧台地では、更にここだけが独特な、いや、それも広々とした根釧台地の一つの側面というか、印象的な道だ。
 途中の高台ではほんの一瞬一面緑が拡がる低地の湿原を見渡したり、別寒辺牛川を渡る箇所ではその低地の茂みに突入するようでもあり、ちらっと見える別寒辺牛川の静かな水面に、まるで巨大な生物の内部器官の粘膜を見たような生々しさを感じたり。道自体は新しめの幅広道道、森も製紙会社所有の植林だったりと、よく見ると辺りは意外に人工物にまみれている。だが、その向こうに見えたり隠れたりしている自然の厳しさなのか。いくつか分岐するダート林道へも、その独特な雰囲気、迫力故に、もう長い間なかなか近づけずにいる。

 別寒辺牛湿原の次は茶内原野が登場する。湿原の低地から道がするするっと台地上に登ると、それまでのちょっと不気味な雰囲気の森は嘘みたいに消え失せ、開けた牧草地の丘がどこまでも波打って地平線に消えてゆく、根釧台地まっただ中の景色が始まる。台地上の牧草地と、湿地帯外周の森の境を越えたのだ。
 直線気味の道で牧草地のグリッドをスライドしつつ奥別寒辺牛、高松と小さな集落を過ぎ、西円朱別までは一直線。行く手の道が丘を越え谷を越え、どこまでも続いてゆく。開けた緑の丘陵、日差しに輝く牧草地。ほぼ毎年来ているが、また会えてほんとに嬉しい景色だ。
 しかし、木陰の少ないこれらの道では、もうほぼ真上に上がったお昼の日差しが容赦なく照りつけていた。例によって風は涼しいのに、路上はとにかく暑い。そしてまたもや眠い。幸い小さなAコープがオアシスのように道の途中に唐突に建っているのを知っていた。
 とにかくそこまで何とか我慢して到着、冷たい飲み物で身体を冷やし、またもや少し居眠りする。ちょっとだけ夢を見たような気がして目覚めるとやはり5分後、辺りは真昼の茶内原野だった。

 12:20、茶内原野発。
 今まで北東方面に向かっていたのを、90°方向を変えて南東へ、農道と道道123をつないで浜中方面へ。この辺りみたいに、一直線の道同士がかなり距離長めにグリッドを切るような道が続くと、以前はどこにいるのか訳が分からなくなることが多かった。だが、こちらには1/5万地形図に加え、地図入りGPSがある。
 相変わらず丘陵の丘越え、谷の横断が続く。いや、むしろ元町道のためか、登り勾配がやや厳しめになる。一方、丘の上で拡がる視界は相変わらず素晴らしい。これもこの暑すぎるぐらいのお天気のお陰だ。それに暑いとは言え気温自体がそう高くないので、熱中症の心配はそう無いだろう、水さえ無くならなければ。

 国道44との交差点には店の類は無かったが、とりあえず自動販売機を発見。有り難く給水し、そのまま先へ進む。牧草地と森が断続する丘の風景は相変わらずだが、内陸からここまで来ると、明らかに風の中に太平洋岸の涼しさが感じられるようになる。
 13:10、浜中着。太平洋岸には近いが、ここで海沿いに出ると幌戸、奔幌戸、貰人と海岸沿いなのに無駄に登って下るアップダウンが待ち構えているし、そもそも楽しみな景色はアップダウン区間ではなく、もう少し東の恵茶人の海岸なのである。内陸から恵茶人に直接出るのは、やはりここから東に進んだ姉別まで行く必要がある。
 と思って姉別への農道へ向かうと、のんびりと開けた牧草地の中、根室本線沿いなので平坦だろうと思っていた道に、意外にアップダウンが多い。それにやや向かい風気味で、更にペースが上がらない。まぶしい日差し、まぶしい緑の牧草地、青空の下、何だか緑の砂漠のように苦しい道になってしまった。

 14:15、姉別着。休憩ポイントは全く期待していなかったが、小さな集落の中に1軒だけ酒屋みたいな万屋を発見。アップダウンに向かい風で、汗をかいて疲れているような、塩分が欲しいような眠いような状態で、カップ焼きそばを発見してしまった。思えば今日は朝の釧路以来、飲み物の他にはあまりまともな補給ができていないのだった。
 カップ焼きそばに飲み物もメンツに加え、そのまま店の前で何と無く休憩、今後の予定を検討する。もう14時。ここから恵茶人の海岸線を経由し、道道141で初田牛、別当賀、落石経由で花咲港に向かうと、19時ぐらいかもしれない。夕食の時間に間に合わせるにはちょっと時間オーバー気味ではある。というより、浜中からここまで予想外に時間がかかり、疲れている自分に自信が無くなっていた。あと1時間早ければ良いのだが。それもこれも、昨日の朝の判断ミスのせいだ。
 何とか今日は少しでも疲れを残さず、早く宿でゆっくり休みたい。海岸は諦めて、このまま根室本線沿いに厚床へ向かい、やはり内陸から初田牛に向かおう。

 実際には、西厚床までやはり谷間を渡るアップダウンが何度か登場。今にして思えば、海岸に向かってもそう時間と体力のロスは無かったかもしれない。でも、このときは何か疲れていて、とにかく大義名分にすがってしまったのだった。
 西厚床から最後はほんの少しだけ国道44を経由し、厚床に到着。知ってはいたが、ここでようやくセイコーマートに巡り会えた。時刻も15時を過ぎ、日差しは赤みを帯びて穏やかになり始めていた。

 15:25、厚床発。もうあとはいつもお馴染みの道、花咲港まであと50kmぐらいあるはずだが、とりあえず先が見えた。
 道道1127は初田牛まで牧草地の丘の横断に、やはり軽いアップダウン3回を伴う。それ以上になぜかこの場所、いつ来ても強目の風に悩まされるのだ。何と無く気持ち的に嫌な場所だが、一方で牧草地の丘は至って平和な風景でもある。

 初田牛から先、別当賀を通って落石までは道道142、太平洋岸岸壁上の森の道。基本的にほぼ平坦で、落石の手前の湿原を渡るときにやや大きめのアップダウンがあるだけだ。低めの森は、道東の森特有のどこまでも果てしないような、どこか取り付く島の無い不気味な雰囲気で、その森の中、どこまでも一直線に道道142は進んでゆく。
 森の頭上は晴れだが、海側の森の向こうは、何と無くこの海岸特有の夏の霧っぽいような気もするし、晴れているような気もする。自分で決めたことだが、さっき諦めた恵茶人の海岸に未練たらたらで、どうしても海側の天気が気になって仕方無い。

 17:05、落石着。突如森が切れ、断崖上から海と空が開けた。
 もう真っ赤な光の中、落石港から眼下の浜松漁港、そして昆布盛の集落へぐるっと続く崖、その下の湾から拡がる太平洋。霧は無く、空にも雲はほとんど無い。太平洋の海岸はやはり晴れだったのだ。落石まで意外に早く来れているし、ここはやはり晴れの恵茶人海岸を見ておくべきだったと、ますます後悔が募る。何しろ短い道東の夏、この辺りにはるばるやってきても、晴れるとは限らないのだ。
 今日の判断ミスは、思えば昨夜の睡眠不足、そしてそれは昨日朝の出発直後の判断ミスに端を発している。今後は毎日もうあまり疲れないように、そして判断を誤らないようにしないといけない。

 厚床から交通量皆無だったが、落石から先道道142には急に車が目立ち始め、根室に近づくに連れその数は増えてきた。昆布盛から先は牧草地なども現れ、温根沼のアップダウンを越えると民家が登場、根室郊外となる。
 西和田からは道道780で海岸際へ一気に下り、17:45、花咲港「民宿一福」到着。17時台に着けて良かった。宿の奥では普通にロシア語の歌謡曲みたいなのが掛かっていて、さすがは根室である。

 ところが夕食の時間になって食堂へ行くと、同宿のお客さんグループが急遽夕食を食べることになったとのことで、食べ尽くされたご飯を炊き直し中とのこと。おれの食事は後回しで良いのか。これなら真面目に恵茶人に向かうのだった。後悔しても後の祭り、「ごめんねえ」と笑って誤魔化す元気なおばちゃんに、仕方無いので「じゃ、なるべく早くお願いしますね」とは言うものの、心の中は「おれの恵茶人海岸を返せえ~!!」なのだった。しかし、おばさんはそんな抗議は一向に意に介さないだろう。
 結局、夕食にありつけたのは19時半。とはいえ待ちに待った夕食の、根室港獲れたての新さんまに、花咲ガニがとても美味しい。更に筋子の醤油漬けが、何かかつて食べことの無い豊かとしか言い様のない味なのだ。一昨年美味しかったキンキの味噌汁を楽しみにしていたが、キンキが市場に出ていなかったとのことで、代わりにアサリの味噌汁が出ていた。ちょっと格落ちだけどまあいいや、と思って一口すすると、これがまたものすごく旨い。もう大満足の夕食なのだった。

■■■2008/9/23
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔

>Indexへ folo:fcycle/63/topic/49
2008年09月28日
11:11
   
北海道Tour08 #7 2008/8/8 花咲港→海岸町

花咲港→(道道310)根室→(道道35)根室→(国道44)厚床
→(国道243)奥行臼→(国道244)伊茶仁→(国道335)羅臼
→(道道87)海岸町   202km

 4:00、まだ薄暗い窓の外、空にはやや雲が多い。もともと夏は霧がつきもののこの道東太平洋岸、それに毎日激晴れの後はそろそろこんなもんだろう。とりあえず雲はそう低くないので、今日も雨の心配は無い。

 花咲港に泊まった目的の一つは、14年振りの納沙布岬再訪である。昨日は一昨日の下方修正の辻褄合わせで一杯一杯で行き損ねたので、行くなら今日しかない。今日は羅臼までの行程で、概算で130km強。これだけならかなり楽勝だが、納沙布岬まで行って根室へ帰ってくると、花咲港から根室半島一周で約50km強。そんなに上乗せして大丈夫なのか。ちょっと検討しないといけない。
 今日のコースはほとんど平坦だ。180km平坦なら恐れることはない。1日掛けてのんびり、しかし粛々と行程をこなせばいいだけなのだ。怖いのは強めの向かい風だが、今朝の空の雰囲気を見る限り、そう天気が荒れる心配は無い。
 となれば、納沙布岬決定だ。なるべく早く出発して、極力のんびり走れるようにしよう。
 一方で明日は羅臼から知床峠一発だけ、しかもウトロ側からの2倍もの距離を掛けて登る羅臼側からの登り。つまり楽勝のリハビリ日として計画してあるが、明日のリハビリ日で、ここまでの疲れを極力回復しておかなくてはいけない。何故ならその後、津別峠、上原峠、上紋峠、そして初訪問の知駒峠と3日間連続の内陸コース、文字通り今回の山場を迎えるのだ。この3日間、途中で疲れきってしまわないよう、ペース配分は注意する必要がある。ここまで4日連続平均200km/日以上、延べ800kmオーバー。当社比ではなかなかいいペースである。一方でもうけっこう疲れていて、昨日も何だか途中から一杯一杯の一日だった。そもそも今日でもう7日目。暦通りなら、8日行程の最終日前日、そろそろ「ああ、今年も良い旅だった。でも明日で終わり、寂しいな」なんて考え始める時期だが、今年は何とまだ旅程の半分まで行っていないのだ。長い。果てしなく長い旅程のようだ。一体いつ終わるのか、今年の旅は。旅の満足度なんて旅程の長さではなく、充実度だけであることをつくづく実感する。

 5:35、民宿「一福」発。曇り空の下、今朝も空気は涼しいと言うより冷たい。古びた倉庫に加工場、鉛色の海に並んだ漁船。何と無く全部灰色の印象がある朝の漁港を、軽トラックが慌ただしく行き来する。
 JR最東端の駅は根室一つ手前の東根室だったと思い出しつつ、西へぐるっと回り込む根室本線をオーバークロス、「納沙布岬」の標識の出ている道道35へ。思えば前回の訪問は1994年。1度来たので億劫だったのと、天気が不調だったりスケジュールが合わなかったりで、なかなかこの道に踏み込めなかった。

 14年振りの道で前回の記憶が残っているのは、行きも帰りも向かい風だったのと、南側が集落主体、北側は打って代わって牧草地、森が続く寂しい雰囲気の道だったということぐらいだ。
 雲の中から時々朝日が射してきた。オンネ沼の低地から、友知、双沖、婦羅理と漁村と台地が断続する海岸沿いの道の、海の拡がりと正面からの日差しに気分は盛り上がる。例によって軽いアップダウンも連続する。基本的にはそう高低差があるわけじゃない道ではあるが、朝の道は涼しいものの何と無く一つ一つの丘で足に力が入らない。やはり体中が疲れているのだ。
 歯舞の台地に乗り上げると、もう根室半島の先端部。相変わらず集落が断続して、何かが変わるわけではないが、ここまで来ると陸地全体が平べったいせいか、何となく先端部独特の、広々と物寂しいような不思議な雰囲気が続く。

 7:10、納沙布岬着。「四島の架け橋」のオブジェのコールテン鋼のテクスチュアは、金属フェチならたまらないだろう。しかし、目の前の歯舞群島、左遠くの国後島、あるのか無いのかはっきりしていないオホーツク海上の国境を前に、これらに何か自ら働きかけているわけではなく、結果も全く伴っていなくて、先端部の景色特有のもの寂しさに輪を掛けてはいるが、その自己主張自体は何か空しい。そのオブジェのある広場も、早朝なのでまだ観光客もいないし、何か肌寒く、全体的に取り付く島が無い景色だ。ここはオブジェの影響が少ない少し脇の「納沙布岬」の柱の前に自転車を停め、しばしウミネコ以外誰もいない珸瑤瑁海峡を眺めることにした。しかし、一方でこういう場所に人っ子一人いないのはいい。これで観光客が多かったりスピーカーの演歌がやかましいと、寂しいんだか賑やかなんだか訳がわからなくなる。
 前回訪問から14年。そんなに経ったのかどうかちょっと不思議だし、そう考えてゆくと自分がまたここにやってきたこと自体が何か不思議なことのようでもある。しかし、自分で行こうと思って足を向けないと、足を回していないとここに来れていないのも事実である。思えばそれが旅ということなのかもしれないとも思うし、そうでなくても旅に出ればとりあえす旅は続くのだ。でも、また来ようと思う限り、いつか来ることができるのだろう、きっと。

 納沙布岬からの帰りは、北岸に足を進める。前回での訪問時も、さっき通ってきた南岸より、北岸の方が緑と海の景色に少ない交通量で圧倒的に印象が良かった。「民宿 一福」のおばさんにも北岸を勧められた。しかし、これだけ久しぶりの訪問だと、とりあえず一周しておくしかないのである。
 その記憶通りに北岸は牧草地や森の中の道だ。時々温根元、トーサムポロ、オンネップと小さな漁港が現れ、景色の変化もある。根室半島は先端からしばらく上面が平らなようで、緑の草原の拡がりは開放的だし、また海上には国後島が真右に見える位置関係なのが凄い。それだけ根室半島が突き出しているのを思い出させてくれる。
 牧場では牛の他に馬が多い。同じ馬でも新冠でよく見られたサラブレッドとはシルエットが根本的に違い、こちらは全体的にずんぐりがっちり、足首が太い道産子である。もちろん牛もいる。
 曇りだったのが次第に晴れ、空には雲より青空が増え始めた。陸地側の丘が高くなり、辺りの低木林が再び牧草地に、そして道の脇に民家が現れ始めるともう根室である。ミスを見るとこちらの方が南岸より距離も全然短いのだ。こういうところも宿のおばさん推薦の理由だろう。

 8:20、根室着。一周約50km、先端で少し休んで3時間弱。まあなかなか順調だ。ここはひとつ、落ち着いて町中のセイコーマートで朝食休憩としよう。
 今日はこの先もう大した登りは無い。無理しなくても、あまりうだうだせずに落ち着いて行程をこなせば、何の問題も無く羅臼の宿には着けるだろう。ただ、ここから厚床までどこを通るかは問題だ。昨日も通った落石から初田牛経由の道道142だと、3時間は見ておきたい。つまり厚床着がお昼前、いや、お昼過ぎかもしれない。その先標津経由で羅臼まで100kmは越える。普段ならこれで楽勝だが、今日は何だかできるものなら少しでも楽をしたい。ここは国道44でショートカットしよう。交通量は多いが、うまい具合に1990年以来という大義名分がある。
 等と考えつつ、けっこう根室での補給休憩で時間を食ってしまい、根室発は9:00。もうすっかり晴れた根室の町中はやや車多めで、自動車通勤の人が目立つ。思えば休みじゃない普通の人はそういう時間帯だよな。仕事先の話などしながら通り過ぎる半袖ワイシャツの方を横目に、何と無く居心地の悪いような気がする信号待ちなのだった。

 海岸沿いの国道にありがちな漁村と台地のアップダウンが、穂香、幌茂尻と何回かあったかと思うと、もう温根沼大橋だ。地図を見ると、位置的にはもう落石と別当賀の間ぐらいだ。ええっ、と思うぐらいの早さだが、それもそのはず、地図で根室・厚床のルートを見ると、道道142が4角形の3辺、こちらは四角形の残り1辺なのだ。
 右側の景色も、早くもオホーツク海と国後島から、一応内陸の春国岱、風蓮湖となる。一方、陸地の景色は牧草地から鬱蒼と茂るトドマツ、エゾマツの針葉樹森となった。水面と遠くの陸地が見えるのにはあまり変わりは無いとも言えるが、見晴らしの少ない軽いアップダウンに針葉樹林、水面の景色は、何か日本離れしていて交通量も少なく、なかなか悪くない。かつて道道142を知る前は、根室往復は全部こっちの国道経由で景色にも満足していたのだ。
 川口で再び根釧台地の端に戻ってくると、周囲は牧草地に。一面見渡す緑の牧草地の丘の上だけを大味な線形で辿る国道は、厚床まですぐだと思っていると、ここが意外に距離がある。辺りが牧草地のためか、酪農用の大型トレーラーが増え、その通過が恐ろしい。風向きは変わってやや横風、景色があまり変わらないのもあり、黙々と厚床を目指す。

 廃止後そろそろ20年、未だに残る標津線のオーバークロスを越え、10:35、厚床到着。昨日休憩したセイコーマートでまた休憩、毎日同じ店で休憩するのは何だか不思議だ。道道142ならお昼到着になってしまう予定が、さすがは根室から35km、なかなか良いペースである。
 等と油断しているとすぐ時間が経ってしまい、厚床発は11:10。油断と言うより、やはりどうしようもなく疲れている。もう今日はペースなど上げず脇目も振らず、できる限り低地をひたすらてれてれ行こう。
 厚床からは国道243。低地の湿地帯と丘の牧草地、森が何回か繰り返されて奥行臼まで10km。すっかり根釧台地まっただ中の景色だ。

 奥行臼から国道244へ分岐、オホーツク沿岸から標津へ向かう道だ。奥行臼ではいつも別海方面へそのまま国道243の継続で、こちらへ足を進めるのは今回が初めてである。
 厚床から奥行臼まで続いた丘陵と湿地帯の地形、国道244はその湿地帯の一つに降りて海岸を目指す。根釧台地ももうかなり海岸寄り、川を越えるのもアップダウンを伴う谷間越えではなく、沼地の橋の上。全体的に低地の背の低い広葉樹林と湿地が入れ替わり現れ、今までよく使っていた国道243とは全く違う表情だ。交通量の少ない静かな森の道に、なぜ今まで来なかったんだ、という気分になった。しかし、あるいは今日みたいに晴れていなかったら、静かな森のどこか果てしない雰囲気は、けっこう不気味な印象なのかもしれない。この辺りへ来たはいいが、ついに霧が晴れなかった、なんて年もあるのだ。
 途中からはさっき国道44から眺めた風蓮湖の北岸へ。再び風蓮湖の水面を眺めつつ、更に平坦な道が海岸へと続く。

 本別海からはいよいよオホーツク海沿いへ。陸側は相変わらず低湿地か森だが、海岸は砂浜主体で荒々しい岩場などは現れず、平坦な道と青い海、海の向こうに国後島を望む景色がのんびり漠々と続く。曇りがちだった空はついに完全に晴れ、青空の下青い海と国後島を眺めててれてれと、かなり気分がいい。もう道東もこの最東部、しかもオホーツク沿いだと、お昼時の厳しい日差しでも全然暑くない。相変わらず疲れは自分でも否定できないぐらいに感じられ、ちょい坂などでは如実にペースが落ちるが、今日は大部分の平坦な箇所で追い風がパワーアシストしてくれていた。
 床旦から先は去年も通った道で、まだ景色が記憶に新しい。去年は時間が早朝で逆方向からの訪問、道の印象は少し違うが、まあそんなこと、この気分の良さの前ではどうでもいいことだ。海岸際の浜辺では波の音が近く、磯の香りが感じられる。道が少しだけ登って台地の上になると、海岸の展望が俄然増し、国後島が更によく見える。青空の下、海は優しい青色で、ちょっと疲れた身体に何とも優しい色だ。
 時々お世話になる食事の美味しい「まきばの宿」を過ぎると、意外にも規模の大きな漁港、尾岱沼だ。実はオホーツク海に細く長く腕か枝のように斜めに突き出した野付半島の内海、野付湾の中である。しかし、野付半島はあまりにも細くて海岸すれすれのため、遠目には霞の中に隠れてしまってそのシルエットがわかりにくく、目を凝らして見つけるのがまた面白い。
 海側に気を取られていると、確実に道は北上を進めていて、やがて軽いアップダウンを伴いつつ、内陸部をやや迷走気味に丘陵の森を抜けて行く。再び海岸で野付半島からの道道950と合流すると、もう標津だ。

 14:10、標津着。この時点で走行距離は140km弱。羅臼までは50km、宿は羅臼の少し先だが、18時までに着けばいいので、かなり楽勝だ。というわけで、まあ時間もあることだし、のんびりと珍しくカップ麺など食べたりゆっくり休憩、またもやあっと言う間に時間が過ぎて、気が付けば15時である。わかっていても、考えている以上にあっと言う間に時間が過ぎる。腰も重い。もう50kmちょっと、絶対無理せず、今日は腹一杯飯を食べたら可能な限り早く寝よう。
 15:10、標津発。町外れから再び海岸際の道となる。もうこの時間日差しにはけっこう赤みが含まれている。条件反射的に気が急く。落ち着いて粛々と足を進めよう。

 伊茶仁で斜里へ向かって分岐する国道244と別れ、海岸沿いの道は名前を国道335と変えていよいよ知床半島南岸の道となり、浜辺から少し離れて低木林の中を進んでゆく。古多糠への分岐、港町の薫別を通過し、忠類、浜小多糠と浜辺の森が続き、薫別、崎無異と台地に登ったり漁村に降りたりして北上が続く。
 ところが、空にはいつの間にか雲が出始めていた。というより、知床の山々にこってりした黒い雲がまとわりついていて、なんだか怪しい。と思っている内に水滴が何回かぱらついた後、峯浜町から羅臼峠への登りに取り付いた辺りで、ついに本降りに捕まった。
 羅臼峠自体は、峠と言いつつ標高たったの110m。峠までは海岸から立ち上がる知床の山裾、濃い森の道だ。何度かアップダウンがあるが、いかんせん登り総量が少なく、根釧台地辺りの質の悪い丘とあまり変わらない。その森の道で、山から下りてきた雨雲が行く手の斜面に掛かっているのがよく見える。
 雨雲は速い速度で勢い良く降りてきてはいたが、けっこう粗密もあるようだ。雨が厳しくなっても、残り時間から言って基本地に粛々と進む必要はある。あまり長い間休憩するわけには行かない。そう深い山の中ではないし、羅臼峠自体はスノーシェッドの中なので、そこへ逃げ込んで大雨のピークをやり過ごしたら、また出発しよう。
 と思っていると、森が切れて見えた海上に大きな虹が見えた。海上は全く降っていないのだった。

 羅臼峠のスノーシェッドを抜けると、行く手は見晴らしがいい。やはり海側は雨が降っていないのだ。ここから先は羅臼までずっと海岸際の道、とりあえす一安心だ。
 もう17時過ぎ、羅臼まで10kmを切っている。海岸沿いにのんびりと、春日町、麻布町、八木浜町と切れ目無く続く漁村の中をのんびり進む。途中にはセイコーマートも登場。宿到着間近だが、いや、どうせ今日の夕食は野菜不足だろう。サラダを食べておかないと。
 大きな家が並ぶ漁村には民宿が多い。予約検討時に見かけた名前もちらちら見かける。料理中なのか宿の中から夕食のいい匂いが路上にまで漂ってきて、ますます腹が減る。腹が減るのは人間だけではないようで、雨上がりの漁村上空には、ウミネコやカモメが大きな輪を描きつつ飛び回っていた。
 この辺まで来ると、完全に振り返っても海上に国後島のシルエットが続いている状態なのが凄い。てれてれとしか走っていないようだが、標津からももうだいぶ東に来ているのだ。

 羅臼手前の道の駅で某氏へお土産を発送。たぷんたぷんに新鮮ないいキンキが見つかった。
 17:40、羅臼着。そのまま羅臼の町を通過。町の手前で分かれた国道335は国道334と名前を変えて知床峠へ登ってゆく。その谷間を下から覗き上げると、さっき山裾に下ってきた雨雲の続きが、かなりこってりどっしり谷間に座っている。明日の行程がかなり危ぶまれる。いや、正直に言うと、「やった、明日は大義名分付きで輪行だ。休める」という方が近いニュアンスではあった。まあそれぐらい、何か決定的な黒雲である。

 羅臼から先の東海岸の道は道道87となる。実はこの道、自転車で来るのは初めてだ。非自転車では1986年の冬にバスで通ったことがある。その時は朝昼夕3本のバスの内早朝の一番バス。まだ薄暗い早朝、バスで終着の相泊まで往復したはいいが、寝ぼけて凍えてバスの中ではほぼ全区間居眠り、終点では有名な海岸の露天風呂に向かう時間も無く、バスの外でちょろっと時間つぶししただけで、ほとんど記憶が無い。
 羅臼までと同じく、岸から立ち上がる山の海岸際、ほんの一皮の平地には、漁村が延々と続く。やはり民宿も多く見られるが、なかなか目指す「民宿おじろ屋」はなかなか現れずに気を揉んだ。何度か地図を見直してしばらく進むと、ついに今日もメーターが200kmを越えた。リハビリ行程で今日は190kmぐらいに抑えるはずだったが、根本的に計画が甘いのかもしれないね。今はそんなことより、とにかく宿でゆっくり休むしかない。
 18:15、行く手に唐突に「民宿おじろ屋」が登場。何か掘建系新建材木造アパートみたいな宿である。まあいい、食事さえ旨ければ。どうせ飯を食ったら速攻で寝てしまい、翌早朝には出発してしまうのだ。

 その夕食はやはり期待以上だった。リクエストしておいたきんきの煮物をはじめ、ほっけ、ツブ貝等々、ホタテの味噌汁も出た。これらの魚の味が、また食べたことがないほど豊かな塩味、いや、潮の味なのだった。高級魚のキンキが美味しいのは当たり前にしても、ホッケの上品で豊かな味わいと言ったら、もうほんとにホッケと思えない。
「そうですねー、余所のホッケは不味いですよねえ」と宿のおばさん。
「いや、それでもちょっと焼き気味にすると香ばしくって、美味しいって言ってるんですよ」
「うーん、そうなんですか。でもやっぱり臭くて食べられないですよ、私なんか」
「確かにこれ食べちゃうと、あんなの全然別の魚ですよね」
 昨日食べた筋子もそうだったが、確かにこの辺りの魚介類は全て種類が違うぐらい美味しい。その豊かな味は、豊かな海によるものだろう。豊かな漁村を支えているのが豊かな海、そして豊かな養分と流氷を運んでくる海流と知床の山々だということを、理解できたように思えた。

 しかし食事が美味しいのは良いが、何だか身体中くたくたである。そういう状態で山方面のあんな雲を見てしまい、頭の中が輪行一色。気が緩んで更にくたくただ。
 もう明日は走りたくない。できればバス輪行にしたい。でも知床半島羅臼側公道最先端の相泊には絶対行きたい。海岸にあるという無料温泉にも絶対に絶対に入りたい。

 果たして夜中に目が覚めると、外は大雨なのだった。

■■■2008/9/28
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔

>Indexへ folo:fcycle/63/topic/49
2008年10月02日
22:59
   
北海道Tour08 #8 2008/8/9 海岸町→岩尾別

海岸町→(道道87)相泊→(道道87)羅臼   45km
知床自然センター→(道道93)岩尾別   3km

 疲れていても、内蔵高地タイマーで4時には目が覚める。いつもより暗い窓の外を伺うと、雲はどんより濃くて厚くて低く、路面は真っ黒ぬらぬらで、一目でやる気が無くなった。しかし、よく見ると雨は降っていない。海岸周辺をうろうろする限り、雨は降らなさそうな気もする。つまり、道道87最東端の相泊往復、そしてその後羅臼へは、自転車で行けそうだと言うことだ。一方で風はけっこう強く、まあもうちょっと明るくなるのを待って判断を下せばいいと思った。
 ちょっとうとうとして目が覚めると、雨は明らかに止んでいて、雲も少し高くなったような気がした。何より肝心の路面が乾き始めている。もともと今朝は早朝から相泊に向かう予定で、16km先の相泊に行って温泉に浸かって帰ってくるとちょうど良いぐらいの時間に朝食を頼んである。こういう予定が組めるのは羅臼に泊まっているからで、しかも何をするにしても時間的には全然余裕なのだ。ならば相泊に向かおう。

 5:30、海岸町「民宿おじろや」発。
 海岸町から岬町、北浜と漁村を通り抜けた後、昆布浜の先は民家が途絶え、岩場の海岸に張り付いて先端部の相泊を目指す。民家は無いものの番屋は断続し、まだ一般自動車の通行は少ないこの早朝、代わりに漁師さんの車らしい軽トラが活発に通り過ぎる。大きな家が続いた羅臼までの海岸線を思い出す。改めてこの地の人々が豊かな海と共に暮らしていることを実感した。
 道はさっき大雨だったようなぬらぬらの濡れ方だが、雲は低いもののそれほど重そうではなく、時には明るい光が見えないでもない。それより、昨夜「羅臼から相泊まで3回天気が変わる」と聞いてはいたが、途中雨が降ったかと思うと止み、途中からは少し晴れて、雲の切れ間から山肌に直射日光が照りつけている箇所もあった。日差しに照らされた緑の鮮やかさは、さすが知床としか言いようがない。ただ、そんな晴れはそう続かず、基本的には低い雲の下、時々顔に水滴を感じるぐらいの天気が最後まで続いた。

 瀬石を過ぎると海岸には番屋が増え始め、海岸にも漁師さんの姿が目立ち始めた。
 6:15、相泊着。地図ではここで道が終わっていることになっている。実は道の終わりというのはそう見かけるものではなく、かならず幅や形態を変え、何かどこかへ続いてゆくものがあることが多いように思う。今回も道の終点の実態は、その先の草むらの中に地道が少し伸びて浜辺へと続いていた。浜辺の山陰へ続いていく先は見えないが、まだまだ先に続いていくようであり、番屋も見える。それは道と言えば道なのだろう。でも、この先はもう地元の漁師さんの生活領域だろう。
 ちょっとぼうっとしていると、雨がまた降ってきた。次の行動に移らねば。

 ほんの少し引き返し、6:30、相泊温泉着。
 長い間噂には聞いていた、海岸際の無料露天温泉がこの相泊温泉だ。もうほんの少し南には、漁師さん個人所有の土地の海岸部、満潮時には海水に浸かってしまう程の海岸部に、やはり無料野天温泉「瀬急温泉」がある。豪快なロケーションと、近年は「北の国から」のドラマ中で純と唐十郎が入ったことで、こちらの方が有名だが、生憎繁忙期で今のところ一般公開はしていないとのこと。まあそうでなくてもこの素晴らしい温泉、どちらかに入れば満足である。

 海岸の石場に降り、ブルーシート張りの小さな小屋を覗き込むと、男女別にベニヤで仕切られた2m四方ぐらいの小さな温泉と、やはりベニヤで作られた脱衣棚があった。なかなか堪らない雰囲気だ。先客は1名、大阪からの家族連れのお父さんとのこと。お湯が熱くて入れない、と悩んでいた。
 私も足の先で湯加減を見ると、なるほどそのまま足を浸けられないぐらい熱い。だが、それはどうも身体が冷えていたためのようで、ちょっと足を入れては出したりしながら少しずつ身体全体を慣らすと、というよりすぐに全身で浸かれるようになった。慣れてしまうと、実はちょっとだけ熱めのほんとにいいお湯である。
 湯船の中、適当な石を捜して身体を落ち着ける。2方はブルーシート、女風呂との仕切はベニヤだが、海側は全面的に開放されていて、ブルーシートの屋根の下からの眺めはなかなかいい。いや、素晴らしい。自分が使っているお湯と海面、そして水平線が水平に見え、何かこの海岸、いや、知床半島やオホーツク海と一つになった気分になれるのである。いやー、最高にいい気分である。
 そんなわけで、上がってはみたものの名残惜しくて浸かり直したり、なかなか帰り難い。件の大阪の方もほぼ同時に入っていたが、その方がまた明るい方で話が弾み、結局30分も温泉を楽しんだ。温泉30分は当社比ではかなり長い方だ。

 当たり前だが帰り道は道道87を逆走。空は基本的に往路より明るくなってはいたものの、山方面の空はどんより暗い。南下するに連れ、海や道の上空には時々青空が現れすらした。こういうのを見ると、今日はひょっとして行けるかなとも思うが、山の途中から上は相変わらずどんよりと、いや、絶望的なまでに暗いのだった。

 7:50、海岸町「民宿おじろや」着。ちゃぶ台にはもう朝食が準備されていた。鮭、いくらの塩漬けがうまい。またもや一言で言えば、豊かな味、今まで食べたこと無い味なのである。羅臼の海はほんとに豊かなのだと思った。
 ここで宿のおじさんにバスの時刻を尋ねると、9:10発の次が10:00、その次は13:10、13:45とのこと。バスなら知床峠を越えるのにどうせ1時間も掛からないし、今日の宿、岩尾別YHの夕食に間に合わせるためだけなら、全てのバスが問題無い。ただ、さっき温泉に浸かったせいもあり、なんだかとにかく身体全身が疲れている。岩尾別YHにはできることならなるべく早く着き、なるべく目一杯休みたい。
 でも、そうでなくても少なくとも9:10発は早すぎるだろう。まあ10:00辺りが良いところではないのか。
 飯を食って部屋に戻ると、もう眠くて仕方無い。ええい時間はあるのだ、一寝入りしてしまえ。この真夏に何だか寒いので、再び布団に入っていい気分である。やはり旅には余裕が大切だ。

 再び起きるともう9時前。たとえば10時のバスに乗るとして、逆算すると、羅臼まで8kmほど走らないといけない。そもそも荷積みもしないといけないので、時間的にはいい時間だ。我ながら高地タイマーは優秀である。
 9:20、海岸町「民宿おじろや」発。

 羅臼までの道でも、空は曇ってはいたもののまあ明るい程度。この期に及んで輪行中止で知床峠越えか、と思う程だが、羅臼で山の方を伺うと、またもや標高150mぐらいから上がどんよりした雲に覆われている。やはりまずいだろうと思った。と同時に、「仕方無い」という大義名分付で休憩できてウレシイ気持ちは否定できない。
 羅臼の町中だと思っていた羅臼バス営業所が、実は羅臼川沿いの少し上流で、捜すのに手間取ってしまい、9:40、羅臼バス営業所着。10時発まで20分しかない。しかし、20分なら過去何度か経験がある。とにかく速攻で解体するのみだ。サイドバッグを外し、自転車を解体したところで残り3分。これなら後はバッグを纏めるだけ、どうせ乗客は4人だけなのだから、そんなのバスに乗ってからやればいい。

 10:00、羅臼バス営業所出発。前代未聞の自転車ツーリング最中のバス峠越えになってしまった。ほんとにいいの?と自問しつつ、バスが動いてしまえばあ~れ~、お代官様~、とでもつぶやく他は無い。
 果たして登り始めの温泉街で早くもバスのワイパーが動き始め、温泉街を出た辺りで路面がしっとりと濡れ始めて、そのまま雨雲の中に突入。知床大橋を渡ると、もう頭上は真っ暗な雲の中。ワイパーが忙しく動き続けるぐらいの雨と霧の中、バスはゆっくり粛々と登り続けるのだった。ちなみに途中すれ違った自転車乗りは一人だけ。霧と雨の中、羅臼湖入口で乗り込んできた3人のハイカーは、口々に「寒い寒い」。これはどう考えても、前向きな結論として自転車に乗らない方がいい。

 10:45、知床自然センター着。普通YHのチェックインは15時だから、少なくともあと4時間待たなければならない。自転車を組み立てて1時間も掛からないし、その後自然センターの食堂で食事をしてコーヒーでも飲んでも、まだお昼過ぎ。ついに耐えきれなくなって岩尾別YHに電話すると、もう寝室で寝ていてもいいとのこと。
 外に出ると、雨は降ってないが、何だか強い風が吹き荒れていて、とても寒い。何かぞぞぞーっと身体をはい上がられるような気持ち悪さ、これが寒くて絶えられないという感覚だと思い出すのに少し掛かった。東京の暑い夏では忘れていた感覚である。

 12:40、岩尾別YH着。知床自然センターから一気に標高差100m強を下って、更に海岸に下って行く谷間に建つYHの周りは、さっきの知床自然センターにも増して何だか薄ら寒い。「寒いですねえ」と話しかけた外に出ていた方がたまたまペアレントさんで、
「そうですねえ、今年はもう2週間で夏終わっちゃいました。早いですね。」
とのこと。
 受付後、早速寝室へ向かい、相部屋へ。明日出発しやすいように入口側のベッドを確保してから、自販機でビールを仕込み、布団を引っ被って、真っ昼間から文字通り泥のように眠りこけた。寝ていると、足や腰が痛だるく、ますます疲れているのがよくわかる。途中で目が覚めたが、ちょっと離れた談話室で漫画を読んでまた寝た。談話室の漫画は何故か80~90年代前半ぐらいが主体の漫画ばかりで、何となく懐かしくはあったが、そんな理由だけであまり漫画にかまけているわけにもいかない。
 もう今日で8日目、15日間の予定もいよいよ後半である。疲れが溜まっているのは否定できないが、幸い関節やどこかがきりきり痛むということは無い。明日は斜里峠~開陽台、明後日は津別峠~チミケップ湖。その後も2日連続で道北まで内陸主体の道が続く。今日知床峠を越えられなかったのだ、今年こそは上紋峠に行かないと。今はとにかく休めるだけ休んで体力を少しでも回復しよう。明日晴れればまたサイクリングの日々が始まるのだ。ふと、「花の慶次」の前田慶次の名セリフを思い出す。「だが、それがいい」。

 18時半からの予定の夕食が、いつまで経っても始まらない。外人の7人グループがどういうわけか屈斜路湖畔YHに行ってしまったとのことで、最小催行人数の設定のある夕食オプション「鮭のフルコース」の予約者は私を含めて2人になってしまった。ところが、70cm以上ありそうな大きな鮭はもう仕入れてしまったらしく、急遽ダンピングで追加申し込み者を募集することになったようだった。
 結局19時半前から夕食がスタート。もう何年も食べてみたかった「鮭のフルコース」は、噂通り目の前で鮭を捌き、鮭の部位と用途別の解説と共に切り身を分けて行く。ある程度溜まったところで炭火焼きを開始、同時進行でちゃんちゃん焼き、にぎり寿司、いくら醤油漬け、石狩鍋が次々完成する。デフォルト参加者は美味しそうな部位の優先権が設定されていたが、途中からそんなもん全然関係無くなってしまった。新鮮な鮭はとても美味しいが、どれか一つと言われれば、やはりここ数日毎日食べて感動しているいくら醤油漬けが一番美味しく、途中からはひたすらいくら山かけ丼ばかり食べていた。またもや美味しいと言うより、過去食べたことの無い豊かないくらの味である。

■■■2008/10/2
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔

>Indexへ folo:fcycle/63/topic/49
2008年10月04日
16:22
   
北海道Tour08 #9 2008/8/10 岩尾別→札友内

岩尾別→(道道93)ウトロ→(国道334)以久科北→(町道)以久科南
→(国道244)西北標津→(農道・町道・道道975)武佐
→(町道北19他)開陽台→(町道北19・道道150他)俣落
→(町道)北進→(道道150)養老牛→(道道885)虹別
→(国道243)札友内   159km

 深夜一度目が覚めたとき、大雨に気が付いた。布団の上で悩んでも仕方無いし、眠いのでそのまま寝たが、4時に目が覚めると、やはり外ではしとしと雨が降っていた。寝ている間に確実に時間は過ぎて、今日も今日とて出発の時間が近づいてきてしまった。
 雨も降っているが、雨だろうが何だろうがとにかく1日掛けて、今日の夕方には弟子屈の札友内にいなければならないのである。できればもう30時間ぐらい寝ていたい。何でこんな計画したんだろう、とも思うが、また前田慶次の名セリフを思い出した。「だが、それがいい」。
 朝食は頼んでいないので、とりあえず出発の準備は終えておき、いつでも出発できるようにしておかなければならない。案の定ちょうど準備が終わった頃、都合良く外の雨は止んでくれた。

 5:40、岩尾別YH発。早速標高差100m以上の登りとなる。まあそれでも最大7%程度、えっちらおっちら粛々と登っていると、意外に早く岩尾別の谷間を見下ろせるようになった。
 雨がひどかったのは岩尾別の谷間だけだったようで、登りが一段落して知床自然センターを通過する頃には路面はすっかり乾いてしまった。何より岩尾別のように寒くない。更にウトロ側の幌別に下ると、もはや雨が降った形跡さえ見られないのだった。昨日の「3回天気が変わる」相泊への道や、かつて雨の下界から登って峠手前から先がキレイに晴れてしまった知床峠を思い出す。知床半島の天気はこのようにはっきりところころ変わる激情系なのだろう。

 ウトロで朝食休憩後、斜里へ向けて出発。
 どんよりと雲が垂れ込めた空の下、国道334は岩場や山裾の一番海岸際にとぼとぼと続く。去年夕方通ったときは、時刻にやきもきしていたせいか長い道だと思ったが、今回はまだ朝で気持ちが落ち着いているのか、あるいは追い風のせいか、オシンコシンの滝、真鯉、日の出大橋と、岩場の合間に現れる各ポイントをすぐに通過してしまったような印象がある。
 海岸際を離れて知布泊、日ノ出と更に西へ向かうと、辺りが次第に明るくなってきた。昨日から今朝にかけての寒さ、雨は、知床半島の北側先端にだけ雲が懸かったものだったようだ。改めて振り返ると、その雲の厚さがよく理解できた。一方、正面は先の方ほど明るくなっているようだ。その明るい方向、再び夏の明るさを目指して進まなくては。

 峰浜で道は内陸部へ向かう。海岸沿いからすぐに山が立ち上がり、およそ平野というものの無かった知床半島から、その付け根の海別岳の裾野、斜里・小清水の平野に辿り着いたのだ。内陸部に入ると、空の雲が切れ始めた。今日はまともなツーリングになりそうである。
 斜里の平野では針葉樹の防風林が目立つ。名前は知らねどぼそぼその枝っぷりが一種独特のこの針葉樹、道内でもここ以外に余り見かけたことが無いように思う。斜里の開けたちょっと薄い色の空、じゃがいも畑とこの防風林の組み合わせは、海別岳裾野独特の、いつも楽しみな風景である。
 裾野から斜里へ下る途中、森に囲まれた小さな集落の朱円も、のんびりした雰囲気がいつも楽しく、知床半島手前最後の集落として印象深い。

 8:20、以久科北着。ここで国道244へのショートカット町道へ。ジャガイモ、トウキビなどの畑の中をのんびりと、以久科南ののんびりした雰囲気は、交通量が少ないとは言えやはり決定的に幹線道路である国道334とは違う。気持ちからしてのんびりてれてれできるのである。それもこれも想定よりやや早着、順調な行程のためだ。朝起きたときは感じなかったが、1日ゆっくり休んだのがかなり効いているように思われる。いい傾向だ。
 まもなく辿り着いた国道244で根北峠へ。斜里平野部の畑のグリッド系統を斜めに突っ切ってゆく国道からの景色は、それだけで何か明らかに周囲の畑から違う空間になってしまうのが面白い。

 たかだか標高400m台の根北峠まで20km以上もある。こちらから登るのは初めてで、いつもだらだらした登り下りに予想以上に時間が掛かってしまう道だ。越川は最後の集落、万屋に廃校改造の集会場がいかにも北海道の田舎らしい。
 ここから幾品川の谷間を遡ってゆくが、斜里から再び知床に取り付いたからなのか、再び空の雲が厚く低く、そして黒っぽくなってきた。頼む、何とか根北峠を越えるまで持ちこたえてくれ。
 根北線の遺構、鉄橋跡を過ぎると、谷はどんどん狭くなってゆく。辺りは低い広葉樹森主体の谷間、どんどん暗くなる空が不気味である。残り標高100m台になって斜度が増し、山肌をえっちらおっちら登り出すのは北海道の峠のいつものパターンだが、離陸して見渡す谷間の森の深さは、なかなかの見物である。知床峠よりはかなりスケールダウンするものの、やはり知床半島の根本ならではの深い森だ。
 等と思っていると、ついに雨がぱらついてきた。

 10:05、根北峠着。もともとあまり展望も無く、しかも弱い雨が降っているので、標津町の標識だけちらっと確認してそのまま通過。どうせこの先森の中の長い下りなのだ。
 山肌から谷間に下りきって斜度がやや収まるのは斜里側と同じだが、こちらには瑠辺斯辺りで何回か登り返しがあったのを、その場所に来てようやく思い出した。そんな登り返しもあって、長い下りである。かつての訪問で、あまり標高差は無いのに意外に手を焼く峠だったのを、またもや思い出した。

 金山まで下ると、その先はもうほとんど平地の状態。糸櫛別からは緑の牧草地が拡がって、2日ぶりの根釧台地の景色となる。雲が高くなったように見えて、どうかするとまた雨がぱらついたりしていた天気も、下りきってようやく辺りが本格的に明るくなってきた。

 10:40、西北標津着。11時までに根北峠を越えられたのが非常に有り難い。これでこの後のんびりできる。
 早速グリッド北端の農道・町道へ。一面の牧草地や森のグリッド北端をジグザグの経路でダート含み、根釧台地と知床山地山裾の道らしく軽いアップダウンはあったが、この根釧台地へ入ったばかりの場所で、根釧台地の地平線を早くも見下ろすことができた。

 道道975からはもう武佐まで一直線。知床山脈の裾野は平地のようでいて、内陸に進むに連れ次第に川を渡る谷の彫りが深くなる。北川北、北武佐と少しづつ標高が上がるとともに、辺りの牧草地、周囲のカラマツの森も、防風林から内陸の森へと表情が少しずつ変わってゆく。
 武佐で北端の道は一旦途切れて、更に北側の道へスライドする。道の番号はここからあの「町道北19号」、地図を見ればいつの間にかもう開陽台までほんの少し。
 ここへ来て雲が切れ、日差しが現れ始めた。辺りが照りつけられた途端に気温がぐんぐん上がり始める。振り返ると防風林の中に根釧台地の地平線、横を見ても地平線。一番晴れて欲しい場所で、ようやく天気が良くなってきた。

 大きなバウンドを繰り返しながら、1回ごとにアップダウンの規模がどんどん大きくなってゆく町道北19号。いつの間にかそれは開陽台下から一直線に伸びる道の景色そのものになっている。
 北開陽を過ぎたところで、行く手の開陽台下の撮影ポイントに、ライダー達が列を作っているのが見えてきた。年々人が増えていた場所ではあったが、ああ、ここもついにこういうことになってしまったか。まあいい、景色はみんなのものだ。みんなが愛するのを妨げる権利は誰にも無い。だから、頼むから出発気分なのか何なのか、アイドリングでしばらくエンジンを回すのと、こんなに風のすてきな場所でタバコをふかすのは何とか止めて欲しいのだ。
 町道北19号がそんな具合なので、こちらはすぐ近くのプライベート撮影ポイントへ。ところが、満を持してNewF-1を取り出すと、今まで出ていた日差しが急に雲に隠れてしまった。なかなかうまくいかないものだ。
 その後結局北19号でも、バイクとバイクの狭間の漁夫の利状態で旨い具合に入り込んで、ニューサイ写真を撮影。開陽台入口までと、そこから開陽台取り付きの激坂を登り切り、12:40、開陽台到着。実は去年、この開陽台手前で足を着いたのみならず、押しが入ってしい、それを10時前の羅臼ですでに30°だった程の高温のせいにしていた(実際熱中症寸前でふらふらだった)のだが、今年けっこう楽にすいすい登れて、何とか一安心である。と同時に、昨日のリハビリで、ここまでの疲れが何とか回復できていることにも確信が持てた。

 いつものように駐車場に自転車を停め、眼下に拡がる緑の根釧台地を少しぐるっと見渡す。さっき通ってきた町道北19号が牧草地を一直線に横切って、防風林に入ってゆくのもよく見える。いつもながら厳しい登りだったが、あそこから登ってくるのだから当然だ。
 億劫がらずに展望台の建つ高台へ登り、1階の軽食「caffe kaiyodai」で食事とする。けっこう大きめのサンドイッチが次から次へとすいすい腹に入ってしまい、店員さんが驚いているのが我ながら可笑しい。
 勤め先にお土産を送った後は、最上階で270°の展望を眺めないと。牧草地、防風林、延々と地平線へ続く緑の濃淡。空の雲は拡がってはいるものの、温度がそう高くないせいか、雲の下の遠景は意外にも見通しが良い。快晴の日は遠景はけっこう霞んでいることが多く、何かダメなら何かいいところがあるものだと思う。それこそ旅というものかもしれない。
 ぼうっとして眺めていると、今年もここに来れたという嬉しい気持ちで一杯になる。一方で、それはまた同時に自分の行きたい気持ちの結果でもある。非常に恵まれている条件が前提ではあるが、行こうと思って計画しなければ、またその計画を実施できなければ、ここに来ることは無いのだ。
 ふと、「その気持ちがあれば、どんなことでもいつかは実現するものです」と昔ある方に言われたのを思い出す。単なる旅でしかない開陽台訪問も、最低限その気持ちが無いと、いつまで経っても物事は実現しない。この広々とした根釧台地も見渡す限り牧草地に防風林、つまり人の手が入った景色だ。ここで生活しよう、という人の気持ちが無い限り、この風景は無いのである。もちろん気持ちだけでは実現しないが。

 13:40、開陽台発。町道北19への下りは、いつも空中から根釧台地を見渡すような開陽台から、まさにその根釧台地に着陸するような気分になるが、同時に今回も開陽台訪問が終わったという証の景色でもある。
 俣落から北進までは目先を変え、南側の町道経由で第二俣落へ。いつもの道道150とちょうど四角形の2辺と2辺の関係だが、北進手前で谷底から一気に台地に登る道道150と違い、こちらは台地下手からじりじりと台地上を登ることになる。
 という地図から分かる話だけではなく、いつもと違う広々とした牧草地の景色はとても新鮮だ。特に北進手前辺りの広々とした景色は素晴らしい。道ごとにそれぞれ新鮮な表情が楽しめるこの根釧台地北部の魅力が改めてわかった。

 北進からはいつもの道道150、根釧台地最北端の山裾の1本道である。北進~養老牛の細かいカーブ、行く手から現れて過ぎて行く防風林、すべていつも通りだ。とても好きな風景であると共に、開陽台と同じく、何だか今年も訪れることができた喜びで気持ちが一杯になる。
 15:00、養老牛着。ここから標茶側は同じ1本道でも道の名前は道道885となる。地形は川を渡るアップダウンが少なくなり、ほぼ平らな台地にほぼ一直線の道、広々とした牧草地、防風林に、北側の西別岳、仁田山等の山々。養老牛から最高地点の西別岳登山口、そして町境を越えた標茶町の中虹別と、国道243合流の虹別まで続く。
 気が付くともうその景色を照らす日差しが、今日もすっかり赤くなっている。養老牛を過ぎると開陽台から虹別までもう半分以上。今回も根釧台地が終わりつつあるのが何だか寂しくて、時間があるのをいいことにのんびりのんびり進むが、いつかは終わってしまう道でもある等と思い直したりもする。

 虹別で国道243に合流、最後に最高地点の電波中継所で見返りの地平線を眺め、今回も根釧台地にお別れである。
 大型車がやや多く、落ち着かない国道243ではあるが、仁和の牧草地や森の間を抜けて行く、下り基調の道できょろきょろしていると、起伏の多いダイナミックな風景に、根釧台地の縁から裏摩周へ続く裾野の谷間を下っているのがよくわかる。
 16:50、弟子屈着。町の外側をそのまま国道243でバイパス。屈斜路への台地へ乗り上げて、塩分とカロリーに釣られて国道沿いの「弟子屈」でラーメンを食べた後、夕日の中をのんびりてれてれと、17:50、札友内「鱒や」着。

 ここ何年かと違い、夜の気温も宿の中も北海道の例年通りで、過ごしやすく寝やすいのが有り難い。旅程9日目にして何とまだお盆休み前半、フェリーと長時間走行で道東に到達する常連さん達がまだ移動中なのか、今日の鱒やはお客さんが5人。その5人中3人がデジイチフル装備で、宿主さんのデジイチも含め、なんだかヨドバシカメラ状態である。
 夕食は新サンマにホタテ、新鮮な野菜もたっぷりで、美味しくてバランスが良いのがとてもウレシイ。

 明日はいよいよ津別峠にチミケップ湖。欲張り&熱中症&悪天候でタクシー輪行になってしまった去年の苦い経験を活かし(笑)、終着はサロマ湖に抑えてある。各ポイント、そこまでの経路とも、1日のんびりできるだろう。お天気なら。

■■■2008/10/4
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔

>Indexへ folo:fcycle/63/topic/49
2008年10月05日
19:37
   
北海道Tour08 #10 2008/8/11 札友内→浜佐呂間

札友内→(国道243)ウランコシ→(道道588)津別峠
→(林道上里線)津別峠展望台→(林道上里線)津別峠
→(道道588)津別→(国道240)本岐→(道道494)チミケップ湖
→(道道682)最上→(道道27)北見→(国道39)端野
→(道道308)川口橋→(道道7)福山
→(市道・国道238・442)浜佐呂間   149km

 ここ毎年泊まっている「鱒や」。いつものように5時半前に荷積みのために外に出ると、釧路川沿いの茂みの中の空気が涼しい。いや、寒い1歩手前だ。うん、これが普通の夏の北海道である。思えば昨年この宿を出発した日、オホーツク沿岸の異常高温で熱中症にやられてしまったのだ。しかしこの様子なら、今日はそんな心配は無いだろう。
 それよりも、昨日の夕方の晴れから一転、空には白い雲がどっしり拡がっていた。ただ、すぐに何か降り始めるような気配は無い。夕べの天気予報では、今日の北見地方は晴れ。早朝の雲が9時には跡形も無くなってしまうのは良くあることだ。少なくとも日差しが無ければ、去年のように熱中症になることは無いだろうから、津別峠の登りでの心配が減ったとも言える。

 5:50、札友内発。
 国道243で釧路川沿いの低木林を抜け、屈斜路湖畔へ。屈斜路湖畔も同じくどんよりと曇っているが、広々とした湖畔の畑や牧草地、山裾には霧は見あたらない。時々空の中に青い色が見えるような気もする。雨の心配は全く無いだろう。峠の途中で雲の上に出たら、上空は晴れというパターンかもしれない。津別峠では過去何回か経験している。

 ウランコシで津別峠への標識が出て、道道588へ分岐すると、すぐに湖岸の畑から山裾の森までの少しの間は直登が続く。去年早く日陰に逃げ込みたくて仕方無かったこの直登区間で、今年は決定的に気温が低いせいか、登りが全然楽だ。そりゃそうだ、帰ってから去年ここを訪れた日がいかに暑かったかを、いろいろなWebページで読むことができたぐらい去年は暑かったのだ。
 山裾の森は薄暗い緑の世界だ。空気が湖岸にも増してひんやりと気持ちいい。つづら折れを何回か折り返すと、急に霧が漂い始めた。もう雲の中に入ったのだ。鱒や出発時から低い雲だとは思っていたが、それにしても意外に早い。それだけ登り斜度が厳しいのである。
 何度も続くつづら折れの間、ゆっくりと漂う霧は幽玄と、薄暗い森を更に薄暗く涼しくしていた。しかし森の上空が開け、道がつづら折れから山肌を巻き始めると、その霧もやや薄く、そして中が明るく眩しくなり、上空に時々青い色が見え始めた。更に高度が上がると辺りはすっかり晴れて、真っ青な空が現れた。明るく鋭い日差しに照らされた森は明るく濃い緑で、この景色こそ津別峠、夏の北海道だと思わせられる。
 峠へ続く稜線が行く手に見え始めてからが長く感じられる。開けた斜面の道はさっきの森とは全く違ってもはや日陰すら無い。澄みきった青空から容赦なく鋭い日差しが照りつけるが、今日はもともと気温がそう高くなく、森からの涼しい風が長い登りを助けてくれる。
 振り返ると、本来屈斜路湖から根釧台地、知床山地へ続いてゆくはずの景色が、ラグみたいな雲海に一面覆われているのが見えた。なるほど、こんなに低い雲ならあのどんよりぶりが納得だ。

 8:15、津別峠着。間髪入れず、展望台へのふるさと林道上里線へ。
 フロントをインナーに落とし、斜度がぐっと上がった道をのろのろ登り始める。昨日の開陽台の展望台までの登りと並ぶ、今回の登りの中でも一番急な道だ。一方、木々の間から見える近くの山々と一面の大樹海はなかなか見物で、更に見事な展望台からの景色を思い出す。
 この坂も去年は押してしまったが、今年は楽勝とは言わないまでも、つらくて仕方無いと言うほどではない。昨日訪れた開陽台でもやはり去年は押してしまい、気温のせいにする一方で深刻に体力の低下を心配していたのだが、これでひとまず安心できた。

 8:35、津別峠展望台到着。
 この早い時間に、展望台駐車場には観光客のものらしい車が2台。まあ何もそれに文句を付けるつもりは無い。こちらも例によって展望広場まで最後の一登り、「津別峠」の碑石脇に自転車を停め、写真を撮り始める。しかしさっき津別峠で眺めたように、眼下の屈斜路湖から道東の拡がりはほぼ雲に覆われていて、ちょっと残念だ。まあこういう年もある。空はこんなに青く晴れているのだ、良しとしよう。
 展望広場から展望台の最上階へ登り、屈斜路湖とは逆方向を眺めてみる。今回も晴れて澄み切った空の中に、雌阿寒岳、そして大雪らしいシルエットが、手前の樹海の濃い緑から、次第にコントラストの弱い青になって消えて行くのが見えた。逆に屈斜路湖側はさっき展望広場で見たとおり一面の雲海だ。場所が高いので展望自体はより開けていて、屈斜路湖外周の山々や海別岳が雲海の上に顔を出していたが、肝心の湖、中島、そして湖岸の陸地、知床の山裾は、ほとんど雲に隠れていた。

 そうこうするうちに去年見覚えのある売店のおばさんが現れた。9時から売店が営業開始なのだ。おばさんはここの売店営業のために、毎日麓から自動車で登ってくるのである。早速、お店の準備が出来次第ということで、今年も蕎麦を注文。
 山鳥の声、風が木の葉を揺らす音を聞きながら、展望台の柵に腰掛けて、空の中でそろそろ雲が切れ始めた屈斜路湖を眺めながら蕎麦を食べ始める。最高の蕎麦である。と、「こんにちは~」と声がした。昨夜「鱒や」で一緒だった方である。朝食後、宿主さんからこの津別峠展望台の話を聞いてやってきたとのこと。「鱒や」からここまで、車だとたったの30分とか。ええっ、速すぎる。だって国道243はまあいいとして、津別峠の登り区間があるではないか。でもまあ、四捨五入するとそんなもんなのかもしれないし、何にしても自転車とは比較にならないのだろうとも思う。

 だいぶ長居してしまったが、次第に下界の屈斜路湖もだいぶ雲が切れてきていた。お昼にはすっかり晴れ渡るだろう。一方、頭上の空は相変わらず絶好調で、今日はもうこの先チミケップ湖には何が何でも行かねば。オートバイや自動車もちょこちょこ上がってくるようになっているし、そろそろ潮時だ。
 9:40、津別峠展望台発。上里林道を下ると、いつものようにさっき登りが厳しかった分下りも恐ろしく勢いが良い。それと、去年と決定的に違うのが、風が冷たいこと。でもこれがいつもの津別峠なのだ。などと考えているうち、あっと言う間に津別峠手前を通過し、道道588に復帰。更に津別側へ下り続ける。
 さっき登ってきた屈斜路湖側はつづら折れ主体の標高差約600m以上の登りだが、こちらの津別側は山肌を巻きながら大きな折り返し2回で標高差約400mを下ってゆく。辺りの森は斜面が急なので木々が開けていて、近くの山々が見下ろせるが、下るにしたがい森は濃くなり、周囲も全く見えなくなっていった。それにしても、最大8%だったあっちと違い、しばしば10%オーバーの斜度となるこちら側の坂は、下っていてもその厳しさを感じる。あちらより標高差は少ないが、やはり手強い峠である。

 最後は斜面から谷底へきりもみ急降下のように一気に下りきり、上里の分岐に到着。津別までは20数km、一続きの谷に更に下りが続く。
 下るとともにカラマツの森から開けた畑へ周囲が変わり、農家の軽トラが時々通るようにはなったが、津別まで基本的に大した分岐の無い1本道、農家以外の車がとても少なくのどかな道をてれてれ下るのが楽しい。時間もあることだし、こういう道はあくせくしないでゆっくり下ろう。
 途中で一昨年廃校になった上里小学校跡地に立ち寄ってみたが、建物や施設の一部はまだ残っていたものの、森に囲まれた小さな校庭にはビニールハウスが建てられ、かなり様変わりしていたのが少し寂しい。校庭に堂々と立っていたイタヤカエデなどの木々も、切り倒されてしまっていたようだった。もうしばらくここは訪れないかもしれない、と思った。
 下りはとは言え流石に20数kmは長い。上里から美都へ、のどかな田舎道はその先もしばらく続いた。周囲は穏やかなシルエットの低い山々にそう広くない谷間の農地、景色のどこにも根釧台地や屈斜路湖など道東の表情はもう全く無い。どこから見ても北見地方の片田舎である。日差しはもうすっかり高く登り、照り返しも加わって道東では感じることの無かった暑さを感じる。しかし何と言っても身体に当たる風が涼しく、こちらでも去年のような熱中症の心配は無さそうだ。
 谷の前方が開けて、見覚えのある製材工場の屋根が見え始ると、間もなく津別である。

 11:10、津別着。津別峠展望台で蕎麦を食べてはいたが、津別を逃すと北見まで補給ポイントが無いので、町中のセイコーマートで補給することにする。いつもの訪問と同じことをやっているので当たり前なのだが、時間までいつもの訪問と同じく11時過ぎ。早めの昼食にはちょうど良い。
 北見から網走は、フェーン現象で道内でも暑くて有名な地域である。春から夏など、どうかすると日本で一番気温が高かったという日も珍しくない。津別峠からここまでの道道588ですでに暑さを感じてはいたが、津別の町中ではやはり肌にちりちり刺激を感じるほど日差しが強まっている。しかし、それでも去年より明らかに気温が低く、この先も水さえ切らさなければ熱中症までは心配無いだろう。

 津別から本岐まで国道240で8km。真上から照りつける日差しで辺りの畑も森も鮮やかな原色の世界になっている。交通量が多いのはやや興ざめだ。まあ所詮はつなぎの道。この道で本岐の先へ進むと阿寒湖、阿寒、そして釧路へ向かう、5日前に通った道となるのだなどと思いつつ、黙って粛々と進むだけである。

 本岐からは国道240を降りて、山間の谷間のチミケップ川を遡る道道494へ。狭い谷間に続く畑、牧草地は、真上からのお昼の日差しで森や畑、草の緑が例によって濃厚で鮮やか、緑の世界である。奥に進むに従って道の斜度は次第に増し、その負荷なりにこちらものんびりと進むが、やはりここでも去年のように熱中症で意識が朦朧、等ということは無い。事程左様に去年は暑くてすべてに難義していたのだ。
 この谷間がいつも意外に長いが、狭かった谷間の平地が一面の畑になってから無くなったところで、いよいよ最後の森のダート区間だ。森の中に入ると、道が日なたから木陰になるのもあるが、辺りが森の空気で涼しくなるのが嬉しい。時々通るワゴン車が巻き上げる土埃には辟易するが、しばらく目を細めてやり過ごせばいい。
 やはり去年押しが入った、チミケップ湖手前の鹿鳴の滝で急に坂が厳しくなる場所も、今年は涼しくて拍子抜けするほど楽勝、一気に登れてしまう。

 13:00、チミケップ湖着。
 木立のダートから眺める静かな湖面は、期待通りに青空を映して真っ青だ。この色を見ることができるだけでも嬉しいが、今回は更に空に雲がほとんど無い。ここに来てやや風が出てきてはいるが、波も無く、去年以上の最高のチミケップ湖が楽しめそうだ。
 ここから道の名前は湖岸で合流した道道682に変わり、森の木陰と木漏れ陽の下、ひたすら湖岸の森に続く。いつも通りに路面は良好で理不尽なアップダウンも無く、湖からと森からの風で涼しく静か、チッチゼミと山鳥の声だけが響く。今日はそれにも増して空が明るくて木漏れ日が明るく、天国のような道である。

 湖岸の町営キャンプ場では、いくつかの家族連れがキャンプ中だった。木立がやや開けた明るい芝生の先、波打ち際のいつもの撮影ポイントの木陰には、とある家族が昼食中で、しばらく動く気配が無さそうだ。ちょっと残念だが、いや、それなら去年と違う場所で写真が撮れる。ここはみんなのチミケップ湖なのである。
 目の前の湖で遊んでいた別の親子は、カヌーに乗り込んだかと思うと、あっと言う間に向こう岸の方に行ってしまった。多少風は強くなってきていて、湖面に少し波が出始め、木々がざわつき始めている。芝生に腰を下ろしておにぎりなど食べつつ、のんびりした気持ちでぼうっとする。青い空、静かな湖面、緑の森に芝生、湖の岸で遊ぶ子供達、そして風の音。何だか目の前でただただ静かに時が過ぎてゆくような景色である。北見、津別からそれぞれダート含みで30km以上の山の中、静かで落ち着いて程よい空間感覚、そして開放感。いい湖だ。旅のいい時間である。みんなのチミケップ湖が、今自分の物にもなっていることが嬉しい。こういう感覚は、あまり他の場所では感じることは無い。秘湖と呼ばれる所以だろうと思う。

 14:05、チミケップ湖発。木漏れ陽の良好ダートは湖岸から森の中へ北上を継続、すぐに湖外周の小山へ登り始める。そう長くない登りが終わると、一度下って谷に降りてから、また山の中を登り始めるのをすっかり忘れていて、ちょっとがくっと来た。しかし、緩目の斜度で森の中に続く道は幅がゆったり広く、高い森にも開放感があり、なかなか楽しい道だ。
 2度目のピークを過ぎると道はどんどん下り始めた。谷間に下りきって舗装が復活、辺りが開けて最上のトウキビ畑で道道27に合流。夢のような木陰の地道からこっちの世界に帰ってきた気分だ。とりあえず次は北見へ下るだけだ。

 合流するとすぐに開成峠を越える。もともと丘越えみたいな峠だが、こちら側は更にだらだら登ってきた最上の谷間の、最後の縁を乗り越えるだけだ。開成峠から北見へは畑の谷間、標高差150m弱を10数kmかけるだらだらの下りである。北見からだと登り基調がじれったい道だが、今日は下り基調なのでいい調子である。
 と思っていたら、北見へ近づくに連れ横風が強くなってきた。向きは北東、けっこう強い風で、交通量の多い道で横に流されそうなのが恐ろしい。この風向き、強さだと、山が無くなる北見盆地ではこれが更にパワーアップして、しかも端野へは進行方向からの直撃になる怖れ大である。
 その不安通り、開成の谷から北見盆地に放り出される北光で横風は更に強くなり、北見街中で国道39に移ると、まあ当然のように正面からの向かい風が襲ってきたのであった。

 15:15、北見着。下りだとチミケップ湖から1時間ちょっと、いいペースである。津別峠の登りでも感じたが、一昨日のリハビリ休暇でほぼ疲れが回復できている。今日もあまりこの後頑張らずにサロマ湖に着き、早めにゆっくり休もう。
 北見駅近くのセイコーマートで休憩すると、ビルの谷間で風は更に強く、幟がばたついて怖いほどである。それにしても屈斜路湖岸から津別峠、チミケップ湖、そしてこの北見の街中と、実にころころ景色の変わる1日である。

 端野へは引き続き国道38。片側2車線の大舞台で向かい風と斗ううち、すぐに市街地の景色は再び郊外の景色に変わっていった。北見盆地北端の低山が近づいてきたところで道道308へ。盆地から常呂川の谷間へ流れ出してオホーツク岩の常呂へ下ってゆく道である。
 やはり道道、急に交通量が減って道も狭くなり、つくづく居心地の良さを感じる。盆地の端から狭い谷間へ入り込むと、対岸の山も近づき、辺りは緑の世界に。
 基本的に淡々と続く山の緑と川、平地が無い狭い谷間は、赤くなった日差しで照らされ、その影は次第に青い世界になってゆく。3回目の道で時々現れるアップダウンも想定内、適当にてれてれ流していると、坂も想定内でこなすことができてストレスも無い。なかなかいい気分である。
 川口橋で山の中からやってきた道道7と合流、その先は次第に谷間が拡がってゆく。それにしても、前回2005年の訪問からの4年間に、狭かった道の大半がことごとく拡幅されているのにはびっくり。

 日吉辺りではもうすっかり谷間が拡がって、畑の中にのんびりとした小さな集落が登場。しかし、ここの小学校も廃止されてしまっているようで、つくづく過疎化は深刻なのだなと思う。
 福山で谷間から平地に放り出されたところで方向を変え、浜佐呂間への町道ショートカット、最後の丘越えだ。イワケシ山の裾野に続く丘、そして行く手にはなだらかに重なって続く丘に拡がる麦畑、広々と伸びやかな景色が夕方の赤い光に染まり、見所一杯だ。しかし、見た目の景色がなだらかなぐらいの丘なだけあり、連続アップダウンはかなりしつこい。しかも、山の裾野を横断する地形の例に漏れず、途中まで登って下るごとに次の登り量が増え、その度に谷の彫りが深くなる。
 風はもうすっかり涼しいが、登りではやはり面白いぐらいに汗が吹き出てしまう。登り切ったてっぺんで次のアップダウンを眺め、ペットボトルの水を飲むととても美味しく、頭がはっきりして辺りの景色が美しく印象的に見え始める。
 もうサロマ湖到着目前。夕方の丘の景色をしっかり記憶に焼き付けて、ひたすらのんびりゆっくり粛々と登りをこなすだけだ。

 18:00、浜佐呂間「佐呂間湖畔YH」着。
 佐呂間湖岸に建つこのYHは、一昔前の直営YHだけあり、ロビー、食堂、寝室などがいかにもそれっぽい。サロマ湖岸の森の中にひっそり建つシチュエーションと言い、いまどき北海道以外に、こんなに典型的なYHも珍しいだろう。これはこれでまた北海道の旅らしくて楽しく、ここ何年かのサロマ湖訪問時にはいつもお世話になる宿だ。
 この宿の楽しみはそれだけではない。去年まであった夕食OPの「ホタテ倶楽部」は今年から無くなったようで、普通コースの夕食ではあったが、なかなかどうしてバランス良くボリュームたっぷりだ。ここだけでなく、YHの食事はここ数年全体的に確実にレベルアップしていると思う。

 食後は記録整理、洗濯物回収等の後、ひんやりした湖岸で星空お休みビールを楽しんで速攻で就寝。
 明日はいよいよ内陸の峠6連発。最大の山場上紋峠を迂回せずに越えても、下川手前の五味温泉まで200km弱、18時頃には着けるはずだ。そのためにも、いつにも増して寝不足や疲れなど残さずに迎えたい。

■■■2008/10/5
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔

>Indexへ folo:fcycle/63/topic/49
2008年10月11日
13:21
   
北海道Tour08 #11 2008/8/12 浜佐呂間→下川

佐呂間湖畔YH→(道道442)浜佐呂間→(道道103)若佐
→(国道333・町道・242)学田→(道道137)濁川
→(国道273)滝上→(道道61)登和里→(道道101)上パンケ
→(町道他)五味温泉   190km

 さあ夜が明けた。サロマ湖上に朝日が昇っているのが、寝室の窓から正面に見えた。

 今日は遠軽~滝上~下川と200km弱、上紋峠に行くとすれば峠6連発。今回の長い旅程中でも一番ハードな日である。しかし、一昨日、昨日の疲れは残っていないようだし、天気は上々、いい1日になるだろう。
 こうなればもう早めに出発するしか無い。
 かつて2001年、今日と似たコースを走ったことがある。その時は出発地点は今日と同じく佐呂間湖畔YH、終着は今日の終着下川より50km以上先のびふか温泉。距離は251km、何と21時前の到着だった。こんなの単純に計画ミスなだけで、本来は絶対に避けたい事態である。今日はこのときの通過時刻を参考に、終着を常識的な距離の下川としてある。経路もその時とほぼ同じ予定だが、遠軽・滝上間の道道137の、未開通区間だった山間の区間が開通しているはずだ。つまりかつて上渚滑まで谷間を大回りしてた距離がかなり減る代わりに、遠軽・滝上で2つ峠が増えることになる。
 まあしかし、途中の通過時刻は前回を参考にできるだろう。

 5:35、佐呂間湖畔YH発。
 いつもより出発が20分ぐらい早いだけだが、光の赤さ、明るさ、影の青さが全然違う。低山に囲まれて農地が拡がる佐呂間川の谷間が、畑、森の緑は赤みの混じった光で鮮やかだ。おまけにきりっと涼しい空気の爽やかさ。この雰囲気、夕方と何と無く似ているが、決定的に違うのは辺りが何だか静かなことと、赤い景色がどんどん明るくなっていくことだ。
 浜佐呂間から若佐へ向かう道道103。仁倉、知来と谷間を遡るとともに時が過ぎていった。早朝の光と冷気がいつも通りの夏の朝に変わったころ、前方の谷間が狭くなり、緩い斜面に展開する佐呂間の町が現れた。この景色、浜佐呂間方面から訪れないと見ることができないが、行く手のなだらかな斜面に程良く可愛らしい規模の町が拡がる楽しい景色である。
 6:40、佐呂間着。すっかり明るくなった光の中、町外れのセイコーマートで朝の物資を短時間で腹に詰め込む。前回もここで休憩した記憶があるが、程良く町外れののどかな朝の風景が、ツーリングの朝らしく、記憶に残っていた。

 7:10、佐呂間発。真っ青な空の下、明るい畑と低山の中を更に進む。
 佐呂間で一度狭くなった谷間は再び拡がって、若佐から先は国道333に合流。遠軽から北見方面に向かうのにしょっちゅう通っている既知の道である。国道333の若佐手前では、ルクシ峠の新道を建設していたが、2006年10月の竜巻で大きな被害を被ったことも記憶に新しい。まだ工事は完成していないようだったが、その後順調に進捗しているのだろうか。
 既知の道で国道だと、いくら交通量少な目とは言え、さっきまでの明るく鮮やかな谷間の静かな道に比べてやはり全然面白くない。いつもこの谷で悩まされる強めの向かい風も吹きはじめた。道が谷間から逸れて遠軽への旭峠に向かう栄まで8km。狭い谷間に入れば風も弱まるし、そもそも道の向き自体が変わる。ここは黙々と進もう。
 案の定、栄から入り込むルベシベ川の谷間では、風はすっかり止んだ。谷間は狭くなったが、畑、牧草地の続く景色がのんびりと静かで、やや登り基調となった道は交通量も少なく快適である。その少ない交通量も、大成の先の遠軽北見道路、旭野トンネルへの分岐でことごとく遠軽北見道路方面へ流れてしまい、こちらの国道333旧道はほぼ貸し切り状態となった。

 国道333旧道にはまだ国道333の標識が建っているが、実際には町道に移管されているらしい。しかし交通量がほとんど無いその路面は、丁寧に清掃されていて通りやすい。歩行者、自転車でここを通る人がどれだけいるかは別として、あっちは自動車とバイクしか通れないのだ。こちらもちゃんと維持管理を続けて欲しいものだ。林業でも使うだろうし。
 などと考えているうちに道は谷間から山肌へ、そして旭隧道に到着。丼勘定のスケジュールで峠連発の国道333を通るときには煩わしいこの峠、実は標高差たった150mしか無いのだ。今日みたいに時間があって、落ち着いてこなせば何と言うことは無い。しかも意外に楽ちんで、昨日の疲れが順調に取れているのも確認できた。
 峠換算で今日一発目の旭トンネルを下って安国の谷間へ。石北本線を挟んでしばらく国道242と漸近線のように併走するのが珍しい。その国道242とも安国駅先の水穂で合流、一気に交通量が増えるが、もう遠軽への分岐も間近、知ったこっちゃない。
 等と思っていると、その豊里の分岐から遠軽の町方面まで意外に距離がある。なかなかじれったい。

 8:50、遠軽着。この先は上原峠、道道137新開通区間の峠、そして札中トンネルと峠が3連発。上原峠の峠区間から札中トンネル手前の上古丹までほぼ無人区間となり、お昼過ぎ到着予定の滝上までコンビニも無い。というわけで、ややたっぷりめに補給を行っておく必要がある。
 遠軽の町はそのまま通過、道道137への分岐の学田近くのセイコーマートで少し休憩とする。まだ9時前、気温は20℃台前半。町中ではあっても朝の風は爽やかで、30℃の高温や雨に悩まされた近年から較べると面白いぐらいに好条件だ。このままどんどん行こう。

 9:25、出発、学田から道道137へ。
 遠軽郊外の景色はすぐに田圃が拡がる田園風景となり、山裾に取りついて留岡、見晴と社名淵川の谷間を進んでゆく。途中の廃校跡らしき野外学校、山の斜面に拡がる見晴牧場、そして栄野方面への分岐など、いつも上原峠から遠軽に下ってくるときの距離感覚よりだいぶ短い距離で次々に通過できるのが何と無く得したような気分である。山深いように見えるが、奥の方まで谷間の斜度が緩いのだ。
 社名淵は、この先長い無人区間の最後の集落だ。商店に至っては、滝上手前の濁川まで確か無いので、さっき遠軽郊外で補給したばかりだが、この際ここの商店で飲料を仕入れておくことにする。仕入れると言ってもどうせ万屋店先の自販機で買うだけなのだが、集落の真ん中でいつも頑張っているその万屋さんでは、店のご主人が話しかけてくれた。この際、この先新開通区間の開通状況も尋ねておくと、前回の2005年には全面ダートだったこの区間、案の定去年すっかり舗装が完了、全く問題無く通行可能とのことだった。いい話が聞けた。

 社名淵の先から上原峠への登りと無人地帯が開始。千代田の広々とした山裾の牧場を抜けると、もうあとは上原峠まで森の中だ。谷底の直線基調の道の行く手を見つめながら、えっちらおっちらゆっくりと登り続ける。速度が落ちると、途端にしつこいゴマフアブどもが寄ってきやがる。登りで速度が落ちて汗をかき始めると、せっかく社名淵で身体にかけておいた最強の虫除けムシペールが取れてしまうようで、時々身体に掛けながらの登りとなった。鋭い日差しで登りの運動量以上に気温が上がっているようで、日陰のない路面はかなり暑い。
 谷底から山肌に移り、山肌を巻きながら高度を上げ、次第に谷底の見晴らしが良いぐらいになると、山間の風がその暑さを冷ましてくれるようになった。この風、いつも暑い上原峠での強い味方である。また、そうでなくても、近くの山々の見晴らしが広々と涼やかだ。

 10:55、上原峠着。標高約460m、麓からは標高差300m程。北海道の峠らしく、登り自体より距離の長さが堪える峠だ。展望のない峠をそのまま通過、次は鴻ノ舞の谷間へ。山肌も下る行く手の谷底も、もうすっかり無人の深い森である。
 上鴻ノ舞で金八峠への道道305と離合。この金八峠も長い間いつも復旧工事中のダート峠として紋別・丸瀬布間のネックとなっていたが、今秋でついにトンネルが開通するという立て看板を発見した。今後積極的に足を向けてみたい。
 金八峠の開通情報を横目に眺めつつ、こちらは件の新開通区間へ。谷間から離陸して山肌へ、山肌を巻きながら切り通しを抜けて稜線の低い背中を越え、最後は稜線の間に落ち込んだ谷間を橋で一気に渡って、11:50、最高地点へ到着。いつの間にか空には雲が出始めていて、景色全体の鮮やかさはやや減っているものの、どこまでも続く山々に一面の大樹海は圧巻だ。
 谷間に掛かったカーブする大きな橋には、狐沢橋という名前が付いている。ならばこの落ち込んだ谷間が狐沢なのだろう。この峠も狐沢峠とでも呼ばれることになるのかもしれない。とりあえず便宜上この峠を狐沢峠と呼んでも悪くないだろう。前回の2005年は森のダート急下りの印象が残ったこの道、今回全舗装で通ってみると、均等斜度であまりどうということは無い。ただ、最高地点で400m程度、標高差220m程度。上原峠より少し軽いぐらいの、なかなかいい規模の峠である。上原峠がしんどいのは、やはりアプローチがかなり長いからなのだろう。
 2000年には滝上から遠軽へ抜けるのに、札中トンネルと上原峠の間を、ダートの上古丹4号沢林道とクチャンナイ林道の白樺峠で越えた。その時には「いつか舗装峠が開通して、ダートの白樺峠を越えたんだけどねえ、あの時は」等と思う日が来るのか、と思っていたが、前回2005年はダートの状態で、そして今回は舗装された完全開通の状態で、この区間を越えることができたのである。見下ろす狐沢の谷間にはなかなか感慨深いものがある。

 稜線から山肌を巻きながら山間をぐるぐる回って谷間に降りると、牧草地の拡がる上古丹である。ここでようやく牧草地に牧場農家が登場、とりあえず無人区間が終了したことになる。しかし小さな集落とは言え、道道306との分岐、中立牛には廃屋が目立つ。交差点にすら自動販売機の1台も無い。廃屋農家の庭先に草や木々が元気に生い茂り、明るい日差しが降り注ぐ中立牛はそのまま通過し、間髪入れずに次の札中トンネルへの登りへ向かう。
 谷間の川の名前は立牛二十線川。なんだか身も蓋もない名前だが、二十線と言うからにはやはりかつて栄えていた場所なのだろう。今は緩い広がりに茂みばかりの谷間を遡ると、例によって次第に斜度が増し、谷底から山肌へ取り付いた。こちらの登りでは正面に谷を巻いた道の側面が見え、意外な高さにあるその道にこの先の登りボリュームを覚悟するが、真面目にゆっくり登ればいつしかその見えた位置からさっきの道を見下ろしているのだった。

 12:50、札中トンネル通過。もうあとは濁川へ下るだけ、濁川と滝上はほぼ接しているので先は見えたようなもんだ。少し心配だった狐沢峠だったが、結局前回の2001年の大回り迂回コースよりやや多めの通過時間だったようである。距離が短くなって時間が延びたところに、狐沢峠と札中トンネルのボリュームが端的に現れている。しかし、上渚滑から延々20kmも国道273を遡らないといけない大回りコースより、こっちの方が断然面白い。

 濁川の道の駅「香りの里たきのうえ」は決して小さくない規模だが、町の手前に位置するためか、手頃な供食施設が無く、代わりに滝上市街の飲食店地図などが置いてある。仕方なく脇売店でソフトを仕入れて、国道273へ。
 山を回り込むとそこはもう滝上の町である。13:25、滝上着。いつも立ち寄る国道沿いのセイコーマートで休憩とする。遠軽からここまで久しぶりの補給となる。
 前回より狐沢峠で時間は掛かったものの、それでも前回より30分程早着で、気持ちも時間もだいぶ余裕がある。今朝早出して良かった。行く手の山々方面は多少曇ってはいるが、雲が高い様子なので、このまま次は上紋峠へ行ける。

 先急いだのか焦ったのか、出発時に水を入れ忘れ、途中の旧北見滝上駅跡で水を求めて彷徨うなど多少出遅れ、結局13:55、滝上発。
 上紋峠への道は、奥紋別らしい穏やかな山影の低山に囲まれた、渚滑川支流のサクルー川の谷間へ向かう。道としては濁川からしばし国道273に隠れていた道道137と道道61の併用がしばらく続くが、その道道137は上札久留で分岐、西興部への札久留峠へ向かって行き、こちらは道道61単独となる。
 滝上から岩尾内湖先の登和里まで約50km、上紋峠で標高800m。上札久留の先で登り基調が始まってから、奥札久留の森と牧草地の断続区間が長い。少し登っては平坦、また少し登っては平坦を繰り返して、確実に高度は上がり、谷間もどんどん狭くなってはいくのだが、一向にその谷間が終わる気配が現れない。

 札久留橋、宝来橋、千歳橋と、時々渡る橋の名前と地図を確認しつつ、鬱蒼とした森と思い出したように現れる牧場が断続する道を、仕方無くいつまでもどこまでも奥へ進むと、雲が次第に濃くなってきた。相変わらず高い雲ではあったが、時々雨もぱらつき始め、何だか心細い。
 谷が次第に狭くなり、ずっと断続していた牧場や畑、谷間の平地がいよいよ無くなってしまい、谷底が川と道だけになっても、まだ谷間の遡上は続いた。
 谷間の行く手に楔のような山が切り立って、サクルー川がその山の向こう側に向かっていってしまい、こちらの川がサクルー川から分かれたモセカル川となるに至って、ようやく記憶に残っているスノーシェッドが現れた。確かここが谷底から山腹へ登り始める箇所の少し手前である。

 狭いスノーシェッドの中、足に重さを感じて速度が全然上がらないのは、坂に麻痺した視覚ではわからない斜度のせいだろう。谷間の奥で折り返すところで長かったスノーシェッドが終わると、折り返した道はそのまま反対側の山肌に移って高度を上げる。あまり今までと斜度が変わらないようではあるが、今までの谷底の登りが急だったのか、今の道が急なのか、恐らくその両方なのか、面白いほどあっと言う間に谷底からの高度がどんどん上がってゆく。それもその筈、さっき下から眺めた楔形の先端部を回り込む場所では、下の道との標高差は200mにもなっているのを地図で見て、改めて驚かされた。
 その回り込んだ向こう側は開けた空の道になって、上川・紋別国境の山々が奥の一際高い渚滑岳へと続いてゆく、雄大な空中の景色を横から眺められるはずだった。何と最後のお楽しみ区間はその半分以上がスノーシェッドに覆われてしまっていたのであった。
 それでも峠手前の部分では、やや暗めの雲の下の山々の姿を何とか眺めることができた。これで晴れていたら素晴らしいのだが、とも思うが、まあそれも一期一会の旅の景色。これはこれでやはり「だが、それがいい」のである。

 峠のだいぶ手前から斜度が収まって、道が藻瀬狩山脇に取り付き、16:40、上紋峠到着。標高810m、津別峠のように斜度が厳しいわけではないが、いや、このアプローチの長さに7%連続の勾配。道北の舗装峠の中でもやはり際立っている峠である。
 滝上側と同じく、峠を越えてもすぐに下り始めない道には、すぐにまたもやスノーシェッドが断続。その合間に拡がる稜線付近の展望の、行く手の西方向の空が明るい。どうやらこの辺りの山だけ雲が溜まっているのである。
 尾根を巻いた道が下り始めると、その先は面白いように急降下。何度か大きな折り返しで谷底に降りてから、狭い似峡川の谷間の森の下りが更に続く。直線基調の勢いの良い下りは、谷間が拡がってからも斜度がやや収まってまだ続いた。

 その谷間の森の端が落ち込んで、突如眼前に大きな岩尾内湖の空間が登場した。見下ろす湖岸に拡がった青みの強い広葉樹林にはキャンプ場等があるようで、なかなか楽しそうである。一方、こちらの湖岸道路には不条理なアップダウンが多い。建設費用を浮かすには一番効率がいいルートなのだということは理解できるが、一体これは何とかならないものか、とも思う。しかし、アップダウンは2回。所詮は湖岸外周道路、登り総量自体ももうたかが知れているし、時々渡る湖面の風景も、のぞき込む湖の奥の風景もとても山深く、雄大なスケール感が楽しい。

 岩尾内湖の管理事務所にも、結局水道も自動販売機も無いのは前回の記憶通り。そのまま一気に通過して、朝日町の谷間に下ってしまう。谷間に下るとようやく正面に太陽が現れ、鋭い日差しが照りつけ始めた。そうだ、今道が真西に向かっているんだった。もうあとは最後の峠を越えれば下川の谷間である。長い午後の曇りの後、現れた日差しはもう真っ赤っかだが、ほぼ真正面上からの夕日の中にいるだけで、何だか気持ちが盛り上がる。ましてや2001以来の上紋峠を終えたのだ。今回最大の山場と言うだけでなく、2001年以来、毎年天候不順などで迂回を余儀なくされていた、その上紋峠なのである。

 17:20、登和里着。ここからは道道101、今日最後の峠越えだ。とはいえもう標高差150m、登和里川沿いの狭い谷間の登り斜度が次第に増して、最後は牧草地奥の糸井トンネルに到着。ここも手持ち5万図では名無し峠だが、糸魚峠とでも呼ぶのだろうか。
 前回は上紋峠を越えた後で、迫り来る夕闇と残り行程の距離に焦っていたのか、この峠の記憶がほとんど、いや、全く残っていない。我ながらかわいそうになる前回の訪問なのだった。ところが、この記憶から落ちていた想定外部分が、今回行く手に立ちはだかった。登りはまあ地図通りだったのだが、下りが果てしなく長かったのである。
 そもそも朝日から登る糸魚峠の標高差は150m程度だが、下川側は250m以上と100mも多い。山奥の下川パンケ川の渓谷、迫る山々と森に囲まれて延々と続く緩い下りはとても長く、道北ともなると低山とは言えその佇まいは険しく厳しく、果てしない森の深さに一体いつ終わるのか不安になってしまうほどだった。

 あたりが秒速で暗くなり始める18時過ぎになって、ようやく上パンケの牧草地が登場したときは嬉しかった。これで今日は本当に下川に下ってきたのだ。道道101から逸れて班渓の山間の五味温泉まで、町道で登って下る牧草地の丘の厳しい坂も、その後行ったり来たりしながら続く道も、もうすっかりのんびりと楽しい気分である。思えば夕方、見知らぬ宿までのこういう寂れた道が、泊まりサイクリングでの一番楽しいひとときなのだ。
 等と思っているとやはり時間を食って、18:35、五味温泉着。

 いつ予約してもなかなか泊まれなかった公営の温泉宿だ。とりあえずお風呂に入ってから、鹿肉オプション付き夕食で今日一日の腹を満たす。
 今回の長い旅程、その最大の山場が無事終わった。というより、明日は明日とて抜海までの長丁場、しかも初めての知駒峠を含む内陸の峠コースだが、この調子なら明日も十分乗り切れる。その自信が出てきたことがとてもウレシイ。うーん、余は満足じゃ。等と腹を満たして、折角だからもう一度温泉で疲れを落として、いつものようにそそくさと就寝。

 しかし翌日こそ、今回最大の修羅場が待ち受けていたのだった。

■■■2008/10/10
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔

>Indexへ folo:fcycle/63/topic/49
2008年10月13日
16:20
   
北海道Tour08 #12 2008/8/13 下川→抜海

五味温泉→(町道)下川→(道道60)幌内→(道道49)仁宇布
→(道道120)中頓別→(国道275)上駒→(道道785)八線
→(農道・道道583・道道395)国府→(国道40)南下沼→(道道972)音類
→(道道106)抜海   243km

 長い長いと思っていた今回のツーリングも、今日を含めてあと4日。後半の山場、上紋峠は無事完了したが、今日は歌登~中頓別まで道北縦貫道道、その後は初めての知駒峠、そして終着は日本海岸の抜海と、かなりの長丁場だ。気は抜けない。
 ただ、下川から歌登まで100km。その後中頓別~知駒峠を順調にこなせば、抜海へは峠は無い。歌登に昼前に着ければ、そう心配することはないはずだ。何しろまだあまり疲れていない。あまり休みすぎず、落ち着いて真面目に走れば大丈夫、今日も楽しく平和なツーリングになるだろう。
 と思っていたのだ、朝の時点では。

 5:40、五味温泉発。
 昨日、下川パンケ川沿いの道道101から丘を越えて辿り着いた桑の沢川の谷間だが、桑の沢川が流れ着くのは同じ下川の谷間である。だらだら下っていると、順当に谷間が開け、班渓の畑の中を抜けて下川に到着。
 下川にはセイコーマートがあるので、ここで朝食を取っておく。これから向かう道道60・49で歌登まで100kmもあるのに、ここを逃すと何と仁宇布まで補給ポイントが無い。自販機は確実にあるし、到着時刻次第で仁宇布の軽食「コイブ」で何か食べられる可能性はあるが、それをあてにして外したときのダメージは大きいだろう。
 6:10、下川発。「幌内」の標識めがけて道道60へ。いよいよ道北縦貫道道の始まりだ。

 道道60に入り込んですぐ、あれっと驚く事態が発生した。いや、驚くと言うより遂にこの日が来たか、という方が正しいのだが、マイナー道道らしい表情の道道60の行く手がバリケードで通行止めになっていて、その少し手前で真新しい幅広の道が分岐しているのである。それを見て思い出した。この谷間にダムが計画されていて、去年、いや、2005年にすでに脇の山の中にダム湖外周道路となるであろう道が一直線に見えたことを。遂に今年、道道60が切り替えられたのだ。
 前回確か幅広の新道が見上げる山の中に見えていた。いずれあんな所まで登るんだろうな、などと思う間も無く、ぐわーっと一直線の登りが登場。視覚的にめげるが、どっちにしても今日も知駒峠までは登ったり下ったりなのである。腹を決めて登ってみれば、ダム取付道路にありがちな激坂ではなく、新道らしい余裕のある登りである。
 山の中の道からは、かつての谷底からの景色とは違い、谷間の展望や、付近の山に続く森を見下ろすことができた。それはとても山深さを感じさせる景色で、ちょうど南北的には似たような位置にある朱鞠内湖岸や美深峠付近を連想させた。
 取付の登り途中でぱらついてきた水滴は、登り切ったところで雨になった。ええっ、下川手前ではまだ青空さえ見てていたのに。

 一度登ってからはあまり登らず、山間にほぼ平坦に続いていた新道だったが、唐突に谷間に下りはじめて旧道に再合流。その場所は、去年確かに横目に眺めた取付箇所だった。幌内越峠まで26kmも続くサンル川の谷間、標高差は峠までたった200m。それだけに新道区間の登って下っては何だか非常に無駄だった気がするが、まあこれもいずれダム建設期間の思い出になってしまうのだろう。果たしてそんな頃まで北海道ツーリングを続けるかどうかは判らないが。
 下ってからしばらく、建設中の新道の巨大な橋脚が、旧道と何度か交差しては山の中へ入っていった。この分だとダム新道全通まではあと2年以上ぐらいかかるかもしれない。

 珊瑠第一から珊瑠、そして幌内越峠まで、サンル川~幌内越沢川の谷間は、いくつかの広い台地とその間の段丘の連続だ。台地はほぼすべて無人の牧草地「サンル牧場」で、段丘部分は森になっている。幌内越峠手前の原生林まで、20km以上に渡って断続するサンル牧場。幌内越え峠から下ってくる場合、延々と似たような景色を眺めながらだらだら下ることになる。下りがだらだらな分登りも意外に淡々と穏やかである。ペースは上がらないが、「この谷が全部ダムになってしまうという訳では無いのだろう」などと落ち着いて考えているうちに、豊年橋、奥サンル橋と次第に位置が進んでいた。
 最後の牧草地を過ぎると、峠手前の原生林が登場する。緩やかなカーブを描いて進む道から眺める笹原の古木がなかなか見事で、いつもの楽しみになっている。記憶に残っている標識を確認しつつ進めど、最後まで斜度はだらだらのままで、7:45、幌内越峠を通過。斜度が大したこと無いのもあるが、去年に較べて何か全然楽な峠越えだった気がする。向かい風が無いのも大きいが、それよりやはり昨日の疲れは残っていないようだ。いい傾向だ。

 幌内越峠からの下りは、幌内川の大きな谷間から向かいの山肌まで、一面の樹海が見物である。2002年に訪れたピヤシリ林道が下ってきたのがさっきの幌内越峠だが、長い長い原生林の下りで不安になったのをふと思い出した。
 幌内の無人の森の中で、今度は道道49へ分岐。イキタライロンニエ川の谷間を美深松山峠、仁宇布へ向かう。標高差は220mぐらい、背が高く深い森が頭上に茂る、薄暗く静かな印象の道だ。広葉樹、針葉樹とも、やはり原生林のようで、そんな看板も立っている。狭い谷底を辿って次第に山肌へ高度を上げる途中、行く手に大きな鷲が現れた。鳶かもしれないが、低空飛行で行く手の路上をゆっくり飛んでいき、だいぶ先で木や標識に止まり、こちらが近づくとまた路上を飛んで先に進む。襲ってくる気配は全く無いのだが、いや、路上の未確認移動物体を、やはり襲えそうなら襲うつもりなのだろうか。結局鷲は美深松山峠の手前まで道案内のようにこちらを先導し、ぷいとどこかへ飛んでいった。
 美深松山峠から仁宇布まではやはりだらだらの下りである。途中に入口がある美深松山湿原ももうだいぶ長い間宿題になっているが、なかなか立ち寄れない。

 山間の森というより茂みのような谷間に牧草地が拡がるともう仁宇布手前だ。いつも印象的な交差点近くの白樺並木を眺め、9:05、仁宇布到着。下川から峠2発含みで3時間、当社比ではなかなか快調といえる。
 山間にしては早いこの時間に、交差点の土産売店兼軽食喫茶「コイブ」はちょうど開店したばかりのようだ。そろそろ腹は減っているし、相手にとって不足は無い。いつもチャンスがあれば食べる羊カレーを注文、この際大盛りにしてもらった。一見ちょっと引くぐらいに量が多く、しかも今日は羊肉独特の香りが多少香ばしい大盛りカレーだが、羊乳ヨーグルト効果でとてもまろやかな味はいつも通りである。サラダも貴重な生野菜、まとめて一気に平らげた。さすがに何と無く腹ががぼがぼになってしまって、普通盛りにしておけば良かった、とこのときは少し後悔した。
 が、今日この後、大盛りカレーは私を救ってくれることになる。

 9:25、仁宇布発。ここから道は道道120となる。次は盆地の縁の西尾峠だ。
 牧草地の北端、さっきの「コイブ」や去年泊まった「ファームイン・トント」の元締めで、更に吉祥寺にまでお店のある松山牧場を横目に通過した辺りから、俄然辺りが暗くなり始めた。西尾峠はそのすぐ先なのだが、案の定峠に着くまでにぱらぱら来始め、「西尾峠」の丸太を過ぎる前に大雨になってしまった。
 峠を越えた道はフーレップ川の谷間へどんどん下ってゆくが、20kmぐらい先の上徳志別までひたすら無人の森が続き、途中の天の川トンネルまで雨宿りポイントすら無いはずだった。おまけに峠から下っているのというのに、雨は次第に強くなってきた。思えばこの道北の山奥、本来天気がどう変わっても不思議ではない。みるみるうちに帽子の鍔から雨がぼとぼと、雨具のウインドブレーカーももう水が浸透して、身体にぺたぺた張り付いて不快極まり無い。雨だけではなく、気温も急に低くなってきた。
 ひたすら耐えて黙々と下っているからか、さっき大盛りカレーで満腹になったからか、次第に眠くて仕方なくなってきた。まずい、このままじゃ居眠り運転になってしまう。実は去年の北海道で、一回居眠り運転で道ばたの茂みに突っ込んだことがある。目が覚めた瞬間、自転車の方向が狂って、道ばたの茂みに放り出されたのだ。幸いその時は背の高い蕗の茂みに受け止められただけで、自分も自転車もほとんど傷は無かったが、もしコンクリートの突起だとか鉄骨の柱等にあの速度で激突していたら、ツーリング終了というだけでは済まなかったかもしれない。登りで速度が落ちているときの居眠り運転は今まで時々あったものの、平地で普通に走っているときの居眠り運転は非常に恐ろしいことを、その時思い知ったのだ。しかもまたもや道道120なのだ。道ばたで居眠りできればいいのだが、この大雨だとそれも難しい。やはり身体が疲れているのだ。頼む、あと少し持ってくれ。
 何とか必死に眠気に耐え、牽牛橋から天の川トンネルへ入り、とりあえず雨は一時的に凌げるようになった。トンネルを抜けた大曲には、織姫橋の屋根付休憩所がある。一安心だ。

 大曲の小さな峠を越えると、牧草地の拡がる山間の人里、上徳志別だ。拡がる緑の牧草地は低い山の間でのんびりと静かで、下川から歌登、中頓別までの間の景色で一番好きな場所である。雨は峠の先から急に弱くなって降ったり止んだり、降ってももうぱらぱら程度で、もう大丈夫だろう。と思っていると、また雨が降り出して雨具を引っぱり出す。
 志美宇丹では、かつて集落の小学校の脇に道道が通っていた。その道道は集落の少し外側へバイパス(するほど人は住んでいないが)してしまっていて、小学校にも真新しい「ありがとう」の看板が掛かっていて、今年で廃止になってしまったようだった。私はこういう小さな小学校のある小さな集落が大好きなので、何か寂しい。
 上徳志別、志美宇丹の盆地の縁の向こうは、いよいよ歌登から拡がる平野である。縁を乗り越える辺りでまた雨が降りはじめ、下った辺毛内から牧草地、畑が拡がると少し向かい風まで出てきたが、ここまで来たらもう迷うことは無い。あと数km、平野をひたすら下るだけだ。

 歌登到着は11:40。下川から約100km、途中雨宿り&居眠りの足止めはあったが、まあまあ当社比では快調と言える。この先小さな峠を一つ越えて中頓別13時、知駒峠から豊富へ抜け、何とか16時半ぐらいに豊富を通過できれば、抜海には18時半過ぎぐらいには着けるだろう。相変わらず天気はぱっとしないが、ここまで来たらもう知駒峠を越えるまでエスケープルートは無い。もともと予定のコースを着実に進むだけだ。というわけでそのまま歌登は通過。
 沖縄の沢川沿いの谷間は、道道120では一番山深く見えるのが面白い。さっきの西尾峠からフーレップ川谷間の方が場所的には全然山深いはずなのだが、谷が狭いのと山肌が荒々しいのと木々が密なため、もう道北も歌登より北側、目的意識を持たないとなかなか来にくいぐらい北ではある。土地そのものの表情もかなり独特になってきているのだ。
 山深いとおりに峠部分は谷のだいぶ奥で一気に登るタイプで、下からも登る途中からも、それぞれ向こうの道が意外な高さに見える。その高いところへ登って、谷間に入ってから続いていたしっとり系のしつこい小雨は、嘘みたいに急に上がってしまった。路面まで何ごとも無かったように乾いている。

 下った向こう、兵知安川の谷では、やはり急に牧草地が開けてのどかな景色が拡がった。中頓別、歌登の道道120最北区間は、そういうわけで景色が楽しく、この辺りでは外せない。
 兵安へ下ってお昼過ぎ、この時点で気が付いた。そうだ、中頓別までまだ10km近くあるのだ。僅かに下り基調とは言え、中頓別でのコンビニ休憩を含めると、中頓別発は確実に14時ぐらいだろう。しかし、知駒峠を目前にして、中頓別のコンビニ補給は外せない。

 中頓別までは牧草地の谷間の下り、豊泉で浜頓別から拡がる谷間に出て、13:30、中頓別着。
 時間は押し気味だが、国道275脇のセイコーマートで少し休憩、少し落ち着こう。どこのコンビニでも夏休みの店員さんが可愛らしく、ゴミ箱店内設置のお店で食べたばかりの食べがらをお願いするのに少し気が引けるが、各自地体の方針に従って分別は徹底しないと。ましてや旅の飯は食べ捨てなど許されないのである。
 毎度の個人的定番メニューのおにぎり、野菜サラダ、オレンジジュースを一通りこなした後、更に追加でトウキビを注文。次から次へと平らげていると、やはり時間が経ってしまう。いや、あまりろくな物は食べていないのだが、仁宇布カレー大盛りが効いている。未だに空腹感が無いのだ。
 それより今後の修正タイムスケジュールに当たりを付けねば。現実的には、このままとりあえず知駒峠には向かう必要がある。どこをどう解釈しても、知駒峠を避けると、音威子府経由も浜頓別経由も極端な大回りなのだ。ああ、夕方までもう少し時間が欲しい。もっと言えば、何だか計画ミスみたいな気もする。思えば計画時、豊富までで組んだ予定を、旅立ち前の宿予約段階で「えーい行ってしまえ」と抜海まで延ばしてしまったのだ。
 などとくよくよしていても始まらない。知駒峠を下って、八線で出ているだろう豊富温泉方面の距離標識次第では、問寒別経由ではなく豊富温泉経由の行程になるかもしれない。そっちだと低い峠一発込みなので、20kmぐらいだと嬉しいのだが。でも、地図を見た感じではもう少しあるかもしれない。
 まあ、今は先に進もう。

 13:50、中頓別発。オホーツク沿岸から続く平野部の一番奥の上駒で、国道275から知駒峠への道道785が分岐する。分岐には知駒岳を越えるこの道の、イラスト入りの看板が出ている。峠部分からは周辺が一望で、利尻島までよく見えるようだ。まあ今日はもう雨こそ降っていないものの、雲が低く濃いので、あまり何も見えないだろうが、期待は盛り上がる。
 でもそりゃそうだ。この道、隣の谷に行くのに、わざわざこの辺りでは際だって高い知駒岳の脇まで登っているのだ。峠部分で標高460m。近くの稜線を完全に見下ろす位置なのである。単純に中頓別と問寒別を結ぶと言うより、何か別の目的含みで造られたのかもしれない。でも所詮は標高差400m強。分岐から見上げる知駒岳と、その稜線近くを横切っている道の高さは、一際高いとは言えまあそんなもんかなというぐらいの高さだ。問題は比較的近い位置でその高さを見上げていること。つまり、急斜面を強引に登るタイプの道なのだろう。しんどいかもしれない。

 知駒内川の谷間の牧草地をしばらく進むと、谷間の一番奥で唐突に登りが始まった。地図を見ると山肌に取り付いたようで、この先は登る一方だ。比較的密な森の中、山肌を巻きながら尾根下手へ、つづら折れや大きな橋の谷越えを含みつつ、ダイナミックな線形で道道785はどんどん高度を上げてゆく。
 急斜面の山肌に張り付いたつづら折れ区間では、急斜面ゆえに道の外側は木々の梢となり、その向こうに周囲の見晴らしが開けてゆく。かなり道がくねくねで、かつ周囲の平地や低山から立ち上がった山なので、次第に拡がる展望は開けていて、その方向がころころ変わるのが面白く、ちょっと独特だ。見える範囲の空気は比較的澄んでいるので、各方面に続く谷間の雨はもう上がっているようだ。一方、雲は山の間や内陸方面ににこってりどんより残っている。この先向かうサロベツ方面の空中は比較的明るいが、日本海や利尻島までは見えなかった。

 しばらく続いた細かいつづら折れが稜線のトレースになると、辺りが開けて道はもう空の中。吹き渡る涼しい、いや、冷たい風の中、行く手に続く道とスノーシェッド、そして一番高い山の山頂に中継塔らしき鉄塔が見えた。あれが知駒岳だ。そして、この道はあの鉄塔のメンテナンス道路を兼ねて、それにいろいろ目的をくっつけて造られたのかもしれない。
 15:20、知駒峠着。高さ、ボリュームとも、この道北も最北部エリアではかなり際だったこの峠。それにも増して、一昨年から麓まで来ても天候不調で引き返していたこの道、ここ3年の宿題を終えた気分である。また、知床からずっと続いた内陸コースの、最後の大きな峠が終わったのだ。なかなか達成感はある。
 しかし、せっかくの開けた道なのに、これだけ雲が濃いと展望も利かない。寒いし、もう15時を過ぎてしまった。この後のことは後で距離を見て考えるとして、今はもうとっとと問寒別側に下ってしまおう。

 稜線から山肌へ、開けた道から、つづら折れで谷間にすとんと急降下。下った先の谷間はもはや平地、問寒別へ続く谷間の八線まで長々と一直線に道が続く。こちらの問寒別側は中頓別側より露骨に地形依存の線形だ。
 八線ではついに豊富温泉までの標識が登場。距離を見ると、20数kmのつもりが40km強である。なるほど、確かに道道84に合流してからの豊富温泉、そして豊富までの距離は丼勘定だったが、これでは全くお話にならない。
 ということは、抜海まであと70km以上、いや、80kmぐらいあるということである。まずい、下方修正だ。
 今からだと、豊富とか豊富温泉辺りでちょうど18時頃に着けそうだ。その辺りで宿を予約できるとしても、夕食はお願いできないだろう。つまり、もう下方修正のタイムリミットは過ぎてしまったのだ。遅くなっても抜海へ行くしかないのである。あとはもう、何時に着けるかだけだ。落ち着いて最善のコースを考えねば。
 となると、眼前の選択肢は2つ。多少距離はあろうとも、道道785継続で山間を進み、峠1発含みで道道84、豊富温泉経由で豊富へ出るコース。豊富到着は18時頃、その先抜海まで2時間以上はかかりそうなので、到着は20時を越えるだろう。一方、問寒別から幹線道路の国道40経由だと、ツーリングマップルの上の超概算で豊富までやはり40km以上。この2日間、狙い定めて山間の静かな道を通ってきたのに、ここへ来て幹線道路である。しかし、こっちだとしばらくほぼ完全に平地だけ。少なくとも山間の道道785より時間の見込みは正確だろう。
 そもそももう16時前、この先の道のりを考えると、あまり立ち止まっている余裕すら無いのである。ならば、山奥でうろうろしている余地など無い。国道40で着実に安定ペースに乗って、落ち着いて確実に距離を稼ごう。

 問寒別川の谷間をほぼ一直線、もうひたすら黙々と下手へ進む。多少雨はぱらつくが、進むに連れ辺りは次第に明るくなり、雲の切れ間に明るいものすら見え始めてきた。こちらに来て良かったのかもしれない、と思えた。
 15:50、問寒別着。ダメ元で問寒別駅の時刻表をチェックに行ったが、列車は30分ぐらいに出発した後、次の列車は2時間近く後。それならまだ走ってしまう方がいいだろう。無駄足だった。いや、輪行に頼ろうとする甘い気持ちが悪いのだ。

 天塩川流域の平地を横切って、国道40へ。開けた平地だけあって、合流するかなり手前から行く手の道がよく見えるが、幹線道路と聞いて覚悟するほどの交通量じゃない。更に国府で国道40に合流してみると、問寒別から吹いていた横風がなかなかいい追い風に変わった。助かった。このまま最後まで行ってくれ。
 天塩川の平地はほんとに平べったい。平べったい地形に延々続く牧草地、その中に直線基調の国道40が続く。なんだか似たような同じ景色が少しづつ変わりながら後ろに去ってまた前から現れ、淡々と延々と続いてゆく。こちらも追い風に乗って20km台後半から30kmぐらいの当社比快調ペースで淡々とペダルを回すだけだ。
 途中の雄信内で、今後のコースを再確認しておく。国道40で豊富に出たら、その後は引き続き国道40で兜沼へ出て、勇知から海岸に向かおうというイメージがあった。しかしよく考えると、そのコースだと兜沼辺りの丘陵横断でやや苦しそうなことに気が付いた。ましてや今日この山あり谷あり長丁場の後のアップダウン。苦しいに違いない。近視眼的にその都度その都度コースを修正しているのと、どっちにしてもあまり選択肢が無いので、あまり長期視野に立った地図読みをしていないツケが出ていると言えた。
 いっそ日本海側の道道106から大回りしてはどうか。内陸より多少大回りに見えるが、こちらだとくねくねはほとんど無い。こっちならほぼ完全に平地だし、今の追い風が海岸にも吹いているとすると、完全に追い風に乗ったペースが期待できる。いけるかもしれない。でも自信は無い。
 とりあえず今日の宿の「ばっかす」に延着予定の電話を入れておく。あちらだって夕食準備の都合があるのだ。
「今おのっぶですか~。うーん、まだ長いですねー、豊富からでも40kmありますよ。だと兜沼へ出て、勇知から海岸に向かうのが一番早いですよ」
とのこと。雄信内(おのっぶない)を「おのっぶ」と呼ぶのか、地元の方は。
「サロベツから道道106ですか。うーん、稚咲内からでも40kmぐらいあったかなあ。でも自転車なら、確かにそっちの方がいいかもしれませんね。とにかくお気を付けて。サロベツ原野横断は豊富より南下沼が良いですよ。距離が短いので。そこから音類で日本海側に出て、うーん、稚咲内まで20kmは無いけどなあ…」
とのこと。いくら何でも稚咲内から抜海まで40kmは無いだろう、せいぜい30km弱ぐらいじゃなかったかという気はしたが、何よりやはり地元の方は車前提のコースで考えているのである。一見大回りに見える道道106回り、いいかもしれない。でも稚咲内から抜海まで、40km無いと言い切る自信は無い。

 円山、中産土、北産土と次第に平地は拡がって、道はますます直線基調。一方、雨がぱらついて止むごとに、次第に空が明るくなってきた。北に向かっているからか、谷から海岸沿いに向かっているからかわからないが、少しづついい傾向に向かっている。
 天塩大橋手前で国道232と合流、ついにサロベツ原野の端に出たことになる。黙々と牧草地の中の道道40を更に進み、17:30、いよいよ南下沼着。サロベツ原野経由で日本海岸へ向かう道道972への分岐である。交差点を一度通過して、国道40号でこのまま豊富を目指そうとしてから迷い、また戻って道道972へ足を向ける。やはり道道106で日本海沿いに抜海に向かおう。思えば今日ここまで、常に分岐ポイントまで結論を先送りしている。判断力が無くなっているのは疲れと焦りのせいかもしれない。それに加え、問寒別からここまで40km弱。何とただの1回もセイコーマートに出会えていない。ふと気が付くと、水の残りは少なくなってきている。
 道の方向が概略北向きからサロベツ原野横断になり、さっきまでの強追い風が多少向かい風気味の横風になって、平地だが足には負荷が増える。なかなかつらい道のりだ。牧草地からいよいよサロベツ原野に出る辺りで、この先水の補給ができないことに気が付いた。目に付いた最後の牧場農家に立ち寄ってみるが、牛舎にも住宅にも誰もいない。その先のビジターセンターに立ち寄ってみても、もう18時前、とっくに閉館している。もともと建物の外には自販機なども水を補給できそうな場所も無い。そんなことは、一昨年去年と豊富側のビジターセンターを見て、分かり切っていたはずだ。さっきの南下沼からここまで、もっと早めにどこかの牧場にお邪魔しておけば良かったのだ。これほど全道にセイコーマートが建ってしまうと、便利ではあるが、補給ポイントを誤る弊害はあるね。いや、でもそんなの自分が悪いだけである。
 判断ミス、後悔、焦り。おまけに一刻と辺りが薄暗くなるこの時間帯。気持ち的にはかなり寂しくなっていた。一方で、中頓別からまったくコンビニ補給をしていないにもかかわらず、まだ腹が減っていない。明らかに朝の仁宇布での大盛りカレーが効いているのだ。まだ走れる。先に進もう。

 18:00、音類到着。海岸沿いに向かって左遠く、全国にその名が有名なオトンルイ風力発電の風車群が見える。そうか、こんな手前で道道106と合流するのか。なるほど、ここから抜海まで距離があるわけだ。
 しかしその合流点の少し先に、稚咲内から天塩まで唯一の補給ポイント、「地平線倶楽部」を発見できたのは嬉しかった。合流位置によっては見つけられるかもしれないとは思っていたし、最悪稚咲内の展望小屋で水分の補給ができるかもしれないとも思っていたが、とにかくオアシスに出会ったときの気分はこういうものかもしれない。本来軽食・喫茶を営むお店だが、今の私には店の前の自販機で水分が補給できれば十分だ。

 生き返った気分で道道106へ。進行方向が北上に変わったのと海岸へ出たことで、再び強追い風が走りを助けてくれるようになった。目論見通りである。この際この追い風に乗って、しかもあまり調子に乗って出力を上げすぎなければ、抜海到着は恐れていたほど遅くはならないだろう。
 辺りはもう秒速でどんどん暗くなってゆく。延々どこまでも続いて視界の彼方へ消えて行く海岸の平地、波が浜辺に打ち寄せる音がよく聞こえる日本海は次第に青いシルエットに、そしてグレーの低い曇り空も暗い色に変わっていった。利尻島が岸一番近づくこの辺り、雲の一番下に利尻島のシルエットもうっすら見える。人気道道のこの道道106、基本的には最果てらしい寂しい風景を味わう道だと思うだが、まさかこんなに夕方、いや、夜に通ることになると思わなかった。
 18:30、稚咲内着。標識には抜海まで24kmとのこと。ほら、やっぱり40kmじゃなかったぞ。これならあと1時間強で抜海に着くことができそうだ。ここでもう一度、抜海「ばっかす」に電話を入れておく。ここからだとさっきの雄信内とは到着時刻の予想精度が全然違うのだ。

 19時前になると、曇り空は、暗くなる最後の最後でいつまでも少しほわんと明るいままだったが、陸の青いシルエットと海はすっかり真っ黒に変わり、景色は空と水平線、地平線だけになった。もともと交通量が少ないこの道だが、日が暮れると車は更に少なくなった。奴らはなぜか雁行して2、3台から数台で揃って登場した。行く手の暗闇の中、彼方にヘッドライトが現れ、しばらくして次第に台数がわかるようになり、一つの灯りが2つに見え、それが通過してゆく。車が来ない長い間には、時々海岸から波の音が聞こえてきた。夜の景色も道道106らしくてなかなかいいと思った。
 もうあと1時間しないうちに、暖かな夕食が食べられるのだ。単調な景色を眺めながら、怪我などしないように、時々残り時間を気にしつつ、ひたすら足を回すだけである。

 灯りの端っこはだいぶ手前から見え始めていたが、立ち上がる台地を回り込むと、急に目の前にナトリウムランプに照らされた抜海港が登場。やったやった、ついに抜海に着いた。道ばたに立っていた地元の方に「ばっかす」の場所を聞こうとすると、逆にその方から声を掛けられた。何と到着予定時刻に、宿主さんが外で待っていてくれたのだ。
 19:40、「ばっかす」到着。早速ガレージに自転車を入れさせてもらい、荷物を下ろして宿の中へ。忘れてはいけない、メーターで距離をチェックすると、何と243km。行ってしまいましたか、という気はするが、明らかに計画ミスでもある。
 ちょうと19時から始まった夕食の、最後の最後に間に合うことができた。地魚のフライにお刺身、ツブ貝、肉じゃがにデザートのスイカ。盛りだくさんで量はたっぷり、とにかく新鮮で美味しい。山盛りご飯をここぞと一気に腹に詰め込んで、お腹いっぱい。思えばほんの30分前は、まだ暗闇の中をひたすら走っていたのだ。

 明日の天気予報は朝から雨とのこと。さらに明後日は道北全体が雨らしい。少し心配だが、せっかくここまで来たのだ。何とか予定通り宗谷岬へ行き、襟裳岬、納沙布岬も含め、1回のツーリングで南東北に行けた、ということにしておきたい。普段は旅程の期間が取れなくてこんなことできないので、やるとなれば今がチャンスなのだ。

■■■2008/10/13
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔

>Indexへ folo:fcycle/63/topic/49
2008年10月13日
22:51
   
北海道Tour08 #13 2008/8/14 抜海→天塩川温泉

抜海→(道道106)富士→(道道254)稚内→(国道238)浜頓別
→(国道275)咲来→(村道)天塩川温泉   188km

 稚内に近いだけあって、「ばっかす」のお客さんには早出して6時過ぎの利尻・礼文への船に乗る方もいるようだ。私が荷造りしている間、何人かが出発していった。
 外を伺うと、昨日高かった雲がもう少し低くなっているようだ。今日は雨という昨夜の予報を思い出す。しかし、とりあえず路面は乾いているし、そもそもまだ雨が降っていない。

 今日はこのまま速攻で宗谷岬へ行ってしまえば、その後はオホーツク海側へ出て、終着は内陸の天塩川温泉である。もう今日から最後の道央方面への南下が始まってしまうのだ。オホーツク海側の浜頓別から先は、内陸の中頓別・天北峠経由か、枝幸・歌登・札来峠経由か、どちらも一長一短で悩ましく、決めていない。とりあえず例によって結論先送りにして、浜頓別到着時刻と天気で決めればいいだろう。
 気になるのは明日の天気予報。長かった今回のツーリングも、今日を含めてもう3日。その3日の内の貴重な1日の、明日は道内ほぼ全域で大雨らしい。しかし、もし走れるとなると、美深峠と江丹別峠が行く手に待ちかまえている。両方とも標高400m台、そう高くない峠だが、登りも距離も少ない今日はなるべく疲れずに、明日と最終日を迎える必要はある。

 5:35、抜海「ばっかす」発。
 昨日の道道106北上を継続、稚内へ向かう。景色は相変わらず陸と彼方へ続く道、海と空だが、陸に小高い丘陵が立ち上がっているのが昨日に較べて目新しい。昨日はサロベツ原野で視界が平べったかったのが、もう稚内手前の台地に接しているのだ。空の雲は思っていたより低いようで、遠くは霞んでいるし、海上の利尻島、礼文島もどこだかよくわからない。時々顔に水滴も感じられるし、空気の感じがあまり爽やかではなく、じとっと蒸している。
 やがて富士で道道106は丘陵を超えて稚内へ向かってゆくが、何だか面倒臭いし、ここまで日本海沿岸を北上してきたのでつながりが良いのと、せっかくなので北海道先端のツートップを押さえておきたい。ここはそのまま日本海沿岸の道道254へ、野寒布岬を目指す。

 足を向けてはみるが、ルエラン、又留内、ルエベンルモ、潤内、富士見と断続する漁村には何があると言うわけではなく、低い雲の下次第に増えて行く人口密度と人々の営みを何となく眺めつつ、何となく時は過ぎ、唐突にくるっと道が曲がって野寒布岬を通過。ここも特に立ち寄るわけではなく、早朝の寒々しい観光港の景色を横目に120°ぐらい方向転換、道なりに稚内市街へ向かうだけ、まあ毎度のことではある。

 くるっと回り込んだ宗谷湾側の陸地は、日本海側に較べてけっこう栄えていて、野寒布岬からあっと言う間に都市化が進んで稚内駅に着くような印象がある。しかし、今回は早朝で、町~街にはまだ人影が少ない。天気が悪いのもあって、何だか寒々しい印象すらある。まあそれも、いつもの早朝の稚内通りだ。
 かつて私が稚内に来るのは早朝が多かった。周遊券時代、夜行列車の座席で夜を明かしたときに、行きがかり上訪れざるを得なかったのである。街並みの他に、早朝の利尻・礼文へ向かう人々の民族大移動にも、鮮烈な印象があった。
 駅としてはもうだいぶ長い間訪れていない稚内駅だが、全然変わらない町並みやそれらの強い印象のせいで、何だか駅前を通る度、昨日来たような印象がある不思議な駅だ。
 6:40、稚内到着。朝のコンビニ休憩とする。さっき120°方向転換したお陰で、昨日ずっと吹いていた風が今や正面からの向かい風になってしまっていた。この先しばらくこの強風に耐えないといけない。

 7:10、稚内発。
 街が町になってそれが漁港の景色になり、国道238に平行して何本か通っていた道がいつの間にか少なくなって1本に合流、声問の町の先から番屋が断続する海岸際の道となった。稚内空港を過ぎると番屋も民家もしばらく途絶え、最北端の道そのものの表情となる。空の雲は相変わらず低く、時々水滴を感じるのも相変わらず。海も何だか重い色で、まあこれはこれで最北端に向かう気分としては悪くない。
 道なりに走っていればいいのであまり地図は確認せずに進んでいたが、陸側に丘陵が現れ、川尻、富磯、清浜と漁村が断続し始めると、早くも宗谷のセイコーマートが現れた。こんなところにまでセイコーマートがという驚きで印象に残っている店だったが、もう登場か。そうか、稚内から宗谷岬まで32kmぐらいしか無いんだよな。
 というわけで、宗谷、珊内と断続する漁村を眺めつつ先へ進むと、すぐに8:35、宗谷岬着。

 厚く低く暗い雲の下、この8月中旬に涼しいというか冷たい風が吹いている。金属のような重く暗い色の海に、展望広場の石のオブジェと、軽やかで勢いのある夏の生命を連想させるような物は無い。夏服の観光客達が違和感一杯だ。しかし、襟裳岬、納沙布岬と同じく、早い時間の到着で人が少ない。みんな落ち着いてぶらぶらと、写真撮りの順番待ちも無いのが非常に良い。
 それにしても、1回のツーリングで襟裳、納沙布とこの宗谷岬、北海道の東南北を訪れることができたのは、今回が初めてなのである。毎年の北海道Tourでは、一周や先端制覇そのものに拘るつもりが無いのと、日程にひたすら余裕が無いので、こんなコースは考えたことが無かった。
 西側はというと、北海道の腕というか首の部分、円弧を描く陸地の、幹線道路の国道229は初日に通っている。本当の岬である帆越岬には道道ピストンが必要だが、ここを訪れているのといないのでは、羅臼から北の相泊に行ったか行っていないかぐらいの差があるのだろう。しかし、西もけっこう良い線行っているとは言っても良いだろう。
 というわけで東西南北完全制覇ではなくあくまで東南北なのだが、改めて今日ここに来れて良かったと思うし、つくづく15日行程の威力を感じる。

 国道に直接岬が面しているこの宗谷岬、道からのアクセスは非常に良いが、その分写真を撮ってしまうと、もうやることが無い。いや、いつもそうなのだが、ここは特に居場所が無いのである。事務的にはWCなどにいろいろ用事があるので、それらを次々に事務的にこなした後、8:55、宗谷岬出発。

 大岬の漁港はここまでの漁港の中では一番大きく、道ばたの住宅も大きい。この北海道最北の漁村の主体がここなのだろう。その大曲を過ぎると人気が無くなり、海と空と海岸から立ち上がる陸の斜面だけが少し続いた後、道は海岸から一面緑の台地上に乗り上げる。
 雲が低いので、台地に登り始めるとすぐ雨が降ってきたり、またその雲も粗密があるようで、すぐに雨が止んだりもしたが、基本的に遠景が問題無く眺められるぐらいの空気中の湿気である。森が少なく、笹原のなだらかな丘がひたすら内陸へ登って行く宗谷丘陵は、厚い灰色の雲の下ではあっても北の夏そのものの景色で、ここまでのやや重い景色の後では気分を変えてくれる。
 その背中に林立する、宗谷岬ウインドファームの巨大な風車群は、風車の多い北海道でもあまり見られないほどの規模だ。空と大地の造形を彩る緑の中に聳え立つ人工物は、しかしながらその細さのためか、それともゆっくり力強い羽根の動きのためか、何とあまり違和感が無い。
 それは牧場や農家、そして漁村などと同じく、景色として自然の中に溶け込めているということなのか。何にしても、実際のインパクトは知らないが、風景として自然に溶け込んだ巨大な人工物があまりに不思議な景色で、前回と同じように車がわざわざ停まって写真を撮るほどなのである。

 峰岡からの登り返しは、一転して深い森の中。久しぶりみたいな気がする内陸そのものの景色で、原生林の密度、深さ、そして木々の佇まいが力強い。その森の登り基調が下り始めると、辺りは再び一気に開け、道は防波堤が物々しい東浦の漁港の中へ降りてゆく。東浦から先、再びオホーツク海岸に道が張り付いて、彼方へ続いて行くのもよく見える。東浦から見上げる、行く手の海岸に立ちはだかる切り立った台地の森の中へ登ってゆく、何だか厳しそうで嫌な感じの登り道、それでも「行けるよ、行ける」等と呟いて、無理矢理テンションを上げた景色を思い出す。

 その先は苗太路、知来別と至って平坦な海岸沿いの1本道が続く。海岸からすぐに台地が立ち上がるので、砂浜と道の他には平地と呼べるような空間はあまり無い。そこに漁村、番屋が断続する景色が続く。
 稚内や宗谷岬辺りの風もだいぶ収まって、途中漁協のホタテ工場でお土産を買ったり、浜鬼志別のセイコーマートで休憩したり、走ることそのものについてはもう至ってのんびりペースでてれてれ進む。今日はこんな平地で無駄に疲れてはいけないのだ。

 10:35、道の駅「さるふつ公園」着。浜鬼志別で休んだばかりだしお昼にもまだ早いような気はするが、猿払と言えば酪農かホタテが相場なので、ここでぜひ食事がしたい。いつも時間に余裕が無かったり、浜頓別早朝発や夕方到着のスケジュールだと、ここはお店の営業時間外だったりして、かつてここでホタテ料理を食べたことが無かったのだ。
 一方、昔から有名な道の駅のソフトクリームは食べたことはあるが、かなり早くから有名だっただけあり、たしかにここのソフトは美味しい。雨の中の到着で多少身体が冷えていても、やはりこういうものは欠かせないのである。

 11:10、道の駅発。いろいろのんびりしたなりに時は過ぎ、11時台になってしまった。今朝出発前は、いつものように浅茅野辺りから北オホーツク自転車道に入っても良いかななどと考えていたが、時間短縮のため、久しぶりに国道238を継続することにした。今回は何故か大型車が非常に少なく、そういう気分になれるのだった。しかし考えてみると、久しぶりだからと言う理由、いや、大義名分で国道を使うパターンが、今回は多いような気もする。
 浜頓別までは32km。海岸沿いに猿骨、浜猿骨と思い出したように地名の付いた集落が現れて、その先内陸へ、やはり起伏と景色の変化が少なく、一直線で幅広の単調な道が続く。やや向かい風に耐えながらの淡々としたサイクリングに加え、さっき腹に仕込んだお料理が効いてきて、何だか眠さを感じ始めてきた。まずい。それにこれは、疲れを感じていなくても、実際にはかなり疲れているということだ。恐らく昨日の疲れが残っているのだろう。ここはますます早めに天塩川温泉に着き、夕食前から温泉に浸かってゆっくりしたい。
 とりあえず多少雨が強くなってきた浅茅野で、都合良く道ばたに建っていた屋内型バス停に入り込み、しばらくバスが来ないのを確認、少し居眠りする。この道北エリア、稚内近くで某氏がバス停宿泊中に荷物を根こそぎ取られた話があるので、バス停外側に自転車を置きっぱなしにしておいてはいけないのだ。
 例によって居眠りしているのは5分程度。これでまた頭がはっきりするのだ。

 浅茅野を出発すると、再び雨は弱くなり、そのうち止んだ。こういう天気だけ見ていると、どうも内陸ほど雨が降っていような気がしないでもない。牧草地や低湿地、いくつかの沼を見下ろしつつ、山軽を過ぎると辺りに建物が現れ、そしてクッチャロ川と河岸の芦原が登場。向こう岸に、ここ毎年のように泊まっているトシカの宿が建つ森を捜していると、道は町中に入った。
 12:40、浜頓別に到着。朝、経路の候補に考えていた枝幸、歌登回りのコースだと、何となくまた雨と、多分オホーツク海願で再び強くなる向かい風に悩まされることになるような気がした。ここは穏当に、内陸の国道275周りにしておこう。
 国道238は浜頓別の町の東を掠め気味に通過する。町中の交差点をこれから向かう国道275方向に向かうと、閉まったシャッターが目立つ商店が何ブロックか続いた後、すぐに旧天北線駅後の公園にぶつかり、そのまま町が終わってしまった。小さな町である。
 さっきの道の駅から1時間半。休めるときは休むに越したことは無い。この先中頓別でも休憩できるが、まあ今日はできる場所で休憩して、とにかくのんびりしよう。というわけで、セイコーマートで小休止し、13;10、浜頓別発。

 国道275で内陸へ向かうと、案の定すぐに、道ばたから雨の形跡が無くなった。
 道は浜頓別の町から続く牧草地の丘を下って、常磐、下頓別と頓別川の平地に続く。少し明るくなってはきたが雲は相変わらず低く、途中では拡がる牧草地の牛を眺めるカップルのツーリストもいた。いかにも道北らしいのんびりした景色は、裏を返せばメリハリの無い景色ということでもある。しかし、暗く低い雲の下の寂しく厳しい海岸の景色より、眺めている気持ちが楽な気がしないでもない。まあ曇りの平地なので、淡々としたツーリング気分なのである。

 高砂、寿と多少谷が狭くなるが、中頓別で再び盆地が拡がった。山を背にした狭い盆地の景色は、昨日山間の平安から中頓別に下ってきた時の、背後に山が無い平地の印象と明らかに違う。いつも浜頓別から国道275を遡ってきたときに、空に突き上げるような力強い姿が印象的なその松音知岳・敏音知岳は、しかしながら今日はその大部分が雲に隠れてしまっていた。
 そんなことを考えながら、中頓別でも少し休憩する。二日連続での休憩で、おにぎり、コンビニサラダ、フライドチキンにオレンジジュースと、買う物がすべて昨日と一緒。食べがら捨てをお願いした昨日の可愛らしい店員さんが、こちらを覚えていてくれるのがウレシイ。まあしかし、芸が無くて申し訳無くもある。
 仕入れた物を店先で貪り喰っていると、さっきの牧草地のカップルが追いついてきた。2人とも外人の学生さんで、クロスバイクに荷物満載の男の子はオーストラリア、黄色いKHS折り畳みの女の子は台湾から来ているらしい。男の子がちゃんと彼女の荷物を全部持ってあげて、2人の走行バランスは保たれているようなのが微笑ましくウラヤマシい。今日はびふか温泉にキャンプ泊とのことだったが、いや、この時間からびふか温泉は厳しいだろう。とは思っても、2人がどれほど目覚ましい走りをするかはわからない。まあ苦しいのも楽しいだろう、頑張って困難を愛の力で乗り越えてね、と思いながら去っていくワタクシなのであった。

 14:25、中頓別発。
 音威子府までもう41km。音威子府から今日の宿の天塩川温泉まで10kmも無いから、あと50kmしか走らなくて良いことになる。もともと天北峠は標高190mで中頓別からの標高差は160m、ほとんどちょっとした丘越えである。しかも峠まで30km弱もあるのだ。
 昨日向かった知駒峠への道道785が上駒で分岐した後、引き続き国道275は低山に囲まれた静かな牧草地の谷間を、少しずつ高度を上げてゆく。松音知を過ぎると、敏音知岳が次第に目の前に大きく近づく。標高700m、近い場所で急に立ち上がっていその姿は、さっき中頓別で眺めたようにほとんど雲に隠れてしまっていて、裾しか見えない。2001年の訪問で、この山を振り返って眺めたことはあった。確かその姿に度肝を抜かれたと思う。
 間もなく道の駅「ピンネシリ」が登場。ここでも2001年に食べたソフトを覚えていて楽しみにしていたが、今回も美味しいソフトを食べることができた。

 敏音知の先、上頓別、岩手と谷間は次第に狭くなり畑や牧草地の中を更に進んでゆく。山間にしてはまとまった拡がりの集落、小頓別で、浜頓別から頓別川沿いに続いた○頓別がようやく終わり、天北峠への登りが始まる。天北峠というのは、実は国道239の西興部と下川の間の峠と名前がダブっている。どっちも峠としては大したことはないが、何だかあっちに花を持たせてあげたい気はする。ならばこちらは、オホーツク海沿岸の頓別から頓別川沿いにこれだけ○頓別が続くので、いっそ頓別峠にしてしまえばいいのに。
 などと想像しながら、16:15、天北峠通過。たった190mの峠だが、ほんの少しちらっと見える周囲の樹海は濃密で深く、一瞬どきっとする程だ。
 峠を下れば音威子府だと思っていると、その後の谷間下りが長い。いつまで経っても雰囲気が変わらない狭い谷間の森が延々と続き、その森が背の高い茂みに、やがて上音威子府の牧草地と畑に変わると、ようやく天塩川の谷間に放り出された。

 16:40、音威子府到着。有名な駅蕎麦を食べるのを楽しみにしていたが、16時でもう営業終了とのことだった。国道275であれだけ各駅停車でコンビニ休憩しなかったら、あるいは蕎麦が食べられたかもしれない。
 音威子府の後はもう咲来まで4km。コンビニに寄る気すら起こらない。音威子府で合流した国道40は、交通量が多めで、天塩川の狭い谷間の河岸陸地上縁でややアップダウンがあるが、それもあっと言う間で咲来に到着。
 咲来で国道40を降り、集落の中に続く村道へ。河岸の畑の中、狭くのんびりした1本道は、畑や森、そして集落と、周囲がころころ変わる。地図を見直すのも面倒臭いぐらいの到着間近な最後の最後で出会えた、とてもいい道だ。2005年の国道40訪問では、暑さのせいもあり、この辺りで随分アップダウンに悩まされた。暑さでぼうっとした頭には、道自体が随分取り付く島が無いように思わせられたが、今回地図を眺めると、実はこういう脇道が少なくない。今後の開発課題である。
 天塩川を渡ろうとすると、急に強めの雨が降ってきた。でももう庇下に逃げ込むだけだもんね。17:20、天塩川温泉着。

 天塩川温泉というのは、音威子府村営の温泉施設の名前である。1991年非自転車での出張にくっつけた2日旅行で、今は無き母子里一刻館の宿主さんに連れてきていただいて以来の訪問だ。当時まだ少なかった公営温浴施設のはしりで、その時すでに幌加内北部から車で1時間掛けるほど好評らしかった。のんびりした河岸の風景を眺めながら入った露天風呂、美味しい蕎麦料理の印象が良く、ずっと再訪を狙っていたのだ。
 この辺りでの評判はもうすっかり定着していたようで、今回も夕方から夜にかけて地元らしい方の訪問が多いのにはびっくり。だってこの平地の少ない音威子府で、お客さんでけっこう混雑しているのである。

 夕食後、再び温泉に入った後で、何とロビーで中頓別の外人カップルを発見。そうか、やっぱりびふか温泉を下方修正したんだな。なかなかいい判断である。ところが、声を掛けても私のことがすぐわからない。浴衣に風呂上がり、そりゃ昼間とは違う姿だが。で、「Blue Bycycle」と言った途端、思い出してもらえたのが可笑しかった。やはり自転車乗りは自転車しか見ていないのである。

■■■2008/10/13
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔

>Indexへ folo:fcycle/63/topic/49
2008年10月18日
11:23
   
北海道Tour08 #14 2008/8/15 天塩川温泉→憩

 4時に起きてはみても、前日の天気予報通り大雨だ。体を起こして薄暗い窓の外を伺っても、辺りの森には霞みすら掛かっている。おまけに低温というのか、極端に寒い。今日は絶対に走れないだろうと確信させる天気である。

 夜に降り出した大雨に、昨日の内にチェックしておいた音威子府村交通ターミナル行地域バスの時刻は8:30。これで札幌行きスーパー宗谷に連絡するとのこと。道北はもう雨のまっただ中、天気予報以上に空を見上げればそれは明らかである。旅程も今日を含めてもうあと2日、この際早めに道北から脱出する方がいい。
 朝食は頼んでいないが、温泉は入り放題だ。とりあえず朝早いし、温泉にでも浸かって居眠りでもしよう。

 8:30、天塩川温泉発。小型の地域バスは律儀に咲来の集落奥まで行って戻って、音威子府の役場と病院前を経由し、音威子府村交通ターミナルに到着。交通ターミナルというと何だか訳が分からないが、その実態は音威子府駅である。地元の方にとっては、普通列車が一日数本の鉄道の駅ということよりも、地元周回のバス停を含んだ総合機能にこそ意味があるのだろう。
 9:06、音威子府発。山間区間から美深、そして名寄盆地へ、スーパー宗谷は激走する。名寄から先は高速化工事完了区間、更に激走の度合いが増すのが凄い。カーブでなんちゃって振子機構を効かせ、もう冗談みたいな勢いでぐんぐん突っ走り、塩狩峠もあっと言う間に通過。一体これは気動車なのか。などという疑問をよそに、スーパー宗谷は旭川盆地に降りてから更に恐ろしい勢いで突っ走るのだった。
 その途中、音威子府の山間から盆地へ出ても、大雨は止むことが無い。道は黒々ぬらぬら、国道では大型車が白いしぶきを上げている。走らないで良かった。

 10:47、激走にも係わらず、スーパー宗谷は3分遅れで旭川到着。
 旭川の街中は降ったり止んだりのようだったが、相変わらず雲は低い。街を出るとすぐにまた大雨になりそうである。何と無く流されるままに駅から街に出てみても、案の定すぐ雨がぱらついて、仕方無く駅近くのビル地下でラーメン屋へ。
 目的意識の無いラーメン探訪は、徒労と無駄なカロリーに終わることが多いように思う。入ったラーメン屋さんでは、店員さんの態度はきびきびと気持ちよかったが、結論から言えばカロリーと塩分補給はできたものの、あまり味自体は好みではなかった。ならば最初から狙い定めて既知の店に向かえば良かったものだが、まあそれも何だか面倒臭く、行きずりの出会いに身を任せてしまったのである。
 この期に及んで焦っているわけではない。自転車に乗っていないと何だか手持ち無沙汰で、疲れているのに気持ちが落ち着かなくてこんなことになってしまう。思えば本当に鉄道の旅行が苦手になってしまった。

 12:25、旭川発。ずいぶん旭川出発を引き延ばしたつもりだったが、13:00には早くも美瑛に着いてしまった。
 今日の宿、遊岳荘に電話を入れるが、駅へのお迎え車は17時前とのこと。それまで待つしかない。いや、待つつもりだったが、結局耐えきれなくて遂にタクシー輪行、15:10、憩「遊岳荘」着。

 建物は新しいが、この宿、実はまだとほ宿がまだとほ宿という呼ばれ方ではなく、YHとの区別で「旅人宿」と呼ばれ始める前からの歴史のある宿だ。個人的にはここに泊まって、いや、ここ憩に移転する前の遊岳荘に泊まり、夏や冬に地形改良の前のダイナミックな美瑛の丘を回った、そんな思い出のある宿だ。もう20年前のことである。
 時期によってはかつての常連さんが申し合わせたように同時に集まる日もあるが、今日の遊岳荘はお客さんは4人と少ない。しかし、宿主さんが夜の団らんタイムをお客さんとずっと一緒になって語らうのは、まさに旅人宿そのものの雰囲気である。かつての北海道旅行を少し思い出したような気がした。
 早寝の私は、当然のごとくそういう語らいには参加できないのが少し残念だ。

 明日はいよいよ最終日。天気は朝のうち曇りがお昼から晴れとのこと。最終日にふさわしい、麓郷や北落合の景色に出会いたい。

 しかし、真夜中にも大雨の音が屋根から止むことは無かった。

■■■2008/10/18
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔

>Indexへ folo:fcycle/63/topic/49
2008年10月19日
00:04
   
北海道Tour08 #15 憩→落合

憩→(町道他)美馬牛→(町道他・道道353)上富良野
→(道道298)東中→(町道ベベルイ基線)布礼別→(道道253)東山
→(国道38)下金山橋→(国道238)金山→(道道465)幾寅
→(農免農道落合線)ルーマ→(国道38)落合   116km

 4時頃はまだ雨が降っていたが、5時に外に出て輪行袋の自転車を組立始めると、すぐに雨は上がった。これなら天気予報通り、何も迷うことは無い。もう今日で最終日、夕方には自転車を畳んで都会へ帰ってしまうのである。
 自転車をひっくり返し、車輪を填めようとしてびっくり。後輪のトレッドが磨耗してつるつる寸前、いや、完全に消えている箇所の方が多い。普通の使い方なら4000kmは持つALPSタイヤでこれである。雨に降られたり、いつ終わるのかと毎日思っていた今回のツーリングを思い出す。いや、まだ今日1日残っている。後悔の無いように、夕方までちゃんと行程を終えよう。
 とは言いつつ今日の予定は、ベベルイ基線~麓郷、そして北落合と、最終日にふさわしくかなりの私的王道観光コースである。先を焦ること無く、時には立ち止まってゆっくり景色を楽しみたい。また、その後終着のトマムから札幌に着く時間も、まともな夕食が食べられる時間がいい。このため、距離を抑えた計画になっている。あまり頑張ってしまわず、かと言って大幅に怠けること無く、先に進めばいいのだ。

 6:05、憩「遊岳荘」発。
 高台から見渡す丘はまだ道も畑もぬらぬらとたっぷり濡れているが、空には何と青空が見え始めていた。さっきまであんなに降っていたのに。
 美馬牛へ向かう間に青空の範囲は増え、その空から朝日が辺りを照らし始めた。出発してからずっと、何か雰囲気が違う、と感じ続けていた違和感の理由が、その時わかった。カラフルなのだ、辺りの景色が。緑が鮮やかなのである。勢いがあるというか濃いというか、こんなもの多分葉っぱだけ並べて較べたってわかるものではないのだろうが、なにしろ道北方面と辺りの景色が違うのである。
 美馬牛の辺りは交差やアップダウンが多いのと、交差してすぐ道が曲がったりするので、道がわかりにくい。今まで余程注意しないと、まともに地図通りの道を通れたことが無かったように思う。今回は、地図入りGPSでそれが完全に解決してしまった。画面を眺めていると、こんな経路でこっちへ行かないといけなかったのか、ということがよくわかる。しかし、上富良野方面へ、既知の道を避けたつもりで町道他・道道353と考えていたつもりの予定コースは、実はことごとくいつも通る道だったのには参った。せっかく美馬牛まで来たのに、またいつもの道だったのである。

 7:05、上富良野着。
 何年か前にセイコーマートがローソンに変わったコンビニで朝食とする。おむすび、サラダにヨーグルト、思えばこんなコンビニ補給も、もう今日で終わりなのだ。帰ったらちゃんと毎日生野菜を食べよう。

 上富良野からは道道298で東中へ。町を出るとあっと言う間に路面は完全に乾いてしまい、青空が広がり始めた。日差しも現れ、この辺りで目立つ田圃で緑が更に鮮やかである。ところが、東中から町道ベベルイ基線へ入ると、道が山裾に取り付くためか俄然辺りの雲は厚く低く、路面には再び水溜まりが目立ち始めてきた。
 ベベルイ基線の上富良野側は、盆地からお皿の縁のようにせり上がる台地への直登である。下から眺めると、まっしぐらに斜面を登って行く一直線の登りがよく見える。開けた斜面の直登なので、行く手に視界を遮る物が無いのだ。このため、ベベルイ基線側から上富良野へ下るときには、常に富良野盆地を見下ろすことになる。この展望が素晴らしい。一直線に続く道から、まるでその真ん中につっこんで行くような、まるで富良野盆地の中に飛び込むような、そんな気持ちになれるのだ。今日は逆方向からの登りだが、時々後ろを振り返ると、やはりその富良野盆地の展望が確認できた。
 だいぶ登ると道が曲がって、富良野盆地は直接見えなくなるものの、もうすっかり辺りは台地の上。伸びやかになだらかな丘に拡がる畑の中にはポプラが所々立っていて、心惹かれる佇まいだ。こういう景色は北海道では珍しくないが、ポプラを数本畑の中に植えるという習慣は、一体何に起源があるのだろう。考えてみると、たかだか数本のポプラは防風林になるわけでもないし、別に平野の真ん中ではないので、何かの目印というわけでもなさそうだ。しかし、どこに立っていても、風に耐えるように反り返って立つポプラの姿は何か感動的である。
 ここでは畑の他に、道端にもそんな風なポプラが立っている。家で見慣れた10年前の写真、もう少し最近の写真と較べて、実際の彼らの姿は年月を経ていて、やはり訪問の度ごとに少しづつイメージとは違っている。同じ場所に訪れて、いつも姿が違うポプラの木々達、年月を経た彼らと再会できる喜び。旅って不思議だなあとつくづく思う。次はいつ会えるのか。いや、会えるのかじゃなくて、会いに来ないと会えないのだ。

 登り切ってしまうと、ベベルイ基線は背の高いカラマツの森の一直線の道となる。今回はここで行く手が工事通行止めとのこと。看板には、下手の農道八幡丘1号線への迂回が示されていた。
 ベベルイ基線の森から下った八幡丘1号線は、打って変わって開けた丘の畑の中の道。空の雲が低くて暑く、辺りが少し暗いのが少し残念だ。
 迂回指示通りに出戻ったベベルイ基線から、布礼別へはまっしぐらの下り。布礼別からは道道253、南布礼別、北麓郷と丘の下手に田舎道が続いた後、再び周囲が開け、大きな山裾の大麓山を背景にした麓郷の畑が拡がった。いや、大きな山裾の大麓山と言いたいところだが、今日はその姿が半分以上雲に隠れてしまっていて、山裾の下部か見えない。堂々とした姿の大麓山を見たかった。
 9:30、麓郷着。交差点の毎度お馴染みの農協では、玉が大きめのメロンが箱入りでとても美味しそうである。「朝穫り」とのこと、試供品も瑞々しくて美味しそうだったが、その箱入り価格が\3,500~4,000と安いのである。この際母にお土産を送ることにした。

 やはりあまりに美味しそうだったトウキビを食べながら、ここでこの先の行程について再確認。
 麓郷からは東山の畑の中を下り、国道38の樹海峠から幾寅へ出て、北落合を訪れた後トマムを目指すつもりだった。しかし、これから晴れるとなると、大型車の多い国道38を少し遡って樹海峠なんて越えるより、多少大回りにはなるが、かなやま湖岸を経由する方が楽しいかもしれない。それに東山から交通量の多い国道38を走らなければならない距離も、金山湖へ向かうならかなり減る。問題は北落合までの距離が増え、全体の距離が少し増えてしまうことだが、まあそんなことは北落合に着いてから考えよう。

 9:55、麓郷発。
 大麓山の裾野から拡がる麓郷の盆地は西麓郷で終わり。ここから森の登りとなるが、平沢で再び辺りが開けて畑が拡がった。少し先の新光でピークとなるため、振り返ると後ろの平沢の拡がり、行く手には山間に下ってゆく老節布の畑と、その奥の日高山脈の展望が開ける。
 比較的晴れていたが、空に雲が増えてきた。速く動く雲で、拡がる視界は影になったり日なたになったり、なかなか写真を撮るタイミングに困る。でもこの伸びやかな素晴らしい景色を眺めてしまえば、もう何だかこそこそタイミングを計って写真を撮るのも気が引ける。
 老節布の集落では、開けた畑の中にとどまつ、くろまつ、あかまつ、からまつと、植物の美しく可愛らしい名前が続く。可愛らしいのは名前だけでなく、小さな集落そのものも、商店、集会所等があり、可愛らしく美しい佇まいである。そんな集落が時々現れつつ、開けたなだらかな丘の畑や牧草地、もう夏の日差しですっかり乾燥させた牧草ロールが、下り基調の道の両側に続いて過ぎてゆく。

 東山からは国道38へ。ここで左へ向かうと樹海峠方面、幾寅到着が1時間ぐらいは早くなると思われるが、さっきの検討通り、ここは右の下金山橋方面へ向かう。
 国道38が少しだけ続いた後、下金山橋からは国道238へ。空知川の谷間を遡り、金山峠を越えて占冠から日高方面へ向かうこの道、交通量は国道38からぐっと減る。しかし、低山に挟まれた狭い谷間は何か落ち着きが悪い印象がある。今日も何だか国道の埃っぽい表情だけが目に付いてしまう。
 いや、道のせいにしてはいけない。暑いのである、ここ3日間の道北に較べて。暑いので、何か身体が落ち着かないのだ。道北と道央はここまで違うのだということを、改めて実感する。おまけに下金山、黄金と進むうち、次第に空が晴れてきた。もともと曇りの状態ですら暑かったのが、晴れると辺りは更に暑くなる。

 寂れた金山の町外れで、かなやま湖へ向かう道道465へ。国道から逸れてすぐに渡る根室本線の踏切に、唐突に22年前、学生時代の1986年にここへ来て、かなやま湖へ登ったことを思い出した。22年前と同じコースであるのみならず、何と美瑛遊岳荘発で北海道ツーリング最終日というのまで同じである。違うのはコースの詳細で、20年前はひたすら国道トレースで上富良野、富良野、山部経由で、かなやま湖の後は狩勝峠から新得終着だった。
 道道465で狭い谷間の奥へ進むと、さっきまで併走していた根室本線が、高架橋で上を交差して山から山へ消えて行った。と思っていると、唐突に目の前に、ダム湖岸への登りと近年の訪問で見覚えのあるPCコンクリート製スノーシェッドが登場。

 湖岸の道は木々の中。ほとんどアップダウンは無く、入り組んだ等高線に律儀に張り付いてはいるが、前半は視界はあまり開けずに淡々と続く。以前何度か泊まったかなやま湖保養センターで幾寅ではほぼ半分の距離で、金山から幾寅まで通しで来るのも22年振りである。今日の保養センター周囲のキャンプ場はお昼のためか人はまばらで、ひっそり静かだ。

 山々に囲まれた湖が終わると、山間の拡がりは畑になった。12:35、幾寅着。
 幾寅では去年からの宿題、なんぷカレーを食べなくてはならない。このなんぷカレーは、南富良野牛のステーキと普通のカレーライスをかなり強引にくっつけたもので、なかなかのアイデア商品だ。なんぷとは南富良野でなんぷということのようで、確かに他の場所では見たことが無い。珍しいだけではなく、ステーキにカレーソースがよく似合っていルだけではなく、熱い鉄板に乗ったご飯がその部分だけちょっと硬めのお焦げ寸前、それに別皿のカレーが掛かると、カレー自体もちょっとお焦げ気味になって香ばしく、とても美味しい。
 このなんぷカレー、1998年にかなやま湖保養センターで食べて以来、何と10年目の再会である。というのは、その後何回かかなやま湖保養センターに泊まったが、1998年以降はもう食堂のメニューになんぷカレーは無かったのだ。もしかすると、保養センターのコックさんが1999年以降に独立でもしたのかもしれない。
 お店の名前はその名もなんぷ亭。民宿もやっているお店で、実は去年ここに泊まっている。その時は、例によって前日下方修正に輪行と良いところが無くて、おまけに宿には延着。しかも途中の輪行乗り換えの追分で食べたラーメンが響いて、楽しみにしていたなんぷカレーを食べ損ねてしまったのだ。

 今日はもう何も躊躇うこと無く、なんぷカレーの大盛りを思いっきり注文。ジューシーなステーキ肉と、暑い鉄板でかりかりのご飯、ややお焦げ気味のカレーが記憶通りに実に美味しい。ご飯は全体的にはやや軟らかめだが、それは熱いプレートで多少かりかり気味になるからだろう。となると、多分大盛りではなく普通盛りでこの辺のバランスが取れるのだろう。
 さて、今後の予定をここで再確認せねば。というのは、かなやま湖へ大回りしたので当然なのだが、当初よりかなり延着気味なのだ。この後北落合まで1時間、大好きな場所なので写真を撮ったりするだろうから、最高地点まで1時間見る方がいいだろう。この時点で15時半。ここから約40km弱先のトマムへ向かうと、標高差300mの下りと山間の登り基調込みで、多分18時前。その後自転車を畳んで札幌に向かうと、恐らく札幌着は21時を回る。まあそれでも問題は無いが、そんなに遅くまで走る予定は無かった。それに、3日目にたねやんから、トマムにインターチェンジができて十勝からやってきた車が増えている、という話を聞いた。夕方遅くまで走って、最後は車が増えて全然イメージと違うトマムで輪行か。駅前に庇も何も無い無人駅のトマム、前の道に車が行き交うだだっ広い広場は、さぞかし殺風景だろう。
 それよりいっそ、この後北落合から下った落合で列車に乗ってしまってはどうか。当初より距離は短くなるが、これなら国道38を経由してもほんの僅かで、静かで落ち着いた気分で旅程を終えられる。落合駅での輪行は13年振りで懐かしいし、乗る列車は滝川まで各駅停車、これもオーソドックスである。山の中から次第に谷間が栄え、最後は石狩平野に出る夕方の車窓風景も、きっと長かった今年の旅を締めくくってくれるものだろうと思われる。
 考えれば考えるほど何か最初からばっちり仕組まれていたような好ましさである。問題は極端に少ない根室本線の列車時刻である。これもお店を出た後ですぐ近くの幾寅駅で確認すると、普通列車が15時半ばと17時過ぎにある。15時過ぎはまず無理だが、17時過ぎの列車なら、落合は隣の駅だから時刻はそう変わらない。これなら北落合でも落ち着けそうだ。こっちで行こう。

 13:10、幾寅発。久住の狭い谷間の畑が森の中の道になってからが長い。じりじり標高を上げる道は、例によって例のごとく奥に進むに連れ、斜度も少しづつ上がってゆく。別に特に何も珍しくない、北海道の坂道では毎度のことだ。北落合へこちらから登るのは2001年以来、もうあまり景色の展開を覚えていない。まあ地図上での距離と標高差なりに時間は掛かるのだろうし、見ている線形の位置にしか到達していない。下りで感じた長さの道なのだから、焦らずに落ち着いて深くなってきた森の木々などを眺めて、のんびり登っていこう。

 地図の通りに集落手前にやってくると、辺りの森が突然切れて牧草地になり、唐突に13:55、北落合着。
 ここまでずっと雲が多く、青空が見えても早い雲の動きでなかなか日差しが安定しなかったが、うまい具合に青空が増え始めていた。拡がる畑の景色はよく自分の写真で眺めていて、やはりその写真とは畑の主役や道ばたの草花、そして成長した木々のボリュームが少しずつ違い、景色全体の空間感覚に影響を与えている。それでも写真を撮る場所やアングルは結局毎回あまり変わらないのだが、いや、「だが、それがいい」のである。
 小学校のある北落合中央から、北に向かう1本道へ。ここも前回の2005年とは木々のボリュームや畑の作物が少しずつ変わっていて、きょろきょろしながら登りをゆっくり進むのが楽しい。時間の余裕があって天気が良い、最高の北落合訪問である。さっきの中央から、目的地の北落合農免農道一番奥、標高680m地点まで標高差150m。速度は落ちるが、そう厳しい登りではない。協和を過ぎると後は山裾上端まで道は一直線。

 14:30、680m地点到着。
 青空にまだほんの少し雲が残っているが、重く低い雲は消え、赤みを帯び始めた光に照らされて、今日も緑が、そして空も鮮やかに変わっている。ここ何日間ご無沙汰だった、静かで美しい夏の夕方が今日も始まろうとしているのだ。最後にいい天気になって本当に良かった。
 先日の知駒峠で標高460m、津別峠も展望台に登らなければ標高750m。そう考えると、そもそも標高350m程度とは言え、今回の旅程中でもなかなか高い場所であると言える。その高さ通りに、日高山脈や狩勝の山々、そして背後の大雪の裾に囲まれて、山裾から盆地となって谷間へ下る北落合の盆地が、まるで空に向かって拡がるような佇まいである。
 道路位置表示の赤白標識に自転車を立てかけ、道の真ん中に座り込み、今回の旅で最後の休憩とする。下手の農家で農作業用車両が動いたり、トラックが出入りしているが、ここまでは車なんて来やしない。山間の涼しい風に吹かれて、しばらく今回の旅を思い出したりしてぼうっとした。いつ終わるかいつ終わるかと毎日考えていた今回の長い旅が、何ともう後少しで終わるのだ。もう明日のこの時間は東京に帰っているのだ。更に明後日は何と普段通りに出勤しているのである。しかし、北海道の夏はまだもう少しだけ続いて、その後秋が始まるのだろう。草の中で秋の虫も鳴き始めている。

 15:00、北落合発。下り始めると、さっきえっちらおっちら登ってきた集落の中の道が、次々後ろに去って行く。開けた景色に騙されたが、足に感じた分の登りがあったのだろう。協和を過ぎ、中央の交差点を過ぎて、一番下手のニンジン畑で再び自転車を停める。雲はもうすっかりどこかに消えてしまって光線状態はいいし、そうでなくてもこの定点撮影ポイントで撮影しない訳にはいかない。
 丘の上の木、そしてポプラの並木にニンジン畑。真っ青な空に白い雲、緑、そして黒々とした畑の土。鮮やかな景色が目に染みる。いつもの自分の写真通りの景色が、写真として自分に染みついている景色が、目の前に実際に拡がっているのは、なぜか不思議な気がする。それに前回2005年から3年、少し雰囲気が違っているのもよくわかる。
 また数年後、ここを訪れるのだろう。いや、また来よう。

 北落合から先は谷間へ下り、森の中の1本道を一目散に下ってしまう。
 16:00、落合到着。ついにツーリング行程が全部終わったのである。とはいえ人っ子一人いない無人駅、「終わった~」という自分の一人言以外に何もセレモニーは無い。まあいつもの駅到着とやることは変わらなくて、まず列車の時刻を確認する。果たして滝川行きが16:50発にあった。自転車を解体して荷物を纏めてゆっくりと過不足無い、理想的な時間である。

 夕日の射し込む駅の待合室で、誰もいないのを良いことに自転車を解体。荷物をまとめてよっこらしょ、跨線橋を渡って砂利のホームへ向かう。どうせなら待合室の脇に列車が停まればいいのだが、落合駅はかつて狩勝峠の麓の駅、新線切り替えから40年経っても構内は広いのである。
 旅の終わりの気分もあって、夕日の当たる駅が、何かと絵になって見える。この構内でD51がいっぱいうろうろしてたんだなあ、等と思いながら写真を撮ってうろついていると、若い運転士さんに話しかけられた。何と運転士さんはMTB乗りとのこと。こういのも乗客が少ないローカルの各停ならではである。
 拡がる畑の中、眩しい木漏れ陽を抜け、そして時々トンネルを、普通列車はゆっくり進んでゆく。いや、ゆっくりではあるが、富良野まで1時間、滝川まで2時間。なかなか速いではないか。
 ボックスシートでのんびり楽しく2時間、富良野での10分停車に念願の「圭子ちゃんの店」で持ち込み蕎麦なども入手でき、もうすっかり薄暗くなった滝川には18:57到着。3分乗り換えのスーパーカムイはもうすっかり札幌の雰囲気いっぱい、大都会そのものなのであった。

■■■2008/10/18
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔
最新を表示 2番~21番を表示
 コメントするにはfolomyへの会員登録ならびにログインが必要です。 folomyに入会する
ログインする(すでに登録済みの方)
----