>>6. クニアキンさん [
folo:fchem/277/topic/6/6]
長くなりますが、ご勘弁を。
版によって違うかも知れませんが、私が参照できる理科年表(データベース版)では50個の無機化合物について、0℃と20℃での溶解度が記載されています。そのうち、化学便覧で溶解熱(溶解エンタルピー)が確認できるのは41個でした。そして、そのうち溶解エンタルピーが発熱であるものは、次の19個です(22個は吸熱)。
アンモニウムミョウバン
塩化カルシウム
塩化コバルト(II)
塩化鉄(III)
塩化鉄(II)
塩化ニッケル
硝酸銅(II)
硝酸亜鉛
塩化マグネシウム
塩化ストロンチウム
塩化バリウム
亜硫酸ナトリウム
臭化ナトリウム
水酸化カリウム
水酸化カルシウム
水酸化ナトリウム
水酸化バリウム
炭酸ナトリウム
チオ硫酸ナトリウム
一方、50個の無機化合物の例について、0℃に比べて20℃での溶解度が低い化合物は水酸化カルシウム(発熱的に溶解)しかありません。つまり、溶解が発熱的である(溶解エンタルピーが負)=高温で溶解度が下がる、という理論に当てはまるのは1つしかなく、18個の反例があるということになります。
しかし、ことはそんなに簡単ではありません。
まず、ここで「溶解エンタルピーが負」といった時、原則的には無水物を相手にしていることです。例えば、塩化コバルトは溶解エンタルピーをみると-79.9 kJ/molの発熱です。しかし、よくご存知のように、塩化コバルトを水に溶かすと、まずコバルトイオンに6配位の水が配位し、[Co(OH2)6]Cl2という錯体が生成し、実際にはこの錯塩が水に溶けていくことになります。塩化コバルトが水和する時のエンタルピー変化は-89.45 kJ/molの発熱です。したがって、塩化コバルトの飽和水溶液で現実に存在している[Co(OH2)6]Cl2の溶解エンタルピーは、差引で9.55 kJ/molの吸熱ということになります。
18個の「例外」のうち(水酸化カルシウムは例外ではない)、化学便覧で水和エンタルピーが分かり、「実は吸熱」であるものを除外すると、次のようになります。
相変わらず例外(?)であるもの
アンモニウムミョウバン
塩化鉄(III)
塩化鉄(II)
塩化マグネシウム
水酸化カリウム
水酸化ナトリウム
水和エンタルピーが不明で判断できないもの
硝酸銅(II)(硫酸銅と水和熱が同じとすると吸熱)
硝酸亜鉛(硫酸亜鉛と水和熱が同じとすると吸熱)
亜硫酸ナトリウム
臭化ナトリウム(溶解エンタルピーがほぼ0なので、実質的にはたぶん吸熱)
ただし、化学便覧では水酸化カリウムの溶解エンタルピーについて次のような値が載っています。
KOH -57.61 kJ/mol
KOH•H2O -19.3 kJ/mol
KOH•2H2O -3.03 kJ/mol
一般に、水酸化カリウムが十分に水和するためには2分子以上の水が必要です。したがって、十分に水和された水酸化カリウムの溶解エンタルピーはたぶん正だろうと思います。
次の問題は、溶解エンタルピーが希薄溶液を相手にしているのに対して、溶解度は濃厚溶液を相手にしていることです。例えば、水酸化ナトリウムで溶解度の温度変化を考える時には50wt%という濃厚溶液に対する溶解熱を考えなければなりません。
ここで、再び化学便覧から、水酸化ナトリウムの無限希釈エンタルピーを引用すると次のようになります。
濃度 希釈エンタルピー
20 M -15.57
10 M -3.778
5 M -0.255
これより薄いところではほぼ一定になります。
これから分かることは、濃厚溶液になるに従って、水酸化ナトリウム水溶液は希釈熱が急速に増大する(発熱的になる)、ということです。このことは、濃厚溶液に水酸化ナトリウムを溶解し、濃度をさらに上げるのは吸熱的だということを意味します。
別の言い方をすると、我々が普通観察する「水酸化ナトリウムの溶解熱」というのは、実は「水酸化ナトリウムの水和熱」であるということです。水の極めて少ない濃厚溶液では、新たに水酸化ナトリウムを足しても、水和熱が稼げないどころか、数少ない水を奪い合って、むしろ吸熱になるのでしょう。それが、水酸化ナトリウムの溶解度が温度とともに上昇する理由だと思います。
理科年表の記載の化合物のうち、水酸化カルシウムだけが温度の上昇とともに溶解度が下がりますが、水酸化カルシウムの溶解度が非常に低いことには注目すべきだと思います。つまり、水酸化カルシウムは濃厚溶液を作りません。これが、水酸化カルシウムが溶解エンタルピーから予測されるような(素直な)溶解度変化を示す理由であろうと思います。
最後に、溶解度の温度変化を支配するのがエンタルピー変化(ΔH)かエントロピー変化(ΔS)か、という点について。
クニアキンさんは、ΔG=ΔH-TΔSの関係式から、溶解度の温度変化はΔSで決まると議論されました。それに対して、私は、溶解度の温度依存性はΔHによると議論し、ΔSは無視しています。私の見解では、溶解度というのは溶解平衡の平衡定数Kに対応するものです。そして、Kは、溶解による自由エネルギー変化ΔGに対して、K=exp(-ΔG/RT)=exp(-ΔH/RT)*exp(ΔS/R)で与えられます。したがって、溶解度の温度依存性はΔHで決まり、ΔSはとりあえず考えなくてよい、と思っています。
公孫硫