
北海道Tour08 #12 2008/8/13 下川→抜海
五味温泉→(町道)下川→(道道60)幌内→(道道49)仁宇布
→(道道120)中頓別→(国道275)上駒→(道道785)八線
→(農道・道道583・道道395)国府→(国道40)南下沼→(道道972)音類
→(道道106)抜海 243km
長い長いと思っていた今回のツーリングも、今日を含めてあと4日。後半の山場、上紋峠は無事完了したが、今日は歌登~中頓別まで道北縦貫道道、その後は初めての知駒峠、そして終着は日本海岸の抜海と、かなりの長丁場だ。気は抜けない。
ただ、下川から歌登まで100km。その後中頓別~知駒峠を順調にこなせば、抜海へは峠は無い。歌登に昼前に着ければ、そう心配することはないはずだ。何しろまだあまり疲れていない。あまり休みすぎず、落ち着いて真面目に走れば大丈夫、今日も楽しく平和なツーリングになるだろう。
と思っていたのだ、朝の時点では。
5:40、五味温泉発。
昨日、下川パンケ川沿いの道道101から丘を越えて辿り着いた桑の沢川の谷間だが、桑の沢川が流れ着くのは同じ下川の谷間である。だらだら下っていると、順当に谷間が開け、班渓の畑の中を抜けて下川に到着。
下川にはセイコーマートがあるので、ここで朝食を取っておく。これから向かう道道60・49で歌登まで100kmもあるのに、ここを逃すと何と仁宇布まで補給ポイントが無い。自販機は確実にあるし、到着時刻次第で仁宇布の軽食「コイブ」で何か食べられる可能性はあるが、それをあてにして外したときのダメージは大きいだろう。
6:10、下川発。「幌内」の標識めがけて道道60へ。いよいよ道北縦貫道道の始まりだ。
道道60に入り込んですぐ、あれっと驚く事態が発生した。いや、驚くと言うより遂にこの日が来たか、という方が正しいのだが、マイナー道道らしい表情の道道60の行く手がバリケードで通行止めになっていて、その少し手前で真新しい幅広の道が分岐しているのである。それを見て思い出した。この谷間にダムが計画されていて、去年、いや、2005年にすでに脇の山の中にダム湖外周道路となるであろう道が一直線に見えたことを。遂に今年、道道60が切り替えられたのだ。
前回確か幅広の新道が見上げる山の中に見えていた。いずれあんな所まで登るんだろうな、などと思う間も無く、ぐわーっと一直線の登りが登場。視覚的にめげるが、どっちにしても今日も知駒峠までは登ったり下ったりなのである。腹を決めて登ってみれば、ダム取付道路にありがちな激坂ではなく、新道らしい余裕のある登りである。
山の中の道からは、かつての谷底からの景色とは違い、谷間の展望や、付近の山に続く森を見下ろすことができた。それはとても山深さを感じさせる景色で、ちょうど南北的には似たような位置にある朱鞠内湖岸や美深峠付近を連想させた。
取付の登り途中でぱらついてきた水滴は、登り切ったところで雨になった。ええっ、下川手前ではまだ青空さえ見てていたのに。
一度登ってからはあまり登らず、山間にほぼ平坦に続いていた新道だったが、唐突に谷間に下りはじめて旧道に再合流。その場所は、去年確かに横目に眺めた取付箇所だった。幌内越峠まで26kmも続くサンル川の谷間、標高差は峠までたった200m。それだけに新道区間の登って下っては何だか非常に無駄だった気がするが、まあこれもいずれダム建設期間の思い出になってしまうのだろう。果たしてそんな頃まで北海道ツーリングを続けるかどうかは判らないが。
下ってからしばらく、建設中の新道の巨大な橋脚が、旧道と何度か交差しては山の中へ入っていった。この分だとダム新道全通まではあと2年以上ぐらいかかるかもしれない。
珊瑠第一から珊瑠、そして幌内越峠まで、サンル川~幌内越沢川の谷間は、いくつかの広い台地とその間の段丘の連続だ。台地はほぼすべて無人の牧草地「サンル牧場」で、段丘部分は森になっている。幌内越峠手前の原生林まで、20km以上に渡って断続するサンル牧場。幌内越え峠から下ってくる場合、延々と似たような景色を眺めながらだらだら下ることになる。下りがだらだらな分登りも意外に淡々と穏やかである。ペースは上がらないが、「この谷が全部ダムになってしまうという訳では無いのだろう」などと落ち着いて考えているうちに、豊年橋、奥サンル橋と次第に位置が進んでいた。
最後の牧草地を過ぎると、峠手前の原生林が登場する。緩やかなカーブを描いて進む道から眺める笹原の古木がなかなか見事で、いつもの楽しみになっている。記憶に残っている標識を確認しつつ進めど、最後まで斜度はだらだらのままで、7:45、幌内越峠を通過。斜度が大したこと無いのもあるが、去年に較べて何か全然楽な峠越えだった気がする。向かい風が無いのも大きいが、それよりやはり昨日の疲れは残っていないようだ。いい傾向だ。
幌内越峠からの下りは、幌内川の大きな谷間から向かいの山肌まで、一面の樹海が見物である。2002年に訪れたピヤシリ林道が下ってきたのがさっきの幌内越峠だが、長い長い原生林の下りで不安になったのをふと思い出した。
幌内の無人の森の中で、今度は道道49へ分岐。イキタライロンニエ川の谷間を美深松山峠、仁宇布へ向かう。標高差は220mぐらい、背が高く深い森が頭上に茂る、薄暗く静かな印象の道だ。広葉樹、針葉樹とも、やはり原生林のようで、そんな看板も立っている。狭い谷底を辿って次第に山肌へ高度を上げる途中、行く手に大きな鷲が現れた。鳶かもしれないが、低空飛行で行く手の路上をゆっくり飛んでいき、だいぶ先で木や標識に止まり、こちらが近づくとまた路上を飛んで先に進む。襲ってくる気配は全く無いのだが、いや、路上の未確認移動物体を、やはり襲えそうなら襲うつもりなのだろうか。結局鷲は美深松山峠の手前まで道案内のようにこちらを先導し、ぷいとどこかへ飛んでいった。
美深松山峠から仁宇布まではやはりだらだらの下りである。途中に入口がある美深松山湿原ももうだいぶ長い間宿題になっているが、なかなか立ち寄れない。
山間の森というより茂みのような谷間に牧草地が拡がるともう仁宇布手前だ。いつも印象的な交差点近くの白樺並木を眺め、9:05、仁宇布到着。下川から峠2発含みで3時間、当社比ではなかなか快調といえる。
山間にしては早いこの時間に、交差点の土産売店兼軽食喫茶「コイブ」はちょうど開店したばかりのようだ。そろそろ腹は減っているし、相手にとって不足は無い。いつもチャンスがあれば食べる羊カレーを注文、この際大盛りにしてもらった。一見ちょっと引くぐらいに量が多く、しかも今日は羊肉独特の香りが多少香ばしい大盛りカレーだが、羊乳ヨーグルト効果でとてもまろやかな味はいつも通りである。サラダも貴重な生野菜、まとめて一気に平らげた。さすがに何と無く腹ががぼがぼになってしまって、普通盛りにしておけば良かった、とこのときは少し後悔した。
が、今日この後、大盛りカレーは私を救ってくれることになる。
9:25、仁宇布発。ここから道は道道120となる。次は盆地の縁の西尾峠だ。
牧草地の北端、さっきの「コイブ」や去年泊まった「ファームイン・トント」の元締めで、更に吉祥寺にまでお店のある松山牧場を横目に通過した辺りから、俄然辺りが暗くなり始めた。西尾峠はそのすぐ先なのだが、案の定峠に着くまでにぱらぱら来始め、「西尾峠」の丸太を過ぎる前に大雨になってしまった。
峠を越えた道はフーレップ川の谷間へどんどん下ってゆくが、20kmぐらい先の上徳志別までひたすら無人の森が続き、途中の天の川トンネルまで雨宿りポイントすら無いはずだった。おまけに峠から下っているのというのに、雨は次第に強くなってきた。思えばこの道北の山奥、本来天気がどう変わっても不思議ではない。みるみるうちに帽子の鍔から雨がぼとぼと、雨具のウインドブレーカーももう水が浸透して、身体にぺたぺた張り付いて不快極まり無い。雨だけではなく、気温も急に低くなってきた。
ひたすら耐えて黙々と下っているからか、さっき大盛りカレーで満腹になったからか、次第に眠くて仕方なくなってきた。まずい、このままじゃ居眠り運転になってしまう。実は去年の北海道で、一回居眠り運転で道ばたの茂みに突っ込んだことがある。目が覚めた瞬間、自転車の方向が狂って、道ばたの茂みに放り出されたのだ。幸いその時は背の高い蕗の茂みに受け止められただけで、自分も自転車もほとんど傷は無かったが、もしコンクリートの突起だとか鉄骨の柱等にあの速度で激突していたら、ツーリング終了というだけでは済まなかったかもしれない。登りで速度が落ちているときの居眠り運転は今まで時々あったものの、平地で普通に走っているときの居眠り運転は非常に恐ろしいことを、その時思い知ったのだ。しかもまたもや道道120なのだ。道ばたで居眠りできればいいのだが、この大雨だとそれも難しい。やはり身体が疲れているのだ。頼む、あと少し持ってくれ。
何とか必死に眠気に耐え、牽牛橋から天の川トンネルへ入り、とりあえず雨は一時的に凌げるようになった。トンネルを抜けた大曲には、織姫橋の屋根付休憩所がある。一安心だ。
大曲の小さな峠を越えると、牧草地の拡がる山間の人里、上徳志別だ。拡がる緑の牧草地は低い山の間でのんびりと静かで、下川から歌登、中頓別までの間の景色で一番好きな場所である。雨は峠の先から急に弱くなって降ったり止んだり、降ってももうぱらぱら程度で、もう大丈夫だろう。と思っていると、また雨が降り出して雨具を引っぱり出す。
志美宇丹では、かつて集落の小学校の脇に道道が通っていた。その道道は集落の少し外側へバイパス(するほど人は住んでいないが)してしまっていて、小学校にも真新しい「ありがとう」の看板が掛かっていて、今年で廃止になってしまったようだった。私はこういう小さな小学校のある小さな集落が大好きなので、何か寂しい。
上徳志別、志美宇丹の盆地の縁の向こうは、いよいよ歌登から拡がる平野である。縁を乗り越える辺りでまた雨が降りはじめ、下った辺毛内から牧草地、畑が拡がると少し向かい風まで出てきたが、ここまで来たらもう迷うことは無い。あと数km、平野をひたすら下るだけだ。
歌登到着は11:40。下川から約100km、途中雨宿り&居眠りの足止めはあったが、まあまあ当社比では快調と言える。この先小さな峠を一つ越えて中頓別13時、知駒峠から豊富へ抜け、何とか16時半ぐらいに豊富を通過できれば、抜海には18時半過ぎぐらいには着けるだろう。相変わらず天気はぱっとしないが、ここまで来たらもう知駒峠を越えるまでエスケープルートは無い。もともと予定のコースを着実に進むだけだ。というわけでそのまま歌登は通過。
沖縄の沢川沿いの谷間は、道道120では一番山深く見えるのが面白い。さっきの西尾峠からフーレップ川谷間の方が場所的には全然山深いはずなのだが、谷が狭いのと山肌が荒々しいのと木々が密なため、もう道北も歌登より北側、目的意識を持たないとなかなか来にくいぐらい北ではある。土地そのものの表情もかなり独特になってきているのだ。
山深いとおりに峠部分は谷のだいぶ奥で一気に登るタイプで、下からも登る途中からも、それぞれ向こうの道が意外な高さに見える。その高いところへ登って、谷間に入ってから続いていたしっとり系のしつこい小雨は、嘘みたいに急に上がってしまった。路面まで何ごとも無かったように乾いている。
下った向こう、兵知安川の谷では、やはり急に牧草地が開けてのどかな景色が拡がった。中頓別、歌登の道道120最北区間は、そういうわけで景色が楽しく、この辺りでは外せない。
兵安へ下ってお昼過ぎ、この時点で気が付いた。そうだ、中頓別までまだ10km近くあるのだ。僅かに下り基調とは言え、中頓別でのコンビニ休憩を含めると、中頓別発は確実に14時ぐらいだろう。しかし、知駒峠を目前にして、中頓別のコンビニ補給は外せない。
中頓別までは牧草地の谷間の下り、豊泉で浜頓別から拡がる谷間に出て、13:30、中頓別着。
時間は押し気味だが、国道275脇のセイコーマートで少し休憩、少し落ち着こう。どこのコンビニでも夏休みの店員さんが可愛らしく、ゴミ箱店内設置のお店で食べたばかりの食べがらをお願いするのに少し気が引けるが、各自地体の方針に従って分別は徹底しないと。ましてや旅の飯は食べ捨てなど許されないのである。
毎度の個人的定番メニューのおにぎり、野菜サラダ、オレンジジュースを一通りこなした後、更に追加でトウキビを注文。次から次へと平らげていると、やはり時間が経ってしまう。いや、あまりろくな物は食べていないのだが、仁宇布カレー大盛りが効いている。未だに空腹感が無いのだ。
それより今後の修正タイムスケジュールに当たりを付けねば。現実的には、このままとりあえず知駒峠には向かう必要がある。どこをどう解釈しても、知駒峠を避けると、音威子府経由も浜頓別経由も極端な大回りなのだ。ああ、夕方までもう少し時間が欲しい。もっと言えば、何だか計画ミスみたいな気もする。思えば計画時、豊富までで組んだ予定を、旅立ち前の宿予約段階で「えーい行ってしまえ」と抜海まで延ばしてしまったのだ。
などとくよくよしていても始まらない。知駒峠を下って、八線で出ているだろう豊富温泉方面の距離標識次第では、問寒別経由ではなく豊富温泉経由の行程になるかもしれない。そっちだと低い峠一発込みなので、20kmぐらいだと嬉しいのだが。でも、地図を見た感じではもう少しあるかもしれない。
まあ、今は先に進もう。
13:50、中頓別発。オホーツク沿岸から続く平野部の一番奥の上駒で、国道275から知駒峠への道道785が分岐する。分岐には知駒岳を越えるこの道の、イラスト入りの看板が出ている。峠部分からは周辺が一望で、利尻島までよく見えるようだ。まあ今日はもう雨こそ降っていないものの、雲が低く濃いので、あまり何も見えないだろうが、期待は盛り上がる。
でもそりゃそうだ。この道、隣の谷に行くのに、わざわざこの辺りでは際だって高い知駒岳の脇まで登っているのだ。峠部分で標高460m。近くの稜線を完全に見下ろす位置なのである。単純に中頓別と問寒別を結ぶと言うより、何か別の目的含みで造られたのかもしれない。でも所詮は標高差400m強。分岐から見上げる知駒岳と、その稜線近くを横切っている道の高さは、一際高いとは言えまあそんなもんかなというぐらいの高さだ。問題は比較的近い位置でその高さを見上げていること。つまり、急斜面を強引に登るタイプの道なのだろう。しんどいかもしれない。
知駒内川の谷間の牧草地をしばらく進むと、谷間の一番奥で唐突に登りが始まった。地図を見ると山肌に取り付いたようで、この先は登る一方だ。比較的密な森の中、山肌を巻きながら尾根下手へ、つづら折れや大きな橋の谷越えを含みつつ、ダイナミックな線形で道道785はどんどん高度を上げてゆく。
急斜面の山肌に張り付いたつづら折れ区間では、急斜面ゆえに道の外側は木々の梢となり、その向こうに周囲の見晴らしが開けてゆく。かなり道がくねくねで、かつ周囲の平地や低山から立ち上がった山なので、次第に拡がる展望は開けていて、その方向がころころ変わるのが面白く、ちょっと独特だ。見える範囲の空気は比較的澄んでいるので、各方面に続く谷間の雨はもう上がっているようだ。一方、雲は山の間や内陸方面ににこってりどんより残っている。この先向かうサロベツ方面の空中は比較的明るいが、日本海や利尻島までは見えなかった。
しばらく続いた細かいつづら折れが稜線のトレースになると、辺りが開けて道はもう空の中。吹き渡る涼しい、いや、冷たい風の中、行く手に続く道とスノーシェッド、そして一番高い山の山頂に中継塔らしき鉄塔が見えた。あれが知駒岳だ。そして、この道はあの鉄塔のメンテナンス道路を兼ねて、それにいろいろ目的をくっつけて造られたのかもしれない。
15:20、知駒峠着。高さ、ボリュームとも、この道北も最北部エリアではかなり際だったこの峠。それにも増して、一昨年から麓まで来ても天候不調で引き返していたこの道、ここ3年の宿題を終えた気分である。また、知床からずっと続いた内陸コースの、最後の大きな峠が終わったのだ。なかなか達成感はある。
しかし、せっかくの開けた道なのに、これだけ雲が濃いと展望も利かない。寒いし、もう15時を過ぎてしまった。この後のことは後で距離を見て考えるとして、今はもうとっとと問寒別側に下ってしまおう。
稜線から山肌へ、開けた道から、つづら折れで谷間にすとんと急降下。下った先の谷間はもはや平地、問寒別へ続く谷間の八線まで長々と一直線に道が続く。こちらの問寒別側は中頓別側より露骨に地形依存の線形だ。
八線ではついに豊富温泉までの標識が登場。距離を見ると、20数kmのつもりが40km強である。なるほど、確かに道道84に合流してからの豊富温泉、そして豊富までの距離は丼勘定だったが、これでは全くお話にならない。
ということは、抜海まであと70km以上、いや、80kmぐらいあるということである。まずい、下方修正だ。
今からだと、豊富とか豊富温泉辺りでちょうど18時頃に着けそうだ。その辺りで宿を予約できるとしても、夕食はお願いできないだろう。つまり、もう下方修正のタイムリミットは過ぎてしまったのだ。遅くなっても抜海へ行くしかないのである。あとはもう、何時に着けるかだけだ。落ち着いて最善のコースを考えねば。
となると、眼前の選択肢は2つ。多少距離はあろうとも、道道785継続で山間を進み、峠1発含みで道道84、豊富温泉経由で豊富へ出るコース。豊富到着は18時頃、その先抜海まで2時間以上はかかりそうなので、到着は20時を越えるだろう。一方、問寒別から幹線道路の国道40経由だと、ツーリングマップルの上の超概算で豊富までやはり40km以上。この2日間、狙い定めて山間の静かな道を通ってきたのに、ここへ来て幹線道路である。しかし、こっちだとしばらくほぼ完全に平地だけ。少なくとも山間の道道785より時間の見込みは正確だろう。
そもそももう16時前、この先の道のりを考えると、あまり立ち止まっている余裕すら無いのである。ならば、山奥でうろうろしている余地など無い。国道40で着実に安定ペースに乗って、落ち着いて確実に距離を稼ごう。
問寒別川の谷間をほぼ一直線、もうひたすら黙々と下手へ進む。多少雨はぱらつくが、進むに連れ辺りは次第に明るくなり、雲の切れ間に明るいものすら見え始めてきた。こちらに来て良かったのかもしれない、と思えた。
15:50、問寒別着。ダメ元で問寒別駅の時刻表をチェックに行ったが、列車は30分ぐらいに出発した後、次の列車は2時間近く後。それならまだ走ってしまう方がいいだろう。無駄足だった。いや、輪行に頼ろうとする甘い気持ちが悪いのだ。
天塩川流域の平地を横切って、国道40へ。開けた平地だけあって、合流するかなり手前から行く手の道がよく見えるが、幹線道路と聞いて覚悟するほどの交通量じゃない。更に国府で国道40に合流してみると、問寒別から吹いていた横風がなかなかいい追い風に変わった。助かった。このまま最後まで行ってくれ。
天塩川の平地はほんとに平べったい。平べったい地形に延々続く牧草地、その中に直線基調の国道40が続く。なんだか似たような同じ景色が少しづつ変わりながら後ろに去ってまた前から現れ、淡々と延々と続いてゆく。こちらも追い風に乗って20km台後半から30kmぐらいの当社比快調ペースで淡々とペダルを回すだけだ。
途中の雄信内で、今後のコースを再確認しておく。国道40で豊富に出たら、その後は引き続き国道40で兜沼へ出て、勇知から海岸に向かおうというイメージがあった。しかしよく考えると、そのコースだと兜沼辺りの丘陵横断でやや苦しそうなことに気が付いた。ましてや今日この山あり谷あり長丁場の後のアップダウン。苦しいに違いない。近視眼的にその都度その都度コースを修正しているのと、どっちにしてもあまり選択肢が無いので、あまり長期視野に立った地図読みをしていないツケが出ていると言えた。
いっそ日本海側の道道106から大回りしてはどうか。内陸より多少大回りに見えるが、こちらだとくねくねはほとんど無い。こっちならほぼ完全に平地だし、今の追い風が海岸にも吹いているとすると、完全に追い風に乗ったペースが期待できる。いけるかもしれない。でも自信は無い。
とりあえず今日の宿の「ばっかす」に延着予定の電話を入れておく。あちらだって夕食準備の都合があるのだ。
「今おのっぶですか~。うーん、まだ長いですねー、豊富からでも40kmありますよ。だと兜沼へ出て、勇知から海岸に向かうのが一番早いですよ」
とのこと。雄信内(おのっぶない)を「おのっぶ」と呼ぶのか、地元の方は。
「サロベツから道道106ですか。うーん、稚咲内からでも40kmぐらいあったかなあ。でも自転車なら、確かにそっちの方がいいかもしれませんね。とにかくお気を付けて。サロベツ原野横断は豊富より南下沼が良いですよ。距離が短いので。そこから音類で日本海側に出て、うーん、稚咲内まで20kmは無いけどなあ…」
とのこと。いくら何でも稚咲内から抜海まで40kmは無いだろう、せいぜい30km弱ぐらいじゃなかったかという気はしたが、何よりやはり地元の方は車前提のコースで考えているのである。一見大回りに見える道道106回り、いいかもしれない。でも稚咲内から抜海まで、40km無いと言い切る自信は無い。
円山、中産土、北産土と次第に平地は拡がって、道はますます直線基調。一方、雨がぱらついて止むごとに、次第に空が明るくなってきた。北に向かっているからか、谷から海岸沿いに向かっているからかわからないが、少しづついい傾向に向かっている。
天塩大橋手前で国道232と合流、ついにサロベツ原野の端に出たことになる。黙々と牧草地の中の道道40を更に進み、17:30、いよいよ南下沼着。サロベツ原野経由で日本海岸へ向かう道道972への分岐である。交差点を一度通過して、国道40号でこのまま豊富を目指そうとしてから迷い、また戻って道道972へ足を向ける。やはり道道106で日本海沿いに抜海に向かおう。思えば今日ここまで、常に分岐ポイントまで結論を先送りしている。判断力が無くなっているのは疲れと焦りのせいかもしれない。それに加え、問寒別からここまで40km弱。何とただの1回もセイコーマートに出会えていない。ふと気が付くと、水の残りは少なくなってきている。
道の方向が概略北向きからサロベツ原野横断になり、さっきまでの強追い風が多少向かい風気味の横風になって、平地だが足には負荷が増える。なかなかつらい道のりだ。牧草地からいよいよサロベツ原野に出る辺りで、この先水の補給ができないことに気が付いた。目に付いた最後の牧場農家に立ち寄ってみるが、牛舎にも住宅にも誰もいない。その先のビジターセンターに立ち寄ってみても、もう18時前、とっくに閉館している。もともと建物の外には自販機なども水を補給できそうな場所も無い。そんなことは、一昨年去年と豊富側のビジターセンターを見て、分かり切っていたはずだ。さっきの南下沼からここまで、もっと早めにどこかの牧場にお邪魔しておけば良かったのだ。これほど全道にセイコーマートが建ってしまうと、便利ではあるが、補給ポイントを誤る弊害はあるね。いや、でもそんなの自分が悪いだけである。
判断ミス、後悔、焦り。おまけに一刻と辺りが薄暗くなるこの時間帯。気持ち的にはかなり寂しくなっていた。一方で、中頓別からまったくコンビニ補給をしていないにもかかわらず、まだ腹が減っていない。明らかに朝の仁宇布での大盛りカレーが効いているのだ。まだ走れる。先に進もう。
18:00、音類到着。海岸沿いに向かって左遠く、全国にその名が有名なオトンルイ風力発電の風車群が見える。そうか、こんな手前で道道106と合流するのか。なるほど、ここから抜海まで距離があるわけだ。
しかしその合流点の少し先に、稚咲内から天塩まで唯一の補給ポイント、「地平線倶楽部」を発見できたのは嬉しかった。合流位置によっては見つけられるかもしれないとは思っていたし、最悪稚咲内の展望小屋で水分の補給ができるかもしれないとも思っていたが、とにかくオアシスに出会ったときの気分はこういうものかもしれない。本来軽食・喫茶を営むお店だが、今の私には店の前の自販機で水分が補給できれば十分だ。
生き返った気分で道道106へ。進行方向が北上に変わったのと海岸へ出たことで、再び強追い風が走りを助けてくれるようになった。目論見通りである。この際この追い風に乗って、しかもあまり調子に乗って出力を上げすぎなければ、抜海到着は恐れていたほど遅くはならないだろう。
辺りはもう秒速でどんどん暗くなってゆく。延々どこまでも続いて視界の彼方へ消えて行く海岸の平地、波が浜辺に打ち寄せる音がよく聞こえる日本海は次第に青いシルエットに、そしてグレーの低い曇り空も暗い色に変わっていった。利尻島が岸一番近づくこの辺り、雲の一番下に利尻島のシルエットもうっすら見える。人気道道のこの道道106、基本的には最果てらしい寂しい風景を味わう道だと思うだが、まさかこんなに夕方、いや、夜に通ることになると思わなかった。
18:30、稚咲内着。標識には抜海まで24kmとのこと。ほら、やっぱり40kmじゃなかったぞ。これならあと1時間強で抜海に着くことができそうだ。ここでもう一度、抜海「ばっかす」に電話を入れておく。ここからだとさっきの雄信内とは到着時刻の予想精度が全然違うのだ。
19時前になると、曇り空は、暗くなる最後の最後でいつまでも少しほわんと明るいままだったが、陸の青いシルエットと海はすっかり真っ黒に変わり、景色は空と水平線、地平線だけになった。もともと交通量が少ないこの道だが、日が暮れると車は更に少なくなった。奴らはなぜか雁行して2、3台から数台で揃って登場した。行く手の暗闇の中、彼方にヘッドライトが現れ、しばらくして次第に台数がわかるようになり、一つの灯りが2つに見え、それが通過してゆく。車が来ない長い間には、時々海岸から波の音が聞こえてきた。夜の景色も道道106らしくてなかなかいいと思った。
もうあと1時間しないうちに、暖かな夕食が食べられるのだ。単調な景色を眺めながら、怪我などしないように、時々残り時間を気にしつつ、ひたすら足を回すだけである。
灯りの端っこはだいぶ手前から見え始めていたが、立ち上がる台地を回り込むと、急に目の前にナトリウムランプに照らされた抜海港が登場。やったやった、ついに抜海に着いた。道ばたに立っていた地元の方に「ばっかす」の場所を聞こうとすると、逆にその方から声を掛けられた。何と到着予定時刻に、宿主さんが外で待っていてくれたのだ。
19:40、「ばっかす」到着。早速ガレージに自転車を入れさせてもらい、荷物を下ろして宿の中へ。忘れてはいけない、メーターで距離をチェックすると、何と243km。行ってしまいましたか、という気はするが、明らかに計画ミスでもある。
ちょうと19時から始まった夕食の、最後の最後に間に合うことができた。地魚のフライにお刺身、ツブ貝、肉じゃがにデザートのスイカ。盛りだくさんで量はたっぷり、とにかく新鮮で美味しい。山盛りご飯をここぞと一気に腹に詰め込んで、お腹いっぱい。思えばほんの30分前は、まだ暗闇の中をひたすら走っていたのだ。
明日の天気予報は朝から雨とのこと。さらに明後日は道北全体が雨らしい。少し心配だが、せっかくここまで来たのだ。何とか予定通り宗谷岬へ行き、襟裳岬、納沙布岬も含め、1回のツーリングで南東北に行けた、ということにしておきたい。普段は旅程の期間が取れなくてこんなことできないので、やるとなれば今がチャンスなのだ。
■■■2008/10/13
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